8.そ、それほどでもないよぉ。にへへ
二人して万歳したりハイタッチしたり、果ては小躍りまでしてはっちゃけまくるフィーバータイムも、ゼェゼェと息が切れる頃になると落ちついてきた。
私と一緒に喜びをわかち合っていた間は相当ノリノリだったアルミアちゃんだが、冷静になったら途端に恥ずかしさがこみ上げてきたようで、その後しばらくは「うぅ……」と小さくうめき声を漏らしながら耳まで真っ赤にして縮こまっていた。
アルミアちゃんが小さい頃によく踊ってたっていうスライムダンス、すっごく面白かったんだけどなぁ。
アルミアちゃんいわく「もう絶対見せません……」とのことらしい。
ぷにぷに~、って言いながら頬を引っ張ったりするところとか、可愛かったのに……残念。
そんなわけですっかり大人しくなってしまったアルミアちゃんを連れて、私は彼女に店内を案内していた。
や、これを店内の案内と呼ぶのは少しだけ語弊があるかもしれない。
この建物は確かに私のお店だけど、実際にお店として利用しているのは工房と倉庫くらいで、他の部屋はもっぱら私の居住空間として使っている。
だからより正確に言うなら、お店兼自宅の案内って言ったところかな。
「ここが浴室ね。素材を加工する時に髪とか汚れちゃったりすることもあると思うし、好きに使ってくれていいからね」
「わっ、いいんですか? ありがとうございます!」
アルミアちゃんは素直に礼を言いながらも、角の汚れに目ざとく目を留める。
「でも、ちょっとカビが目立ちますね。使わせていただくだけというのも申しわけないので、今度手が空いてる時に掃除しておきますね」
「う……汚くてごめんね。私、掃除が苦手で……」
「あ、責めているわけではなくて……! 私、面接の時に言ったようにお掃除が趣味の一つなので。こういうのを見つけると綺麗にしたくなっちゃうというか」
「うぅ。そっか……でもアルミアちゃんだけにやってもらうのも悪いし、その時は私も手伝うからね」
アルミアちゃんとは違い、私は掃除があんまり……だいぶ……まったく好きではない。
けれど、わざわざアルミアちゃんが掃除してくれるつもりだというのなら、私も重い腰を上げないわけにもいかないだろう。
年下の子に全部任せて自分だけふんぞり返ってるっていうのも、居心地悪いしね……。
それに、一人だったらつまらない作業でも二人なら楽しくできるかもしれない。
浴室を出た後はお手洗いの場所を教え、その次は台所へと案内する。
「そういえばアルミアちゃんはお料理ができるんだっけ?」
「はい。一通りはできますよ。お母さんにたくさん教わったので!」
お母さんのことが大好きなんだろう。アルミアちゃんの声音は上機嫌に上ずっていた。
「アルミアちゃんはしっかりものさんだね。時間がある時はいつでも好きに台所使ってくれていいからね」
ちなみに私はお料理ができない。
アルミアちゃんが使ってくれるのなら、一度も使われたことのない埃まみれの調理器具たちも報われることだろう……。
「はい! 重ね重ねありがとうございます! ……えっと」
「ん? どうかした?」
「その……そういえばまだお名前を聞いていないな、と」
突然困ったように言い淀んだかと思うと、アルミアちゃんはおずおずと私の顔を覗くようにして言った。
「あっ……そういえばそうだったね。ごめんねアルミアちゃん」
アルミアちゃんには面接の場で名乗ってもらったが、思い返してみれば確かに私の方は名乗っていなかった。
大事なことを忘れてしまっていたことを謝罪しつつ、私は胸の前に手を置いて改めて自己紹介をした。
「私の名前はフラルだよ。フラル・プロジオンって言うんだ。子どもに見えるかもしれないけど、これでももう二〇歳になる立派な大人だから! これからよろしくね、アルミアちゃん」
「はい! よろしくお願いします、フラル先生!」
「へ? 先生……?」
「……? はい。そうですけど……」
思わず聞き返すと、アルミアちゃんはきょとんとした表情で首を傾げた。
「私はここの雇われの助手で、フラル先生は私の雇い主ですよね? でしたらやっぱり先生とお呼びするのが自然かと思ったのですが……もしかしてダメでしたか?」
「う、ううん! ダメなんてことないよ! ただ……今までそんな風に呼ばれたことなかったから、ちょっとビックリしちゃって」
慌てて首を左右に振って弁明すると、アルミアちゃんは「そうだったんですね」と安心したように胸を撫で下ろす。
なるほど……そっか。私はアルミアちゃんの先生になるのか。
先生……私がアルミアちゃんの、先生……。
……にへ、にへへ……。
「んん、こほん! じ、じゃあ次は私の工房に案内してあげるね!」
「工房……! はいっ! お願いします!」
照れくさい気持ちを誤魔化すように工房のことを口に出すと、アルミアちゃんの顔色が目に見えて変わった。
工房とはとどのつまり、錬金術師の本格的な仕事場のことだ。
アルミアちゃんも錬金術師を志す者として、私のような一人前の錬金術師が使う工房がどんななのかは気になるみたいだ。
って言っても、お店の中に入ってる時点でアルミアちゃんも一回見てるはずなんだけどね。
「はい。ここが私の工房だよ!」
「ここが、先生の……?」
ポツリと漏れたアルミアちゃんの呟きからは、隠し切れない戸惑いの感情が窺えた。
まぁ正直、それも無理のない話だった。
私が案内したのは、正面玄関から入ってすぐのところだ。
広いスペースが確保されたこの部屋はお客さんへの受付も兼ねていて、入り口付近には応対用のカウンターテーブルが設置されている。
そしてカウンターテーブルより向こう側が実質的な私の工房だ。
工房用の空間の中央にはデデーンと大きな錬金釜が鎮座しており、それを取り囲むようにして素材棚や作業台が配置されている。
「……なんというか、その……」
「思ってたより質素だなぁ、って?」
「そ、そんなことは」
「あはは、いいんだよ遠慮しなくても。事実だもん」
錬金術師の活動に必要な最低限のものは置かれているが、言ってしまえばそれだけだ。
素材棚はほとんど物が置かれておらず、今ここにあるものだけでなにか作ってみてほしいと言われても大したものは作れない。
作業台にしても手作業用の道具が少し並んで置いているだけで、特定の素材を加工するための専用器具だとかの便利はものは置いていない。
錬金術師の工房として、あまり褒められた環境ではないことは確かだ。
「ごめんねアルミアちゃん。参考になる図鑑とかレシピでもあればよかったんだけど……」
「いえ、お気になさらずです! そういうのは学校の図書館にたくさんありますから!」
うーん……そう言ってもらえるのは助かるけど、いつまでもこのままってわけにもいかないしね。ちょっとずつ買い揃えていかないとなぁ。
「でも、先生は図鑑もレシピ本もなしにどうやって錬金術を……? 本当に一冊も見当たりませんけど……」
「んー。私、ちょっと前までは冒険者活動で生計を立ててたんだ。仲間と一緒にいろんなところを旅してさ。でも、そうやって旅しながらだと持ち歩ける量にも限界があるでしょ? だから素材の特徴も錬金術のレシピも暗記するようにしてたの」
「暗記……あんなに分厚い物を? 先生ってすごい人なんですね!」
「そ、それほどでもないよぉ。にへへ」
こんな風に裏表なく真正面から褒められることなんて今まで滅多になかったせいで、油断するとついお口が緩んできてしまう。
しかし仮にもアルミアちゃんの先生として、あまりだらしない姿を見せるわけにはいかない。
私はすぐにキリリッと表情を切り替えると、むんっ! と自信満々に胸を張ってみせた。
「だからね、アルミアちゃん。もしわからないことがあったら、なんでも私に聞いてくれていいからね。図鑑がないのはアルミアちゃんにとっては不便かもだけど……そのぶん私がいろいろ教えてあげられると思うから」
さっき言ったように、ちょっとずつは買い揃えていきたいとは思っている。
思ってはいるけど……一通り揃えられるのはだいぶ先の話になる。
今はお金が全然ないし、図鑑とかレシピ本って何気に高価だし……。
いつの日かそれらを買い揃えられるようになるまでは、私がアルミアちゃんにとっての図鑑代わりというわけだ。
「ありがとうございます、先生! 私も先生のお役に立てるよう、誠心誠意頑張ります!」
アルミアちゃんは私の言葉を噛み締めるようにコクコクと何度も小さく首を縦に振ると、グッと胸の前で握り拳を作った。
うんうん、その意気だよアルミアちゃん。
錬金術は心が大事だからね。アルミアちゃんが本気で錬金術に向き合い続ける限り、その心意気が実を結ぶ時がいつの日か必ず訪れる……はず!
「ありがとねぇ。それじゃあアルミアちゃん、早速だけど……」
「はい! お仕事ですね! 私、なんでもやっちゃいますよ! お使いですか? お掃除ですか? 私、お掃除は得意分野です!」
ふんす! と鼻息荒く気合い十分な様子のアルミアちゃん。
やる気になってくれるのはとてもありがたかったのだが、残念ながら、これから彼女にお願いすることはお使いでもなければお掃除でもなかった。
もっと切実かつ重要な、このお店の存亡に関わる問題だ。
開店中だというのに未だ客足一つない閑散とした店内を見回し、フッと力なく笑った後、私は哀愁を滲ませた顔で言った。
「お店を繁盛させる方法……一緒に考えよっか」
「……はい?」
アルミアちゃんのよく響く呆けた声が、なんとも耳に痛かった……。
Commentary:スライムダンス
スライムの名状しがたい動きに感銘的なインスピレーションを受けた名のある踊り子が世に生み出したダンスの。
「陽気なスライム」がコンセプトとなっており、ダンスと呼ぶにはあまりに奇妙で奇怪な動作の数々が連続する。
非常にマイナーで人気のないダンスだが、本物のスライムと見紛うほど真に迫った振り付けが一部では熱狂的な人気を誇り、今日もまたこの世のどこかで誰かがこのダンスを舞っている。