13.あなたはこの錬成に、いったいどんな心を込めたい?
さあ、ここからが錬金術師の腕の見せ所だ。
錬成――錬金術の本領であり、神秘であり、真理であり真髄。
素材が秘めた可能性を極限まで引き出せるかどうか。望む結果へと導くことができるかどうか。
錬成がもたらす結果には、錬金術師本人の力量がそのまま表れる。
「……よし!」
気合いを入れ直すように頬を叩くと、私は加工を終えた素材を錬金釜の中に放り込んでいった。
ポチャリ、ポチャリと素材が錬成液の中に落ちるたび、摩訶不思議な色合いの波紋が釜の上に広がっていく。
『わぁぁ……! おかあさんおかあさんっ! これ、すっごく綺麗だね!』
釜に素材を入れることなんて普段から飽きるほどやってるはずなのに、どうしてかふと、小さい頃の記憶が蘇る。
初めてお母さんの錬金術を手伝わせてもらった、あの日。色鮮やかに波打つ水面が本当に綺麗に感じて、目を輝かせながら釜の中を覗き込んでいたことを覚えている。
ふふっ。なんだかちょっと懐かしいや。
今こんなことを思い出しちゃうのは、お母さんの背中を追っかけてたあの頃の私みたいに、アルミアちゃんが私のことを見てくれてるからなのかな。
私、お母さんみたいに誰かのお手本になれるような立派な錬金術師になれてるのかなぁ。
自分のことなんてよくわからないけど……先生って呼んでくれるアルミアちゃんのためにも、精一杯頑張らないとね!
「よーし。それじゃあかき混ぜていくよ! よく見ててね、アルミアちゃん」
「は、はい……!」
ゴクリと生唾を飲み込むアルミアちゃんに見守られながら、私はかき混ぜ棒を錬成液に浸した。
体全体を使い、徐々に速度を上げながらグルグルとかき回していく。
初めこそかき混ぜ棒が中に入れた素材に衝突したような感触が何度か手に伝わってきたが、次第にそれが少なくなっていくと、比例するように錬成液が淡く輝き始めた。
やがてかき混ぜ棒になにかが当たる感触が完全になくなると、私は一旦かき混ぜる手を止めた。
今、この釜の中は、投入した素材の要素が交じり合った状態にある。
木漏日草のエキスも、帝国産のデーツも、その他の素材も、すべてが錬成液に溶け込んで一つになっている。
だけど、このままじゃまだポーションとは到底呼べない。
ただの金属の塊を剣とは呼ばないのと同じだ。
金属の塊を剣の形状として定着させることは、熱して叩いて伸ばして、様々な過程を経ることで初めて成し得る芸当だ。
そして、それができる者こそを鍛冶師と呼ぶ。
私は錬金術師だ。錬金術は己の叡智と心を以て、素材を新たな姿かたちへと作り変える。
心――そう、心だ。
それが錬成を、ひいては錬金術を行ううえで根幹となる、もっとも大切なもの。
これは別に心構えの話をしているというわけじゃない。作り手たる錬金術師の心の在り方が錬成液の内に秘める力に作用し、指向性を与えることで、初めて望む結果へと導いていくことが可能になるんだ。
だからこそ錬金術師は常に己の心と向き合わなくてはならない。
さあほら、私。
あなたはこの錬成に、いったいどんな心を込めたい?
瞼を閉じて、自分の胸の前に手を置く。
いつも行っている自問自答。でも、考えるまでもなかった。だってその答えは、この錬成を始める前からとっくに決まっていたから。
錬金釜からすっかり目が離せなくなっているアルミアちゃんをチラリと横目で盗み見て、私はクスリと笑みをこぼした。
そして軽く深呼吸をすると、再びグッと力強くかき混ぜ棒を握って、勢いよくかき混ぜていった。
素材が持つ構成要素を末端に至るまで把握し、理解し、共感する。さらにそれを土台に理論を組み上げ、頭の中に設計図を描いていく。
大切なのは、没頭すること。
単に集中するだけじゃダメだ。無理して集中したところで、心は嘘をつけないから。
めんどくさい。疲れた。もうやめたい。
心の片隅でちょっとでもそんな雑念を浮かべようものなら、その時点で錬成に致命的な悪影響が及ぶ。
だからこそ、嫌だって気持ちがこれっぽっちも湧かなくなるくらい、夢中になるんだ。
他のことなんか考えられなくなるくらいに、楽しく、鮮烈に、心躍るこの瞬間に魂を燃やす。
――アルミアちゃんの先生として相応しい姿を見せたい。
膨れ上がる、この想いに。
――アルミアちゃんが私のためにかけてくれた時間は無駄なんかじゃなかったって証明したい。
叶えたい、この願いに。
――アルミアちゃんとの出会いが、私にとってかけがえのないものだったってことを伝えたい。
震えて滾る、この情熱に――――夢中になれ!
そうすれば、ほら。
「あ……」
錬成液が輝きを強め、ほんの一瞬だけ室内を極彩色の閃光が覆った。
それと同時に釜の中から極彩色の煙が吹き上がり、大きなシャボン玉が飛び出してくる。
溢れ出した煙はすぐに霧散して消えてしまうが、その残滓たる光の粒子が雪のように部屋の中に舞い落ちる。
そんなどこか幻想的で目を奪われる光景の中、シャボン玉はフワフワと錬金釜の上で滞留しており、その内側は奇妙な雰囲気を醸し出す翠色の液体で満ちていた。
「錬成完了、だよ! ……って、ア、アルミアちゃん? ぼーっとしてないで早く受け皿貸してー!」
「あっ、は、はいっ! すぐに!」
今このシャボン玉に入っている翠色の液体こそが今回錬成したポーションなのだが、このシャボン玉はこちらから触れるか少し時間が経つかすると簡単に割れてしまう。
せっかく完成した錬成品をうまくキャッチできずに釜の中にまた落としてしまった、なんてことは錬金術師なら誰でも一度は経験してる失敗談だ。
錬成で手が離せなくなる私の代わりに、錬成した後の中身を受け止めるための受け皿を持っていてほしいというお願いを思い出しただろうアルミアちゃんが、急いで私に受け皿を渡してくれる。
それを釜に蓋をするようにして置いた後、私は慎重にシャボン玉を人差し指で突っついた。
その瞬間、シャボン玉はパチンと割れて、中に入っていたポーションが受け皿に流れ落ちる。
それを零さないように注意しながらさらに別の瓶容器に移すと、容器を顔の前に掲げ、目視でポーションの状態を確認する。
「……うん、良い感じ! なんならここ最近で一番の出来かも!」
やっぱり込めた心がよかったんだろうなー。
アルミアちゃんと出会って、彼女のアドバイスにいっぱい助けられて、一緒にハンバーガーを食べたり街へ繰り出したりして。
アルミアちゃんが私の助けになってくれたように、私もアルミアちゃんの助けになりたい。
そんな今日の私のありったけの想いを込めて出来上がったのが、このポーションだ。
だから……うん。出来が良いのは当然かもねー。にへへ。
「すごい……こんなに澄んでいて淀みのないポーション、初めて見ました……」
「でしょでしょー! もっと褒めてくれてもいいよ!」
アルミアちゃんの目は私の手にあるポーションにすっかり釘付けだ。
先生として、アルミアちゃんにかっこいいところを見せたい。
そんなささやかな欲望が叶ってご満悦な私は、鼻高々に胸を張る。
「まぁ、ポーション専門店の錬金術師さんが作るポーションと比べたらまだまだかもしれないけどね。素材だって専用の設備を使えばもっとうまく加工できるはずだし」
「そう、かもしれないです。でも……うまく言えないですけど、なにか……このポーションには、大事なものが詰まっている気がします」
そう言いながら、アルミアちゃんはその大事なものを確かめようとするかのように、私が持つポーションが入った容器にそっと手を添える。
そんな彼女を見た私は、気がついた時には手に持ったポーションを差し出していた。
「よかったらこれ、アルミアちゃんに上げるよ」
「……ふぇっ? で、でもこれ、露店の商品なんじゃ……」
「まだまだ素材はたくさんあるし、一本くらい大丈夫だよ」
「……けど私、そんなつもりで見てたわけじゃないのに……」
「うん、知ってる。だからね、これは私がアルミアちゃんにもらってほしいからなの」
「先生が……?」
「そ! 露店の商品にするより、私がそうしたいと思ったから」
私がそうしたいから。アルミアちゃんに使ってほしいと思ったから。
こんな一時の感情でせっかくの商品を手放すのは、商売人としては失格かもしれない。
だけどこういった自分の心の声に耳を傾けることが、錬金術師として大切なことだと私は思っている。
自分の心に嘘をついて、誤魔化すようになってしまったら、いつか錬金術に心を込めることの意味も忘れてしまいそうだから。
「あ、いらないなら遠慮なくそう言ってくれていいからね? 戦うことを生業にしてる人じゃないなら、こんなに効力が高いポーションなんて滅多に使わないだろうし……使い道がないなら持っててもしょうがないしね」
「……いえ! せっかくの先生からのご厚意なんです。ぜひ頂こうかと思います!」
アルミアちゃんは私からポーションの入った瓶容器を受け取ると、それをぎゅっと胸に抱え込んだ。
「私は冒険者じゃないので確かに使う機会はないかもですけど……今度一人でポーションを作る時なんかに、先生からもらったこれを参考にできたらな、と」
「ふふっ。そっかそっか」
もとよりこのポーションはアルミアちゃんを想いながら作ったものだ。
たとえ使われることなく使用期限が過ぎ去るかもしれなくとも、お手本としてアルミアちゃんの成長の糧になってくれるというのなら、こんなに嬉しいことはない。
「それじゃあ、次はアルミアちゃんの番だね」
「私の番……」
私が錬金釜を指差すと、アルミアちゃんはゴクリと生唾を飲み込んだ。
「その……本当に良いんでしょうか。私が作ってみても……」
「いいのいいの。言ったでしょ? 私がアルミアちゃんのこと、立派なボムマイスター……もとい、錬金術師にしてあげるって!」
「あ、あはは……ボムマイスターは遠慮したいですけど……」
「もー、素直じゃないなぁアルミアちゃんは。でもまあ、とにかくそういうこと。それに私もアルミアちゃんの錬金術を一度見てみたかったしね」
アルミアちゃんが作った物を露店の商品としては出すことはさすがにできないが、自分たちで使う分にはなんの問題もない。
特に今回の場合は物がポーションだし、たまに冒険者として採取依頼に出かける私にとっては普通に有用なものだ。
商品以外でたくさん作っちゃっても使い道があるので、遠慮する必要なんかないんだよとアルミアちゃんに伝える。
「というわけで、加工から錬成まで、通しでやってみよっか」
「は、はい……わかりました!」
「私は横で見てるから、わかんないところがあったら遠慮なく聞いてくれていいからね」
どことなく動きがぎこちなくなってきていたアルミアちゃんの顔を覗き込んで、安心させるように軽く微笑みかける。
まだ固さが残ってはいるものの、少しは気を解してあげることができたようだ。
アルミアちゃんは無言でコクリと頷くと、胸の前でグッと握り拳を作った。
「大丈夫……見習いだけど、私だって錬金術師の端くれだもん。先生の作業だってちゃんと見て覚えたし、私にもきっと……!」
うんうん。その意気だよ。頑張れ、アルミアちゃん!
私は心の中で小さくエールを送りながら、譲るように作業台への道を開けた。
アルミアちゃんは作業台の前に立つと、一度大きく深呼吸をする。
「では……始めます!」
そうしてアルミアちゃんは最初の工程、素材の加工に取りかかるのだった。
Commentary:錬成品をうまくキャッチできずに釜の中にまた落としてしまった
錬金術師なら誰でも一度はやってしまうトラブル。液体を落としてしまった場合はすぐさま錬成液と混ざってしまい余計悲惨なことになる。
もっとも、錬成液に完成品が混ざったとて、その完成品を素材として同じ完成品をイメージして錬成し直せばもう一度飛び出てくるので、冷静に対処すれば特に問題はない。ただ、落としてしまった時の気分の落ち込みなどをそのままその錬成に持ち込んでしまうと、その心に呼応して再度飛び出てきた完成品の品質は低下する。
基本的に皆「やっちゃった……」という心持ちで錬成し直すので、再錬成後の完成品の品質は言わずもがなである。