12.露店に出す商品を錬金術で作る時間だよっ!
夕日が沈み、辺りが暗くなってきた頃になると、私たちは市場を後にして帰路についた。
買い出しについては順調に終わった。たくさんの素材でパンパンに膨らんだバックパックが、その証拠だ。
「さあアルミアちゃん! 今からが今日のお仕事の仕上げ! 露店に出す商品を錬金術で作る時間だよっ!」
「は、はい……!」
お店に帰ってきた私たちはバックパックを脇に置くと、二人で工房の錬金釜の前に立った。
錬金術用の巨大な釜。その中に満ちる摩訶不思議な色合いの錬成液の水面が、素材を投入される瞬間を今か今かと待ちわびている。
私の隣に立つアルミアちゃんは、緊張を隠せない様子で唇をきゅっと引き結んでいた。
「そんなに気負わなくて大丈夫だよ。最初は私がお手本を見せるし、わかるまでちゃんと説明もしてあげるから」
「は、はい。よろしくお願いします、先生……!」
私が声をかけても、アルミアちゃんの表情は固いままだ。
緊張しなくていい。もっと力を抜いてくれていい。口にすることは簡単でも、アルミアちゃんにとってはそう簡単に割り切れるものでもないんだろう。
誰だって大事なことの前ほど緊張しちゃうものだしね。学校の試験だとか、初めての冒険だとか。
緊張は物事に真剣に取り組んでいることの証だ。失敗が怖くなっちゃうのも、それだけ成功を願って努力してきたことの裏返し。
だから私もそんなアルミアちゃんの強い思いに応えてあげたい。
……というか実を言うと、私もちょっと緊張しちゃってるしね。
アルミアちゃんにはもう、お店のことでいっぱいたくさんお世話になっちゃってるからね。
私が一番得意な錬金術でくらいお返しができないと、アルミアちゃんの先生として面目が立たない。
アルミアちゃんにかっこいいところ見せたいって思うと……にへへ。
これがなんとも、緊張せずにはいられないんだなぁ。
「それじゃあ、まず最初に使う素材はー……これね!」
私は脇に置いたバックパックから……ではなくて、あらかじめ用意しておいた素材の一つを手に取ると、釜の近くの作業台の上に置いた。
「木漏日草……ということは、ポーションを作るんですね」
ここ最近、冒険者ギルドの採取依頼で何度も採ってきており、その余り分を拝借してすでに倉庫の中にたんまりと溜まっている薬草――もとい木漏日草。
木漏日草は、ポーション作成の必須素材だ。
錬金術師であれば誰でも知っているくらいには常識的な使い道なので、アルミアちゃんもすぐに思い立ったらしい。
「そ! アルミアちゃんもポーションは作ったことあるよね?」
「簡単な物ならありますけど……出来はあまり……」
「出来の方は今は気にしなくて大丈夫! 作ったことあるなら基本的な手順は知ってる認識でいい?」
「はい、手順は大丈夫です! 少しでも錬金術が上手くなりたくてたくさん本を読んできたので、今は作れない難しいポーションも作り方の知識だけならあります……!」
「おお、いいね!」
ポーションと一口に言っても、いろいろと種類がある。
傷治療薬、魔力回復薬
特に頭になにもつけずにただポーションと呼ぶ場合、大抵はライフポーションのことを指す。
ただ、ライフポーションにしても飲むタイプの内傷治療向けの物だったり、傷口にかけて使うタイプの外傷治療向けの物だったり、種別は細かく分かれている。
マナポーションやブラッドポーションなんかも同様だ。個々人の魔力属性に合わせたマナポーションだったり、種族や血液型ごとの適したブラッドポーションだったり……。
ポーションはあくまで薬品だ。適切な人、適切な症状に適切な効果があるものを使用しなければ、その効能が悪い方に転がることだってある。
「先生は、今回どんなポーションを作るつもりなんですか?」
「ふっふっふ。それはね……内傷と外傷の両方に対応した、飲んでよし! かけてよし! な即効性ライフポーションを作ります!」
私のお店は冒険者向けの商品を売りにしていく方針で決まっている。
冒険者であれば、肉食系の魔物が出没する危険区域で活動を行うことも珍しくない。
魔物との命のやり取りで体の外側から内側まで到達してしまうような深い傷を負うことだってあるだろう。
そんな時に役立つのが、即効性を高めた両用型のライフポーションだ。
まあ、両用なんてものがあるなら内傷向けだとか外傷向けだとかわざわざ分けず、これ一つでいいじゃんと思うかもしれないけど……やはり良いところだけ取るなんて都合の良いことは難しいもので。
こういった効能が高いポーションには、共通して明確な欠点が存在する。
「両用……冒険者の方向けなら納得ですが、そうなると中毒値にはじゅうぶん気をつけないとですね」
明確な欠点――それはアルミアちゃんが今言ったような、一般に中毒値と呼ばれるもの。
何度も言うようにポーションは薬品なので、短時間に大量に摂取してしまうと、いくら体に合った適切な薬品だろうと徐々に悪影響が出てくる。
最悪の場合、中毒症状まで出たりして……そうなるとポーションの副作用ゆえにポーションで治すこともできず、長期間療養することを余儀なくされる。
さすがにポーションの飲みすぎで人が死んだという話は聞いたことがないが、深刻な中毒症状のせいで、数か月に渡ってまともに剣を握れなくなったという例は耳にしたことがある。
とにもかくにもポーションに含まれる成分の一部が過剰摂取によって体に害を及ぼすことは紛れもない事実であり、その濃度を示した値が中毒値というわけだ。
「中毒値はポーションの効力を高める時にいつもついて回る問題だよねぇ」
中毒値が高いことはポーションの成分が濃いことと同義である。
だから基本的には中毒値が高くなるほどポーションの効果が高くなり用途も多岐に渡っていくのだが、そうなるとどうしても少量しか服用できなくなる。
逆に中毒値が低いものであれば、ポーションの効果が低く用途も限定的だが、体に優しく短い期間で何度でも使うことができる。
それを踏まえて考えれば、即効性が高く外傷と内傷両方に対応したライフポーションなんてものの中毒値の高さは推して知るべしである。
無論、ポーションを販売する際は中毒値を公開することが義務付けられているので、中毒値を誤魔化したり隠したりと言ったこともできない。
いかに中毒値を抑えながら高い効能を持つポーションを作ることができるのか。それはポーション作りを専門とする錬金術師たちが日夜取り組んでいる永久の課題なのだ。
「じゃ、始めるよ! まずはポーションのベース作りから!」
「はい!」
アルミアちゃんの元気な返事に私も活力を貰いつつ、作業台の前に立つ。
――錬金術の工程は、大きく二つに分けられる。
素材に手を加えて必要な構成要素のみを抽出する『加工』。
そして、それを錬金釜に投入して混ぜ合わせる『錬成』だ。
まず大前提として、錬金術の根幹は錬金釜を用いた『錬成』にある。
錬成液に溶け込んだ素材を混ぜ合わせ、まったく新しい別のなにかを作り出す。
ともすれば神の御業のようにすら思える不可思議な技術だが、しかしながら、やたらめったら素材を釜に放り込めばいいというものではない。
たとえばだが、リンゴ一つからリンゴジュースを作る際、用意したリンゴをなんの処理もせず丸ごとすり潰すような真似は普通しないだろう。
そんなことをしてしまえば、リンゴの中心を通っている芯の部分まで砕けて混ざってしまい、ジュースが美味しくなくなってしまう。
錬金術もそれと同じだ。余計な物が混じれば混じるほど、完成品の品質は落ちていく。
まずは芯を取り除く『加工』を施し、すり潰す『錬成』に入る――。
そうしてこそ、不純物のない美味しいリンゴジュースが出来上がるというわけだ。
まあ、今朝ハンバーガーを温めた時なんかはいきなり釜にぶち込んで『錬成』の段階から入ったけど……あれは温めるだけだったからね。
『温かいハンバーガー』を錬成するうえで、『冷たいハンバーガー』と『火属性の魔石粉末
だから初めから『加工』なんてしなくてもよかったってわけだ。
だけど、今回作ろうとしているライフポーションはそうもいかない。
木漏日草。
これはポーション作成における必須素材として有名だが、実を言うと、葉っぱや茎と言った植物としての部分そのものにはほとんど価値がない。
必要となるものは、これらに含まれる特殊なエキスだ。
純粋な陽の魔力を帯び、生命力に満ちたこのエキスは、数々の生物由来の素材に秘められた素質を活性化させる性質を持つ。
つまり、エキスと一緒に投入した他の素材の力を高めてくれるというわけだ。
「アルミアちゃんも知ってると思うけど、木漏日草みたいなハーブ類の素材からエキスを抽出する時は、まず初めに乾燥させる必要があるんだ」
「あ、それくらいなら……! これはもう乾燥済みの素材ですよね?」
「そうそう! まあ、すぐにはエキスを抽出するつもりがなくても、そもそも乾燥させないと長持ちしないからねー。じゃあ、乾燥方法はなにが良いか知ってる?」
「えぇっと……天日干し、ですよね? 錬金学科の授業の一環で、木漏日草の処理をしたことがあるくらいですが……」
天日干し、つまりは直射日光に晒して乾燥させること。
木漏日草自体が陽の魔力をふんだんに吸収して育っているだけあって親和性が高く、有効な成分を損なわずに純度が高いエキスを抽出できるようになる。
「お店で売ってるのは大体乾燥させた木漏日草だもんね。あんまり経験がなくてもしかたないけど……ポーションの錬成は錬金術の基本だし、錬成の練習でいっぱい作りたい時なんかは自分で採ってきた木漏日草を乾燥させた方が安上がりだから、慣れておいてもいいかもね」
ちなみに天日干しができない場合は熱風による乾燥がおすすめだ。
環境に左右されず短時間で乾燥させることができるので、曇りの日や、手間をかけずにエキスを抽出したい時には最適な方法と言える。
もちろん天日干しした木漏日草に比べれば素材としての品質は劣るが、じゅうぶんに使用に耐え得る範囲だ。
「で、この乾燥させた木漏日草を、まずは細かく粉砕します!」
粉砕する方法はなんでも良いが、やっぱり乳鉢が一番やりやすいと思う。
乳鉢の中に乾燥済みの木漏日草を入れて、乳棒でグリグリと細かくすり潰す。
そして次に、すり潰した木漏日草の粉末を瓶容器に投入し、さらにそこへ沸騰させた直後の熱湯を注ぐ。
注意点としては、瓶容器そのものを火で熱したりはしないこと。熱湯の温度は熱ければ熱いほど良いが、木漏日草を直接加熱してしまうと薬効成分が壊れてしまいかねない。
あとは熱湯を入れる量に注意することかなー。多いとエキスが薄くなっちゃうし、少ないと濃くなりすぎちゃう。
薄ければ薄いほどポーションの効果が弱まって中毒値が低くなる。濃ければ濃いほどポーションの効果が強まって中毒値が高くなる。
作りたいポーションに求める効力に応じて量を調整するのが良いだろう。
で、熱湯を入れたら蓋をして、そのまま一〇分くらい放置!
そうしたら熱湯にエキスが抽出されるから、蓋を開け、ザルとかのフィルターに通して木漏日草の粉末が入らないようにしながら、液体だけを別の容器に移して……エキス抽出は完了だ!
こんな感じで、木漏日草以外のポーション作成に必要な素材にも、アルミアちゃんのために解説を交えながら一つ一つ丁寧に加工を施していく。
難しいポーションの作り方も勉強しているというアルミアちゃんなら、すでに知っている知識も多分に混じっていただろう。
それでも彼女は熱心に私の解説に耳を傾け、食い入るように私の手元を観察していた。
免許証
そして作業開始から三〇分ほどが経った頃。
すべての素材の『加工』が終了し、いよいよ工程は本命である『錬成』に移っていく。
Commentary:中毒値
ポーションに含まれる潜在的な有害度を示した数値。
ある程度までならば体内に取り込んでも害はないが、短期間で一定値を越えると副作用が表れ始め、その後も服用を続けると深刻な中毒症状に至る。
具体的な症状としては、目眩・耳鳴り・頭痛・味覚や触覚の鈍化・筋力の低下等が挙げられる。服用を続けたポーションの種類によって表面化する症状は少し異なる。
これらの症状は錬金術学会の研究の末、ポーションの必須素材である木漏日草が持つ、数々の生物由来の素材に秘められた素質を活性化させる性質が原因の一つだと判明している。
この成分はポーションを取り込んだ人体にも作用し、再生能力・魔力生成能力・血液生成能力等を高める手助けをする。しかし過剰に取り込むとこれらの能力が酷使されすぎて限界を超えてしまい、徐々に拒絶反応を起こす。
ポーションのご利用は計画的に、というわけである。