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錬金術師のメインウェポンは爆弾です! 作者:煮豆シューター
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4.ぶっちゃけ、お金があるならこんな仕事とっくにやめてるわ

 現実とは、いつだって非情なものだ。

 そう。それはさながら、悲運によって引き裂かれる恋人たちのように。

 どんなに爆弾への深い愛を持っていようとも、素材を買うだけのお金がなくては作り上げることができないように。

 現実とは、いつだって辛く厳しく、世知辛いものなのである……。


「……今日も誰も来ない……」


 自分のお店を開店してから、今日でもう一〇日……。

 あいかわらず閑散とした店内で、私は一人、力なくカウンターに突っ伏していた。


 ……一応弁明しておくと、今まで一人も客足がなかったわけじゃない。

 初めの三日間はホンットに誰一人として来てくれなかったが、これはまずいと必死に行った宣伝が功を奏したのか、その後の三日間くらいはポツポツとお店を訪れてくれる人はいた。

 最初の一人がお店に来てくれた時なんかは感極まって、記念に無料で私のお手製爆弾をプレゼントしちゃったりしたものだ。

 なんだか危ない人を見る目で見られた気もしたけど、そんなことは初来店の喜びに比べたら些細なものだった。


 ……そう。片手で数えられる程度ではあるけれど、宣伝直後は確かに客足があった。

 しかしそれも今や完全に途絶え、ここ四日は客足がゼロの日々に逆戻りしてしまっている。

 理由は明白。このお店があんまりにもオンボロすぎるからだ。

 今までこれまでお店に来てくれた人全員がそうだった。初めこそ好奇心が見え隠れした顔で入店してくれるのだが、廃墟をどうにか使えるようにしたというような酷いありさまの店内を見た途端に「こりゃダメだな」と興味を失った目をして、冷やかすだけ冷やかして帰っていってしまう。

 当然、そんな状態の客がなにかを買ってくれるはずもない。錬金術店はオーダーメイドに応えることも数多くあるが、今の状況ではそんなもの夢のまた夢だ。

 一度も取引が成立していないがために利益もなく……そして、一度として同じお客さんが来てくれたこともない。

 お客様の満足度アンケートなんてものを実施したら、一〇点中、見事(れい)点を叩き出していることだろう。


「綺麗な店とこんな穴だらけのオンボロ店だったら、そりゃ綺麗な店の方のを選んじゃうだろうけどさぁ……」


 錬金術師はそれなりに希少な存在だけど、ここは王都だ。

 王都は広く、錬金術を学べる学校だってある。そんな王都に、私以外で国家資格を持つ錬金術師が……お店を構える錬金術師がいないわけじゃない。

 そしてそんな錬金術師は皆、何年何十年と前から経営を続けてきている信頼も実績もあるベテランたちだ。

 あるいは、そんなベテランたちの下で地道にノウハウを学んで独立した新進気鋭たちもいるかもしれない。

 こんなポッと出のオンボロ店なんかよりも、しっかりとした下地があるそちらにお客さんが流れていってしまうのは残念ではあるが当然のことと言える。


「私だって、それなりにネームバリューはあるつもりだったんだけどなぁ……」


 勇者パーティに所属する錬金術師として、私はそれなりに名が知られている。

 でもそれも、しょせんは冒険者としての評価に過ぎなかったということなのだろう。

 錬金術を使える腕の立つ『冒険者』として見られていただけ。一人の『錬金術師』として評価されていたわけじゃない。


 勇者パーティに加入してからはパーティに従事することに徹していて、パーティメンバー以外の人に私が作ったものを使ってもらう機会がほとんどなかったから、そういう評価に落ちついちゃうのも自然ではあるんだけど……はぁ。

 自分ではそこそこ有名なつもりだったのに……なんだか自信なくなってきちゃった……。


「……そろそろ時間だね……」


 掛け時計の魔道具をチラリと見て時間を確認し、私はググーッと伸びをして席を立つ。

 そして入り口の『OPEN』の札を裏返して『CLOSED』にすると、出かけるための身支度を始めた。

 結局、今日もお客さん来なかったな……。


 今はちょうど正午くらいなので、本来ならまだお店を閉じるような時間じゃない。

 でもさっきも言ったように、このお店はまだ銅貨一枚すら利益を出せておらず、そして今後儲けられる見通しもない状況だ。

 そんなお店の経営にいつまでも執心していたら、そのうち最低限の生活すらできなくなってしまう。

 もちろんお店を繁盛させることを諦めたわけではないけれど、ここ最近は錬金術店とは別に、堅実にお金を稼ぐために別のお仕事もするようにしていた。

 堅実って単語は好きじゃないけど……生きるためには致し方なし、だ。


「いってきまーす……」


 誰もいない店内にそう言い残して、お店兼自宅の鍵を閉める。

 一人の時間が増えたせいか、最近ちょっぴり独り言が増えた気がする。


 ここ十数日で歩き慣れた路地裏の道を進んでいくと、いくらもしないうちに大通りに出る。


「……はぁーあ。私のお店にも、これくらいいっぱい人が来てくれればなー……」


 人通りがなく静けさに満ちていた路地裏とは打って変わり、活気で賑わう表通り眺めていると、つい愚痴が漏れてしまう。

 ないものねだりだとはわかっていても、お店の近くにこんなにいっぱい人がいることを知ってると、どうしても考えちゃうんだよね……。

 ここにいる人たちが全員お店に来てくれれば言うことなんてないのになー……それはそれで床に穴が空きそうだけど。


「……はぁ。でも、いつまでもこんな暗い気持ちでいるのも良くないよね。こんなんじゃ次ステラちゃんに会った時に泣かれちゃうよ、私!」


 パンッと頬を叩き、元気よく声を出して自分を鼓舞する。

 そうして無理矢理にでも前向きになったところで、私は足早に目的地へと歩を進めた。


 そのまましばらく歩いて到着した場所は、デデーン! と効果音をつけたくなるほどに立派で大きな建物だった。

 なにを隠そう、ここはこの王都で唯一の冒険者ギルドだ。

 そう、冒険者ギルド。

 勇者パーティの皆のことを割り切れてない今はまだ仲間を作りたくないから、冒険者はやらないつもりでいたのに……結局私は、またここに戻ってきてしまっていた。


 まあなんというか、日雇いで金払いが良い仕事ってなると、どうしてもね……。

 冒険者向けの依頼は命の危険と隣り合わせなだけあって結構儲かるのだ。

 勇者パーティにいた頃、私が好き勝手爆弾を使えたのも潤沢な報酬があったからだしね。


「あらフラルちゃん。いらっしゃい。今日も精が出るわね」


 私が建物の中に入ると、私を見つけた受付嬢の人が朗らかな笑顔とともに迎えてくれる。

 冒険者向けに依頼が貼り出された掲示板もあるが、私はそちらには目もくれず、声をかけてくれた受付嬢の人の方に一直線に向かった。


「おはようナンシーちゃん。ナンシーちゃんもお疲れさまだよー」


 カウンターの前までやってきた私は、猫のようにカウンターに顎を乗せてゴロゴロとする。

 なんかこう、ちょうどいい位置に頭が来るんだよね、ここ。


 勇者パーティに所属していた頃だったら「行儀が悪いぞ」とブレイブに注意されているところだけど、私はもう誰ともパーティを組んでないフリーなんだから文句を言われる筋合いはない。

 もちろん受付嬢の人――ナンシーちゃんが邪魔に思うならやめるつもりではあるけど、当のナンシーちゃんは私を叱るでも注意するでもなく、微笑ましそうにニコニコとしている。

 たとえるなら、親戚の小さい子を見ている目だ。

 ……ちょびっとだけ遺憾だったが、お仕事の邪魔にはなっていないみたいだったので、まあいいかと気にしないことにした。


 さすがの私でも、ナンシーちゃんの迷惑になりそうなら自重するくらいの分別はある。

 今は迷惑じゃなさそうだから遠慮なくグータラするけどね。にゃーにゃー。


「今日も人が少ないねぇ、ナンシーちゃん」


 こんな真昼間ともなると他の冒険者たちは皆、各々が受けた依頼の達成に精を出しているのか、ギルドの内部は大きな内装に反して閑散としていた。

 依頼を発注する商人さんの方はチラホラいるみたいだが、そちらはそちらで別の窓口があるので、冒険者用窓口であるナンシーちゃんの列に並んでいるのは今のところ私一人だけだ。

 ナンシーちゃんは私の遠慮ない指摘に苦笑すると、残念そうに首を左右に振る。


「どの時間帯でもこれくらい人がいなければ私も楽なのだけどね。夕方にはまた忙しくなるわ」

「忙しくかぁ。羨ましいな」


 人っ子一人来なかった今日の私のお店の惨状を思い出し、そう独り言ちると、ナンシーちゃんはこれ見よがしに肩をすくめる。


「忙しいのが羨ましいって言われてもね。私、そんな仕事好きでもないし。できれば働かずに給料だけもらえるのが理想かしら」

「えぇ……ダメ人間の発想だ……」

「嫌々でも仕事してるんだからダメ人間じゃありませんー」


 私以外に他に並んでる人がいないからか、ナンシーちゃんはすっかりプライベートモードになっている。

 口を尖らせ、いじけたように語尾を伸ばすナンシーちゃんの姿に、今度は私が苦笑する番だった。


「あーあ。誰か顔が良くて私に甘くてお金持ちな人のヒモになって毎日お酒飲んで過ごしたいわねー。フラルちゃん良い人知らない?」

「いくらなんでも無茶ぶりすぎるよ……ていうかそうなったら本当にダメ人間じゃん」

「……ぶっちゃけ、お金があるならこんな仕事とっくにやめてるわ」

「ギルドマスターに聞かれたら怒られるよ!?」


 あいかわらず奔放というかなんというか……私のように親しい人にしかこういう態度を取らないことは知ってるけど。

 これでもナンシーちゃんは優秀な仕事人だったりする。

 誰にでも分け隔てなく心優しく接し、笑顔を絶やさない。それでいて、親身に相談に乗ってくれると冒険者たちから評判の美人受付嬢が彼女だ。

 告白されたのも一度や二度ではないと聞く。丁重にお断りしているらしいが。

 ナンシーちゃんは理想が高すぎるんだよ……。


「はぁ……まぁいいや。とりあえずナンシーちゃん。いつものお願い」

「はいはい。木漏日草(こもれびそう)の採取でいいのよね? 常設依頼の」


 常設依頼――常に掲示板に貼り出されている、何人でも受注可能な依頼のことだ。

 主に薬草やキノコなどと言った、市場的に需要の高い素材の採取依頼がこれに該当する。

 換金額だけを見れば直接その素材を商人に売りつけた場合と大差はないのだが、ギルドに納品する形を取ることで冒険者ギルドからの評価向上に繋がる点が魅力だ。


「それそれー」

「ちょっと待っててね……これをこうしてっと……」


 私が頷いて肯定を示すと、ナンシーちゃんは手慣れた様子で依頼書を取り出して書き込んでいく。

 冒険者向けに掲示板に貼り出されている依頼書はあくまで掲示用に用意したもので、本物の依頼書はこうしてギルドの職員が管理している。

 大事な書類を公に晒せるはずもないので、当然と言えば当然だ。

 そんなこんなで受ける依頼を初めから決めていた私は掲示板の方に行く必要がなく、冒険者ギルドに入って早々にナンシーちゃんのところへ直行したというわけである。


「はい。それじゃあ規則だから、フラルちゃんのギルドカードを見せてもらえる?」

「うん。はいこれー……じゃなかった。これは商業ギルドのだ……こっち!」


 以前までなら冒険者ギルドで発行したもの一枚しか使わなかったが、自分のお店を始めたこともあって、ここ最近は商業ギルド発行のカードも持ち歩いていた。

 ただ、二枚もあるとどっちがどっちかわからなくなって、たまにこうして間違えてしまう。


 ナンシーちゃんは私が提示したギルドカードを丁寧に両手で受け取ると、台の形をした専用の魔道具にかざした。

 この魔道具は偽造品を判別する機能があるのだそうだ。

 もちろんカードの偽造なんてしてないので、私が渡したカードは問題なく読み取られる。


「はい、確認したわ。カードはお返しするわね」

「ありがとー」

「最近のフラルちゃんはこればっかり受けてるわね。フラルちゃんAランクなんだから、もっと難度の高い依頼を受ければいいのに。そっちの方が稼げるわよ?」


 冒険者はギルドからの評価と実績の証として、冒険者ランクが個別に割り振られている。

 ランクが高ければ高いほどより難度が高い依頼を受けられる仕組みになっていて、下からF、E、D、C、B、A、Sと七つに分かれている。

 そして私の冒険者ランクはA。つまり上から二番目だ。

 ふふん、結構すごいでしょ!

 なんてったって私、これでも勇者パーティの一員だったからね! ふんふん!


「稼げるのはそうなんだけど、そういうのって大体が遠出するやつだしねぇ。今はお店のことだってあるし……それに、一人で危険度が高い依頼を受けるのはちょっとなー」


 一人じゃ不測の事態に対応できない。冒険者として本格的に活動するなら、やっぱり仲間が必要だ。

 でも私は仲間って聞くと、どうしてもまだブレイブたちのこと思い出しちゃうし……この気持ちが落ちつくまでは、一人でできる依頼しか受けるつもりはない。


 そんな私の返答にナンシーちゃんはクスリと笑みをこぼすと、ポン、と私の頭の上に手を置いてくる。


「ちゃんと冒険者としての教訓を守ってるのね。偉いわねぇフラルちゃんは」

「むぐっ。ちょっと! 子ども扱いしないでよ! 私これでももう二〇歳(はたち)なんだから! 立派な大人なの!」


 私の頭を撫でるナンシーちゃんの手をブンブンと振り払う。

 ガルルルと狼のごとく睨みつけてもみるが、どうやら子犬くらいにしか見られていないらしく、まるで効いている様子はない。


「ふふ、ごめんなさいね。ちょうどいいところに頭があったものだから、ついね?」

「むぐぐ……! ふん、別にいいよ! 私もう行くから! じゃあねナンシーちゃん!」

「いってらっしゃい。今度また一緒に飲みに行きましょうねー」


 ひらひらと手を振るナンシーちゃんに背を向けて、私は足早に冒険者ギルドを出た。

 まったく、ナンシーちゃんめ……。


「……今度飲みに行く時、お詫びにスカーレットエーテルでも奢ってもらおっと」


 エーテル酒。意図的に魔素度数が高くなるようにして作ったお酒のことで、特に火属性の魔素の割合が多くなるようにして作られたエーテル酒をスカーレットエーテルと呼ぶ。

 喉だけに飽き足らず、全身がひりつくような激しい後味がスカーレットエーテルの特徴だ。

 他にも雷属性の魔素の割合が多く痺れるような感覚が癖になるバイオレットエーテルや、水属性の魔素の割合が多く清涼感のある味わいに定評のあるアクアエーテルなど、エーテル酒は一癖も二癖もあるものが多い。

 が、私のおすすめはやっぱりスカーレットエーテル! 全身がポカポカポワポワして、すっごく気分良くなるからね!


 おつまみは手羽先と、ポポロンキノコのチーズ焼きと……あとやっぱりハンバーガーも外せないよね!

 にへへ。楽しみだなぁ。


 頭の中に広がる素敵な妄想に頬を緩ませながら、私は上機嫌にスキップしながら王都の外へと繰り出していくのだった。

Commentary:ギルドカード

冒険者ギルドや商業ギルド等で発行される、そのギルド所属の証。身分証明書としても使える。

定期的に会費を払って利用期限を更新しないと失効する。失効しても再取得は可能だが、再取得に際して会費の倍以上を払う羽目になる上に、それが冒険者ギルドのギルドカードである場合は失効中の期間の長さに応じて冒険者ランクを下げられてしまう。

ただし冒険者ギルドのギルドカードの会費は基本的に依頼の報酬から自動で差し引かれるので、定期的に依頼をこなしているのであれば会費を払うことをそこまで気にする必要はない。

商業ギルドのギルドカードの会費は直接商業ギルドに赴いて支払いを申告する必要があるため、利用期限を忘れないようにする必要がある。

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