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錬金術師のメインウェポンは爆弾です! 作者:煮豆シューター
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5.くぅー……! やっぱり爆弾は最高だよぉ

 木漏日草は、主に森の中の日当たりが良い箇所に生息している。

 太陽の光を求めて生茂る葉っぱが日の光を受けて輝く姿が名前の由来となっていて、じゅうぶんな日光が降り注ぐ昼間の時間帯であれば、群生地を見つけるのはそう難しくない。

 ただ採取する際にいくつか注意すべき点があって、その一つが木漏日草の近場には必ずと言っていいほど木隠レ草(こがくれそう)も生息していることだ。


 木漏日草と木隠レ草は見た目こそ酷似しているが、木漏日草が薬草であるのに対し、木隠レ草は完全な毒草である。

 過去に間違えて採取、使用してしまった事例は数知れず。冒険者ギルドに納品する際にもこの二種類が混じっていると報酬を大きく減額され、当然ながらギルドからの評価も下がってしまう。

 ちなみに見分ける方法は至って簡単で、葉っぱを陽光にかざしてみることだ。

 かざした時に葉の中がキラキラと光るようであれば木漏日草で、光らないなら木隠レ草というわけである。

 他にも見分け方はあるが、私みたいに普段から素材を扱ってる錬金術師や、冒険者が採ってきた採取品の確認を日々行っている冒険者ギルドの鑑定士などでなければわからないような些細な違いなので、素直に日光にかざしてみるのが一番確実だろう。


 そして次に注意すべきなのが、根っこまでは取らないこと。

 木漏日草は薬草だが、実はその効能があるのは日が当たっている葉や茎と言った部分だけで根っこの部分にはない。

 根っこまで取ってしまうと群生地ごと枯れてしまう恐れもあるため、間違っても引き抜こうとしてはいけない。

 ハサミでもナイフでもなんでも良いので、刃物で茎の部分を切って採取するのが木漏日草採取の正しいやり方だ。

 依頼書にも根っこは傷つけず残しておくようにって赤字で書いてあるから、ちゃーんと読んでおかないとダメだぞ! フラルちゃんとの約束だ!


 そんなこんなで王都から一番近い森にやってきた私は、早速木漏日草の採集に取りかかっていた。

 今日は雲一つない晴天なので、まさに木漏日草の採取日和だ。

 森の各地に自生している木漏日草を摘んで、カゴの中にせっせと放り込んでいく。


 そうして真面目に採取に励むこと、早二時間……。


「もっとだ! もっと私に爆薬を寄越せー!」


 少し開けた場所にちょうどいい大岩が鎮座しているのを見つけた私は、盛大に爆弾をぶちかましていた。


「くぅー……! やっぱり爆弾は最高だよぉ。ふへへへへ……」


 ドカーンッ! と景気よく弾ける音に合わせて、爆炎の花が咲き乱れ、岩の破片が飛び散り、火薬と黒煙の匂いが充満していく。

 この前の掃除の時は自分のお店だったから、爆弾をばらまくわけにはいかなかったけど……王都の近場と言えども、ここは立派な危険地域!

 派手にやっても文句を言う人は誰もいないのだ!


 まあ、大岩の近くでのどかに日々を過ごしていた温厚な魔物たちは「なんだこいつ!?」とばかりに一斉に逃げ出していったけど……。

 ふっ、致し方ない犠牲というものさ……。


「あぁー、気持ちいいぃ! 心がドカンドカンするぅー!」


 いろいろあったせいでここ最近すっかりご無沙汰だったからか、久々に味わう爆発の快感にだらしなく頬が緩んでしまう。

 こうして爆破の快楽に浸るたび、私はいつだって実感する。私の人生の相棒はやっぱり爆弾なんだって!

 全身を駆け抜ける爆風の衝撃!

 漫然と生きてるだけじゃ味わえない、心が震える一瞬の快感……!

 一つ、また一つと爆破の快感を全身で味わうたびに、地味な作業続きで溜まった鬱憤がどんどん晴れていく。

 はぁ。この素晴らしさをわかち合える同志がいないのが残念でならないよ……こんなにも気持ちいいのに。


「でも、そろそろ終わりにしないとかなー……」


 本音を言えば、あと一時間くらい続けたかったけど……勇者パーティを追放されたことで安定していた収入源が絶たれ、自分のお店も客足がゼロ。一人でできる程度の低ランクの採取依頼だけが稼ぎである現状、趣味に使えるお金はそう多くない。

 残念ながら、爆薬だってタダではないのである。


 惜しみながら私が爆弾を投げつけることをやめると、爆風によって舞い上がった土煙がたちまち風に流されて消えていく。

 地面はボコボコ、木々はなぎ倒され、まるで戦場跡のような惨状だ。

 かつてあって立派な大岩の姿はどこにもなく、黒く焼け焦げた大岩の残骸らしきものだけが無惨に転がっている。


「……目一杯我慢してから味わう爆発っていうのも、案外悪くないかも」


 爆破の後の静かな余韻に酔いしれながら、ポツリとこぼす。

 勇者パーティにいた頃は毎日のように爆弾をばらまいてたから気づけなかったけど……にへへ。

 後でこんなに気持ちよくなれるなら、またしばらくは我慢できそうかな。


「さーて。ストレス発散も済んだことだし、こっからはラストスパート! さっさと採取を終わらせちゃうよ!」


 そうして気分を切り替え、私は再び木漏日草の採取へと戻ろうとしたのだが……。

 木の幹に預けていたカゴを回収しようと踵を返した直後、私ははたと、カゴの中からモクモクと黒い煙が噴き上がっていることに気がついた。

 ……ちなみに言うまでもないことだが、あのカゴの中には私が二時間かけて集めた木漏日草が全部入っている。


「…………え?」


 お、おおお、おかしいな……。

 ば、爆弾を投げるのは、もうやめたはずなのに……なんかまだ、なにかが焦げる臭いが……する、ような……?

 ジワリと滲み出てきた嫌な予感に顔を青ざめさせながら、臭いと煙の発生源であるカゴの中を恐る恐る覗き込む。

 するとなんとそこには、元気いっぱいに燃え盛る木漏日草の姿が――。


「――ぎゃああああっ! 燃えてるぅううう!?」


 黒い煙が見えた時点で半ば確信していたが、決して信じたくはなかった。

 だがしかし、現実は無情である。

 爆風に混じって飛んでいった火花が運悪く消えずにカゴの中に入ってしまったのだろう。私の目の前で木漏日草は勢いよく燃え続けている。


「そ、そうだ! 水! 水っ! 鎮火しないと!」


 無我夢中でカゴをひっくり返して木漏日草を全部地面の上に広げると、持ってきていた水筒の中身を一気にぶちまける。

 だがそれでも完全に火を消すには至らず、私はさらにガバァッ! と木漏日草の上に覆いかぶさった。

 そしてそのままゴロンゴロンと木漏日草の上を往復して転がり回って、必死に火を消そうと奮闘する。


「はぁ、はぁ……こ、木漏日草は……」


 服のあちこちが焦げ、それでいて濡れているという奇怪な状態に陥りつつも、どうにか鎮火に成功した私はよろよろと立ち上がった。

 しかし何度も言うように、現実はいつだって無情である。


「……あ、ぁあ、ぁぁぁ……」


 私が大岩に爆弾に投げ込み始めた時から、とっくに飛び火してしまっていたのだろう。

 時すでに遅し。肝心の中身は、もはや手遅れなほどどれも黒く焼け焦げてしまっており……。

 その見るも無残な姿に変わり果てた木漏日草だったものを前に、私は呆然と膝をつくのだった……。






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






「づかれだぁー……」


 王都へと続く帰り道を、疲れ切った足取りでトボトボと歩く。

 結局あの後、私は半泣きになりながらなんとか木漏日草を集め直した。

 もう無心。本当に無心だった。

 これからは採取の最中に爆弾をばらまくのはやめようと思う……。


 すでに日は暮れており、辺りの景色はすっかり赤みがかってきている。

 あと三〇分もすれば、ここのように街灯のない王都の外は完全に夜の闇に包まれてしまうことだろう。


 はぁ……こんなに遅くまで頑張るつもりはなかったんだけどなぁ……。

 勇者パーティを追放されたあの日から、なにもかもがとことんうまくいかない。

 皆に迷惑をかけ続けた罰が巡ってきてるのかな……。

 今なら少しだけ……本当に少しだけ、私の爆弾のせいで毎日大変なんだと発狂していたブレイブの気持ちがわかるような気がした。


「……立派な門だなぁ。爆破したいなぁ……」


 王都へ入るための検問の列に順番待ちで並びながら吊り橋の向こうにある巨大な門を眺めていると、そんな欲望が鎌首をもたげる。

 思うだけに留めるつもりだったのだが、前に並んでいた人がギョッと振り返ってきたところを見るに口から出ちゃってたらしい。

 この頃はずいぶん気が抜けがちだ。


 衛兵に報告されてはたまらないので適当に誤魔化しつつ、その後は大人しく検問を待った。

 検問を終えたら、その足で冒険者ギルドに直行し、受付で採取依頼の完了の報告をする。


「はい、問題ないわね。お疲れさまフラルちゃん」

「んみゃ……」


 お疲れな様子の私にナンシーちゃんは労りの言葉をかけてくれたけど……よくよく考えると、ナンシーちゃんも受付で一日中お仕事してるんだよね?

 お金が欲しいからしかたなくしてるだけで、受付嬢の仕事だって別に好きなわけじゃないって言ってたのに。

 それなのに、私みたいに疲れた顔を少しも見せないで、こんな風にいつも笑顔で、他の人のことまで気にかけて……。

 プロだ。プロの仕事人だ……。

 ちょっとその辺の草をむしり取ってきただけでお疲れモードになっちゃってる自分が、途端に恥ずかしく思えてきた。


「ナンシーちゃん……今度ハンバーガー奢ってあげるからね」

「……? 奢ってくれるならお酒がいいわ」

「あ、じゃあそれで……」


 本音を言うならもうちょっとお話していたかったけど、この時間は私のように依頼達成の報告に来る冒険者が多くてナンシーちゃんの方が忙しい。

 邪魔にならないようアルコール大好き受付嬢に早々に別れを告げ、私は次に市場の区画へと足を向けた。

 目的は夕食の購入だ。


「すみませーん。このハンバーガーくださーい」


 いつものお店でいつもの注文をして、いつもと同じ金額を払っていつものやつを受け取る。

 ちなみにこのハンバーガーはドラゴンステーキ&照り焼きフェニックスチキンスペシャルバーガー、もといドラ照りスペシャルじゃない。

 ドラ照りスペシャルって名前がド派手なだけあって、値段もちょっとお高いんだよね……。

 今は収入が少ないから節約しなきゃいけないし、せいぜい二週間に一回くらいしか食べられない。

 はぁ。世知辛い……。


 夕食を買い終えたらもうやるべきことはないので帰路につく。


 午前はお店、午後は冒険者依頼。

 一日中頑張って疲れたから、帰って休めるのはいいんだけど……帰っても一人、なんだよね。


「一人って……寂しいんだなぁ」


 勇者パーティを追放されてから、そろそろ半月が経つ。

 勇者パーティにいた頃は、なんだかんだ誰かが隣にいてくれた。

 依頼を受けて遠出する時はもちろんのこと、休暇の時も一緒に遊んだり、お出かけしたり。

 泊まっている宿に帰れば、三人がおかえりって言って出迎えてくれた。ご飯だって皆でワイワイ食べてた。


 今は違う。

 依頼はこうして一人で受けているし、私が休暇だったとしても、一緒に過ごしたい相手が都合よく休暇だとは限らない。

 家に帰っても誰もおかえりなんて言ってくれない。

 眠くなるまで話し相手になってくれる人もいない。

 ご飯だって会話もなく、一人で食べている。


 私は今まで、錬金術と爆弾さえあればどこでだって面白おかしく生きていけると思っていた。

 好きなことと好きな物が近くにあるんだから、つまらないなんて思ってる暇はないんだって。

 でも私は今……ブレイブたちと一緒にいた頃と比べて、全然面白くない。


 皆と過ごす時間が好きで、楽しくて、満たされてて。

 ……どうやら私は、私が思っていた以上に寂しがり屋になっちゃってたみたいだ。


「……あ」


 柄にもなくセンチメンタルな気持ちになっていたせいか、曲がるべき道をいつの間にか通り過ぎてしまっていた。

 こっちじゃない、と慌てて来た道を戻ろうとする。

 だけどそうして振り返る間際、なんとも懐かしいものが視界に入ってきて、私は思わず足を止めてしまった。


「ここは……」


 広大な敷地と、それを囲う立派な外壁。

 両開きの門は来客を歓迎するように開かれており、そこから続く道の先には巨大な校舎が堂々と建っている。


 ――ユグドラ王立学校。

 優秀な人材を育成するために王都に作られた、ユグドラ王国唯一かつ最大の教育機関だ。

 そして、かつて私が錬金術のいろはを学んだ場所でもある。


「懐かしいなぁ。寝ぼけて寮部屋を爆破しちゃって、校長にこっぴどく怒られたりもしたっけ」


 ここの校長は歳が行ったハイエルフのおばあちゃんで、普段はとっても穏やかで優しいのだが、怒ると死ぬほど怖い。

 思い出すだけで震えてくるよ……。


「友達はあんまり作れなかったけどね……」


 ところ構わず爆弾を振りまく問題児だったからか、残念ながら周囲からはちょっと避けられがちだった。

 それでも錬金術のことをいっぱい学べたし、尊敬してくれる後輩もできたし、なんだかんだで充実した学校生活を送れたと思っている。


「そういえばインターンとかもあったっけ。私は利用しなかったけど」


 インターンシップ。社会に出る前に実際の仕事の場を経験してみる制度のことだ。

 王立学校の校風が『実践』ということもあって、そういった実践的な課外活動は大々的に推奨していたはずだ。


「……インターンかぁ」


 門の前で立ち止まったまま、顎に手を添えて想像してみる。

 もしも私のお店にインターンの子が来たら、どうなるんだろ?


 真っ先に思い浮かぶのは、インターンの子に渡すべき給料をどう捻出すべきかという点だ。

 お店の方の稼ぎはゼロだし……一見すると、こんな状況で人を増やすのは悪手に思える。

 でもそれは稼ぎがゼロの状態がこのまま継続した場合の話だ。


 今は私一人でお店を回しているけれど、一人より二人の方ができることはずっと増える。

 たとえば、錬金術のお手伝いをしてもらえれば時間短縮になって、空いた時間で客寄せとか別のことができるようになる。

 他にも、今は午後にお店を閉めて採取依頼を受けるようにしてるが、インターンの子に店番をしてもらえるなら店を閉める必要はなくなる。

 なんだったらお店を繁盛させる方法について一緒に知恵を絞ってもらえるようお願いしたっていい。

 人手が増えることが稼ぎに繋がるのなら、インターンを募集する価値は十二分にある。


 そしてなにより……。

 一人ぼっちじゃなくなるという一点が、どうしようもなく魅力的に感じてしまった。


「……よし!」


 意を決した私は、開かれた校門からユグドラ王立学校の敷地を跨ぐ。

 まずは来客用の受付に行って……インターンの募集の仕方を教えてもらうところからだ!


「む? そこの君! 止まれ!」

「へ?」

「君、ここの生徒かい? 学生証を見せてもらえるかな? ないなら学校の関係者である証か、入校許可証を見せてもらおうか」


 ……なお、生徒だった頃の感覚で普通に踏み入ってしまったせいで、その後すぐに追いかけてきた守衛の人に引き止められちゃったのは内緒である。

 ギルドカードを見せて目的を教えたら入校許可証をもらえたから大事には至らなかったが、危うくしょっぴかれるところだったよ……。

Commentary:木漏日草

主にポーションの原材料として知られる薬草。太陽の光を求めて生茂る葉っぱが日の光を受けて輝く姿が名前の由来となっている。

根っこさえ無事なら何度切られても再生するくらいには生命力が高いが、気候が安定した自然豊かな土地でしか自生しない性質がある。

ユグドラ王国領ではそこかしこで見られる特に珍しくもない植物であるものの、大気中の魔素成分に偏りがある他国では意外と手に入れづらい。

ユグドラ王国の代表的な輸出品の一つとなっており、需要の高さから、ユグドラ王国の冒険者ギルドではこれの採取が常設依頼として設置されている。

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