9.わからない……私は雰囲気でお店をやっている……
「なるほど……なんというか、だいぶ厳しい状況なんですね……」
「うぐっ……」
お客さんがまったくと言っていいほど来てくれないこと。来てくれたとしても、誰もなにも注文してくれないこと……。
お客さん対応用のカウンターテーブルの前に二人で腰かけて、このお店の悲惨な現状について私が説明すると、アルミアちゃんは腕を組んで難しそうに唸った。
「ごめんねアルミアちゃん……せっかく頑張ろうとしてくれてるのに、肝心のお店がこんなありさまで……」
せっかく私のことを先生なんて呼んでくれているのに、こんな惨状を伝えなくてはならない自分が心底情けない……。
私はガックリと項垂れるようにしてカウンターに突っ伏すと、『OPEN』のプレートが吊り下げられているくせに『CLOSE』の時と一日の平均開閉回数が大して変わらない出入口の扉を恨めしげに睨んだ。
「謝らないでください。確かに今の状況は決して良いと言えるものではないですけど……先生は、まだ諦めたくないって思ってるんですよね?」
「あ……」
「届かないかもしれなくても、叶わないかもしれなくても……まだ頑張ってみたいんだって。だから、インターンの募集をしてみようって思ったんじゃないんですか?」
核心を突くようなその言葉は、面接の際に私がアルミアちゃんにかけた言葉とまったく同じだった。
まあインターンの募集をしてみようって思った一番の理由は、お店がどうこうとかじゃなくて一人が寂しかったからだけど……。
「それに、先生のお店はまだ開店して間もないんですよね? だったらゼロからのスタートなのは当たり前です! 今は名が知られてる老舗だって、初めはここと同じようにゼロからのスタートだったはずです。できることを一つずつこなして、少しずつ成長して、老舗と呼ばれるほどに大きくなったんです!」
「他のお店も、ゼロから……」
「まあその、さすがにここまでひどい状況ではなかったとは思いますけど……」
「上げてから落とさないで……」
「と、とにかく! なにもしてないのに諦めるのは早いってことです! 打てる手はまだまだあるはずですから、一緒に考えていきましょう! 先生!」
そう言うと、アルミアちゃんは奮起するようにグッと両手で握り拳を作った。
面接の時は私がアルミアちゃんを元気づけようとする立場だったのに、なんだか今は立場が逆になってしまっている。
あの時のアルミアちゃんも今の私と同じような気持ちだったのかなぁと思うと、アルミアちゃんのことがわかった気がして嬉しくなると同時に、失っていた元気も少しだけど戻ってきた。
「うん……そうだね。アルミアちゃんの言う通りだ。諦めるにはまだ早いよね」
私一人だった頃ならまだしも、今はアルミアちゃんという頼れる助手がいる。
二人で協力すれば、きっとなんとかできる……はず!
「よーし! そうと決まれば作戦会議だ! えい、えい、おー!」
「おー! です!」
こうして私たちは、お店を盛り上げるための作戦を練り始めるのだった。
「それでアルミアちゃん。早速だけどさ、アルミアちゃんはこのお店を繁盛させるにはどうしたらいいと思う?」
開始早々ではあるが、まずはアルミアちゃんの意見を聞いてみることにする。
なにせ元々の話、私一人でどうにもならなかったからこそアルミアちゃんにこうして相談しているわけだ。
それに、雑貨屋の娘だって言うアルミアちゃんなら私には思いつかない画期的な方法を提案してくれるかもしれない。
「お店を繁盛させるには、まずお客さんにお店まで来てもらわないといけないよね。でも今は見ての通り全然お客さんがいないわけで……商品さえ手に取ってもらえるなら満足させられる自信はあるんだけど……」
「そうですね……つかぬことをお聞きしますが、お店の宣伝はしてるんですよね?」
「あ、うん。でもあんまり効果がなくて……数人くらいは来てくれるようになったけど、商品を手に取ってもらえたことはないかな……」
「でしたらやっぱり、客足が乏しい一番の原因は立地ですね」
「立地?」
「はい。立地です」
アルミアちゃんは真面目な顔でコクンと首肯する。
「当たり前のことではありますが、お店を開くにあたって立地の選択はかなり重要です。一度決めたら簡単には変えられませんから。きちんと下調べをして、周辺の客層の傾向を照らし合わせて、とにかく慎重と万全を期す必要があります」
「そ、そうなんだ……」
安かったからと特にこれと言ったことを考えず、雑にこの物件を選んだ私には、なんとも耳が痛い話だった。
もちろん、当時はお店を開くつもりがなかったっていう理由もある。だけどこうして自分のお店を持つことになった今、この言い訳は通用しない。
せめてこんな路地裏じゃなくて、通りに面した場所にしておけばこんなことには……。
はぁ。まぁ、今更そんなこと言っててもしょうがないんだけどさ……。
私は軽く頭を振って気持ちを切り替えると、アルミアちゃんの話に集中することにした。
「現状を改善したいなら、まずは問題の分析が大事です。課題を明確にして具体的な問題意識を持つことで、なにをすればいいかも自ずと見えてきます」
「な、なるほど……えっと、具体的には?」
「このお店の立地を評価しましょう。先生、この辺りの区域の地図ってありませんか?」
「あ、うん。持ってくるね。ちょっと待ってて」
今までの無邪気な印象とは少し違う。どこか理知的かつ理論的な雰囲気を醸し出すアルミアちゃんに若干戸惑いつつ、私は言われた通り地図を持ってきた。
アルミアちゃんはそれをカウンターの上に広げると、なにかを探すように指先を彷徨わせた後、トン、と一箇所に人差し指を置いた。
「そこって……私のお店の位置?」
「はい。お店の立地を選ぶうえで重視される要素には、面・線・点の三つがあるんです。そしてこれがそのうちの一つ、点です」
「点……ふむぅ」
「重要なのは、この点……つまりお店の存在が、通行人から見えるかどうか。見えるとして、どこからなら目につくのかです」
通行人から見えるなら、そのぶんお店のことも知ってもらいやすくなるし、足も運んでもらいやすくなる。
アルミアちゃんの解説を一所懸命咀嚼しながら、私もアルミアちゃんと一緒になって地図を上から見下ろす。
点――通行人の視点から、お店が見えるかどうか。
「……」
「……」
「通行人以前に……そもそも周りに道がないね……」
「はい……」
何度も言うようだが、私のお店は路地裏の最奥部に位置している。
一応、狭い路地の道がこのお店へと続いてはいるものの、こんなところを日常的に通る人なんているわけがない。通行人なんていないも同然だ。
面・線・点のうち、点は壊滅的……。
厳しい現実を目の当たりにして落ち込みかけたが、まだあと二つの要素が残っている。
気を取り直して私が視線でアルミアちゃんに続きを促すと、アルミアちゃんは頷いて、スッと地図の上を指でなぞった。
「次に線ですが、これになります」
「これは……通りからこのお店への経路、かな?」
「はい。線を評価する時に見るべきことは、そこを普段から人が通るかどうか。お店に足を運びやすいかどうか……道がわかりやすいか、気軽に行けるかです」
「なるほど……けど、うぅーん……」
人通りに関してはもはや言うまでもなく、ない。
そしてアルミアちゃんが指でなぞってくれた、大通りから私のお店までの経路もまた、ハッキリ言って複雑極まりないものだった。
事前にお店のそこにあるという情報を持っていない限り、たどりつくのは至難の業だろう。
「線もダメかぁ……」
「はい……」
面・線・点のうち、二つが落第点……。
ここまで丁寧に説明してもらったことで、いくら宣伝してもお客さんが来ない理由が段々とわかってきてしまったが、まだ最後の一要素が残っている。
「最後に面ですが……錬金術店ということを考慮すると、これくらいの範囲だと思います」
アルミアちゃんが、お店を中心とした一定範囲にぐるりと円を描く。
「これが面? うーん……あ! お店の周囲にどれだけ人がいるかってこと?」
「それも評価すべき項目の一つですね。より正確に言うなら、お店の種類ごとの適した範囲における、お店と周辺との環境の関係性……でしょうか」
……???
わからない……私は雰囲気でお店をやっている……。
「極端なたとえ話になっちゃいますが、街から離れた平原の真ん中に飲食店を建てたとしても、おそらく客足はほとんどありませんよね?」
「そうだねぇ……よほど店主さんの腕がよければ、遠出してでも行く! ってなるかもだけど、毎日いっぱいお客さんが来てるところはあんまり想像できないかも」
平原だと魔物も出没するかもだし、普通の人は気軽には行けない。
「他にも、砂漠の町で雨具を売ろうとしたりしてもうまくいかないはずです。滅多に雨が降らない砂漠という環境では、雨具を必要とする人……つまりはターゲットとなるお客さんがいません」
「なるほど……」
「お店の種類を基準とした、足を運ぶのに適した範囲と人口はどれくらいか。その中に、ターゲットとする層のお客さんがどれほどいるのか。そして競合店が近くにあるかどうか。そういったお店とその周辺の環境とのさまざまな関係性が、面なんです」
アルミアちゃんのわかりやすい解説のおかげで、なんとか飲み込めてきた気がする。
面……お店の周りの人口と、ターゲットになるお客さんがいるかどうかか。
アルミアちゃんから言われたことを理解したうえで、改めてもう一度地図を見下ろしてみる。
……とりあえず、人口に関しては問題ないと思う。
ここは路地裏だから確かに人はいないけど、お店がある街そのものは広大な王都ユグドラだ。
このユグドラ王国でこの王都以上に人が集まる場所なんてないと言ってもいいだろう。
次に、ターゲットとなるお客さんの有無についても問題ないかな。
路地さえ抜けてしまえば大通りもすぐだし、大通りなら冒険者や商人、鍛冶屋みたいな職人の人に至るまでいろんな人が通る。
もちろん、錬金術店に興味を持ってくれる人も一定数いるはずだ。
それから……えっと……きょ、きょうごう……。
……。
「そのぉ、アルミアちゃん。すごく初歩的なことだったら申しわけないんだけど……競合店、って?」
あいにく私は思いつきと勢いでお店を始め、雰囲気でそれっぽく経営しているだけのド素人店主だ。
競合店という単語を聞いたことがないわけではなかったけど、その詳しい意味までは考えたことがなかった。
恥を忍んで聞いてみると、アルミアちゃんは私をなんら嘲ることなく答えてくれる。
「同じ層のお客さんをターゲットにした、同じ商品を提供するお店のことですね。競り合うようにお客さんを取り合ってしまうので、競合店、って言うんです」
「そうだったんだ。じゃあこのお店で言うと、同じ錬金術店が競合店ってことになるのかな?」
「はい、そうなります。でも、錬金術店と一口に言ってもいろんなお店があるので……ポーション専門の錬金術店とか、合金専門の錬金術店とか。そういった専門とする分野が違うならターゲットとなるお客さんも提供する商品も違いますし、競合店にはならないかと思います」
ふむふむ。あくまで自分と同じようなものを売ってるお店が競合店になるんだね。
たとえば飲食店と一口に言っても、一般的な食事を提供する大衆食堂と、甘味を中心に売り出すお菓子屋さんとじゃ客層もだいぶ違うはずだし。
「先生は、このお店をどんな風に発展させていきたいかビジョンはありますか?」
「んー、そうだなぁ……」
錬金術と一口に言っても、作り手や作る物次第で得手不得手はあるものだ。
たとえばポーションを作るのが得意な錬金術師がいれば、金属をかけ合わせるのが得意な錬金術師だったり、逆にそれらが苦手な錬金術師だっている。
そういった自分が得意なものを前面に押し出した結果、ポーションや合金専門と言った専門の錬金術店の運営に繋がっていったんだろう。
だとしたら重要になるのは、錬金術において、私はなにが得意で、なにが苦手なのかだ。
「……うーん……」
ただ、正直に言って、これはちょっと難しい問題だった。
なぜ難しいのかとは言えば……実を言うと、私は他の錬金術師の人たちと違って、そういった得意不得意がないからだ。
強いて言うなら爆弾を作るのが大好きだし得意だけど、だからって他のなにかを作るのが不得意というわけでもない。
ポーションを作れと言われれば作れるし、合金を作れと言われても問題なく作れる。
勇者パーティにいた頃も、爆弾とかポーションとか魔除けのアロマとか対魔物用トラップとか爆弾とか爆弾とか、状況や必要に応じていろんなものを作ってたしね。
だから他のよくある錬金術店みたいに専門店にするよりは、どんな仕事でも受けつけるなんでも錬金術店の方が私の長所を活かせて良いんじゃないかと思う。
もちろん、爆弾専門店もすっごく魅力的だけどね!
Commentary:面・線・点
本来は面から順に評価して絞っていき、すべての条件をクリアする最後の点を物件に選ぶのが望ましい。
この世界において、これは古代文明の遺跡から掘り起こされた情報媒体からもたらされた考え方である。古代文明の遺産は、このほかにもさまざまな技術や論理の発展を促していることから、現代と比べて非常に高度な文明であったとされている。