10.先生ってもしかして、正式な錬金術師じゃないんですか……?
「私は別にどれかの専門って感じにするつもりはないかな。棚に並べて適当に売ってるもの以外でも、依頼してくれればなんでも作るよ! って感じだね」
「なるほど。よろずの錬金術店ですね。それはそれで良いと思います。ただ……」
なんでも提供するなら客層も広いだろうし、きっとお客さんもいっぱいだ!
……などと楽観的に考えていたのだが、アルミアちゃんはそういう考えではないらしい。反応はいまいち芳しくなかった。
「えっと……なにか問題でもあるの?」
「……その、なんでも作るというのは、捉えようによってはどれも中途半端なものに見られかねないおそれがあります。たとえ実物を見たわけではなくとも、どうせ専門店の質には劣るんだろう、と」
「あー……なるほどね。でも実際、一つの分野に限ってなら専門店の方が上だろうしなぁ……」
さっきも言ったように、私は錬金術に得手不得手がない。適切な素材さえあれば、文字通りなんだって作れる自信がある。
でもその腕前や品質が、各分野に心血を注いできたスペシャリストと張り合えるほどかと問われたら口を噤まざるを得ない。
「もしこれが小さな村や街なら問題にはならなかったと思います。ただ、やはり王都ともなると各分野の専門店が随所にあるので……周りと比べて、どうしても一歩劣ってしまう印象は拭えないと思います」
「うーん。そっかぁ……」
面・線・点のうち、面の考え方と一緒だ。
お店とその周辺の環境との関係性……他の錬金術店がない田舎という環境でなら、なんでも作れる錬金術店は便利と言うほかなく魅力的に映るだろう。
だけど狭く深い専門店がたくさんある王都という環境では、広く浅い印象が濃いなんでも屋は需要が高くない。
一つの店ですべてを揃えずとも、各専門店を巡ることで、より良いものがどれも手に入るのだから。
「じゃあ、よろずの錬金術店? はやめた方がいいのかな……」
「いえ、それ自体は悪くないアイディアだと思います。もちろん、さっきも言ったように専門店と比べられてしまうことは避けられませんが……どんなものが売っているんだろう? という好奇心を刺激するには抜群の文句ですから」
「ふむふむ」
「だから重要なのは、その好奇心を持って来てくれたお客さんがリピーターになってくれるかどうかだと思います。その人の好奇心を満たしながら、きちんと実用性があるものを提示できるかどうか……」
ブツブツと呟きながら、アルミアちゃんは考え込むように顎に手を添える。
それを私は固唾を飲んで見守っていた。
なんだか任せ切りにしちゃってるみたいで申しわけないけど、それと同じくらい、アルミアちゃんが私のお店のことを考えてくれるのが嬉しくもあった。
「そうですね……よろずの錬金術店にするとしても、なにか先生だけの強みを探してみて、それを前面に押し出すのはどうでしょうか?」
「強み?」
「いろんな料理を提供してくれる飲食店でも、一押しやおすすめの料理がありますよね? 周囲からの評判で有名になる場合もありますけど……初めて来てくれた人にはぜひこれを食べてほしい! という風に、お店側から自慢の一品を提示することもあるはずです」
「あるねぇ。あ……そっか。それでお客さんを満足させられれば、また来たいって思ってもらえるから……」
「そうです。リピーターの確保に繋がります。それでまた来てもらえれば、一押しのもの以外にもなにがあるのかと、他のものにも手を出してもらえることだってあるはずです」
「なるほど……」
わかりやすい指標もなく、なんでも作ることだけを売りにしてしまったら、アルミアちゃんが危惧してたように、実物を見たわけではなくとも中途半端に見られかねない危険を孕む。
だけど初めから自信にあるものを前面に押し出しておけば、その印象も最小限で済む。
そうなると重要なのは、専門店にも負けないだけの個性を示すことができるかどうかなのかな。
それでいて、よろずの錬金術店という好奇心を刺激する特性を殺さない個性であること……。
その二つを両立させられるだけの、私だけの強みは……。
「……うーん……爆弾?」
「先生……言うと思ってましたけど、それはむしろお客さんが遠ざかってしまうと思います」
「まあ、そうだよね……」
私は爆弾のことが大好きだが、皆が皆そうではないことはわかっている。
今のところ理解者はアルミアちゃんだけだ。
爆弾を売るにしても、前面に押し出すのではなくて、あくまで商品の一部に留めるべきだろう。
「だったら……」
せっかくアルミアちゃんがお店のことを一所懸命考えてくれたんだ。
私だって自分なりの答えを出さなきゃと必死に思考に耽り、私は一つの答えを導き出した。
「そうだ……冒険者向け商品を売りにするのはどうかな」
「冒険者向け商品、ですか?」
「そう! その名の通り、冒険者にとって役立つ品々を売りにしていくの!」
各種専門の錬金術師たちと比べて、私が明確に優れている点となると、きっとこれだ。
「私、ちょっと前まで冒険者として生計を立ててたんだよね。だから冒険者にとってなにが大事かとか、どういうものが欲しいかとか、そういうのがなんとなくわかるんだ」
「え、冒険者ですか? 錬金術師なのに……?」
私の経歴を聞いたアルミアちゃんは目に見えて困惑していた。
まあ、料理人が傭兵として働いてた並みに突拍子のない発言なので、しかたがないと言えばしかたがない。
あくまで錬金術師は職人に過ぎないのだから。
と、そこでアルミアちゃんはハッとなにかに気づいたかのように顔を上げると、恐る恐ると言った様相で私の顔を覗き込んできた。
「あの……先生。失礼を承知でお聞きしますが……先生ってもしかして、正式な錬金術師じゃないんですか……? ここだけの話……こう、モグリというか……」
「モグリ!? ほ、ほんとに失礼なっ!」
正式な錬金術師ではない、モグリと呼ばれる者もいるにはいる。
だけど国家資格を持たない錬金術師が勝手に商売をすることは、どの国でも等しく重罪だ。
特に問題視されているのはポーション売りだろう。
遥か昔、錬金術師が誕生してからというもの、人々の間で当たり前のように取引されるようになったポーションだが、あくまで薬品だ。
人体の傷を瞬く間に治してしまうほど効能が強い薬品を、許可も得ず、資格もなく、個人で勝手に製作して売りさばく行為が危険視されることは当然と言えた。
閑話休題。
とどのつまり、アルミアちゃんは現在、私がそのような常識も良識も投げ捨てた重罪人ではないかと疑っているわけで……。
子どもと間違われることはこれまで幾度となくあったが、モグリなどと呼ばれるのは初めてで、さすがの私もこれには「むぅー!」と不機嫌に口を尖らせざるを得なかった。
「あのねぇ、アルミアちゃん! 普通に考えて、モグリの人が学校にインターンの求人届けなんて出せるわけないでしょ! 確かにちょっと変わった経歴だっていうのは自覚してるけど……これでも私、れっきとした一人前の錬金術師なんだから! これがその証拠っ!」
まくし立てるとともに、私は、いつも持ち歩いている錬金術師の免許証をアルミアちゃんに突きつける。
すると、どこか疑わしかった様子から一転、アルミアちゃんは途端に目を輝かせ、食い入るように免許証を凝視した。
「こ、これは……! 錬金術師の免許証
「ぎ、偽造じゃないからね! 本物、本物だから!」
初めて見るのなら、本物と偽物の区別がつかないのでは? と危惧した私は、必死に本物であることを主張する。
モグリの錬金術師だってバカではないのだから、偽物の免許証くらい持っててもおかしくないし……。
今見せたこれが偽物ではないかと疑われたら、私にはもう成す術がない。
しかし私のそんな心配は杞憂だったようで、アルミアちゃんの瞳は少しの濁りもなく、純粋な憧れの輝きに満ちていた。
「わぁっ! 伝え聞いた通り、本当にユグドラ王国の国章が入ってます! これが本物の錬金術師の証……!
「……どう? アルミアちゃん。私が正式な錬金術師だって信じてくれる?」
「はい! 信じます! すごい、すごいです! 先生は本当にすごい人ですっ! 疑ってすみませんでした! 先生!」
憧れの免許証を見られたからか、謝罪しているはずのアルミアちゃんの声は上機嫌に上ずっていた。
もー……免許証なんて、この王都でお店を開いてる錬金術師なら皆持ってるんだけどな。
まったく、調子がいいんだから。にへへ……。
「あとはこれ。冒険者ギルドのギルドカードね。ほら、こっちもちゃんと私の名前が書かれてるでしょ?」
「はい、書かれてます……って、え、Aランクですかっ? 冒険者のことはよくわかりませんけど、これって相当高いはずじゃ……」
「あー、んー、まあね……まあ、そこは重要じゃないから気にしなくていいよ。大事なのは、私がちゃんとした実績のある冒険者だってこと!」
どうしてこんなにランクが高いのか教えるとなると、勇者パーティに所属していたことまで話さなきゃいけなくなる。
ブレイブ。マグナ。それから、ステラちゃん。
皆と楽しく過ごしてた日々への未練がないと言えば……今はまだ、嘘になる。
この気持ちが落ちつくまでは、自分から進んで皆のことを話題に出したくはなかった。
「冒険者のことをよくわかってる身として、冒険者向けの商品を前面に押し出していけばお客さんにも興味を持ってもらえると思うの。どうかな?」
「……はい! 良いと思います! Aランク冒険者の太鼓判という煽り文句を使えばじゅうぶんな宣伝効果も見込めますし……冒険者向け商品が一押しのよろずの錬金術店。このアイディアでしたら、きっとこの王都でも唯一無二……競合店もありません!」
改めて地図を見下ろし、アルミアちゃんが出した結論を聞いて、私はホッと息をついた。
「よかったぁ……それじゃあ、面はひとまず大丈夫なんだね!」
「はい! 点も線もダメダメすぎたので、首の皮一枚繋がって本当によかったです……!」
「ダ、ダメダメ……」
勢いで言ってしまったんだろう。
口に出してすぐに、アルミアちゃんは「あっ!?」と自分の口を押さえていた。
「ご、ごめんなさい先生! こんな失礼なこと……」
「ううん、大丈夫だよ。事実だし……でもアルミアちゃん、本当にお店のこと詳しいね。雑貨屋の娘だって言ってたけど、こういうのもお家で習ったの?」
少なくとも学校ではない。
私もアルミアちゃんと同じ錬金学科だったけど、こんなこと一度も習った記憶ないし。
「はい、お父さんに教えてもらいました。いつか私が自分のお店を持った時のために、って」
「へえー、良いお父さんだねぇ。でも……んー。アルミアちゃんって、錬金術師になるために学校に通ってるんだよね? 家業の方は継がなくてもいいの?」
それとも、雑貨屋兼錬金術店にするつもりだったり?
そう付け加えて私が首を傾げると、アルミアちゃんはフルフルと首を横に振った。
「雑貨屋は雑貨屋、錬金術店は錬金術店ですよ。先生の言う通り、一人娘の私は家業を継ぐべきなんですけど……私はどうしても錬金術師になりたくて。だからこれは、私のわがままなんです」
「わがまま……」
「小さい頃、錬金術師が主人公の絵本を読んでから、ずっと錬金術師に憧れてて……この気持ちを両親に告げることは、何度も迷いました。でもいざ勇気を出してみたら、お父さんもお母さんも快く応援してくれて……」
アルミアちゃんの胸の内には、その時の情景が色濃く残っているんだろう。
胸の前に手を置き、そっと瞼を閉じるアルミアちゃんの口元には、かすかに微笑みが浮かんでいた。
「……だから私は、絶対に錬金術師にならなくちゃいけないんです」
「……」
なりたい、や、なります――ではなくて。ならなくちゃいけない。
なんてことのない些細な言い回しの違いかもしれないけど、私は、その言葉に確かな重みを感じた。
アルミアちゃんは家族思いな子だ。でもだからこそ、両親の期待に応えたい思いが膨らみ過ぎて、彼女の中でどこか重荷になってしまっているのかもしれない。
でも……。
「大丈夫だよアルミアちゃん。なんたってアルミアちゃんには、この私がついてるからね」
アルミアちゃんに見せつけるように、ドーン、と自信満々に自分の胸を叩いてみせる。
両親の期待に応えようとする思いが重荷になってしまっているのだとしても……それはきっと、アルミアちゃんが自分から進んで背負った重荷だ。
誰にだって叶えたい願いがある。それはたとえば夢を叶えることだったり、憧れの人を追いかけることだったり、愛する人を守ることだったり。
たとえそれに重圧を感じるようになってしまったのだとしても、努力して、葛藤して、挫折して――必死に足掻いて藻掻く権利は、他人がやすやすと取り上げていいものじゃない。
「私はアルミアちゃんの先生だもん。先生として、私がアルミアちゃんを立派な錬金術師にしてあげる。それでいつか夢を叶えたら……ふふ。その時は、お父さんとお母さんにいっぱい恩返ししようね」
背中を押してくれた両親の期待に応えて、立派な錬金術師になって、笑顔で家に帰る。
それがきっと、アルミアちゃんが心から一番見たい景色だって思うから。
「恩返し……はい! えへへ……ありがとうございます、先生!」
新しい目標を見つけたように晴れやかな笑みを浮かべているアルミアちゃんを見ていると、私も不思議と口角が緩んでくるようだった。
はぁー。アルミアちゃんは本当に良い子だなぁ。
家族思いで、頑張り屋さんで、私のこんなオンボロなお店のことも真剣に考えてくれて……まだ会って数時間くらいしか経ってないけど、私はもうすっかりアルミアちゃんに気を許してしまっていた。
でも、アルミアちゃんの方はまだ少し硬さが抜けてない気がする。
もっとアルミアちゃんと仲良くなりたい。そんな思いがふつふつと湧き上がってきた私は、腕を組んで一人考え込み始めた。
うーん、うーん。アルミアちゃんともっと打ち解ける方法……。
……プレゼント? いやでも私、アルミアちゃんの好きなものとかまだ知らないし……だったらいっそのこと……。
「……よし!」
「あれ? 先生……?」
ガタッと私が席を立つと、アルミアちゃんが目をパチパチとさせて私を見上げた。
「どうかしたんですか? まだお店の今後のことについて話してませんけど……」
「ふっふっふ……ちょっとだけ待ってて! 良いもの持ってきてあげるから!」
「良いもの……? えっと、わかりました。よくわかりませんけど、待ってます」
私の後についてこようとして、ちょこんと座り直すアルミアちゃん。
うんうん。素直でよろしい。
そうして、アルミアちゃんを置いて一旦お店の奥に戻った私は、お目当てのものを手に持って再び店内へと戻ってきた。
「じゃーん! アルミアちゃん、これなんだと思う?」
「これは……ハンバーガー、ですか?」
「正解! でもね、ただのハンバーガーじゃないよ! ドラゴンステーキ&照り焼きフェニックスチキンスペシャルバーガー……人呼んでドラ照りスペシャル!」
「ドラゴン……フェニックス? な、なんだかすごそうです……」
そうでしょうそうでしょう!
……まあ実を言うと竜の肉も不死鳥の肉も使われてなくて、使われてるのはワイバーンと火山の鳥の魔物の肉なんだけど……そこは言わぬが花。
美味の前ではすべては些事だ!
「アルミアちゃんはハンバーガー、嫌いだったりしないよね?」
「はい。嫌いではないですよ」
「よかったぁ。じゃあ、はい。これ、アルミアちゃんに上げるね!」
「これを、私に……?」
「入社祝いのプレゼントってとこかな。あ、やっぱり温かい方がいいよね! ちょっと待っててねアルミアちゃん。パッパと温めちゃうから!」
「え? ……あの、先生。そっちは台所じゃないで……ふぇっ!?」
錬金釜の前に立ち、包みごとハンバーガーをポーイッ! と放り込むと、アルミアちゃんが素っ頓狂な声を上げた。
「せ、先生っ!? なにしてるんですか!? その釜、さっき見ましたけど錬成液入ってる状態でしたよねっ? 食べ物を入れるのはまずいんじゃ……!?」
「へーきへーき! 私これでよく温めてるから! このまま火属性の魔石粉末
今回はただ温めるだけなので、小難い工程は必要ない。
台の上に仁王立ちして、かき混ぜ棒でグルグルーッと釜の中をかき混ぜていく。
すると初めは魔石粉末の影響で赤色に変色していた錬金液が、かき混ぜるごとに次第に極彩色の煌めきを見せ始めた。
輝きは加速度的に強さを増していき、やがて最高潮に達した次の瞬間――ボンッ! と極彩色の煙が吹き出し、釜の上を埋め尽くした。
そしてその煙が晴れた場所には、ホカホカと湯気の立ったハンバーガーが中に入った、大きなシャボン玉が浮かんでいた。
「錬成完了、だよ!」
「ほ、本当に……成功した?」
呆然とするアルミアちゃんを横目に、私はシャボン玉に手を伸ばす。
このシャボン玉は触れるとすぐに割れてしまうのだが、錬金術でありがちなミスの一つに、せっかく出来上がったものを受け止め損ねて釜の中に落としてしまうというケースがある。
というか錬金術師なら誰でも一度はこれを経験してると思う。
一度落としてしまうと、もう一度錬成し直さない限り、ただ取り出しただけでは錬成液塗れの悲惨な状態になってしまう。
なのでそんなのようなことにならないよう、私は両手で下から包み込むようにしてシャボン玉に触れて、落ちてきたハンバーガーを慎重に受け止めた。
「あちちっ!」
熱すぎて一瞬そのまま落としそうになってしまったが、なんとか手の上でハンバーガーを跳ねさせて悲惨な末路を回避し、そのままの勢いでカウンターテーブルの方まで持っていった。
アルミアちゃんのためにと気合いを入れてかき混ぜたせいか、ちょっとばかり熱くしすぎちゃったかもしれない。
このままだと口の中が火傷しちゃいそうだし……残念ながら、しばらく置いて冷まさないと食べられなさそうだ。
「……ほわぁ……」
初めこそただただ呆気に取られていたアルミアだったが、しばらくすると冷静さを取り戻したみたいで、カウンターの上に鎮座するハンバーガーを至近距離からしげしげと見つめる。
ハンバーガーを四方八方から観察したり、つついてみたり。
まるでハンバーガーを初めて見たかのような物珍し気な反応に、私は思わずクスリと笑ってしまう。
「アルミアちゃんは錬金術で食べ物温めたりしたことないの?」
「ないです……いえ、確かに理論上はできてもおかしくないかもですけど……」
アルミアちゃんは真剣な表情で顎に手を添える。
「錬金術の根幹は想像力だから、温めるイメージを強く持つことができれば、こういうことも可能……理論上は確かにそうです。でも普通は錬成液が混じって食べられなくなっちゃう自動思考のイメージが先行して、ただ温めるだけで終わるだなんてできないはず……」
「……アルミアちゃん? あれ? おーい、アルミアちゃーん?」
「一見簡単そうに見えて、その実、かなり高度な錬金術……錬金術への正しい理解と、実力に対する確かな自負も兼ね備わってなきゃ、こんなことは……」
顔の前で手を振っても、アルミアちゃんは反応を示さない。完全に自分の世界に入っちゃっていた。
小難しい理屈もなんにもなく、ただハンバーガーを温めただけのつもりだったのだが、アルミアちゃんにとっては結構衝撃的だったらしい。
「……えいっ!」
「むひゃっ!? へ、へんへい……?」
しばらく待ってみたが、アルミアちゃんの意識がこちらに帰ってくる気配はなく、しびれを切らした私はアルミアちゃんの頬をぐにーっと引っ張った。
そこまでするとさすがに正気を取り戻したみたいで、アルミアちゃんは目を白黒とさせながら私を見返した。
「ハンバーガー。そろそろ食べられるくらいには冷めたはずだから。温かいうちに召し上がってほしいな」
「あ……そうですね。では、失礼して……いただきます」
アルミアちゃんは錬金術で食べ物を温めたことがないようだったし、温めたハンバーガーへの反応も珍妙な物を見るような感じだったので、もしかしたら受け取ってもらえないかも? なんてことも少しばかり考えてしまっていたけれど、そんな心配は杞憂だったみたいだ。
アルミアちゃんは私からもらったハンバーガーの包みを剥がすと、ふー、ふー、と息を吹きかけて少し冷ましたのち、可愛らしくかぶりついた。
「~~~~! 先生! これ、とっても美味しいですっ!」
「ふふん、そうでしょそうでしょ? なにを隠そう、このドラ照りスペシャルは私の一番の大好物だからね!」
「へ? ……これ、先生の好物だったんですか?」
「そうだよー。私のこと、アルミアちゃんにもっと知ってほしくて。これが私の大好きな味なんだよーって。どう? アルミアちゃんは気に入ってくれた?」
「……はい! とっても! ……それから」
アルミアちゃんは手の中にあるハンバーガーと私とを交互に見たかと思うと、ググッと手に力を入れて、ハンバーガーを真っ二つに割った。
「どうぞ、先生」
「へ?」
「プレゼント、です。えへへ……一人で食べるより、二人で一緒に食べた方がきっと何倍も美味しいはずですから」
……わぁ……。
なんだろう。私がアルミアちゃんにプレゼントしたものを返してもらってるだけのはずなのに……なんだかすごく胸がポカポカして、嬉しい。
「先生。受け取ってくれますか?」
「……うん、うんっ! もちろんもらっちゃうよ! ありがとね、アルミアちゃん!」
アルミアちゃんからハンバーガーの半分を受け取った私は、アルミアちゃんと顔を見合わせた後、二人して一緒にかじりついた。
にへへ……アルミアちゃんの言う通り、二人で一緒に食べてるからなのかな。いつも一人で食べてる時よりも、ずっと美味しく感じる。
「……お仕事の最中に飲食なんて、ちょっといけないことをしてる気分になりますね」
「そうだねぇ。まぁ、お客さんの前で食べるのはさすがにダメだけどねー」
「ふふ、ですね。でもそう考えたら、お客さんが少ないのも悪いことばかりじゃないのかも……ですね」
残ったハンバーガーで口元を隠して、アルミアちゃんはイタズラっ子みたいに微笑む。
出会った時から真面目な態度を崩さなかったアルミアちゃんのお茶目な反応に、私はほんの一瞬呆気に取られる。
けどそれが、彼女が少なからず私に気を許してくれたからこそ見せてくれた表情なのだろうと思うと、私は嬉しさを堪え切れないのだった。
Commentary:ポーション売り
ポーションは非常に高い効果を持ちながら比較的安価で流通も多い。だが、あくまで薬品である。
効果と副作用の説明の義務。ポーションを取引した際はその記録を必ず残すこと。転売は原則禁止。売買にはその他にも数多くのルールが存在し、一つでも破れば罪に問われる。
簡易的なポーションは錬金術師なら誰でも作ることができるが、一方で売買にはじゅうぶんな注意を払う必要があることを胸に刻んでおくべきである。