大槻ケンヂ「今のことしか書かないで」
ナマさんと鉄砲
隔週連載
第11回
illustration:せきやよい
母の入っている老人ホームで縁日をやるというので行ってきた。たまにそういったイベント事を催しているらしい。行ってみると施設のロビーに屋台が出て、ハッピ姿の職員さんが焼きそばを作っていたり、ボール掬いや射的に老人たちが興じていた。
アッパー系演歌(「北酒場」とか「祭」とか)もガンガンに流れ賑わっていた。
「あたしは騒がしいの嫌いだよ~」と言いながら、母も歩行器を押しながらロビーに出てきて、職員さんに促されて射的ゲームを始めた。
ポン、ポン、とこれがなかなか上手に景品の人形などを倒していく。その度に職員さんたちが「すごいじゃなーい」「うまいねぇ」と囃し立てる。小さな子供にいうような口ぶりだ。ちょっと90歳の人間に対してその子供扱いはどうなのかなぁ、と息子は思ったのだが、母は自分の腕前に興奮したのか、ポン、ポン、とまた空気銃で景品を倒してみせた後、振り返り突然「うまいだろ賢二、あたしは射撃をやっていたからね」との、賢二が生まれて初めて聞くカミングアウトをしたのであった。
え~っ!? そんなこと絶対に母のこれまでの人生に一ミリもなかったと思う。あるわけがない。でもまぁなんたって90歳だ。
そんな妄想が浮かんだのだとしたら、それはそれでもういいじゃないかと、映画「山猫は眠らない」ばりにオモチャのライフルをガッシと構えているスナイパーの母のずいぶん小さくなった背を見て微笑ましく思った。
その日は午後、爆笑問題のラジオ番組に出演した。「爆笑問題の日曜サンデー」である。
楽しくトークした。その中で、なんの話の流れからであったか、僕が昔に、落ち武者の生首を目撃したという話になった。
小学生の頃に家の庭で、空中に浮いたザンバラ髪の生首が、口から血を垂らしてニヤ~ッと僕に笑いかけたのを、一瞬だが見たことがあるのだ。
恐らく子供が見る幻視の種であったのだろうけれど、僕は確かにそれを見た。アレなんだったんでしょーねー、とラジオでその話をしている時、ふと太田光さんを見ると彼が「ド根性ガエル」のピョン吉のTシャツを着ていた。
「……あ~、今まであの生首は戦国時代の地縛霊とか江戸時代の怨霊とかかと思っていましたけど、アレ意外に、悪いやつではなかったのかもしれないですねぇ」
意外にピョン吉みたいに、あの生首は相棒的存在になれるやつだったのかもしれない、と、ふとその時思ったのだ。
もう50年近く昔に目撃した落ち武者の生首は、昭和の時代劇で観るかのさらし首そのもので恐ろしかった。でも、僕に向かってそいつは確かに笑いかけていたのだ。
ニヤ~ッと、血をしたたらせていたけれど、口元はつり上がって、笑っていたのだ。笑いかけてくる人に敵意はないだろう。
なぜ僕に笑いかけてきたのか?
それは実は、僕と仲良くなりたかったからでなかったのか?
僕と友達になりたかったからではなかったのか? あるいは、相棒になりたかった?
「な、生首、ぎゃあああっ!」
と心で叫んで約50年前のあの時、僕は腰を抜かさんばかりに驚いて庭から走って逃げてしまった。しばらくして戻ってきたらもう生首なんて浮いていなかった……どうなんだろう? あの時、走って逃げ出す前に一瞬だけでも僕が庭に踏みとどまっていたら、もし生首の言い分を聞いてあげるほんのちょっとの間があったなら、その後の僕の人生は随分と変わっていたのかもわからない。
「な、生首! ぎゃあ!!」
「お、ちょっとまてよ賢二! あせんなって」
「え!? え? 何? 僕の名前知ってんの?」
「知っているよ。俺、先祖だからよ」
「先祖? 僕の?」
「そうよ、俺はテメーのご先祖様よ」
「……ご先祖様? 生首なのに? さらし首だし」
「すまねーなー、その昔に俺、バカでさぁ、いろいろ調子に乗っちまってよう、気付いたら刑に処されてこのザマよ。成仏できなくてな、長いことこの世をさまよってる……ヒマでなぁ、遊んでくれる子孫でも現れるのをずっと待ってたのよ。ところがこの家は代々けっこうマジメなやつばっかでよう。こんなさらし首の生首の俺ッチとつるんでくれそうなバカのお調子もんがなかなか出てきてくれねぇ。さみしくてよう。でもようやくバカのお調子もんが生まれてくれた。うれしくってよう。物心がつくのを待って、こうして今日やっと、会いに来たってわけよ」
「バカのお調子もん……それ、僕?」
「そうよ! 一族で一番のバカでお調子もんが俺と賢二、間違えねーだろ」
「……一番がふたりって変じゃない?」
「細かいことを気にすんなよ。なぁ、子孫よ、賢二よ、これから俺とつるんで遊ぼうぜ。お前『ど根性ガエル』毎週テレビで見てるだろ? アレ面白いな。時代劇より全然面白いよ。俺らは今日からあのヒロシとピョン吉みたいなもんよ。いつも一緒にいて、泣いて笑ってケンカして。な、我ら相棒、つるんでいこうぜ」
「……僕いつも生首連れて歩くの? 目立つでしょそれ、いじめの対象にだってなる。やだよ」
「俺の姿はよほど霊感のいいやつにしか見えねーよ」
「どっちがピョン吉? 僕カエルはやだよ」
「ん? 俺がピョン吉!!? ま、いいけどよ」
「じゃあピョン吉って呼べばいいの?」
「なんだっていいよ。本当の名は……捨てたよ」
「じゃあ……生首だからナマさんとか。例えばだけど、どう? 変かな?」
「ナマさん!? いいじゃん。俺ナマさんか! あはっ、いいな! よろしくな、賢二。ナマさんって呼んでくれよ」
長いこと孤独でさまよっていたせいか、ナマさんはとってもうれしそうだった。僕も友達が少なくて、学校でも一日中ボーッと空想ばかりしてひとりぼっちの子供だったので、それが生首だとしても、相棒的存在が出来て、ちょっとうれしかった。
これは初めて書くが、実はそれからずっとナマさんと僕は一緒にいた。バカでお調子もんの僕はその後、勉強をせずにロックを始めた。絵に描いたバカのお調子もんだ。
そうして、いろんなことがあって、失敗したり少しだけ成功したり、泣いて笑ってケンカして、いろんな時を生首のナマさんと一緒に今まで過ごしてきたのだ。ヒロシとピョン吉のように僕らはいい相棒だった。都合のいいことにナマさんの言った通り、彼の姿は他の人には見えていないようだった。
それから50年近くの時が経って、僕とナマさんは母の見舞いにホームに行くことにした。ナマさんは母を「ケイコ」と呼び、「あの娘は一族でも出来がいいよ」などと言った。9月だというのにまだ暑いある日の午後、ホームへ行って、母の部屋へ入ると、ベッドに寝ていた母がムクッと起き上がり、腰だめに構えたライフル銃で僕の肩の上に浮いていたナマさんを一発で撃ち落とした。
銃声はポンとは鳴らなかった。バーン!と明らかに実弾が放たれて火薬のにおいが室内に立ち込めた。
母は言った。
「うまいだろ賢二、あたしは射撃をやっていたからね」
部屋のドアに撃ち飛ばされた生首がまたはね返ってゴロゴロと床に転がり、僕の足元で止まった。生首の口元から血が垂れていた。元々垂れていたが。
「お母さん、ナマさんが見えていたの?」
「この年にもなると今まで見えなかったものが見えてくる。この間の縁日の時に賢二の肩に落ち武者の生首が浮いているのが見えてね。なんとかしなきゃと思って、こいつを引っぱり出してきたのよ」
そう言って、手にした三八式歩兵銃を愛おしそうに撫でた。
「賢二、うちが中野にあったのは、母さんが昔、陸軍中野学校少女班に属していたからなんだよ。母さんは射撃手だった。自分で言うけど名手でね。二里先の蝶々を打ち落としてみせたよ。賢二、もう大丈夫だ。悪霊は撃ち落としてやったよ」
いや、違うんだよお母さん。言いかけて、その前に「いいんだいいんだ賢二」と足元から声がしたので、床に転がったナマさんをもう一度見た。
ナマさんは額に10円玉くらいの弾丸による穴をポッカリあけて、相変わらず口元から血を垂らしながら、50年前のあの日と同じように、ニヤ~ッと笑って僕に言った。
「へへっ、ガッツリ撃ち抜かれた。こりゃダメだ。いやぁ、どいつもこいつも俺の一族はマヌケだな。でもケイコ、ありがとう。これで成仏できるよ。やっぱりケイコは出来がいいな。賢二、今まで遊んでくれてありがとな。これからは、ひとりで遊んで生きろよ。泣いて笑ってケンカして、いろいろあるけど、バカでお調子もんのまま、生きていけばそれでいいんだよ」
ポンと空気銃のようなはじける音がして、ナマさんは夢のように一瞬で消えてなくなった。
「どうしましたか?」と言って職員さんがドアを開けて入ってきた。
「何かしらこのにおい? 花火? あら? 大槻さん、それお部屋に持ってきちゃったんですか」と職員さんが母に言った。
母を見ると、手に、縁日で遊んだオモチャの空気銃が握られていた。
「あれ、あたし、なんで鉄砲を持ってんのかねぇ……あらっ? 賢二、来てたのかい。ひとりだね」
母が笑った。もうじき秋になる。
※この連載はエッセイと小説の入り混じったものであり、場合によってはほとんど作者の妄想です
プロフィール
大槻ケンヂ(おおつき けんぢ)
1966年2月6日生まれ。1982年、ロックバンド「筋肉少年少女隊」結成。その後「筋肉少女帯」に改名。インディーズで活動した後、1988年6月21日「筋肉少女帯」でメジャーデビュー。バンド活動と共に、エッセイ、小説、作詞、テレビ、ラジオ、映画等多方面で活躍中。「特撮」、「大槻ケンヂと絶望少女達」、「オケミス」他、多数のユニットや引き語りでもLIVE活動を行っている。
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