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錬金術師のメインウェポンは爆弾です! 作者:煮豆シューター
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15.錬金術の原点に立ち返ってみようよ

「わかったんですか……? 今ので、私の錬金術が失敗する理由が……」

「大体はね。アルミアちゃんは失敗した理由に見当はついてる?」

「い、いえっ。私は見習い錬金術師ですし、いつも失敗しかしてませんし……もう本当に、なにも見当がつかなくて……」


 アルミアちゃんは一瞬だけ泣きそうに顔を歪めたが、すぐにそれをごまかすように頭を振る。

 そして私の方に一歩踏み出すと、藁にも縋るような勢いで私の袖をギュッと掴んできた。


「先生、どうか教えてください! 私の錬金術が失敗してしまう理由を……!」


 不安に揺れながらも期待が見え隠れする瞳で、アルミアちゃんは私をまっすぐに見つめてくる。

 これから私が語る言葉は、きっとアルミアちゃんのこれからを左右する大事なものだ。

 先生――誰かからそう呼ばれることの意味の重さを、私は今、初めて実感した気がした。


 だけど、そんな恐怖も不安も今だけは飲み込んでおこう。

 なんたって私はこれでも、今ここにいる熱意に溢れた教え子の先生だからね。

 先生が堂々としてないと、助手の方が不安になっちゃうでしょ?


 だから私はいつものように笑いながら、アルミアちゃんを見つめ返した。


「私と同じで、アルミアちゃんは本当に錬金術が大好きなんだね」

「好き……そう、なんでしょうか……」

「うん。あの錬成から伝わってきたよ。普通の子より何倍も大きくて強い想い……それこそ、ちょっとの暴走で簡単に釜を爆発させちゃうくらいのね」

「想いの、暴走……あっ! も、もしかしてそれが、私の錬金術が失敗してしまう原因なんですかっ?」


 私はコクリと頷いて肯定を示す。


 素材の構築要素を把握し、理論を構築。それを基に設計図を組み上げ、心を吹き込んで実像を描く。

 このうち、設計図の組み上げまではうまくいっていたように見えた。

 問題が発生したのは、心を込める段階。ここで急に錬成液の状態が不安定になった。 


 過剰な光の膨張に、不自然な明滅。目まぐるしく変化する強烈な錬成反応――。

 想いの暴走による釜の爆発は私も何度か見たことがある。その時と反応の仕方がまったく同じだったから、原因についてはまず間違いないと見ていいだろう。


「……暴走しないよう想いを抑えるには、どうしたらいいんでしょうか」

「想いを抑える、かぁ……それは難しいかもね。意図的に心を抑えようとする行為自体、心を込めようとする錬金術のやり方に反してるから」

「そう、ですよね……」

「いい? アルミアちゃん。よく聞いてね――」


 錬金術でどれだけの心を込められるかは、錬金術師本人の主観に完全に依存する。

 本人だけの主観的な意識と感覚――クオリア。

 楽しさを楽しさと思う意識。赤を赤だと認識する感覚。自分自身が感じている世界の質。

 一人一人の好物が異なるように、クオリアは誰もが違うものを持っている。

 だからこそ、込められる心の分量も人によって変わってくる。

 アルミアちゃんはそれが人一倍多いんだ。

 これは錬金術師としてはどちらかと言えば喜ばしいことで、アルミアちゃんが持つ稀有な才能と言える。


「ただ……難しいのは、想う力が強くなればなるほど、その分だけ制御できなくなる危険も増えていくってこと」


 心を込める際、ほんのわずかにでも雑念が混じってしまえば、錬金術は一気にその質を落としてしまう。

 込められる心の分量が多いということはすなわち、そういった悪影響も大きくなることにほかならない。

 普通の錬金術師にとっては多少品質を下げる程度の些細な微毒でも、心を込める才能を持つアルミアちゃんには、錬金術を失敗させるに足る劇毒になるんだ。

 もちろん、雑念以外の純粋な心も相応に多く込められてはいるけれど……いかに美味しい料理だろうと、その味で劇毒を中和することなどできはしない。


「さっきの錬成。アルミアちゃん、失敗するかもって思いながらかき混ぜてたでしょ」

「っ……!」


 アルミアちゃんがビクリと肩を跳ねさせる。

 具体的にどんな雑念だったかは当てずっぽうだったけど、どうやら当たりだったみたいだ。


「いつもみたいに爆発するかも。どうせ私には……って。そう考えてた?」

「……はい。できるだけ考えないようには、してましたけど……心のどこかでは……」

「根本的な原因はそれだね。アルミアちゃん自身が自分を信じ切れてない。ましてや失敗のイメージなんて抱いてたら錬金術はそれを実現しようとしちゃうから、なおさらね」


 アルミアちゃんはいつも釜を爆発させてしまうと言っていたが、そもそも想いが暴走して釜が爆発しちゃう現象自体、本来ならそこまで簡単に起きることじゃない。

 アルミアちゃんの心を込める才能が悪い方向に働いていることと、釜が爆発するという強烈な失敗のイメージが染みついていること。

 その二つが掛け合わさることで、毎度のごとく釜が爆発するという事態に陥ってしまっている。


「……」


 アルミアちゃんの錬金術を見た私の見解を伝え終えると、アルミアちゃんは沈鬱な面持ちで俯いてしまった。

 常に失敗のイメージが付き纏っているなら、闇雲に練習をしたところであまり意味はないだろう。

 むしろ、失敗のイメージがより強く結びついて逆効果になりかねない。

 いわゆるスランプというやつだ。脱するには、なにかしら方法を考える必要がある。


 精神的な問題だから、今すぐに解決するっていうのはどうあがいても無理そうだけど……。

 正しく心を込められたなら、アルミアちゃんの錬金術はきっと卓越したものになるはずだ。

 想いが強いことは、決して悪いことなんかじゃないんだから。


「……先生! 教えてください……! もう一度、錬金術を成功させるために……錬金術師になるために! 私はなにをすればいいんでしょうか!?」


 そのためならなんでもする! そんな熱の籠もった問いかけだった。

 私は顎に指を当てて考え込む。


 失敗する原因は突き止められたけど……私はスランプになんて陥ったことがないから、正直、具体的にどうすれば解決できるかってところまではまだよくわかっていない。

 でも、ここでそんな弱気なこと言っちゃダメだ。

 私はアルミアちゃんの先生なんだから。アルミアちゃんの熱意に私だって全力で考えて応えないと。


 スランプから脱するために、アルミアちゃんがすべきこと。

 そのヒントはおそらく、一度もスランプに陥ったことのない私の生活の中にも埋もれているはず。


 私とアルミアちゃんの違いはなんだろう?

 一見関係なさそうな些細なことでもいい。とにかく一つずつ比較していこう。


 パッと見で違うところと言うと……うーん、身長?

 私の方が年上なのに、アルミアちゃんの方が高いんだよね……。

 でも、それはあくまで半分ドワーフ族の血が入っている私の身長が低すぎるだけで、世間一般的にはアルミアちゃんも背は低い方に分類されると思う。

 身長はあんまり関係ないか……。


 あとは、そうだなぁ……胸とか?

 子どもの頃から変わらず平べったい私とは対照的に、アルミアちゃんのそれは年相応以上に豊満だ。

 身長が低めなのに胸が大きいせいか、服のサイズが微妙に合っていないみたいで、胸の辺りが苦しそうに見える。

 着ているのが学校の制服だということも拍車をかけているのかもしれない。制服って襟元までキッチリしてるからね。

 今はまだ存在しないけど、今度お店の制服を作ることがあれば、アルミアちゃんも着やすいようなゆったりめの服にしてあげよう。

 ……って、今はそんなことどうでもいいんだってば! 真面目に考えろ私!


 第一、身体的な特徴の違いは関係ないはずだ。

 もっと錬金術と密接に関わっている部分が鍵になってくるはず。


 錬金術の練度、知識の量……違う。これじゃない。

 アルミアちゃんはまだ見習いなんだから、そういった経験が不足しているのは当たり前だ。

 それに私にだってアルミアちゃんと同じように未熟な時期はあった。


 だからたぶんそういった理論的なものじゃなくて、もっと精神的な物の捉え方……。

 そう――錬金術に対する価値観の違い。


 ……これが答えだとしたら、その差を縮めるためにアルミアちゃんがやるべきことは――。


「――錬金術を日常の中に落とし込むこと、かな」

「日常の中に落とし込む……ですか?」


 いまいちピンときていないらしく、アルミアちゃんはコテンと小首を傾げる。


「ほら。今日の朝、ハンバーガーを錬金術で温めたでしょ? あんな感じに、本来なら錬金術でやらなくてもいいような日常の中のことを錬金術でやってみるの」

「あ、なるほど……」


 そうすれば、自然と錬金術は身近で親しみのあるものになっていく。私とアルミアちゃんの間にある価値観の違いが埋まっていく。


「今のアルミアちゃんは、錬金術のことを非日常的なものとして捉えてる。素材の知識を蓄えて、それをもとに理論を構築して、設計図を組み立てて、雑念が入らないよう精神集中をして……そうしないと成り立たない専門的な技術なんだって」

「……そうですね。先生の言う通りだと思います。でも、それが錬金術じゃないんですか?」

「そうだね。たぶんアルミアちゃんの方が大衆的な価値観なんだと思う。けど、私はちょっと違う風に思ってるんだ」

「違う風に……?」


 私は頷いて、錬金釜の方に目を向けた。


「錬金術は誰でも扱える技術だよ。専門的な技も知識も必須じゃない。この錬金釜さえあれば、錬金術のことをなにも知らない子どもにだって使えちゃう」

「子どもにも……?」

「うん。確かに、ポーションとか合金とかはちゃんとした知識がないと作れないけど……たとえばハンバーガーを温めるだけなら、原型は変わらないから小難しい理屈は必要ないでしょ? 温かいハンバーガーを食べたい! って純粋な心を込めてかき混ぜれば、錬金術はその願いに応えてくれる」


 素材の知識も、それを活用した理論も、設計図も.。

 それらはすべて、より複雑なものを錬成するために古今東西の錬金術師たちが研究し、解明し、編み出してきたものであって、究極的な話をするなら錬成に必須というわけではない。

 錬金術を行使するうえで絶対になくてはならないものは、ただ一つ。錬金術を行使する者の心だ。

 ただ純粋な気持ちで物を作りたいと願うだけでいい。

 そうすれば錬金術はその想いを糧にして、素材を混ぜ合わせ、望む結果へと導いてくれる。

 心は意思ある生き物すべてが持つものだ。

 だからアルミアちゃんにも、物心ついて間もない子どもにも、なんなら人の言葉を解さない魔物にだって、錬金術を行使し得る権利はある。


「アルミアちゃんは理系な考え方をする子だから、いろいろと難しく考えすぎちゃうんじゃないかな。それで考え込んでいくうちに、これでいいのかって心のどこかで不安になって、自信を持てなくなって」

「頭の中に失敗するイメージが過ぎって、錬金術に失敗する……」


 アルミアちゃんは賢い子だ。私が言い切るより早く、その言葉を引き継ぐように彼女は続きを紡いだ。

 私はトトッとアルミアちゃんに歩み寄って、彼女に微笑みかける。


「だからさ、アルミアちゃん。錬金術の原点に立ち返ってみようよ」

「原点……」

「技も知識もいらない。なに一つ難しく考えなくたっていい。ただ純粋に、自分自身の心を込めること。それだけで成立する簡単な錬金術を生活の中に見つけて、繰り返し実践していくの」

「……」

「そうやっていつか、錬金術を日常の一部に感じられるようになれたなら……それがきっとアルミアちゃんがスランプを脱するための鍵になる」


 私がスランプにならないことに理由があるとすれば、きっとこれだ。

 私は幼い頃から錬金術師のお母さんのそばで、ずっと錬金術を身近に感じながら生きてきた。

 錬金術は私の日常だ。錬金術がない人生なんて、私には考えられない。

 かつて学校への入学祝いにお母さんがプレゼントしてくれたこの錬金釜だって、もはや日々を過ごす相棒のようなものだった。


 私の言葉に、アルミアちゃんは自分の胸に手を当てて黙り込む。

 ……いろいろと小難しいことを語った気もするが、要するに『誰にでもできる単純な錬金術から慣れていって調子を取り戻していこう!』というだけだ。

 なんだそんなことかと呆れられるか。そんなことでスランプを抜け出せるならとっくにやっていると愛想をつかされるか……。


 ドキドキとしながらアルミアちゃんの反応を見守っていると、次第に彼女の肩が小刻みに震え始めた。

 そしてポロポロと、アルミアちゃんの頬から雫がこぼれ始める。

 えっ!? と慌ててアルミアちゃんの顔を覗き込むと、彼女は嗚咽を押し殺すようにして泣いていた。


「アルミアちゃん!? ど、どうかしたの? 私、なにかアルミアちゃんを追い詰めるようなこと言っちゃった……?」

「ぐすっ……ちが、うんです……その、うぅ……嬉し、くて……」

「う、嬉しい?」


 くしゃくしゃな顔を見られたくなかったのか、アルミアちゃんは私から顔を隠すように袖で覆うと、ゴシゴシと目元を拭った。

 それでもなかなか涙は止まらない。アルミアちゃんは服の裾を握り締めて、しばらくそのまま肩を震わせていた。

 やがて落ちついたのか、アルミアちゃんは真っ赤な目をした顔を上げる。


「私……何か月も失敗ばかりで、原因もなにもわからなくて……いったいどうしたらいいんだろうって、ずっと悩んでたんです」

「アルミアちゃん……」

「がむしゃらにいろんなことを試してきましたけど……一人じゃ、どうしようもなくて……」


 感情がぶり返してきたのか、アルミアちゃんの表情が再びくしゃりと歪む。


「私はもう、錬金術師になれないんじゃないかって……そんな風に思いかけてたんです。もしかしたら、夢を諦めなくちゃいけないんじゃないかって……」

「……そっか。辛かったんだね、アルミアちゃん」


 私はアルミアちゃんを、ぎゅっと抱きしめてあげた。

 それから、よしよしと頭を撫でる。

 えらいえらい。よく頑張ったね、って。そう伝えるみたいに。

 アルミアちゃんは最初こそ少し驚いたように身体を固くしていたけど、すぐに身を委ねてくれた。


「でもさ、アルミアちゃんは諦めなかったよね。諦めずに足掻いて、藻掻き続けて……こんな見るからにオンボロな私のお店にまで来た」

「……はい」

「アルミアちゃんも知っての通り、錬金術で一番大切なのは心なんだ。今はまだ蕾かもしれないけど……夢を諦めたくないっていうアルミアちゃんの強い心が、いつの日か花開くって私は信じてる」

「私の心……」

「一人じゃどうしようもないなら、私がアルミアちゃんを一人にしないよ。私がアルミアちゃんのこと、ちゃんと見てる。力になる。ドーンと頼ってくれていいんだよ? なんたって私は、アルミアちゃんの先生なんだからね!」


 先生。

 アルミアちゃんは何気なく呼んだだけなのかもしれないけど、その響きはすでに私にとって特別なものになっていた。

 私が幼い頃、お母さんの背中を追いかけてたみたいに……私も誰かに追いかけられる存在になったんだなぁ、って。

 なんだかむず痒くて、だけど決して嫌な感じじゃない。むしろすっごく嬉しい。

 夢を諦めたくないっていうアルミアちゃんの心が導いてくれたこの出会いを、私は大切にしたい。


「……えへへ。はいっ、先生! どうかこれからも……よろしくお願いします!」


 涙の痕が残る顔で、アルミアちゃんは晴れやかに笑う。

 そうして私たちは一緒に笑い合って……とりあえず、釜が爆発した被害の後片付けに取りかかるのだった。

Commentary:錬金術

錬成液を介し、複数の素材の要素を融合させることで、まったく別の新しいものを生み出す技術。

大別して『加工』と『錬成』の二つの工程に分かれる。肝となっているのは錬成の方であり、加工はいわば錬成の下準備に当たる。

錬成は素材を混ぜ合わせた後、第一に、素材の構成要素の把握。第二に、構成要素を用いた理論の構築。第三に、理論を基にした設計図の提示。そして第四に、心を以て錬成液にエネルギーと指向性を与えることで成り立つ。

素材から原型を変えない場合は、第一から第三の手順を省略し、心を込めるだけでも錬成を行使できる。

錬金術は理論上、適切な素材さえ揃っていればこの世に存在し得るすべての物を創ることが可能だとされており、「新たな命の創造」「死さえ治療し克服する万能の霊薬の創造」「この世を構成する要素すべてを内包した至高の物質の創造」の三つが究極の目標として掲げられている。

もっとも、錬金術はその性質上、創りたいものの具体像をイメージすることが必要不可欠でもある。つまり、命を創りたいならば命の構造を、死を克服したいならば死の概念そのものを、この世のすべてを内包した物を創りたいなら世界のすべてを理解する必要があるということで、そんなことは現実的にはまず不可能である。

しかしながら、この机上の空論を到達点として本気で実現しようとする錬金術師もわずかながら存在するようだ。

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