7.心の底から爆弾を愛してるんだね! うぅ、私は感動した!
アルミアちゃんを採用するべきか、それとも拒むべきか。
私が沈黙し、一人悩んでいる間も、アルミアちゃんは懇願するように頭を下げ続けていた。
「……えっと。とりあえず、次の質問に移ってもいいかな……?」
「あ……は、はい。ごめんなさい。私、急にこんなこと……」
まだ答えは出ない。
それでも、このまま年下の子に頭を下げ続けられるのは気まずいどころの話じゃなかったので、ひとまず面接の体を保って話を進めることを試みる。
すると、アルミアちゃんはようやく頭を上げてくれる。
代わりに、醜態を晒したことを後悔するみたいに顔をものすごく悲壮に歪ませちゃったけど……。
こ、こんなはずでは……。
「じゃ、じゃあ次の質問ね! 次に聞きたいのは、んーと……そ、そう! アルミアちゃんは錬金術を始めてどれくらい経つのかな?」
「五年くらい、でしょうか……でも初めの頃は作れてた簡単なものも、最近はどれもうまく作れなくなってしまって……ごめんなさい」
「あ、謝らなくてもいいけど……」
どれくらい経つのかしか聞いてないのに、なぜか錬金術の実力まで自己申告して一人で勝手に落ち込んでしまったアルミアちゃんに、私は顔を引きつらせる。
「な、なら! なにかこれを作るのが得意! っていうものはある? 錬金術師って一口に言っても誰だって得手不得手はあるものだからね。アルミアちゃんも、自分でもこれならうまく作れるっていうものはあるんじゃない?」
今の状態ではなにを聞いたところで自虐じみた答えしか返ってこないだろう。
そう感じた私は、まずはアルミアちゃんに自分自身を肯定してもらうことから始めようと思い、前向きな回答を誘導するような質問を投げかける。
しかしアルミアちゃんの反応は私の期待に反して芳しくなく、またしてもどんよりとした曇り空のごとく顔を俯かせた。
「なにもありません……簡単なポーションくらいなら作れますが、他の皆と比べたら質も全然で……ごめんなさい」
「そ、そっかぁ……けど、まだアルミアちゃんが自分の得意分野を把握し切れてないだけかもしれないよねっ?」
「いえ……少なくとも教科書に載っていた錬金術は一通り全部試しましたが、これと言って得意と言えるものはなく……ごめんなさい」
「と、図書館の本は……? 図書館なら、教科書には載ってないようなマイナーなレシピとかもあったはず……」
「全部は試し切れてませんが、この一年弱で読めるだけのものは読んで試しました。でも結果は同じで、どれも上手くいかなくて……本当にごめんなさい……」
「そ、そっかぁ……」
……どうしよう。もっと落ち込んじゃった……。
「つ、次は……次の質問は……うーんとぉ……」
「……」
本人は必死に堪えてるみたいだが、アルミアちゃんの眼はかすかに潤んでおり、心なしか肩も震えていた。
否定的な返答ばかりを繰り返してしまったせいで、彼女は自分が不採用になると思い込んでしまっているようだ。
年相応に幼さが残る顔に張りつく諦観と絶望の色が痛ましく、私に次の質問を投げかけることを躊躇させる。
次にまた下手なこと聞いて反応が芳しいものじゃなかったら、今度こそ本当にアルミアちゃんは泣き出してしまうかもしれない。
で、でも、だからってこのまま黙ってるわけにもいかないし……。
いつまでも二の足を踏んでいたら、それはそれで彼女の心をさらに追い詰めることになるだろう。
だからそうなる前に、早くなにかを聞かなくちゃいけない。
なにか、アルミアちゃんを落ち込ませずに済むような冴えた問いかけを、できるだけ早く。
なにか、なにか……うごご。
なにかアルミアちゃんを元気づけられる良い話題はー……!
「そ、そのぉ、アルミアちゃんはー……」
「はい……」
「……ば、爆弾って……好き?」
――……いや。なに聞いてんだ、私。
私も内心いっぱいいっぱいになっていたんだろう。
追い詰められた私の口からついて出たのは、私の大好きな爆弾のことだった。
面接の最中に取り上げる話題としてはまるで突拍子がなく脈絡もなかったためか、アルミアちゃんも呆気に取られたように目をパチクリとさせている。
こんな質問でアルミアちゃんが意気消沈することはさすがにないとは思うけど、これで状況が好転するとはとても思えない……。
つまりはなんの意味もない問いかけに等しかったはずなのだが、意外にも、アルミアちゃんの反応は悪いものではなかった。
「あ……そうでした。あまり評価されないので忘れがちでしたが……実は私、爆弾だけはちゃんとしたものを作ることができて……」
「へ? 爆弾だけ?」
「はい。その、いつも釜を爆発させちゃってますし、なんとなく作り方がわかると言いますか……えへへ。もちろん出来は良いものではないのですが」
アルミアちゃんは照れくさそうに頬を掻いた後、少し自信を取り戻した表情で私を見た。
「だから好きか嫌いかで言えば……好き、でしょうか? 私にとって爆発は失敗の象徴でもあるので、ちょっと複雑な心境ではありますけど……」
「好き? 好きって、爆弾が……?」
「そうですけど……あの、どうかしましたか? 私、またなにか失礼なことを……」
好き……爆弾が好き……。
なにげなく放ったであろうアルミアちゃんの一言が、私の胸の内にじんじんと染み渡っていく。
私自身が好きだと言われたわけでもないのに、こんなにも嬉しくてたまらない気持ちになるのはなぜだろう?
私を知る人の間ではもはや周知の事実ではあるが、私は爆弾が好きだ。
あの独特の火薬の匂いが好きだ。導火線に点火する瞬間の緊張感が好きだ。
爆音とともに巻き上がる粉塵も、肌を焼くような熱風も、爆破の後に残る爽快感も。
爆弾がもたらしてくれるすべてのものが、私はとにかく大好きだ!
……けれど、そんな私の思想に同調してくれる人はなかなかいなかった。
もちろん受け入れてもらえたことがないわけじゃない。
たとえば勇者パーティの皆がそうだった。
いやまあ最終的には追放されちゃったんだけど……あれは私の考えなしの行動が問題視されたわけであって、私の爆弾趣味そのものが否定されたわけじゃない。
他にもお母さんとか、まだ私が学校に通ってた頃に私のことを慕ってくれてた後輩の子だとか。
趣味嗜好は人それぞれだからって理解を示してくれた人はそれなりにいる。
でもそれはあくまで、自分とは違うものをそういうものだと受け入れてくれただけだ。
爆弾が好きだっていう私の思いに心から共感してくれた人に、私は今までの人生で一人も出会ったことがなかった。
――そう。今日この時までは。
「――――採用!」
「へ?」
湧き上がる歓喜に身を任せ、ガタッと勢いよくイスを蹴って立ち上がる。
動きが激しすぎたせいで伊達メガネが床にずり落ちてしまったが、大人っぽくだとかなんだとか、そんなこととっくにどうだってよくなっていた。
興奮冷めやらぬままアルミアちゃんに駆け寄った私は、彼女の手をガシィッ! と強く両手で握る。
「え? えっ?」
「爆弾への深い愛! 燃えたぎる恋情! どんなスランプの中にあっても爆弾だけは作れる、揺るぎない情熱……! わかる、わかるよアルミアちゃん! アルミアちゃんも私と同じで、心の底から爆弾を愛してるんだね! うぅ、私は感動した!」
「は、はいっ!? いえあのっ、確かに好きとは言いましたけど、好きか嫌いかで言えばであって、別に私そこまで爆弾が好きってわけじゃ……」
「隠さなくてもいいの! 私の前では、その気持ちを抑え込まなくてもいいの……たとえ周りの人がアルミアちゃんに爆弾魔だとか犯罪者予備軍だとか要注意危険人物だとか心ないレッテルを貼ったって、私だけはアルミアちゃんの味方だから……!」
「で、できればそんな風には呼ばれたくないです……というか!」
アルミアちゃんは私の肩を両手で掴んで押しのけると、不安そうな眼で私を見つめ返した。
「爆弾が好きだからって……そんなことで採用かどうかなんて大切なことを決めてしまっていいんですか?」
「へーきへーき。爆弾が好きな子に悪い人はいないもん!」
「悪い人の方が格段に多そうですけど……」
「細かいことは気にしない!」
えぇ……と顔を引きつらせるアルミアちゃんに、私は「それにね」と言葉を続ける。
「アルミアちゃんがこの店に来てくれるって知った時、私、すっごく嬉しかったんだよ」
「嬉しかった……ですか?」
「ほら、私のお店ってすっごくボロボロでしょ? 歴史も実績もなんにもないし。もしかしたら誰も来てくれないかもって思ってたから」
だから。
「どんな子なのかなぁって、ずっと楽しみだったんだ」
「……そんな……私は、ただ……」
微笑みながら告げた私の言葉に、アルミアちゃんは後ろめたそうに視線をそらす。
わかってる。アルミアちゃんが私のお店を働き先に選んだのは、他に行く場所がなかったからでしかないってことは。
でもねアルミアちゃん。そんなこと私にとっては些細な問題なんだ。
楽しみすぎて浮かれちゃって、伊達メガネなんてものまで用意して。
その子のことがもっと知りたい一心で、必要のない面接までセッティングしてしまった。
そんな私にとって、今ここにアルミアちゃんが来てくれたこと以上に大事なことなんてない。
未だ私から目をそらし続けているアルミアちゃんの手を包み込むように、そっと指を絡ませる。
すると驚いて顔を上げたアルミアちゃんとやっと目が合って、私は普段みたいにだらしなく笑ってみせた。
「ね、アルミアちゃん。アルミアちゃんは錬金術をちゃんと使えるようになりたいんだよね? お店はこんなだけど、私、これでも錬金術の腕には自信あるんだ。だからアルミアちゃんも大船に乗った気持ちでいていいよ! この私がアルミアちゃんを立派なボムマイスター……もとい、錬金術師にしてあげる!」
「……本当に、私なんかでいいんですか? 私、なにもできないのに……」
「できるようになるために、これから頑張るんでしょ?」
「これまでいっぱい頑張ってきて、それでもダメだったんです。どんなに努力しても、才能がなくちゃ夢は叶わない……」
「けど、アルミアちゃんはまだ諦めたくないって思ってる」
「っ……」
「届かないかもしれなくても、叶わないかもしれなくても、まだ私は頑張りたいんだって。だからアルミアちゃんは、私のお店に来たんでしょ?」
核心を突く一言に、アルミアちゃんは目を見開いて瞳を震わせた。
そのまま正直な気持ちを吐露してもらえれば楽だったのだけど、どうやらまだまだ自分の心に素直になれないみたいで、またしてもアルミアちゃんは私から視線をそらした。
「でも、私は……」
「むー……もうっ、しつこいよアルミアちゃん!」
さすがにちょっと煩わしく感じてきた私は唇を尖らせると、半ば強引にアルミアちゃんに詰め寄った。
「アルミアちゃんは私のお店に採用されたいの? されたくないの? どっち!」
「そ、それは……採用されたい、です」
「なら採用です! アルミアちゃんは今日からここで働きます! 私の助手としてね!」
「じ、助手さんですか!? わ、私なんか雑用でも全然」
「ダメダメ! アルミアちゃんは私の助手! 店主権限です! 異論は認めませーん!」
「で、でも」
「み・と・め・ま・せ・ん!」
アルミアちゃんの反論を大声でかき消し、両腕で大きくバッテンを作って有無を言わせずに押し切る。
やってることが完全に子どものそれだったが、今のアルミアちゃんにはきっとこれくらい強情な方がちょうどいいだろう。
「さ、アルミアちゃん。採用されたんだからもっと喜んで! ほら、こんな風に! わーい! わーいっ! って!」
「え。え?」
未だなにか言いたげな彼女にさらにまくしたてるように、私は彼女の目の前で力いっぱい万歳をしてみせる。
「わーい! わーい! ほら、アルミアちゃん!」
「えっと……」
「えっとじゃないよ! わーいだよ!」
「わ、わーい……?」
しばらくするとアルミアちゃんは私の勢いに押されたのか、戸惑いながらも控えめに手を上げ始めた。
「もっと大きな声でハキハキと! わぁーい! やったー! 合格したぞぉー!」
アルミアちゃんが同じようにしてくれるまでやめないぞ! という決意のもと、ひたすらに万歳を繰り返す。
最初こそまだなにか言いたいことがあるかのようにパクパクと口を開閉していたアルミアちゃんだったが、自分のことのように万歳をして喜ぶ私を見ているうちに根負けしたのだろうか。
しばらくして一度完全に口を閉じると、意を決したようにギュッと胸の前に拳を作り、両腕を思い切り天井に突き上げた。
「わ……わぁぁぁーいっ! やりましたぁ! 私、合格しましたぁぁー!」
あんなに反論したがっていたはずなのに、力いっぱい叫ばれたアルミアちゃんのその言葉には、どうしようもなく隠し切れない喜色が浮かんでいた。
「嬉しいねぇー! アルミアちゃん!」
「はい、嬉しいですぅー! ……えへへ。こうして叫んでたら、なんだか暗い気持ちも吹き飛んじゃいました……わーい! わーいっ! ……です!」
それから私たちは二人でハイタッチをして喜びをわかち合った。
私と一緒にはしゃぐ彼女の姿は花が咲いたみたいに可憐で愛らしく、見ているこっちまで幸せな気分になってくるようだった。
Commentary:爆弾魔・犯罪者予備軍・要注意危険人物
とある錬金術師の学生時代の周囲からの呼び名。
本人はレッテルと言い張っているらしいが、レッテルでもなんでもなく単なる事実である。