大槻ケンヂ「今のことしか書かないで」
おサル音頭
隔週連載
第4回
illustration:せきやよい
海が見える横浜のハコで、発声OKのライブを約3年ぶりに行った。
筋肉少女帯も他のバンド同様に、コロナ禍においてはコール&レスポンスが約3年禁じられていたのだ。舞台上からのコールは出来るが、客席からのレスポンスが届かない。「イエーッ」と叫べどもウンともスンとも返ってこない。どころか、昭和の歌謡ショーでもあるかのように、ざ~、ざざ~と波の音のような拍手のみが打ち寄せてくるのだ。長い年月「イエー!」には「イエー!」で返していただいていた身にこれがどれほどのショックであったことか。
僕はコロナ禍突入一発目のライブで「イエー!」「ざ~、ざざ~」の“コール&さざなみ現象”にガク然となり、己の積み上げてきたライブスタイルを根底から否定されたかの気分に陥り、まさに波打ちぎわの孤独な散歩者といった感じとなってひどく落ち込んだ。ふがいなさに思わず「今夜のライブ、正直すまんかった」とライブ直後にメンバーに謝ったほどだ。
それから3年、コロナは5類に引き下がった。数多のライブでお客さんの発声がOKとなった。我が筋肉少女帯も、5月後半の横浜でのライブからコール&レスポンスが可能ということになった。ようやくだ。とても長かった。
でも僕は単純に「やった。時は来た。」とも喜べなかったのだ。
それは来たる横浜のライブが「『UFOと恋人』再現ライブ」という内容だったからだ。
『UFOと恋人』とは、1993年に筋肉少女帯の制作したアルバムだ。このアルバムが発売から30年を迎えたということで、発売30年記念ライブを開催することになったのだが、問題はこの一曲目が「音頭」であるということだ。
正確には「おサル音頭」というタイトルの音頭だ。
三味線と和太鼓から始まる正統派の音頭で尺もしっかり3分強ある。ラウドロックバンドのアルバムの一曲目になんで音頭なんか入れたのか、と問われるならば、若かったのだ。あの頃。僕はトガッていたのだ。俺らともかく奇をてらってリスナーの意表を突いてやりたかったのだ。そして、まさか30年後の未来に、発声OKのライブの一曲目にそいつを歌うことになるなんて夢にも思っていなかったから、ラウドロックバンドのアルバムの一曲目に「おサル音頭」を持ってきてしまったのだ。
「約3年ぶりのコール&レスポンスの一発目が、よりにもよって“アレ”になるのか……」
と、『UFOと恋人』再現ライブとコロナ5類引き下げが同時期になりそうだと知った時、僕はとても複雑な気持ちになった。
そして当日、エマーソン・レイク&パーマーの荘厳な名曲「聖地エルサレム」がライブオープニングからSEとして鳴り響いた直後、一転してどんどんどんがらがったと和太鼓が鳴り、ちゃんちゃんちゃんちゃかちゃんと三味の音が響いて「おサル音頭」は始まった。
特攻服を着こみ、顔にヒビを入れた僕は一人っきりでツツツーとステージに歩み出た。メンバーは曲の途中からしか登場しない。「おサル音頭」は、和楽器を使用する特殊な楽曲形態によって、カラオケによる歌唱なのだ。いくら再現ライブだからといって、曲順通りの進行だからといって、よりにもよって、約3年ぶりの発声OKのライブ~それは恋人同士ならキスやハグをついに認められたに等しい~が、どんがらがったのちゃんちゃかちゃんのカラオケ独唱であるとは、一体、ロックの神様はどんな仕打ちを我にお与えになったのであろうか。
「オレなんか悪いかとしたか!?」半ばキレながら、僕は「おサル音頭」を歌い始めた。
「おサルとお風呂に入りたい~♨」心のトラウマほぐしたい~といい塩梅で歌う歌詞だ。歌詞によれば、風呂で一緒になった猿がお盆にお酒をついでくれるのだという。なんだその牧歌的な非ロック風景は。のっけから和んじゃうじゃねぇか。作詞者は僕自身だが。そしてサビでは、このエテ公の鳴き声が復唱されるのだ。
「あ、モキモキモキーッ」
猿は「モキーッ」とか言わないと素朴に思うんだけれども30年前のトンガっていた輩がそう表現しているだからそう再現しなければならない。
僕は釈然としないまま「あ、モキモキモキーッ」と叫んだ。すると、このコールに満員のお客様たちが、一斉に声を合わせてレスポンスしてくださったのだ。
「あ、モキモキモキー!!」
と。
その瞬間、僕は大いに感動してしまった。
猿の体、での「あ、モキモキモキー」という、ラウドロックバンドの現場にはまったくふさわしくもないモンキー・コール&レスポンスであるというのにも関わらずだ。だって疫病の時代を乗り越えて、共に、耐え、闘い、しかしお互いを信じ合い、また集い、コールした。そしてレスポンスは返された。ついに同じ空間と時間を我々は再び共有することができたのだ。
「そうだ、それだけでもう十分素晴らしいことじゃないか。言葉なんてモキモキでももういいよ。あっ……でも、な、なんてこったい!」
でも、なんてこったい……。言葉なんてなんだっていい。だが、それにしても、それにしたって、だ。次の言葉がまたこうだったんである。
「あ、ウッキウッキーウッキー」
猿はまた「ウッキウッキ」とか言わないと素朴に思うし当時まだタモリさんが「笑っていいとも」やっててお昼休みはウキウキウォッチング歌ってた時代だったんだな~そこらの影響なんだろうな~、とか思うわけなんだが。
それにしても久しぶりのコール&レスポンス。その一発目がモキモキで二発目がウキウキであるなどとは。つくづく業の深い我がロック人生である。
それでもやはり、お客さまは声を限りに返してくださった。
「あ、ウッキウッキウッキー!!」
と、再び、感動した。僕はモーレツに感動してしまった。そうだ、もうイエーでもモキモキでもウキウキでもなんでもいいではないか。なんでもいいんだよ。声を限りに叫び、それに返し、空間と時間を共有し、互いに、いいことがあるに違いない未来へと向かおうという姿勢、それこそがライブにおけるコール&レスポンスの本質であるならば、むしろ、猿になってのそれは、原点への回帰なのである。猿にまで戻って原始的な衝動をそのままに叫び合い、求め合い、これから、コロナ禍を抜けた新しい世界線へと、共に進化を遂げようという、このモキモキ・ウキウキ・コール&レスポンスこそが、そのスタートとなるのだ。
「なるほど猿からの未来への進化ということか、そうか、それはつまり、アレだ……」
と、その時、僕は客席にひとりの長髪の若者を見い出す。端正な顔立ちの彼氏は年の頃は27歳くらいか。奇妙なことに顔の半分に縦にヒビ割れの入ったその青年は、テレパシーなのか僕の脳に直接語りかけてきたのであった。
「そう、猿からの未来への進化、つまりアレです。A Space Odyssey『2001年宇宙の旅』ですよ。スタンリー・キューブリック監督のね。今から30年前、僕は30年後の来たるべく未来を見越して、この詞を書いたのです。ほら、30年も経つとアレでしょう。疲れてきて、歳とって、世の中もいろいろあって、バンドをやる気も何をやる気もなくなってしまって正直つらいんでしょう? ね、だからさ、僕、未来の自分がまたやる気になれるよう、猿になって、生物の原点に戻って、そこからまたリセットして新しい世界線へともう一度進化できるような歌詞を書いておいてあげたんですよう。うふふ。よかった。功を奏したようだね。そう、この歌を歌って、映画『2001年宇宙の旅』で、猿がモノリスと骨、によって人への進化を遂げるように、ホラ、あんたも……僕自身だけど……ここからまた、もう少しがんばってみたらいいよう。ほら、歌って、みんなで、モキモキはモノリス、ウキウキは骨。うふふ、うふふふふ」
会場はもはやモキモキウキウキの大合唱となり、もみ手をしながらメンバーたちも登場し、本格的に筋肉少女帯のライブが始まって、もう、顔にヒビを入れた青年の姿はどこにも見えない。若き日の、30年前の自分にトラップを仕掛けられたのはわからない。わからないが、たしかにモキモキはモノリス。ウキウキは骨。そうやってグレート・リセットはなされ、僕はまた、そして新たなコール&レスポンスの感動の宇宙へと旅立って行こう。
※この連載はエッセイと小説の入り混じったものであり、場合によってはほとんど作者の妄想です
プロフィール
大槻ケンヂ(おおつき けんぢ)
1966年2月6日生まれ。1982年、ロックバンド「筋肉少年少女隊」結成。その後「筋肉少女帯」に改名。インディーズで活動した後、1988年6月21日「筋肉少女帯」でメジャーデビュー。バンド活動と共に、エッセイ、小説、作詞、テレビ、ラジオ、映画等多方面で活躍中。「特撮」、「大槻ケンヂと絶望少女達」、「オケミス」他、多数のユニットや引き語りでもLIVE活動を行っている。
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