14.私、教室丸ごと吹っ飛ばしたことあるし
私が見守る中、アルミアちゃんは一つずつ丁寧に作業を進めていった。
面接の際、アルミアちゃんは錬金術があまり得意ではないと自嘲していたが、手を止めることなくテキパキと素材に加工を施していく彼女の姿は、とてもそんな風には見えない。
正しい知識を学び、何度も何度も同じことを繰り返し、愚直に錬金術の練習を続けてきた努力の跡が節々から垣間見える。
仮にアルミアちゃんが加工した素材を私が錬成で使ったとしても、私自身で加工した素材を使った時となんら変わらない品質のポーションを錬成できるだろう。
アルミアちゃんの手際は、それくらい滑らかで無駄がない。
それなのにアルミアちゃんがあんなにも弱気に、うまく錬金術ができないって言ってたってことは……。
「さあ、次は錬成です……!」
必然的に、彼女が抱える問題点は錬成の工程に集約されているということにほかならない。
「……アルミアちゃん! 理論の構築は大丈夫? 素材の特徴でわかんないところがあったら、今のうちに私が教えられるよ」
錬成中の錬金術師に声をかけることはご法度だ。
心の在り方が根幹となる錬成の最中に、心を乱したり、他のなにかに気を取られることは、錬成の失敗や品質の低下に直結する。
だからその前に錬金術の教科書や図鑑代わりとしてなんでも質問に答えるつもりでいたのだが、アルミアちゃんはふるふると首を横に振った。
「ありがとうございます先生。でも、大丈夫です! この組み合わせで作るのは初めてですが、素材の特徴も理論も、もう全部頭に入ってますから!」
「そっか……それなら自信を持ってやっちゃって! 大丈夫! 私がちゃんと横で見ててあげるから!」
「はい! ……あ、でも釜からはすぐ離れられるようにしておいた方がいいかもしれません……爆発するかもしれないので……」
「じ、自信を持ってって言ったばっかりなんだけどなぁ……」
アルミアちゃんの自信なさげな注意に苦笑しながら、私は釜の前の、アルミアちゃんの作業の邪魔にならない位置に陣取った。
「では、錬成の工程……始めます!」
気合いが入った宣言とともに、アルミアちゃんは加工した素材を次々に釜の中に投入していく。
入れ終えたらかき混ぜ棒を手に取り、錬成液に素材を溶け込ませていく。すると次第に錬成液の表面がキラキラと煌めき始めた。
錬成が始まった合図だ。今この釜の中は、すべての素材の要素が無秩序に交じり合った状態にある。
「……ふぅー……」
本番はここから。アルミアちゃんもそれはわかっているのか、一度心を落ちつかせるように大きく息を吐く。
それから表情を引き締めると、ゆっくりと、丁寧にかき混ぜ棒を回していく。
「素材……まずは素材の構成要素を思い浮かべて……次は理論を……!」
錬成液は濃いから、中の様子を目視で窺うことはできない。
なんらかの魔法で釜の内部を把握する、と言ったことも不可能だ。
錬成液に魔法で干渉しようとすると、その魔法に使われた魔力さえも取り込んで効果を打ち消してしまうから。
それどころか余計な魔力が入り込んでしまうせいで錬成が失敗する確率が高くなる。それでは本末転倒だ。
途中経過を直接観測することができない――それが錬金術の難点の一つだ。
今やっている作業が正しいのか、間違っているのか。間違っているとして、いったいなにがダメだったのか。
果たしてこの理論は合致しているのか、あるいは破綻しているのか。
すべては結果から判断するしかない。
ただ、錬成液が放つ煌めきの状態の些細な変化から、ある程度までなら推察することは可能だ。
自分で錬成する時は没頭しなくちゃいけない関係上、ちょっと難しいけど……。
こうして別の誰かの錬金術を横で眺めてる状況なら、推察はそこまで難しくない。
だから私はじっと目を凝らして、錬成液の変化を観察する。
錬成の工程のほぼすべては、その錬金術師の中で完結する。
理論も設計図も、望む結果へと導くために込める心も。
でもだからこそ、錬成液は錬金術師当人の影響を強く受けて事細かに反応を示す。
この錬成液の変化こそが、アルミアちゃんが感じていること、考えていることそのものなんだ。
だから私はほんの一瞬だって見逃さない。目が乾くのも構わず水面を見つめ続ける。
ちゃんと見てるって、約束したからね。
「あっ……」
アルミアちゃんが声を漏らす。
途中までは、確かに錬成は順調だった。
素材の構成要素の把握、理論の構築、設計図の提示。
でもその後すぐに、安定していた状態は瓦解した。
光が膨張し、不規則に明滅し、不自然に色合いが変化する。
この錬金術は失敗する。そんなことが一目でわかるくらいの強烈な変貌だった。
「せ、先生! 今すぐ釜から離れてください! 爆発します!」
アルミアちゃんの叫び声が聞こえる。
彼女はすでにかき混ぜ棒から手を離して、いち早く退避していた。
何度も同じ失敗を経験してるからだろう。判断がとても早い。
でも私はアルミアちゃんの注意を聞き流すと、むしろ自分から錬金釜の上に身を乗り出して、より近くで錬成液の変容を見つめた。
「先生っ!? なにしてるんですか!? そこにいると爆発に巻き込まれちゃいますよ!?」
「私、頑丈だから大丈夫! アルミアちゃんは危ないから下がってて!」
「じょ、丈夫だからって言っても、そんな至近距離じゃ……せ、先生ーーっ!」
光の膨張が最高潮に達し、部屋中を埋め尽くす。
そしてその次の瞬間、錬成液は轟音とともに爆発を放出した。
「っ――!」
「きゃぁっ――!」
爆風で体が吹き飛ばされそうになるのを、釜の縁を掴むことでなんとか堪える。
錬金術が失敗した時に起きる現象はいくつかあるが、爆発はその中でもかなり激しいものだ。
頑丈を自負する私でも、爆破の衝撃を思い切り顔面で受けたこの時ばかりは、さすがにちょっと痛かった。
「けほっ、ごほ……! せ……先生っ……!」
爆発が収まってすぐに、私はもう一度釜の中を覗き見ようと試みる。
だけど巻き上がる黒煙で視界が塞がれてしまっているせいで、どんなに目を凝らしても錬成液の状態を見ることはできなかった。
奮闘虚しく、爆煙に包まれていた視界が徐々に晴れていくのを待って、私はようやく錬金釜の中の様子を捉えることに成功する。
「んー……普段通りの状態に戻っちゃってるね」
投入された素材も、込められた心も、どちらもあの爆発で完全に放出されてしまったらしく、錬成液はなんの反応も示さない通常状態に戻ってしまっている。
たまに残滓のように淡い反応が残ることがあるので、ちょびっとだけそれに期待していたのだが、ないものはないでしかたがないか。
爆破の瞬間まで注視していたおかげで失敗した原因については大体わかったので、今回はそれでよしとしておこう。
「せ、先生! 先生っ! ぶ、無事ですか!? 怪我はしていませんかっ!?」
「あ。アルミアちゃん」
煙が晴れてすぐに、アルミアちゃんが私の方に駆け寄ってくる。
その表情にありありと不安を浮かべながら、黒煙で煤だらけになってしまった私の体のあちこちを調べてくる。
「大丈夫だよ。ほら。別にどこもなんともないから」
ちょっとだけ痛かったが、それだけだ。
私は自分が無傷であることをアピールするために、両手を広げてその場でくるりと回ってみせる。
ちなみに釜も無傷だ。
錬金術は暴走するとなにが起こるかわからないからね。
錬金釜は中身が爆発したくらいじゃビクともしない特殊合金でできているのである。
衣服は破れてしまった部分があるものの、私本人がほとんど無傷であることを確認すると、アルミアちゃんはホッとしたように胸を撫で下ろした。
「よ、よかったです……本当にもう、心臓が止まる思いでした……私のせいで、先生が大怪我しちゃったかもって……」
「私が逃げようとしなかっただけだからアルミアちゃんのせいじゃないよ。それに久しぶりに爆発を堪能できて気持ちよかったしね! むしろアルミアちゃんにはお礼を言いたいくらいだよ!」
趣味の爆弾用の素材を買えるだけの金銭的余裕があまりないせいですっかりご無沙汰な期間が続いているし、私としては「役得!」って感じだ。
だけど私のそんな呑気な返事を聞くと、アルミアちゃんは半目になって私を睨んできた。
「先生……先生が爆弾好きなことは知ってますが、本音でも冗談でも、今そんなこと言わないでください……本気で心配したんですから」
「あ……うん。あはは……ごめんね、ちょっと無神経だったね」
アルミアちゃんの目尻にかすかに涙が溜まっているのを見て取って、私は素直に謝罪した。
叱られるより、こうやって純粋に心配される方がきついんだよね……。
……心配してくれてちょっと嬉しかったのは、ここだけの秘密だ。
「いえ……私の方こそ、ごめんなさい……」
「ん? さっきも言ったけど、私が爆発に巻き込まれたのはアルミアちゃんのせいじゃないから気にしなくていいよ」
「そうではなくて……その、私のせいで工房がめちゃくちゃに……」
「へ? ……あー……」
辺りを見渡せば、ただでさえオンボロだった室内の様相がさらに悪化していた。
そこら中、煤だらけの焦げ跡だらけ。爆発の衝撃で棚は倒れて中身が散乱してしまっているし、窓にはヒビが入っている。
板に釘を打ちつけてなんとか塞いでいた穴も、板が吹き飛んで露わになってしまっていた。
そんな惨状と呼ぶにふさわしいくらいありさまを見て、私はあっけらかんと答えた。
「まあこれくらい、別に気にしなくてもいいんじゃない?」
「き、気にしなくていいって……相当な被害ですよっ? それこそ、今すぐクビにされたってしかたないくらいの……」
「あはは、アルミアちゃんをクビになんてしないよ。これくらい本当に大したことないって。私がアルミアちゃんと同じように学校に通ってた頃なんか、私、教室丸ごと吹っ飛ばしたことあるし」
「きょ、教室丸ごとっ!?」
あれ? アルミアちゃんはそういう経験ないのかな。
よく釜を爆発させちゃってるって言ってたから、てっきりそれくらいはやらかしてるものだと思ってたけど……。
じゃあ、広場で錬金術の実験をしたせいで校長の銅像を木っ端微塵にしちゃったりとかは?
寝ぼけたまま錬成してたら失敗しちゃって、うっかり寮の壁に派手な大穴を空けちゃったりとかは?
いくつか例を挙げてみるが、そのたびにアルミアちゃんはちぎれんばかりにブンブンと激しく首を横に振りまくる。
どうやらアルミアちゃんは私と同じような経験は一つもないらしい。
「……先生、よく退学になりませんでしたね……」
「まあねー。直せる物はちゃんと自力で頑張って直したし……校長にはめちゃくちゃ怒られたけど」
「怒られるだけで済んだだけ温情ですよ……」
「まあとにかくそういうわけだから、工房がちょっと荒れちゃったくらいどうってことないよ! これくらいの被害、私にとっては日常茶飯事だもん。だからアルミアちゃんも気にしなーい気にしない」
「うぅ……けど……」
自責の念が強いのか、アルミアちゃんはなかなか引き下がろうとしない。
「うーん。じゃあさ、お店の修繕代をアルミアちゃんの給料から引いておく、っていうのはどう? それならアルミアちゃんも納得できるんじゃない?」
気にしなくていいと言い続けて無理に私の気持ちを押しつけても、アルミアちゃんの性格だと心のどこかで気に病んでしまうだろう。
それならばと折衷案を提示してみると、アルミアちゃんは弾かれるように顔を上げた。
「そ、それなら……! はい、それでお願いします……!」
「うんうん、じゃあそうしよっか!」
よしよし。アルミアちゃんも納得してくれたみたいだし、これでこの爆破の被害については一件落着だね。
ふっふっふ……あとは今度アルミアちゃんに給料を渡す時に、修繕代のことを忘れたふりしてこっそりと足しておけば完璧だ!
「……あの、先生。念のために言っておきますけど、給料の明細はちゃんと確認させていただきますからね。こっそり修繕代のぶんを上乗せしておくとか絶対ダメですからね……!」
「うぐっ。も、もちろんだよ、アルミアちゃん……」
ば、ばれている……? 私のやろうとしていたことが……。
アルミアちゃんの疑惑に満ちた視線を受けて、私はサッと目をそらした。
まだ一日にも満たない付き合いのはずなのに、彼女は早くも私の思考パターンを見抜き始めている。
私ってそんなにわかりやすいのかな……?
……このぶんだとアルミアちゃんが修繕代の件を忘れちゃうって線も望み薄かなぁ。
こうなるともう素直にアルミアちゃんの給料から修繕代のぶんを引いておくしかないだろう。
わざわざお金を払いたいだなんて、アルミアちゃんも律儀な子だなぁ。
でも、そこがアルミアちゃんの魅力なのかもしれない。
「こほん……それじゃあアルミアちゃん。爆破の被害の話も一段落したところで、そろそろ本題に戻ろっか」
「本題、ですか?」
「どうしてアルミアちゃんの錬金術が失敗しちゃったのか、ってこと」
私がそう言うと、アルミアちゃんはハッとしたように目を見開いた。
Commentary:爆発に耐える頑丈さ
ドワーフ族の血に由来する非常に頑強な骨と肉体の特性によるもの。小さな爆発や軽い衝撃程度ではビクともしない。
このような並外れた頑丈さは、この世界においては俗に肉体強度と呼ばれる。肉体強度は個人差はあれど、基礎的な値は種族ごとに決まっているとされる。
なお、肉体強度が低い者が爆発に巻き込まれると普通に大怪我してしまうので、特にか弱いエルフの方などは真似しないようご注意ください。