6.朝から晩までニッコニコですぅーっ!
ユグドラ王立学校にて無事インターンの募集登録を済ませた私は、それからというもの、暇があればお店の窓辺で外を眺める日々を過ごしていた。
インターンの申請が受理されれば学校から手紙が投函されるとのことなので、配達員の人がやってくるのを今か今かと待ちわびていたのである。
冒険者として簡単な依頼をこなす午後はさすがにそんな暇なことはできなかったけど、帰ったら即座に郵便受けをチェックすることだけは絶対に欠かさなかった。
もちろん一朝一夕で申請が来るものではないことはわかっていた。けれど、楽しみだと思う心を止めることは誰にもできない。
たとえるなら、火がついた導火線を眺めてる気分に近いかな?
今か今かと爆発の瞬間を待ち焦がれる胸のドキドキは、なににも代えがたい興奮のスパイスなのだ!
勇者パーティにいた頃に同じことを語った時は、恐怖しか感じないとかなんとか言われてまったく共感は得られなかったけど……ふっ、それは君たちが素人だからなのだよ……。
午前中はお店の番をしながら窓枠にかじりつき、午後は簡単な冒険者依頼をこなす。
そんな毎日を続けていくうちに、あっと言う間に月日は経過していった。
もしかしたら誰も来てくれないんじゃないかと不安になる日もあったけど……インターンの募集を始めてから、およそ半月ほどが経過した頃――ついに待ち焦がれたその時はやってきた。
「それじゃあ、まずはお名前から教えてもらえるかな?」
「は、はい……!」
机を挟んで対面する少女は、私の問いかけに少し上ずった返事をすると、緊張した面持ちで背筋を伸ばす。
なにをしているのかと言われれば、答えは簡単。採用面接だ!
そして私の前方に座る学校の制服を着ているこの女の子こそが、私のお店にインターンの申請を出してくれた記念すべき第一号ちゃんというわけである!
ふふ……面接かぁ。懐かしい響きだなぁ。
ユグドラ王立学校の入学試験や、錬金術師の国家試験のような重要な場では、こういった面接がいつも付随していた。
もっとも、それらはあくまで面接をされる側としての経験であって、私はこんな風に面接をする側に回ったことは今まで一度としてない。
だから私に面接のノウハウなんてものはまったくもってありはしないのだが、そこは経験豊富な大人の腕の見せどころ!
かつて私の面接を担当した教師や試験官の人たちに習い、私はそこはかとなく厳格で大人っぽい雰囲気を醸し出しながら、この日のために用意した伊達メガネを格好良くクイッと押し上げた。
無論、キリリッとキメ顔を作ってのオマケつきである。
これできっと生徒の子の目に今の私は、最高に威厳あるクールな大人の女性として映っていることだろう。
見惚れてもいいんだよ?
「わっ、私はユグドラ王立学校高等部、錬金学科所属のアルミア・ケミストールです! 学年は一年生で……えぇと、年齢は一五歳です……!」
まだ名前しか聞いていなかったのだけど、名前以外にもいろいろ答えてくれた。
私のお店に来てくれた生徒の子――アルミアちゃんは、とっても感情豊かな子って印象だった。
なんていうか、一挙一投足からなにを考えているか伝わってくる感じ?
今だってそうだ。
自己紹介の段階からすでにガチガチになっている様子が微笑ましく、彼女の内の不安と緊張が見て取れる。
膝の上に置いた握りこぶしも、必要以上に固く力んでしまっているみたいで小刻みに震えていた。
「ふむ……」
正直言って私は自分のことを、そんなに人を緊張させられるような見た目をしていないと思っている。
背はちっちゃいし、童顔だし。もう成人してるのに「未成年の子は飲んじゃダメだよ」って完全な善意でお酒を取り上げられたことだってあるし……。
でも今、アルミアちゃんは私を前にしてカチコチになっちゃうくらいには緊張してくれている。
もちろん、面接っていう特殊な環境下が彼女をそうさせてるのはわかってるけど……もし私のことをただの子どものように思っているのなら、いくら面接の場だとしてもこんなにも緊張はしないはず。
つまり、アルミアちゃんは私のことを少なからず大人として見てくれている……。
伊達メガネのおかげかな? クイッてする仕草格好良いもんね!
それとも……ふふん、私のキメ顔に本当に見惚れちゃったのかな?
「にへへ……んんんっ! こほんこほん!」
人生で初めてと言っても過言ではない。大人っぽく見られていることの嬉しさに、ついいつものような締まりのない顔になりかけてしまったが、すぐに自制してキリキリッとした表情を維持する。
ふふふ⋯⋯なにせ私は大人。
大人とは、常に落ちつき払い、余裕を持ち、気品に溢れ、気遣いができ、大事な場面ではきちんと真剣になれる人のこと。
この面接を通して、この子には私の大人っぽいところをもっとたくさん知ってもらうのだ!
「じゃあ次は、特技や趣味なんかを教えてくれる?」
私はかけている伊達メガネを再びクイクイッと持ち上げながら、アルミアちゃんに次の質問を投げかける。
実を言うと私はユグドラ王立学校からアルミアちゃんについての資料をもらっていて、大体のことはそちらに書いてある。
ただ、どうせならアルミアちゃんの口から直接教えてもらいたい。
「特技は……雑貨屋の娘だったので、お店番が得意です! あとは暗算でしょうか? よく商品の勘定をしていたので……!」
錬金術店に勤めようとするアピールポイントとして自信があったのか、緊張している様子ながらも淀みなくスラスラと答えてくれた。
ふむふむ、お店番かぁ。それはすごく助かるかも。
インターンの子を雇おうと決めた際、人が増える利点として店番を任せられることを考えてはいたけど、雇ってすぐにそんな役割を任せるわけにもいかないからね。
プレッシャーもかかるだろうし、徐々にお店に慣れてもらってからじゃないと無理かなと思っていた。
でも経験があるアルミアちゃんなら、私が思っていたよりも早く店番を任せられそうだ。
「趣味はお料理とお掃除でしょうか? お料理は小さい頃、お母さんにおいしいって言ってもらえたのが嬉しくて、それ以来続けてるんです。お掃除はお店のお手伝いで掃いているうちに、細かい汚れが気になるようになってしまって……暇な時、気がつけばやるようになっちゃったんです」
「おおぅ……」
なんという立派で家庭的な趣味……そこら中で爆弾をばらまいてはしゃいでいる私とは大違いだ。
なんだか急に自分が子どもになってしまったかのような錯覚を覚える。
いや、もちろん私は大人。
大人なのだけども……なんかこう、心は子どものまま体だけが大きくなってしまった情けない大人のように思えてきてしまったというか……いやまあ、子どもの頃から体もほとんど成長してないんだけどさ。
「お料理にお掃除かぁ……将来は良いお嫁さんになりそうだねぇ」
「えへへ。そうでしょうか? ありがとうございます」
言われ慣れてそうな褒め言葉なのに、アルミアちゃんは照れくさそうに頬を緩めて微笑んでくれる。
私が友好的な態度を示すことで肩の力を少し抜くことができたのか、さっきまでよりずっと自然な仕草に見えた。
うんうん。これなら面接の方も順調に進んでいきそうかな。
「じゃあ次は――」
私がなにか質問するたびに、アルミアちゃんは一つ一つ丁寧に答えてくれる。
アルミアちゃんは自分のことを雑貨屋の娘だと言っていたけれど、実家ではきっと看板娘だったんだろう。
彼女の笑顔には人の心を惹きつける不思議な愛嬌があって、そんなアルミアちゃんと話を続けていくうちに、気がついた時には私は大人っぽく振舞うことを忘れてしまっていた。
「それじゃあ次は……あ、そういえば大事なことまだ聞いてなかったね」
「大事なこと、ですか?」
すっかり緊張も解れ、可愛らしく小首を傾げたアルミアちゃんに、私も微笑みながら言葉を返す。
「うん。アルミアちゃんはどうして私のお店にインターンに来てくれたのかなーって。要するにまあ、志望動機だね」
「し、志望動機……ですか」
一瞬、なぜかアルミアちゃんがビクッと肩を跳ねさせた気がした。
「話してみた感じ、アルミアちゃんって素直で一所懸命な良い子だし、お手伝いとしてだけどお店の経験もあるし、最初はちょっと緊張してたけど受け答えもしっかりしてるし……こんな子、普通なら引く手数多だと思ったからさ。どうしてわざわざこんなオンボロ店に来てくれたのかなぁ、って」
「それは、その……し、試験が近いので……」
とても答えづらそうに、言葉を選ぶようにしてアルミアちゃんは答える。
「試験? ……あ、もしかして進級試験?」
私が確認すると、アルミアちゃんはブンブンと勢いよく首を縦に振った。
進級試験――ユグドラ王立学校で年ごとに行われる、進級を賭けた一大試験だ。
この進級試験は学科ごとに筆記と実技の二段階に渡って執り行われる方式となっており、筆記と実技のいずれかの低い方の点数
ユグドラ王立学校の校風は『実践』。そして実践とは、知識と能力が正しく調和してこそ成り立つものだという見解がユグドラ王立学校の基本方針だ。
だから筆記だけが高くても合格できないし、実技だけが優秀でもそれは同様だ。
そしてこの進級試験に合格できなければ、その生徒は退学を余儀なくされる。
救済措置として留年を言い渡されることもあるらしいけど、長期間にわたって病に侵されていたとかの特別な事情がない限り、基本は退学だ。
「試験まで……んー、あと一か月半くらいだっけ?」
「はい……だから試験に備えて一度、正式な錬金術師の方のもとでお仕事を体験してみたかったんです」
「うーん……なるほど? でもそれならこんなオンボロ店じゃなくて、なおさら他の錬金術店に行くべきだったと思うけど……」
「そ、それは……」
アルミアちゃんが語ったのはあくまで錬金術店のインターンシップに参加しようと思い立った理由であって、私のお店を選んだ理由じゃない。
お店の経歴なんかの情報は全部、インターンシップの募集登録をする時にユグドラ王立学校に提出している。それは他の錬金術店も同じで、私のお店以外にもいくつかインターンの候補はあったはず。
私のお店は歴史が浅く、実績もなく、そして無名だ。
それなのにアルミアちゃんは数ある錬金術店の中から、わざわざ私の錬金術店を選んだ。それはいったいなぜなのか。
「……その……えっと……」
最初こそアルミアちゃんは言いづらそうにしていたが、やがて観念したように肩を落とすと、ポツポツと語り始めた。
「……実は私、錬金術がその……あまり得意ではなくて。授業でも失敗ばかりで、いつも釜を爆発させちゃうんです……」
「え。いつも爆発……!?」
なにそれ羨ま……じゃなくて!
い、今は真面目に話を聞いてあげないと!
「はい……実を言うと私、先生のお店以外にもいくつか錬金術店のインターンに行ったことがあるんです。でもそのたびに釜を爆発させて、どこもクビになってしまって……こんな私にはもう、先生のところしか行けるところがなかったんです」
「な、なるほど。そうだったんだ」
「すみません……本当に、ごめんなさい。こんな、先生のお店を侮辱するみたいな理由で……」
「や、このお店がオンボロなのは私もじゅうぶんわかってるから大丈夫だよ……」
昨日もお客さんが一人も来なかったことを思い出して苦笑いを浮かべつつ、「でも」と私は首を傾げる。
「毎回爆発しちゃうなんて不思議だね。素材はちゃんとしたものを使ってるんだよね?」
「はい。皆と同じことしてるはずなのに、どうしてかいつも私がやる時だけ釜が爆発してしまって……私にはきっと、皆みたいな錬金術の才能がないんです」
自虐的にそう言って、アルミアちゃんはしょんぼりと項垂れる。
しかし次の瞬間、バッと弾かれたように顔を上げたかと思えば、私に向かって深々と頭を下げてきた。
「でも私、頑張りますから! だからどうか……どうかお願いします! 私をここで雇ってもらえませんか!?」
「へ? いやあの、アルミアちゃん。それを判断するために今こうして面接を……」
「本当に、どんなことにでも好きに使ってくださって大丈夫です! お料理もお掃除も雑用も、私にできることだったらなんでもやります! あまりお役には立てないかもですが、力仕事だって……! なんなら給料だってゼロでも構いませんから!」
「えぇ!? ダ、ダメだってそれは! 給料ゼロは私の方が訴えられちゃうから!」
「それなら最低賃金で大丈夫です! サービス残業だっていくらでもやっちゃいますよ! 笑顔だって片時も絶やしません! 朝から晩までニッコニコですぅーっ!」
「お、おぅ……」
ひ、必死すぎる。素で引いちゃったんだけど……。
もしやこれが噂に聞く社畜というやつなのか……。
まさか実在したなんて……こんな奴隷みたいな価値観を社会に植えつけられちゃって……うぅ、アルミアちゃん。まだ幼いのに可哀想に……。
「だからどうかお願いします! 一人前の錬金術師であらせられるあなたの技巧をおそばで盗まさせてください!」
「……う、うぅーん……」
……本音を言えば、よほどのことがない限り面接で落とすつもりなんてなかった。
ただ個人的にちょっと面接をやってみたかったというだけで、本当なら面接なんかしなくても即合格にしてもよかったくらいだ。
だけどアルミアちゃんのあまりにも切羽詰まった姿を見ていると、私はそんな自分の気持ちが揺らいできてしまうのを感じていた。
別にアルミアちゃんの志望動機に問題があったわけじゃない。
むしろ、その逆。
なにがなんでも絶対に錬金術師になりたいという、アルミアちゃんの強い熱意がこれでもかと伝わってきて、私の方が物怖じしてしまったんだ。
だって私、しょせんは一人が寂しかったからインターンの子を雇おうと思い立ったってだけだし。
ほんの軽い気持ちでしかなかったのに。そんな私が、こんなにも熱心に頑張ろうとしてる子の未来に役に立てる自信がなかった。
……私がこの子の未来の責任を負う必要がないと言えばその通りなんだけどね。
好きに使ってくれていいとまで言ってくれてるし、この子の言う通り、雑用でもさせてればいいというのは正論だ。
だけどこの子は私と同じ錬金術師で、私が通っていた学校の後輩に当たる。
そんな子を無責任に使い捨てるような真似をするのは、ちょっとばかり情がなさすぎるんじゃないかと私は思う。
アルミアちゃんのことを思い、採用するというのなら、彼女が歩む未来に私も責任を持つべきだ。
だけど果たして、私にその資格があるのかどうか……。
……うぅーん……。
ど、どうしようかなぁ、この子……。
Commentary:ユグドラ王立学校
優秀な人材を育成するために作られた、ユグドラ王国唯一かつ最大の教育機関。
隣国の魔導国バラベルが創設したバラベル魔導学院を参考にし、王国流に手を加えて王都に建造された。
『実践』を校風に掲げており、インターンシップなどと言った実践的な課外活動を大々的に推奨している。
年度末には進級試験が開催され、これの合否で進級か退学かが決まる。合否は筆記と実技のいずれか低い方の点数が基準を超えているかで判断される。
授業への参加は任意であり、一年中授業に参加せずとも進級試験に合格さえすれば進級はできる。逆に言えばどんなに授業態度が良くとも試験の結果が悪ければ退学となる。良くも悪くも実力主義。
騎士学科や魔法学科、錬金学科等の複数の学科で分かれており、学科ごとに授業や試験の内容は違う。
学内には闘技場や図書館等の様々な施設・設備・環境が揃っているが、これらを利用できるのは原則、学校に所属もしくは王国に認可された者のみ。この恩恵に授かるために学校の門を叩く者もいるという。