闇の王がファミリアに入ってもいいじゃない、『元』人間だもの   作:大豆万歳

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ヴェルフをパーティーに加えてダンジョンにGO


第26話

「やって来たぜ!11階層!」

 

得物を掲げ、快活に言い放つヴェルフ。

威勢のいい声の通り、俺達はダンジョンの11階層にいる。

1歩足を踏み入れれば、見渡す限りの草原と辺り一面に広がる『迷宮の武器庫(ランドフォーム)』である太い枯れ木。そして、10階層からの仕様を引き継ぎ、階層全体に霧が発生している。

 

「ヴェルフさんの到達階層も11階層なんでしたっけ?」

「ああ、そうだ。それにしても悪いな、ベル。グレイの旦那。昨日の今日でこんな無茶を聞いてもらって」

 

昨日、ヴェルフからパーティーに加えてほしいと言われた俺達は、最初こそ驚いたが、彼の事情を聞いた後は快諾した。

ちなみに、俺のことを『旦那』と呼んだのは彼なりに敬意を払ってのことだそうだ。さん付けは性に合わないんだと。

ベルと直接契約を交わしているから断る理由もないし、パーティーの増員を考えていたこちらとしては大歓迎なんだが……

 

「新しいお仲間が増えたと聞いてみれば……な~んですか、なんなんですかこれは」

 

先程から、リリの一言一言が重い。振り向いて見ると、腕を組んだ状態のリリが俺とベル、ヴェルフの順に半眼をして見ている。

 

「はぁ……リリは悲しいです。とてもとても悲しいです。お買い物に行かれただけなのに厄介事までお持ち帰りになるなんて……一周回ってお見事です。涙が止まりません」

 

痛烈な皮肉が鳩尾に響く。

いやしかし、厄介事というのは流石に……

 

「言い過ぎだよリリ!?ヴェルフさんは悪いことをしようとしているわけじゃないし……厄介事なんて誤解だよ!?」

「──でしたら、このピカピカに光っている新品の鎧はどう説明されるんですか!どこからどう見てもモノに釣られて買収されたようにしか見えません!それに『アビリティを獲得するまでの間だけ』なんてっ、リリ達は都合よく利用されているだけです!」

 

ベルの反論に、リリは目付きを鋭くして反論し返す。

 

「グレイ様もグレイ様です!こういう時こそ年長者であるグレイ様がしっかりなさらないといけないのですよ!」

「仰る通りでございます……」

 

びしり、と指で刺された俺は思わず頭を下げる。

 

「いや、彼が【ランクアップ】するまでの間に中層での動きになれておいて、それと並行してパーティーに加入してくれそうな冒険者を募集すればいいじゃないか。【ランクアップ】には個人差こそあれど、それなりの期間を要するわけだし」

 

と言えず、反射的に頭を下げて謝ってしまう自分が憎い。

それもこれも、今まで交流のあった女性が揃いも揃って武闘派だったせいだ。女運のなさに涙が止まらん。

 

「何だ、そんなに俺が邪魔か?チビスケ」

「チビではありません!リリにはリリルカ・アーデという名前があります!」

「そっか。じゃあよろしくな、リリスケ」

「……もういいですっ、構うだけ時間の無駄ですね!」

 

小馬鹿にするようなヴェルフの言動が頭にきたのか、リリはそっぽを向いてしまう。

 

「あー……リリ、今更だけど紹介しておくよ?彼はヴェルフ・クロッゾ。【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師(スミス)で、ベルと契約を結んだんだ」

 

今朝集合した時は彼女の機嫌が急に悪くなったせいで紹介どころではなかったので、今更ながらヴェルフの本名を教えておく。

リリの名前は、本人が言ったから問題ないだろう。

返事は期待できそうにないが、とりあえず俺がリリの後ろ姿に語りかけると──

 

「クロッゾっ?」

 

ヴェルフの名前を聞いた途端、弾かれるように振り返った。

 

「呪われた魔剣鍛冶師の家名……あの凋落した鍛冶貴族の生まれなのですか?」

 

魔剣?鍛冶貴族?

リリの言葉に半ば面喰らいながらヴェルフの方を見る。

彼は一転してばつが悪そうな顔を浮かべ、口をへの字に曲げている。

そういえば家名が嫌いだと言っていたが……どういうことだ?

 

「ねえリリ」

 

「それってどういうこと」とベルが言いかけたところで、何かが罅割れるような音が届く。

 

「……来たか」

「ですね」

「とりあえず、話は後にしましょう」

「だな。ダンジョンに来たんだ、やることと言ったらこれ(・・)だけだ」

 

俺達は意識を切り替えてそれぞれの得物を構え、音のした方向──ダンジョンの壁に視線を向ける。

壁面を破って出てきたのは脂ぎった茶色の太腕。砕かれたダンジョンの一部は卵の殻のようにぼろぼろと地面に落ちていく。壁を破壊しながら左腕、右腕、巨大な頭が現れる。

 

「……これがまだ続く、と。これがあるから10階層からの怖えこと怖えこと」

 

壁の罅割れる音はそれだけではなかった。周囲から同じ音がいくつも鳴り響き、壁を突き破ってモンスターが一斉に現れた。

 

「ベル様とグレイ様はご自由に動いてください。この鍛冶師(スミス)の方は微力ながらリリが援護をします。正直言えば、時折こちらも気にかけていただけると助かります」

「お?何だ、俺のことが気に食わないんじゃなかったのか?リリスケ」

「嫌っているに決まっています。ただ、ベル様とグレイ様のお邪魔になりたくないだけです」

 

にっこりとヴェルフに微笑むリリに、俺とベルは苦笑いするしかない。

 

「それじゃあ、行ってくるね」

「危なくなったら、いつでも呼んでくれ」

「はい。お2人も、油断なさらないでくださいね」

 

 

 

 

「さて、と」

『ヒィエ!』

『ヒギャ!』

 

俺は右手に『デーモンの爪痕』を、左手に『聖壁の盾』を構え、群れを成すインプを迎え討つ。

 

『ヒィア!』

「フンッ!」

 

飛びかかってきたインプを頭から両断し──

 

「『ソウルの大剣』!」

『ギェア!!』

 

『ソウルの大剣』で周囲のインプの首を刎ねる。

 

『『ロオオオオオオッ!』』

 

十を超えていたインプの群れを殲滅したと同時に、新しいモンスターの声が耳に届いた。

大きさはベルと同じくらい。短い二本足で立ち上がり、前足には丈夫な爪。そして、鎧を背負っているかのように背中から頭にかけて甲羅で覆われている。その亀のようなフォルムから、ドラングレイグで戦ったことのある重鉄兵を思い出す。

11階層初出のモンスター、『ハード・アーマード』だ。

こいつはキラーアントと似た性質を持っているが、頑丈な甲羅に守られていない腹や胸は柔らかく、脆い。全身を硬殻で固めているキラーアントに比べれば断然狙いやすいが……甲羅の強度はあの巨大蟻を凌駕する。

ドワーフの攻撃を難なく打ち返す甲羅は文字通りの鉄壁。11~12階層の攻略難度は、あいつが跳ね上げていると言っても過言ではない。

 

『オオオオッ!』

 

片方は全身を丸め、回転運動から行う猛烈な突進を繰り出してきた。

 

「『ソウルの槍』!」

 

こちらへ迫ってくる鉄球に『ソウルの槍』を放つ。

円錐形の青い光は回転球を貫き、そのまま地面に突き刺さり消失する。

 

『ロオオオオオオッ!』

「『苗床の残滓』!」

 

後続のハード・アーマードが丸くなるよりも早く、『苗床の残滓』をハード・アーマード目掛けて投げる。

直撃した炎はハード・アーマードの肉を焼き尽くし、炭に変えた。

 

「さて、ベルとリリとヴェルフは……」

 

警戒心はそのままに、ベルのほうに視線を向けると丁度モンスターの群れを殲滅したようだ。そして、リリとヴェルフは──

 

「不味い!」

 

視界に入ったのは3匹のシルバーバックに囲まれたリリとヴェルフだった。

 

「『雷の大槍』!」

『グェアッ!?』

 

金色の槍がシルバーバックの後頭部を貫き、そのまま絶命した。

 

「もう一丁!『雷の大槍』!」

『ガァッ!?』

 

続く第2射をシルバーバックのこめかみに叩き込む。シルバーバックは悲鳴とともに倒れ込み、傷口から灰になっていった。最後の1匹にも打ち込もうと目を向けると、ちょうど3匹目のシルバーバックを倒したベルの姿が目に入った。

 

 

 

 

「とんでもなく速かったな、ベル。いつ飛んできたのかわからなかったぞ」

「ぼ、僕もちょっと戸惑っているというか……」

「それに、旦那もすげえよ。文字通り横槍を入れてシルバーバックを倒すんだからよ」

 

「あれ、旦那の魔法か?」と言うと、ヴェルフは左手で槍を投げるジェスチャーをする。俺が首肯すると、ヴェルフは感嘆の声をあげた。

モンスターと大群との戦闘を終え、俺達は小休止を取っている。

リリはせっせと魔石とドロップアイテムの回収に勤しんでいる。「これは私達の取り分です。横取りは許しません」とでも言わんばかりに。

 

「(しかし、11階層というだけあって、どのパーティーもそこそこ強そうだな)」

 

ふと視線を巡らせ、そんな感想を抱く。

11、12階層に潜ってるパーティーというのは、俺達のように『中層』での攻略に備えてパーティーでの動きや役割を決めている組が多い。

 

「(……【ランクアップ】か……)」

 

俺はふと、「ミノタウロスを単独(ソロ)で倒したのに【ランクアップ】しなかった」という事実にヘスティア様が頭を抱えていたのを思い出した。

 

「(まぁ、【ランクアップ】できない理由は俺がよく知っている。そして、スキル【残り火】の効果も掴んできている)」

 

俺の【ステイタス】の中で唯一効果が明確に記されていないスキル【残り火】──正確には、解放することで使えるようになる「王の力」

俺はあれの効果を「【ステイタス】に働きかける類」と言ったし、それは間違いない。問題は、それに伴って俺に生じる変化だ。

 

「(現状維持を考えると、【残り火】を解放するのはやめておいたほうがいいかもしれん。しかし、今後使わざるを得ない状況に置かれないとも限らないし……う~む、悩ましい……)」

 

顎に手を当て、あれこれ悩んでいると──

 

『────オオオオオオッッ!!』

 

凄まじい哮り声がルーム全体に響いた。

 

「「「っ!?」」」

 

俺達は揃って顔を振り上げる。いや、俺達だけでなく、ルームにいる冒険者達全員が驚愕の眼差しを声の発生源に向ける。

琥珀色の鱗に長い尾、鋭利な爪に無数の牙。体高およそ150C、体長は4Mを越す──小竜が現れた。

 

「やべえぞ!『インファント・ドラゴン』だ!」

 

名前も知らない冒険者の声が響く。

四足で地を這うそのモンスターは、数あるモンスターの種族の中でも最強と謳われる竜だった。翼こそ生えていないが、硬い鱗に包まれた強靭な肉体には、オークをも圧倒する潜在能力(ポテンシャル)が秘められている。血のように赤い目玉がぎょろぎょろと蠢く。

『インファント・ドラゴン』

11、12階層に出現する絶対数の少ない稀少種(レアモンスター)

広い階層内に5匹もいないあの小竜と遭遇(エンカウント)するのは、稀有を通り越して幸運とも言える。『迷宮の孤王(モンスターレックス)』が存在しない上層における事実上の階層主であることを除けばの話ではあるが。

 

「おい!リリスケ、逃げろっ!」

 

このルームにいる冒険者達が暗黙の了解を捨て、一丸となって強力なモンスターを討伐しようとする中、運悪くリリのいるルームの奥に小竜が突き進んでいる。

立ち尽くすリリと迫りくるモンスターの光景を前に、俺は『聖壁の盾』を取り出し、狙いを定める。

 

「『雷の大槍』!」

「【ファイアボルト】!!」

 

俺とベルが同時に放った魔法はインファント・ドラゴンに驀進した。

……だが、ベルのほうは規模がおかしかった。

白い光粒に縁取られた緋色の炎雷は、人1人を丸呑みしてしまいそうな厚みと大きさを盛っていた。少なくとも、今のベルの【ステイタス】でこれほどの規模にはならないだろう。

俺とベルの放った魔法はそのまま小竜を撃ち抜き、そのままダンジョンの壁面へと着弾した。

金色の槍と炎雷の餌食になったインファント・ドラゴンは、首から上が綺麗さっぱり消滅していた。

 

 

 

 

「……ということがあったんです」

「そうか……ベル君、ちょっと背中をこっちに向けてくれないかい?」

「あ、はい」

 

今日のダンジョン探索を終え。ホームでの夕食の席で、ダンジョンで起こったことを話していた。ベル曰く、あの時の威力は例のスキル【英雄願望(アルゴノゥト)】によるものらしい。

 

「……ベル君。ボクの見解では、そのスキルは逆転の力だ。自分よりも強大な敵を打破するための力……君の中にある可能性(しかく)を具現化させ、解き放つ。おめでとう、ベル君。誰よりも英雄に憧れる君は、英雄になるための切符を掴み取ったんだよ」

 

故にアルゴノゥト。

英雄になることを夢見た青年が、英雄になった物語。

英雄……か。

英雄と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、大剣を振るうさまは無双と謳われた狼の騎士アルトリウス。片腕は折れ、盾と理性を失った状態とはいえ、かの英雄を俺はウーラシールで倒した。こちらも満身創痍で死にかけたが。

 

「そうだ。ヘスティア様、ヴェルフと『クロッゾ』について何かご存知ないですか?ちょうどバイト先も【ヘファイストス・ファミリア】ですし」

 

俺がヘスティア様にそう尋ねると、ベルも「教えてください」と言った。

 

「ああ、ヴェルフ君の評判はお店でも耳にしているよ。それに『クロッゾ』の一族のことも知ってる。バイトが決まった時に『最低でもこれぐらいは覚えておけ』って、ヘファイストスに叩き込まれたからね」

 

ヘスティア様はそう言うと遠い目で虚空を見つめた。……頑張って覚えたんですね。

 

「まず、ヴェルフ君の鍛冶師(スミス)としての腕前は良いみたいだね。光るものがあるってヘファイストスは言っていたけど……残念すぎる感性をなんとかしてほしいって言ってたよ」

「「……」」

 

ピョンキチという名が俺とベルの頭に過った。

ちなみに、ベルが今も使っている軽装にもその名は受け継がれている。今のでMk-Ⅲ(さんだいめ)だ。

 

「次に『クロッゾ』。一昔前、アレス率いる【アレス・ファミリア】──ラキア王国に『魔剣』を献上することで貴族の地位を得た名門鍛冶師の名だ。『クロッゾ』の打つ作品は全て魔剣で、彼等が世代を通して王族に贈った剣の数は数千、数万にも及んだとも言われているよ」

「数万!?」

「魔剣の第一人者、大御所と言っても過言じゃない。その威力は『海を焼き払った』とも謳われていた。けど、ある日を境に『魔剣』を打てなくなった彼等は王家の信を失い、没落してしまった……っていうのは良く知られているけど、実はこの話には続きがあるんだ」

 

そう言って話を区切ると、ヘスティア様はコップの牛乳を一口飲む。

 

「結論から言うと、彼は『魔剣』が打てるんだ」

「「なっ……!」」

「贋作なんかじゃない、正真正銘の『魔剣』さ。その出来は【ファミリア】にある既存の魔剣作品……上級鍛冶師(ハイ・スミス)の作品をも凌ぐと言われている。それこそ『クロッゾの魔剣』に相応しいほどにね」

「……ちょっと待ってください。魔剣って確か『鍛冶』の発展アビリティを発現させなきゃ作れない筈じゃあ……」

「その辺りのことはボクにもよくわからないけど、とにかく彼は魔剣が打てるそうなんだ。ヘファイストスも認めてた」

「……それじゃあ」

「ああ、その家名は本物だ。彼には正統の『クロッゾ』の血が流れている」

 

ヴェルフは鍛冶貴族の生まれ。そして、彼は『鍛冶』というスキルを発展アビリティを持っていないのに、魔剣が打てる。

まさか……『スキル』によるものか?

いや、それならヴェルフの家は今頃鍛冶貴族の地位を取り戻しているはずだし、そもそも『魔剣』が打てなくなることもないはず。どういうことだろうか?

 

「でもね、彼は魔剣を作らないんだ」

「……え?」

「作成しようとしないんだよ、何故か。一度作ってしまえば富と名声が手に入るのに、彼は魔剣を打とうとしない。上級鍛冶師(ハイ・スミス)の末席を蹴飛ばしてまで、頑なまでにね」

 

魔剣は作れるが、作らない。

振るうだけで魔法と同じ効果を発揮する魔剣は強力だ。それがどれほどのものかは、似たような武器を持っているからよく知っている。

作成したそれを店頭に置けば顧客も金も集まる魔法の剣を、ヴェルフは作ろうとしない……?

 

「ボクの働いているお店の中じゃ、『宝の持ち腐れ』なんて嘆かれてる。【ファミリア】の団員の間でも【出来損ないのクロッゾ】なんて誹謗中傷されているらしいんだ」

 

主神(ヘファイストス)がそういうの嫌いだから表立って言う子はいないらしいけど、と神様は続けた。

持ち腐れという店側の声はともかく、構成員──ヴェルフを同じ鍛冶師(スミス)が彼をそしるのは、彼の才能と血筋に対する嫉妬だろう。

ヴェルフが【ファミリア】で疎外されている理由が、わかるような気がしてきた。

 

「腕は確か、だけど何か訳あり……ってところかな、君が契約を結んだ鍛冶師(スミス)君は」




最近、どこかの回でヴェルフに月光見せたい欲に駆られています。でも、どういう流れで見せるかという大きな壁が……

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