完了しました
中央大学出身の裁判官、検事、弁護士が、それぞれの仕事や役割、課題について語るオンラインセミナーが3月17日、中央大と読売調査研究機構の共催で開かれました。登壇したのは、東京地裁の下山久美子裁判官、法務省刑事局の中島賢一検事、丸紅法務部の西田千尋弁護士で、3人はなぜ法曹を目指したのか、日々の仕事の様子、やりがいや難しさなどを詳しく語り、講演後のトークセッションでも様々なテーマで意見を交わしました。
下山久美子裁判官のプレゼンテーション
本日は、裁判官の仕事の内容、私が裁判官を目指した理由、実際になってみてどうだったのかといった話や、裁判官はどのように一人前になっていくのか、といったこともお話ししたいと思います。
裁判官の中には裁判所の外で働く裁判官もいますが、まずは裁判所内での裁判官本来の仕事を説明します。
裁判所は多種多様な事件を扱っており、大きく分けると、行政事件・民事事件、刑事事件・医療観察事件、家事事件、少年事件があります。まず行政事件と民事事件ですが、訴訟のほかに民事調停、労働審判、抵当不動産を競売に付すなどの民事執行、破産などの倒産手続き、そのほかにもインターネット上で名誉毀損などの書き込みをした者を特定するための発信者情報の開示命令など、様々な手続きがあります。刑事事件は、公判手続きでは被告人が有罪か無罪か、どのような量刑が相当かを審理、判断します。意外と知られていないのが令状審査です。警察や検察は自分たちの判断だけで被疑者を逮捕・勾留したり、捜索・差し押さえをしたりすることはできません。これを行うには、裁判官が発付した令状が必要です。裁判官は捜査記録を検討して令状を発付する要件がそろっているかを審査し、要件を満たした場合に令状を発付します。安全な社会を守るために365日24時間体制で令状審査をする必要があるため、裁判官は当番制で夜間休日も令状審査を担っています。
私自身も夜中に立て続けに令状請求が来て徹夜で仕事をした経験や、お正月の朝から完全黙秘で名前すらお答えいただけない被疑者の勾留手続きをしたこともあります。家事事件では調停、審判、人事訴訟という手続きがあります。養育費、離婚、遺産分割といった親族間の争いは、まずは話し合いでの解決が望ましいため、調停から出発となります。言い分が対立して話し合いがまとまらない場合には、裁判官が養育費の額や遺産の分け方などを決める審判手続きに移ります。離婚調停で話がまとまらなかった場合は、人事訴訟において離婚事由があるかなどを裁判官が判断して判決を下します。最近の家事事件の動向としては子どもを巡る争いが増えています。親権者や養育費、面会交流といった事件です。
少年事件では、少年鑑別所に送致する観護措置決定や少年審判があります。少年審判は、非行に至る原因や家庭環境を家庭裁判所の調査官が丁寧に調査した上で、少年にとってどのような保護処分が適切かをじっくり検討していく点が、成人の刑事事件と大きく異なるところです。
次に、裁判官が各事件で具体的に何をしているのかを説明します。1点目は手続きの主宰者としての役割です。刑事事件は刑事訴訟法、民事事件は民事訴訟法、家事事件は家事事件手続法、少年は少年法、破産は破産法など、事件ごとに適用される法律が異なるため、裁判官は事件ごとに手続きや条文を頭に叩き込んで進行させます。各当事者に手続きを分かりやすく説明することも裁判官に求められる役割です。
2点目は判断者としての役割です。刑事であれば有罪か無罪か、量刑はどれが相当か。民事であれば、例えばお金を貸したのか貸していないのか、労働事件なら解雇が有効か無効か、建築紛争では建築に瑕疵があるのかないのか。証拠に基づいて事実を認定し、法律を適用して結論を出し、判決や審判などを下します。
3点目が紛争解決の調整者としての役割です。労働審判、調停、民事訴訟などでは話し合い、つまり調停や和解で解決することも相当数あります。裁判官は当事者それぞれの言い分をよく聞いて、主張の対立点を整理し、公平中立な立場からその事案に即した妥当な調停案、和解案を示して解決に導いています。
次に、裁判所の外で働いている裁判官をご紹介します。裁判官は法務省を始めとする行政官庁に出向することもあれば、海外に法整備支援として派遣されることもあり、そこでは裁判官としての法律知識や経験を活用して出向先、派遣先の職務を行うことが求められます。出向中、派遣中は裁判官としての身分ではなく、検事や外務事務官という身分で働くことになります。また、研修という位置付けで、1~2年間、民間企業で業務を行ったり、海外の大学や裁判所などで在外研究をしたり、弁護士の職務を行うということもあります。このように裁判官は任官後、ずっと裁判所の中にいるわけではありません。平成16年以降に任官した裁判官は、ほぼ全員が何らかの形で外部での勤務経験をするようになっています。私も令和2年8月から約1年8カ月、中央労働委員会に出向し、特別専門官として中労委が扱う不当労働行為事件の審査に携わりました。裁判官の外部経験は、裁判官が外部で多様な経験を積み、そこで得た経験や知識を活用してより良い裁判につなげていくという非常に大切な意義があります。
私がなぜ裁判官になりたかったかと言うと、特定の誰かではなく、みんなの役に立ちたいという素朴な思いからです。弁護士はどうしてもクライアントの利益や意向に沿って動かざるを得ない側面があります。とても重要な仕事ですが、私は片側の言い分や意向に沿って、ではなく、双方のために役立ちたいと思って裁判官を目指しました。そして、所属する組織のしがらみに縛られずに、法と己の良心のみに従って仕事ができるという点に最大の魅力を感じています。「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」と憲法76条3項で裁判官の独立が保障されています。そのような仕事は他にないのではないかと思います。
実際になってみると、想像以上に自由な世界でした。裁判官室では自由闊達な議論が行われています。誰かの顔色をうかがうことなく、みんなで力を尽くして紛争を解決しているという世界です。もちろん大変さ、難しさも伴います。責任はとても重く、人の人生を左右する判断をしなければならないこともあります。結論に悩む事件も一定数あり、悩みに悩み抜いて結論を出します。判断から逃れることはできません。また、多種多様な事件を扱い、法改正にも対応するため、日々勉強が必要です。このように大変さ、難しさはありますが、他方で、やりがいも大きいです。一番やりがいを感じるのは対立する当事者の言い分を聞いて整理し、背景事情も考えながら双方に納得していただける解決案を示して紛争を解決できた時です。和解が成立したときの当事者の安堵した表情、これで一歩前に踏み出せるといった充実した表情を見ると、この事件を担当して本当に良かったなと思います。証拠を何度も読み込み、時系列を丹念におっていくことで真相が見えてきたときもやりがいを感じます。また、外部経験や研修が充実していて成長しやすいところも魅力です。
現在、任官から17年ちょっと経っているところで、途中育児休業や配偶者同行休業をはさみ、中労委への出向も経験しながら、裁判官人生を歩んできました。裁判官1年目で、私は福岡地裁の労働集中部に配属になりました。過労自殺や解雇などの労働事件を集中的に扱う部署です。裁判官1年目は、一人で事件は担当できません。合議体の一員として合議事件を担当し、その中で訴訟指揮や訴訟進行の仕方、判決の書き方などを学んでいきます。裁判官の仕事の大きな特色が合議です。民間企業や行政庁では通常は考えられないと思いますが、1年目の新米裁判官も任官30年のベテラン裁判長と対等な立場で議論ができます。むしろ、自分はまだ新人なので分かりません、意見は言えません、ということは許されません。逆に言えば、1年目が意見をするなど生意気だ、と言われることもありません。誰よりも記録を読み込み、文献・判例の調査を尽くして、対等な立場で議論をしていく。そうすることで最善の結論を出すことができるようになります。
裁判官3年目、前橋家地裁に配属となりました。この頃、少年審判の被害者傍聴制度が開始となり、家裁調査官や書記官といった他職種や事務局と連携して安全な運用ができるように一丸となって準備をしました。4年目に育児休業を取りました。公務員ですから休業制度はしっかりしており、10年目には配偶者同行休業制度を利用して夫の在外研究に子を連れて同行し、半年間ロンドンで生活しています。
裁判官6年目には一人で事件が担当できるようになります。私は熊本家地裁八代支部で初めて単独で刑事事件を担当し、一人で法廷に入ったときは非常に緊張しました。自分の判断で訴訟を進行する。その緊張感とやりがいは、一生忘れられない経験です。小規模庁は裁判官の数が少ないため、一人で民事・刑事など様々な種類の事件をこなします。集中力や頭の切り替えが必要です。
裁判官9年目、大規模庁である東京地裁の民事部に配属となり、名誉棄損、投資詐欺などの一般民事訴訟を担当しました。大規模庁では、専門部、集中部が多く、専門分野ごとに部が分かれています。
裁判官12年目、宮崎地家裁に配属となり、この頃、民事裁判のIT化に向けた検討が開始されました。私自身もIT化合同PTのメンバーとして模擬のWEB会議や庁内の広報活動、宮崎県弁護士会の弁護士との勉強会などを企画・実行し、とても良い経験となりました。
15年目、東京地裁に戻ると、着任するなり緊急事態宣言が発出されるという状況でしたが、倒産事件を止めることはできないため、コロナ禍での倒産処理に部内一丸となって知恵を絞って対応しました。その後、中央労働委員会に出向し、17年目に現在の職場である東京地裁の民事部に戻ってくると、ウェブ会議が予想以上に定着していました。現在、ウェブ会議で審理を行う日々を送っており、デジタルツールの利活用による迅速で分かりやすい審理の実現に向けて奮闘しています。
以上お話したとおり、裁判官の仕事は本当に多種多様です。ジェネラリストでありスペシャリストであることが求められます。自由闊達な議論を重ね、法と己の良心に従ってみんなと一緒に最善の判断・解決を導く仕事です。今日のプレゼンを聞いて、少しでも裁判官の仕事に興味を持っていただけたら幸いです。
中央大学×大手町アカデミア第「法曹の『いま』-変化への挑戦 裁判官・検事・弁護士が語るリアル」講演要旨(2)は こちら から