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錬金術師のメインウェポンは爆弾です! 作者:煮豆シューター
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16.背……わかります。背、伸ばしたいですよね……

 インターンとしてアルミアちゃんを雇い入れ、閑古鳥が鳴いている『プロジオン錬金術店』の現状を打破すべく露店を開く計画を始動してから、今日で早くも一週間になる。

 露店に出す商品自体は初日で決定し、それらの錬成も早々に終えたものの、まだ露店を開くまでには至っていなかった。

 その理由は至極単純で、商品以外にも用意するべきものがたくさんあったからだ。


 たとえばそう、お客さんの興味を引く看板だとか。

 今回私たちが露店を開く目的は、ただ単に商品を売ることじゃない。

 もちろん売れるに越したことはないけれど、一番の狙いは商品を売ってお金を稼ぐことではなく、お店の存在を周知することにある。

 知名度を稼ぎ、良い評判を広げ、より多くのリピーターを――私のお店が提供する商品やサービスを何度も利用してくれるようなお客さんを確保すること。それこそが今回の露店計画の主目的なのである。

 そのためにはお客さんに強い印象、すなわち爆弾のごとくインパクトを残せる看板の存在は必要不可欠だ。


 そして次に必要となるのが、屋台や組み立て式の台だ。

 一応、台がなくとも地面に敷物を敷いて売り出すことはできるけど……それだと貧相な印象が拭えず、お店や商品への期待値も下がってしまう。

 いちいち視線を下げないと目に留まらないのも問題だ。通る人の目線で見えやすい場所になければ、興味を持ってくれる人も少なくなる。

 可能なら自前で台を用意していろいろと手を加えるのが理想的ではあるが、残念ながら現在はそこまでの資金の余裕はない。

 なので今回は借りることにした。商業ギルドには申請すれば屋台を貸し出してくれるシステムがあるので、それを利用する形になる。

 レンタル料はかかっちゃうけど、屋台を直接購入するよりは断然安い。


 あとは商品を買ってくれた人に渡すチラシも必要だね。

 私のお店は入り組んだ路地裏の奥地にあるので、地図がなければたどりつくのは少々困難だ。

 リピーターになってくれるかもしれない人が迷わないよう、簡易的な地図を描いたチラシを用意しておくことは絶対に必要だ。


 そんなこんなで、この一週間はアルミアちゃんと協力して粛々と露店を開くための準備に取りかかってきた。

 冒険者向けの商品を中心に売り出していることが一目でわかるロゴやマークを一緒に考えたり、それを看板に掘ってみたり、チラシのデザインを相談したり。

 以前の下見で何か所かピックアップしておいた露店を開く予定の場所をもう一度見て回り、通りかかる人の特徴や露店で買い物をするお客さんの反応を観察して、ここはダメだとかこの辺りは狙い目かもだとかを話し合ったり。

 今回の露店計画がうまくいけば本店にもこれから人が来てくれるはずということで、本店の印象も改善すべく、オンボロな建物の様相をさらに修繕したり、お店だけでなく道中の路地裏のゴミ拾いや清掃活動に励んだりもした。

 掃除なんて本当は好きじゃないけど……私のお店のためにアルミアちゃんが一所懸命働いてくれているのに、店長であり先生でもある私がサボってなんていられない。


 この準備期間、私は……ううん。私とアルミアちゃんは、ほんっとうに頑張った!

 そしてその集大成こそが、まさしく今日!

 青い空と白い雲が澄み渡る絶好の天気の下、とうとう露店を開く時がやって来たのである!


「アルミアちゃーん! そろそろ行くよー!」

「はーい!」


 お店の奥で戸締りをチェックしてくれていたアルミアちゃんが、私の呼びかけに応えてバタバタと駆けてきた。

 そして最後に玄関の戸締りをしたら、念のために玄関脇に置いておいた荷物の最終確認をする。

 商品よし、看板よし、チラシよし、水分補給用の水筒よし、お釣りを返すための小銭よし……。


「ちゃんと全部揃ってるかな?」

「はい、大丈夫です!」

「よーし! それじゃあ出発しよっか!」


 車輪つきの屋台に、屋台以外の必要な物を詰め込んだバックパックを乗せる。

 一つでは全部入り切らなかったので、バックパックの数は二つだ。

 それから屋台の側面に回り込んで取っ手を掴んだら、ぐっと力を入れて前へと押し出して、私たちは表通りへと移動を始めた。


「先生。バックパック、どちらか片方私が持ちましょうか? あまり力はないので一つしか持てないですけど……」

「ううん、大丈夫! 私、見た目はこんなだけど結構力持ちだから! 気遣ってくれてありがとねアルミアちゃん」


 それなりに重いけど、全然無理せず運べる範囲だ。

 むしろこれくらいなら、勇者パーティの一員として活動してた頃の方が毎日重い物を背負っていたかもしれない。

 まあ重い物を背負ってたっていうか、あのドデカイ錬金釜を旅に持って行ってただけだけど。


 携帯用の小さな錬金釜も一応存在はするけど、やっぱり私はお母さんからもらったあの釜がよかったからね。

 錬金術の根幹は心だ。たとえ釜の構造が同じでも、その釜がお気に入りかどうかでも心持ちや精神状態は変わる。

 私にとってはいつも使っているあの釜こそが、もっとも力を発揮できる相棒なのだ。


「そういえば先生。前々から思ってたんですが……先生ってもしかして、ドワーフ族の方なんですか?」

「おっ? そうだよー。半分だけだけどね。人族とドワーフのハーフなの」


 そういえば言ってなかったっけ、と思いながら答える。

 ちなみにお母さんが人族で、お父さんがドワーフだ。


「濃いのはたぶんドワーフの血の方かな? 普通の人と比べてかなり頑丈だと思うし、こんな風に力持ちだしね! ……それに、背も全然伸びないし」

「背……わかります。背、伸ばしたいですよね……」

「伸ばしたいよね……」


 アルミアちゃんも背丈は高い方じゃない。一緒に遠い目になって虚空を見つめる。

 もっとも、私はもう二〇歳で成長の余地はないが、アルミアちゃんは一六歳とまだまだ若くて希望がある。

 背を伸ばしたいと願う同志として、アルミアちゃんの背が伸びてくれることを祈っておこう……。


「っとと。そろそろ表通りに出るね。アルミアちゃん、屋台がどっかぶつからないよう前の方見ててくれる?」

「了解です!」


 路地裏から表通りへと出た私たちは、通りを行き交う通行人たちの間を縫うようにして移動していく。

 まだ早朝なのでそれほど通行人が多くないのが幸いだ。

 なにせただの通り道ならまだしも、私たちが向かってるのは市場の露店通りだからね。

 必然、目的地に近づけば近づくほど人通りも多くなるわけで。

 もしもこれが真昼間のような混雑時であったなら、私たちの屋台は容易に身動きが取れなくなっていたかもしれない。

 

「わっ。もう準備してる商人さんたちがたくさんいるね……」

「そうですね。皆、気合が入ってます……!」


 露店通りに着くと、そこでは簡易的な看板を準備したり、シートを張ったり、品物を並べたり……と、露店販売に向けてテキパキと準備に取りかかっている商人が何人もいた。

 

「私たちも負けてられませんね、先生!」

「だね! よーし、私たちも頑張ろう!」


 市場で露店を開く場合、事前に商業ギルドに申請を通して場所を予約しておく必要がある。

 もちろん私たちは事前にリサーチしておいた最高の場所を申請して確保済みだ。

 今日の日付が書かれた露店販売許可証を取り出して確認しながら、許可証に書かれた指定の場所へ屋台を移動させ、私たちも露店販売の準備に取りかかる。


 ちなみに、この申請……屋台の貸し出しシステムと同様、手数料や場所代としてお金が取られる。

 どうして露店を出すだけでお金を取られなきゃいけないの……という気持ちもなくはないが、市場は元々商業ギルド管轄の区域である。

 お金を払い、特定の時間だけ土地を借りるという認識であれば、なんら不思議なことはない。

 それになにより、市場は商業ギルドが雇ったガードマンが常に見張ってくれているという点が大きいだろう。

 なにかトラブルが起きてもすぐに駆けつけて対処してくれる体制が整っているので、安心して商売ができる。


 市場の外であれば申請を出さずとも自由に露店は出せる場所があるが、そういった場所ではこうもいかない。

 窃盗や脅迫、場所の取り合いによる言い合いや取っ組み合いの喧嘩、客からの難癖などなど……商業ギルドの管轄外で露店販売を行った場合に起き得るトラブルはいくつも考えられる。

 もちろん街中ともなれば衛兵も巡回してくれてはいる。けど、王都はかなり広いし、いつでもどこでもすぐに駆けつけられるわけではない。

 そういった危険から身を守る意味合いでも、露店販売は可能な限り商業ギルド管轄の土地で行った方が良いとされている。

 ……らしい。そう、らしい。


 ……はい。これ全部アルミアちゃんから聞きかじった知識です。

 私はついこないだまでそんなこと一ミリも知らなかったです! はいっ!

 なんなら屋台の貸し出しシステムの存在だってアルミアちゃんから聞いたぞ!


 雑貨屋の娘さんだからか、それとも錬金術師として将来自分のお店を持ちたいと考えてるからか。アルミアちゃんは商売関連のことが私より何倍も詳しい。

 まだ出会ってたったの一週間だが、お店のことでアルミアちゃんに助けてもらった回数はもはや数え切れないくらいにまで増えてしまっていた。

 本当、アルミアちゃんが来てくれてよかった……アルミアちゃんがいなかったら、今頃いったいどうなっていたことか。

 ……きっとあの閑散としたお店で、今も一人で不貞腐れていたに違いない。


「いよいよですね」

「う、うん」


 露店を始める準備を終え、時計台に目をやれば、時刻がもうじき午前八時に差し掛かるところだった。

 市場では商業ギルドが市場全体を管理できるように商いができる時間帯が決まっている。

 その開始時刻が、午前八時だ。

 つまり運命の刻が迫っているというわけで、そわそわと心が浮き足立つ。


「うぅ……なんだかドキドキするなぁ。ちゃんとお客さん、来てくれるかな……?」

「……その。私も両親のお手伝いをしたり、将来に備えてお店のことを勉強したりはしてきましたが……自分でお店をどうこうした経験があるわけではないので、どうなるかは正直わかりません……」

「か、開始直前でそんな急に不安になること言わないで~!」

「ご、ごめんなさい! でも、きっと大丈夫ですよ!」

「う、うんっ! 私もそう思う! 絶対絶対、大丈夫だよね!」

「はい! ……たぶん」

「大丈夫って言い切って!?」


 あぅあぅ、と取り乱す私たちを、通行人が生温かい目で見ながら通り過ぎていく。

 そのまましばらく二人でオロオロしていたけれど、やがてアルミアちゃんの目が少しずつ良いものになると、彼女はグッと拳を握りしめた。


「でも、今日までやれるだけのことはやってきたんです! 人事を尽くしたなら……後はもう、天命を待つのみです! 信じましょう、先生……!」

「……うん! アルミアちゃんが信じてくれるなら……私も信じられる!」


 お店のことに関わる時のアルミアちゃんは、今までどこか毅然として頼りになる印象があった。

 だけど、彼女だってまだ十代の少女に過ぎないのだ。

 もしかしたらずっと、頼りない私を心配させまいと気丈に振舞ってくれていたのかもしれない。

 それはきっと、私がアルミアちゃんの先生として見栄を張るのと同じように。


 年下の子に頼り切りな自分が情けないという気持ちもある……。

 だけどそれ以上に、私を想ってくれるアルミアちゃんの気持ちに心が喜んでいるのもまた事実で。


 元はと言えば単なる思いつきで始めた店舗経営だったけど……もうすでに、ここは私一人だけのお店じゃないんだ。

 アルミアちゃんの献身的な仕事ぶりに報いるためにも、今日の露店販売は絶対に成功させたい!


「あっ……!」


 そしてついに、午前八時を告げる鐘の音が高らかに鳴り渡る。

 それを皮切りに集まった多くの商人たちが声を張り上げ、市場はいよいよ本格的な賑わいを見せ始めた。

 私とアルミアちゃんも顔を見合わせて、気合いを入れて互いに頷いた。


「よーし! 私たちも頑張って呼び込みするよ!」

「はい! 頑張りましょう、先生!」


 こうして、私たちの露店販売が幕を開けたのだった。

Commentary:商業ギルド

商業活動の支援・補助を掲げて活動する組織。冒険者ギルドほど世界各地のどこにでもあるというわけではないが、各国の重要都市や大きな街には必ずと言っていいほど存在する。

その信条の通り、ギルド会員の商売に関するあらゆることをサポートしてくれる。ただし会費がそこそこ高く、申請料なり手数料なり理由をつけてやたらとお金を取ってくると評判である。

市場においては限定的な自治権も所有しており、治安維持や運営管理を担うとともに独自の規則を設けている。

この商業ギルドは、かつて「商人ギルド」と呼ばれた商人同士の相互扶助の集まりが母体となっている。

「商人ギルド」は一時期、権利や人材の独占によって政治的にも大きな影響力を持っていた。しかし暴走した一部の商人が危険な魔物を秘密裏に捕獲しており、それが街中に解き放たれる大惨事を起こしたことで信用は失墜。さらに徹底的な調査が成された結果、違法な取引が数多く露見し、一度は解体された。

しかし商業の扶助活動の有用性は認められており、大陸各国の合同的な監視の下、今の「商業ギルド」として再形成された。

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