大槻ケンヂ「今のことしか書かないで」
スティングは僕に毛布をかけない
隔週連載
第21回
illustration:せきやよい
眠りに就く時いつも音楽を聴いている。
スマホを枕元に置いて、SpotifyかAppleMusicを微音で流しているのだ。その音色が眠りへの誘い水となっている。
聴くのはいつも70年代のソフトロック&ポップスだ。キャロル・キングとかブレッドとかザ・バンドとか。
70年代のそれらは土と風の香りがして、逆に都会の匂いもして聴いていると心地よく気持ちが落ち着いてくるのだ。寝しなの音楽に何が良いかいろいろ試してみた結果、70年代ソフトロックが今の僕には一番合っているようだ。
普段はメタルやパンクをやっていて、て言うか、そもそもナゴムレコードの出身だというのに、落ち着いた先がそこだったとはなんだが「ケラさんごめん!」という気分になるけれどよく眠れるのだから仕方がない。
CSN&Yの「アワーハウス」やイーグルスの「デスペラード」なんてトロトロと溶けていくように寝心地がいい。
死ね死ね団にもばちかぶりにも「裏切って申し訳ない!」というセレクションである。
でも僕が70年代ソフトロックに詳しいわけでは全然ない。いろんなジャンルを試しているうちにたどり着いただけだ。シャッフルで流していて知らない曲を知ることもよくある。また、その曲がとてつもなくよかったりもする。
たとえばポール・サイモンの「恋人と別れる50の方法」は、僕はまったく知らなかったけど、こんないい曲がこの世にあったのか、とベッドで茫然としてしまった。ダンサブルだけど熱くならず抑えたまま感情を爆発させるポエトリーリーディング調の名曲だ。
「……ああ、こんなのをやりたい。こういう曲を歌えるようにいつかなりたい」とポール・サイモン相手に百万年早いが思ったりもした。
ボブ・ディランの「天国への扉」は有名曲なのでさすがに知っていたけれど、「のーのーのきのーへぶんずどー」以外のところはなんと歌っているのだろうと気になって、深夜に歌詞を和訳検索したら、その切なさはかなさを超えた――ようやくこれで人生の重荷を降ろせる。やっと、俺は、そうだ、眠れるんだ──との魂の安堵感(あくまで僕の解釈です)にちょっと泣けてきた。
僕も日々、今日も一日がんばったり何もできなかったりくり返しているけど、のーのーのきのーへぶんずどー、70年代ソフトロックを聴いてようやく今夜も眠れるんだ……と、うつらうつらしていると70年代のミュージシャンがソーッと体に毛布をかけてくれる入眠時幻覚的なイメージ。
70年代のソフトロックミュージシャンには髭ボーボーのむさくるしい風体の人も多いので「できれば『NO SECRETS』のジャケの頃のカーリー・サイモンにかけてほしいよなぁ」と思うんだが、先日は夢うつつの中、よりにもよって、レオン・ラッセルが、しかも「カーニー」のジャケの頃のバージョンで出てきて毛布をかけてくれて正直ちょっと嫌だったものである。
レオン・ラッセルに毛布をかけてもらったのが2月5日の夜。翌日6日に僕は58歳になった。
2月6日、仲間のミュージシャンを集めて渋谷で生誕祭ライブを行った。誕生日なのでいつも以上に好きにやらせてもらおうと、普段はなんとなく考えていくMCの内容を、この日は一切考えずにノープランで語り始めたのだ。
そうしたらなんの流れであったか、ファーストキスの話になった。
「僕の初めてのキスというのは10代後半で。池袋に行ってね。水族館でも行ったのかなぁ。その後に日が暮れてきて、もう帰ろうかと思ったら女の子が不意に『大槻くん、行きたいところがあるの……』と。え? 何どこ? と聞いても『ちょっと』と言って詳しく言わない。ズンズン池袋の街をその子は歩いていく。付いていくとそのままどこかのビルに入って何階かまで上がっていって、広いバルコニーみたいな展望スペースみたいなところに出た。そしたらそこに10組くらいのカップルがいて、その全カップルがモーレツにチューをしていたんだよ。『げえっ!? 何? ここ?』と思って振り向いたら女の子がキス待ち顔で『んんん~♡』という表情で目をつぶっていたんだ。『こ、これは、もうそういうことか!? 後には引けんよなっ』と思っていたらちょうど警備服の男の人が見まわりに来た。でも彼が、猛チュー真っ最中のカップルたちに一切目を向けず無表情なので『すごい! プロだなぁ~』と感心していたんだが、それより目の前のキス待ち彼女にどうしたものか……と気が弱くて焦っていたところ……」
と、この辺でさすがに「何を喋ってんだオレ、58歳がステージで」ハッと我に返って、初チューの話は止めにしたんである。怖いなノープランMCは。
ちなみにその時に通り過ぎる警備員が無の表情のまま、僕に舌打ちのようなものをしたのを覚えている。
舌打ちは小さく「どういっ!」と聞こえた。
ずっと「あの舌打ちは嫌だったなぁ」と苦い記憶になっていたのだ。
でも、2月5日の夜にレオン・ラッセルに毛布をかけられながら、何故かそのファーストキスの話が脳裏に浮かびあがってきて、そしたら『ん? あ、あれ、あれもしかしたら舌打ちじゃなかったんじゃないかな? あの時彼は、僕にこう言ったんじゃないのかな……どういっ!って……』何十年振りかにハッと思いついたのだ。
『あの時、警備員さん、舌打ちじゃなくて僕に小声で「どういっ!」言ったのかも? 「どういっ!?」っていうのは「Do it!」って意味じゃなかったのかな!?』
「Do it!」それをやれっ! である。
『お前女の子が覚悟を決めて目の前にいるんだ、やれっ! しろよ、チューをよ。Do it!』
ということを彼は僕に言ったのではなかったか?
気弱な若者男子への、無数のチューを見てきた接吻現場の達人としての叱咤激励の意味での「Do it!」を、あの時僕は、イラついた警備員の舌打ちと勘違いしたのではなかったのだろうか?
わからない。わからないしこんな話でも今はコンプラアウトになるかもしれないし、何より、今のことしか書かないで。だ。もう太古の昔の事である。舌打ちでも「Do it!」でももう何でもいい。
僕がファーストキスを体験したその頃、街ではよくポリスの「みつめていたい」が流れていた。
この曲は83年のナンバーだ。70年代のソフトロックではない。だからけして僕の枕元で寝しなにかかることはない。
スティングは僕に毛布をかけない。
……で、キスの話を途中でやめて、またなんの流れであったか忘れたけど、ステージ上で「孤独死」の話を僕はし始めた。
「……あの、僕『孤独死』っていう言葉が嫌いなんですよ。たとえ人がひとりで死んだとしたって、彼が孤独だったかどうかなんでわかんないじゃないですか。確かにひとりで死んだかもしれないけれど、誰かや、何かと心ではつながっていて、さみしくなかったのかもしれないじゃないですか。それは信心でもいいし、遠く離れていても心の奥底で共感しあっていた人の存在でもいいし、いっそ音楽だっていい。彼に大好きな音楽があって、もう死ぬというその時に彼の意識の中でその音楽が鳴っていたなら、それだけで彼はもう完全な孤独とは言えないでしょう? だってその時共にあるのだから……もし長い長い年月が経ってもし仮にみなさんに何かあろうという時に、もしその時にあなたが仮におひとりであったとしても、その時に僕の歌があなたの心に流れることがあったなら、それでもうあなたはひとりじゃないですからね。僕の歌と共にあるわけですから。孤独じゃないですからね。そうしたらそんな人間に対して事情も知らずに『孤独死』なんてさびしい呼び方は絶対にするべきではないよね。人の死に死に際に区別をつける必要はない」
たとえば「おひとり様死」に呼び方を変えてはどうですか? と付け足して「居酒屋じゃないんだから」というツッコミのムードを会場に作って場をなごませ「なんか58歳にもなったら言うことがセミナーっぽくなってきました。帰りに高価なツボを売りますね」なんてふうに笑いで締めて次の曲にいった。
でも、本当に「孤独死」なんて呼んで人の死を勝手にさみしくさせるのはよくないよ。と僕は思っている。
のーのーのきのーへぶんずどー
誰かが天国への扉を叩くその時、歌でも書きものでもなんでもいい。彼の傍らにあって、彼が自分を孤独だなんて思わずにいられる、自分をみじめだと思わないですむような作品を、これからも作っていけたらいいかなぁ、と誕生日の夜にステージ上でふんわりと僕は思った。
どういっ! Do it! それをやれ。
帰ってスマホで70年代ソフトロックをかけて眠りについた。
また「カーニー」のジャケのレオン・ラッセルが毛布をかけてくれに来た。
「……今夜もレオンさんですか」
「俺だって60歳近い男に毛布をかけてやるのはウンザリだよ。カーリー・サイモンは昔の私を想像されても嫌だっつって来ねぇよ。ボブ・ディランはノーベル賞取ってからからはよりエラくなっちまったからな」
「すいません。ありがとうございますレオンさん。ちゃんと『カーニー』のジャケットの白塗りで来てくれたんですねぇ」
「好きな曲があるんだろ?」
「えーっ! 歌ってくれるんですか!?」
「騒ぐな。もう夜中だ。これは入眠時幻聴だ。本当はお前が心の中で自分で歌っているだけだ。いつかお前が天国への扉を叩くその時にかかる曲のひとつなのかもしれないぜ」
「ありがとうございます! で、あの……『カーニー』からじゃなくてもいいスか?」
「え? そうくるの? 何?」
「『ソング・フォー・ユー』をお願いします。リクエスト!」
「……わかった。幻聴だぞ。今夜はもう眠っていい」
そしてレオン・ラッセルが静かに歌ってくれるのだ。
……Singing this song for you……
※この連載はエッセイと小説の入り混じったものであり、場合によってはほとんど作者の妄想です
※次回の公開は3月13日(水)予定です
プロフィール
大槻ケンヂ(おおつき けんぢ)
1966年2月6日生まれ。1982年、ロックバンド「筋肉少年少女隊」結成。その後「筋肉少女帯」に改名。インディーズで活動した後、1988年6月21日「筋肉少女帯」でメジャーデビュー。バンド活動と共に、エッセイ、小説、作詞、テレビ、ラジオ、映画等多方面で活躍中。「特撮」、「大槻ケンヂと絶望少女達」、「オケミス」他、多数のユニットや引き語りでもLIVE活動を行っている。
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