大槻ケンヂ「今のことしか書かないで」
私はバンギャになりたい
隔週連載
第6回
illustration:せきやよい
入院にしている母の90歳の誕生プレゼントに、白と黒のうわっぱりをあげたら「意外に地味な色だね」と言って笑った。でも気に入ったようで「退院したら家で着れるよ」とベッドの脇にちょこんと座ってうわっぱりをなでていた。
僕はロックを生業としているけれど、その日常が他の一般的なお仕事の方々とさして変わらない面が多いことにたまに茫然とする。母の年齢的に言って、退院後に自宅ではなく、介護施設的なところに入ってもらう可能性もあり、その事を告げる役どころは、兄はもう死んでいるから、次男の僕になるのだ。今まで何度も大規模会場で何千人の前で「もう一回、行ってみるかぁ!!」なんて平気で話しかけてきたけれど、病院の大部屋の隅でたった一人に「あ……お母さん、実は……」と声をかけることがこんなにもためらわれる。
……挫・人間の下川リヲ君には青い革ジャンをプレゼントした。7月2日に僕のバンド・特撮と、下川君のバンド・挫・人間のツーマンライブが、渋谷のクアトロであった。その日は下川君のお誕生日だというのだ。「えっ! じゃその日なんかあげるよ。欲しいもんない?」と新宿のレッドクロスというライブハウスで彼に会った時に尋ねたら、意外な答えが返ってきた。
「いやそんな。じゃ、なんか大槻さんのお下がりをください」
下川君は僕より25歳下で、子供の頃に筋肉少女帯や特撮を聴いて育ったのだという。だから「お下がりをください」なんてフレーズが出るのだろう。リスペクトしてくれているのだ。長い事やってきたせいか最近は僕ごときをリスペクトしてくれているらしい若い世代に会うことがたまにある。ありがたいけど面映ゆい。
近頃一番に面映ゆかったのはプロントで原稿を書いていたら若い男性がスマホ片手に近づいて来た時のことだ。彼はおもむろに僕の面前で自分のスマホの画面をサーッとスクロールしてみせた。僕の著作の電子書籍一覧が、上下だったか左右だったかサーッと流れていった。
「大槻さん、ファンです。全部読んでます」とスマホ片手に彼が言う。
「あ、ありがと」
面映ゆく礼を言うと、若い彼氏は言ったのだ。
「大槻さん、あなたは……、あなたは現代のソクラテスです」
ソソソクラテスかプラトンか、ニニニニーチェかサルトルか、とその昔、CMで野坂昭如先生が歌っていたことなんて若い彼氏は知らないだろうなぁと思いつつ、僕は自分史上もしかしたら最強の評価であろう“ソクラテス呼ばわり”にほとんど茫然としたものである。茫然にはいろいろな種類があるものだ。
果たして、ソクラテスが現代に転生したとして、原稿をプロントで書くものであろうか? しかもWebムー連載の“女宇宙人とHしたブラジル人青年”についてのコラムをだ。それはないだろう。でも面映ゆいけどリスペクトに感謝である。これは挫・人間とのライブでも言ったが、アラ還になってつくづく思うのは「50を過ぎたら若い世代にどれだけかわいがってもらえるかで老後が決まる」ということである。
それは例の“どんな生業でも日常はさして変わらない”の法則に従って、バンドマンもやっぱりそうなんである。
そしてツーマンの日、ヘヴィメタル専門誌「BURRN!」からいただいたバックに青いライダースをつめて、渋谷クアトロのステージ上でライブ中に下川君に「お誕生日おめでとう!」と革ジャンを渡すと、彼はその場で着てくれて、とても喜んでくれた。
25歳下の下川君がやっている挫・人間のお客さんはやっぱり若くて、中にはもしかしたら学生さんだったりするのかなぁ、くらいの若い女子もいた。
その子たちが挫・人間の曲に合わせて揃って手を振ったり、メンバーの一挙一動に相づちを打ったり、逆にこそこそとバンドにつっこみを入れたりしている様子を楽屋のモニターで観ていた。とても、かわいらしい。そして心の底から「いいなぁ」と僕は思った。
……いきなりのカミングアウトになるのだが、僕には奇妙なところがあって、それは、“バンギャに憧れている”というところだ。
ずっと前から、今でも『ああ、バンギャになりたいなぁ』と強く心に思うことがる。
なんだろう? ソクラテスだからだろうか?
それは違うと思うが、僕より世代が下のV系バンドと対バンした時や、渋谷や新宿のライブハウスの前を通りかかった時に、ブアッとあふれんばかりに集まってワチャワチャ~っと。中にはぽつねんと一人の子も含むバンギャちゃんたちの群れを見ていると「ああ、いいなぁ。若くて、真剣で、前しか見てなくて、ちょっとそれ痛いんじゃないかなぁくらいのオシャレをしていて、今だけに夢中になっている。夢の中にいるのだ。素敵だなぁ、もう一度人生があったら、あるいは転生ができるなら……私はバンギャになりたい」
と、シミジミ思う。
おそらく今ドン引いている読者も少なくないと容易に分かるけれども、現代のソクラテスなんだから許してほしい。きっとこれは哲学なのだ。「いや、単にそれは“癖(へき)”ってやつでしょ。オーケンさん」という声も聞こえてきそうだ。哲学か癖(へき)か? 知りたくもないが、ソクラテス・オーケンさんは原稿の合間にたまにボーッと転生バンギャ化な己を考えて宙を見つめていたりしている。やっぱ引きますか?
……ガラガラガラ!っとキャリーケースを引きずって、推しの遠征を夜バスで全通するのだ。泊りはネカフェとかギリでビジネスホテルのシングルにバンギャ友だち二人でこっそり忍び込むのだ。複数買いしたツアーのグッズのTシャツをパジャマにして狭いベッドにドタン! バタン!!と女子二人で転がり込む直前に、推しのバンドのライブ後半叩き込みタイム定番曲のサビのフレーズを全力で折りたたみしながら歌って「きゃはははははっ!」と大笑いするのだ。
「おーんざまゆげじょーとー!!」
「きゃはははははっ!」
「もう一回行ってみるかぁ!?」
「あんこーるもじょーとー!!」
「まだ本編残ってるだろがー!」
「きゃはははははっ!」
「それな」
「毎回言うよね」
「明日のライブもそのくだり絶対あるよね。ね、明日はどこの街だっけ?」
「わかんない。なんとかってとこ」
「どこへ行ったって、どこも変わんないもんね」
「それな」
「どこも同じ」
「せーのっ」
「おーんざまゆげじょーとーっ!!」
きゃはははははっ、ドタン! バタン!! 二人ベッドになだれ込んで、身を寄せ合いパチンと電気を消して闇の中、古いビジネスホテルだから冷蔵庫の音がぶううううんと虫の飛ぶような音を立てているのを聞きながら、とろとろとまた夢の中へ静かに落ちていくのだ。
「……ね、もう寝た?」
「起きちょるよ」
「髪、染めたの落ちてきた。また染めなきゃ」
「ん」
「ライダースほしい。青いのがいい」
「ん」
「こないださ、はなまるうどんで寝落ちした。そんで起きたら横で白髪のおっさんがじっとこっち見てた」
「ん。癖(へき)だね。おっさん」
「ね。ね……、いつまでこういうふうにしていられるかな私たちって、たまにそ思わない? 考えちゃう」
「ん、哲学だね。ソクラテス、プラトン、ニーチェ、サルトル」
「それは何? バンド? クアトロとか出てる?」
「いい、寝る。夢を見る。おやすみ」
「いい夢を見なね。おやすみね」
……しかし夢見る宣言をした娘はライブ疲れでぐっすりと眠り込み、夢を見たのは髪を染めた娘のほうであった。
彼女が夢の中で長いおっかけの旅から夜バスで家に帰ると、家におばあちゃんがいた。
「あ、おばあちゃん退院したんだね。よかったね。おかえり、ただいま」
バンギャの孫娘がそう言うと、おばあちゃんは居間にちょこんと座って、うわっぱりをなでていた。
※この連載はエッセイと小説の入り混じったものであり、場合によってはほとんど作者の妄想です
プロフィール
大槻ケンヂ(おおつき けんぢ)
1966年2月6日生まれ。1982年、ロックバンド「筋肉少年少女隊」結成。その後「筋肉少女帯」に改名。インディーズで活動した後、1988年6月21日「筋肉少女帯」でメジャーデビュー。バンド活動と共に、エッセイ、小説、作詞、テレビ、ラジオ、映画等多方面で活躍中。「特撮」、「大槻ケンヂと絶望少女達」、「オケミス」他、多数のユニットや引き語りでもLIVE活動を行っている。
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