みなさまの暇つぶしになれば幸いです(._.)
中国異聞帯‐咸陽。高いビルの一つもない世界で唯一、見上げる程に偉大なる建造物を持つ都。
其処にクリプター‐芥ヒナコの姿はあった。
長く美しい黒髪の
「陛下、以上が私の知るカルデアという者達の全て。そして、クリプターと空想樹。異聞帯と汎人類史の情報です」
芥ヒナコが冷めた目で見つめる先には神輿があるが、その中は
「ふむ…ふむふむ…なるほどな…魔法やら魔術やら
「ええ、敵は強大であることをまずは理解していただきたいのです」
「敵か…うむ、朕としては其方やタユンスカポンと同じ来訪者である
「ありがとうございます」
自分の言葉に傅く芥ヒナコを見て、始皇帝は“ふむ”と首があれば傾げていた。
傅く姿勢‐その姿が芥ヒナコという少女の正体を知っている身としては疑わしい。だが、忠節を示し、隠し事も無く情報を伝える姿に面従腹背の空気は一切ない。
そんな真似をしても芥ヒナコの何の益もないことを始皇帝は知っている。
「頭を上げよ。前にも言ったが其方を唯一、朕と同じく“人”であると思っている。故に其方が朕に頭を垂れる必要はないぞ。天仙の女よ」
始皇帝の言葉に数秒の間、考えこんでいた様子の芥ヒナコは頭を上げて立ち上がる。
そして、神輿を正面から見据えながら言う。
「そう。なら、そうさせてもらうわ。けど、こうして私が貴方と対等に話していると貴方の付き人が怖い顔するの…どうにかならないかしら」
芥ヒナコの視線は神輿の傍に立つ中国服を着て丸いサングラスをかけた老人‐衛兵長に向けられる。
「こら、衛兵長。芥を怖がらせるでない」
「御意。芥殿、申し訳ない。最近、老眼が来たようでつい眉間に力が入ってしまうのです」
「いいわけしない。ともかく衛兵長は芥を睨むの禁止だぞ」
「御意に」
気の抜けるような主従のやり取りにため息を付きながら、芥ヒナコは伝えることは伝えたと神輿に背を向ける。
「お?帰るのか?せっかくだから夕食でも食べていくか?」
「貴方、私と同じものを食べないじゃない。いらないわ。それに、項羽様を待たせているのよ」
「相変わらずに御熱よな。おお、そうだ。芥よ。その事に関する疑問が一つあった。答えてから帰るがいい」
始皇帝の言葉で芥ヒナコの足は止まる。煩わし気に振り返る芥ヒナコに始皇帝は至極真面目な声色で問いかける。
「何故、朕に
「…」
「其方に邪な考えがないことは理解している。が、故に疑問だ。芥、否、虞美人。其方の目的は会稽零式と添い遂げることであろう?」
クリプター‐芥ヒナコ。その正体はこの惑星に人類が誕生する前から生き続ける始祖の吸血鬼‐古代中国に於いての彼女の名は
汎人類史において項羽の愛妾であった女性。
そして、会稽零式。
その名前を出されたことに苛立ちを含んだ眼で芥ヒナコは神輿を見る。
世界のマナを喰らう神霊に等しき存在。神が己を真似て人を作ったとするなら、まさしく“真人”であると言える始祖の吸血鬼。
しかし、始皇帝は怯むことなく言葉を続ける。
「
芥ヒナコ‐虞美人が望んだのは項羽と共に始皇帝の治める国の片隅で最後の時まで生きること。
言ってしまえばクリプターでありながら、芥ヒナコには異聞帯も異星の神もどうでもいい。目の前にさえ現れなければ、立香たちのことも眼中になかった。
そんな思いを持つ芥ヒナコを理解するからこそ、始皇帝は疑問を持つ。
項羽を戦場に駆り立てるような情報を何故、伝えるのかと‐それに対して芥ヒナコは苛立ちを隠そうともせずに言う。
「カルデアが驚異的に過ぎたからよ」
クリプターの一人。カドックが担当していたロシア異聞帯は立香たちがやってきてから、考えられない速度で消滅した。
その様子は言峰神父の手により映像として記録されていて、他のクリプター達と共に芥ヒナコはロシア異聞帯の終わりを見た。
芥ヒナコ‐虞美人は数世紀ぶりに人類に脅威をみた。
始皇帝にはその脅威が完全には伝わらないと理解しながらも、芥ヒナコは語る。
「ロシア異聞帯の王。神の如き獣となったイヴァン雷帝をチャールズ・バベッジ程度が、近代の、それも魔術師としても記録されていない科学者風情が単騎で討つなんて…カルデアはありえないことを成したのよ」
吐き捨てるようにそう言いながら、芥ヒナコは神輿を‐いや、咸陽の空に浮かぶ偉大なる建造物‐始皇帝を見上げながら嗤う。
「なら、次はこう考えるわ。この異聞帯も直ぐに消滅するかもしれない。天に頂く帝は落とされ、私は直ぐに項羽様と離れ離れになるとね」
芥ヒナコの不敬に過ぎる言葉に衛兵長が動こうとしたのを声で制しながら、始皇帝は問いかける。
「不老不死を得て世界を統一してから幾星霜。肉体を捨て、鉄の
「その可能性を私は見たと言っている。カルデア、否、藤丸立香は私たちの物語に現れた
始皇帝は芥ヒナコ‐虞美人を天仙であると、自らに唯一並ぶ“人”と見ている。
そんな者の言葉だからこそ、始皇帝は芥ヒナコの語る脅威を正しく理解した。
「衛兵長よ。気が変わった。急ぎ
「百名もの再生準備を…陛下は此度の件が
「否、芥の言が真実であるならそれ以上の脅威であろう。誰を起こすかは衛兵長に一任するが、間違っても桃園ブラザーズなんかは起こすなよ?勢い余って国盗りでもはじめかねん。絶対に起こすなよ?振りではないぞ?」
「御意に」
話の初めとは違い、カルデアを脅威と認めた対応をみせる始皇帝に芥ヒナコは目を見開き驚いていた。
その様子を見た始皇帝は楽しそうにに笑う。
「其方の言葉を朕は受け取った。一度、決めれば国家総動員が朕の国の強みである。無論、其方や項羽の力も借りることになるが、否はあるまいな」
「…ええ、やってやりましょう。私たちでカルデアとそのマスターを滅ぼし尽くすのよ」
ホームズは敵の脅威を正しく理解していた。
芥ヒナコは敵の脅威を正しく理解していた。
ロシア異聞帯での華々しい勝利を経た先に有った至極当然の展開は立香たちにとって絶望的なものであった。けれど、時計の針は戻らない。後ろを振り返る暇はない。
事態は加速しながら、物語は進む。
しかし、最悪と呼ぶにはまだ早い。
始皇帝に敵の危険性を正しく認知させることに成功した芥ヒナコは王宮を歩いていた。
足取りは軽い。顔には出さないが気分もいい。
それ程に先ほどの始皇帝とのやり取りは芥ヒナコにとって有益なものだった。
“始皇帝”‐紀元前より君臨し続けるこの異聞帯の王は言うまでもなく理想の王であったが、芥ヒナコからすれば甘い部分もあった。言ってしまえば、始皇帝は人が良いのだ。
あの王は異世界からの渡航者である芥ヒナコを受け入れたように、敵であると知らせていた立香たちも受け入れていた可能性があった。
少なくとも問答無用で排除する前に話位は聞くのが有益だと判断すると芥ヒナコは思っていた。だが、しかし、此処で芥ヒナコが始皇帝との間に築いた信頼関係が役に立った。
無論、始皇帝とて芥ヒナコの言葉だけを以て真実を決めつけはしないだろう。だが、敵の言葉より味方の言葉に耳を傾ける人物であったことが、今は喜ばしい。
「カドックの敗北は私には関係ない。アレは覇気に欠けていたのだから、勢いで押し切られても仕方無い。異聞の王との関係も良いとはいえないものだった」
‐故に敗れた。獣国の皇女となる筈だったサーヴァントは
「だが、私は違う。元よりあんな小娘のサーヴァントに項羽様が劣る筈もなく、何より始皇帝はイヴァン雷帝にも劣らぬ怪物」
紀元前より世界を支える皇‐その姿を思い描きながら、芥ヒナコは嗤った。
「笑えるわ。何千年も生きる機械に身を堕としながら、未だに自分のことを人間だと信じて疑っていないのよ。可笑しいったらないわ。人であることに固執する意味なんて、何もないのに…貴女もそう思うでしょう?コヤンスカヤ」
芥ヒナコの声に応えて空間が揺らぐ。歪む空間の先から姿を現したのは露出の多いチャイナ服に身を包んだ美女‐TV・コヤンスカヤ(中華ヴァージョン)。
コヤンスカヤは目を細め珍しいものを見る様に言う。
「芥ちゃんの方から私に声を掛けるなんて、明日は槍でも降るのでしょうか?ああ、いえ、明日降るのは血の雨でしたね」
「うるさいわね。普段から構ってくる動物の相手をちょっとしてあげようと思っただけよ」
「カッチーン。この私を動物扱いとか、いくら芥ちゃんでも言っていいことと悪いことがあるぞ。蝙蝠湯にしちゃうぞ」
「あら、なら私は毛皮の首巻が欲しいわね」
本気ではない軽口の中に確かな殺意を紛れ込ませる二人は暫くしてから同時にため息を吐く。
「止めね。無意味だわ」
「同感です。それで、どうして私に声を掛けたんですか?」
「警告よ。貴女、早くこの異聞帯から立ち去りなさい。貴女が裏でこの世界の民にしていた悪趣味なことが始皇帝に露見したわ」
「あらあら、まあまあ、それは大変ですね。天眼はお見通しという訳ですか」
大仰にリアクションをするふざけた態度のコヤンスカヤに芥ヒナコは隠すことなく舌打ちをする。コヤンスカヤの悪趣味‐“人類虐め”に関して芥ヒナコは特に思うことが無い。
元より人でなく、人でないが故に人に害され続けた彼女からすれば心底どうでもいいことだ。
しかし、始皇帝からすれば違う。愛し守るべき民が害されることをこの異聞の王は許さない。
故にお前は邪魔だからいなくなれとオブラートに包むことなく言う芥ヒナコにコヤンスカヤは口元に指を当て、暫く考えた後に笑顔で言う。
「いや☆」
「そう。なら殺すわ」
比喩ではなかった。芥ヒナコの手刀が次の瞬間にはコヤンスカヤの腹部を貫いていた。
始祖の吸血鬼である芥ヒナコからすればサーヴァントの肉体を膂力で壊すことなど簡単だ。
それが好きでもない相手なら躊躇もない。
芥ヒナコはいっそスッキリした。けれど、耳障りな声は消えなかった。
「わー、痛ーい」
「…チッ、幻覚か」
「話の最中にお腹に穴を空けられるのには馴れていますから、最近はこうして対策しているんです。残念でした」
「調子に乗るのもいい加減にすることね。私からは逃げられても、この異聞帯にいる限り始皇帝からは逃げられないわよ」
「わかっています。傀儡兵は既に五十ダースほどちょろまかして仕事は終わっていますし、暫くの間は趣味も控えて身を隠すことにします」
「貴女がそこまでしてこの異聞帯に残ろうとするのには訳があるのかしら?商売が終わったなら、早く尻尾を巻いて立ち去るべきじゃない?」
芥ヒナコの言葉は至極真っ当なもので、敏腕美人秘書であるコヤンスカヤからしても仕事を終えたのなら直に次の仕事に取り掛かることが彼女の基本スタンツだ。
だが、今回は少し事情が違った。
「ええ、けれど、どこぞの敗者と違って、私は挑発だけして逃げるような真似はしません。少なくとも一度くらいは対峙してから次に向かうと決めたんです」
忠告だけはありがたく受け取っておきますと笑いを含めた軽薄な言葉を残してコヤンスカヤは姿を消した。
その場に残された芥ヒナコは一人で言葉を零す。
「…所詮はあの女狐も始皇帝と同じか。どうして、そこまで人間如きに固執するのか、理解に苦しむわね」
敵でないなら興味はない。味方でないなら意味もない。‐之は嫌悪ではない。
芥ヒナコは藤丸立香を脅威と認めた。敵であるから対処をする。
芥ヒナコはコヤンスカヤが自分の味方に成りえないと再度、理解した。
ならば、もう、その存在に意味はない。‐之は嫌悪ではない。
芥ヒナコが人類に‐いや、唯一人の存在以外に向ける感情は嫌悪ではない。好きの反対は嫌いではないのだ。‐それは無関心。
「まあ、どうでもいいか」
芥ヒナコは始皇帝と信頼関係を築いている。それが必要な事だから、芥ヒナコはそれを築き上げた。しかし、それでも芥ヒナコは始皇帝に心を許したわけでも真実の全てを伝えたわけではない。
中国異聞帯‐この世界に根付いた空想樹の内側が腐り堕ちていることを、芥ヒナコは始皇帝に伝えていない。
「私の望みは今度こそ項羽様と添い遂げること…そのために、この世界には滅びてもらわないと、だって私は不滅なのだから…少しでも長く生きて、少しでも長く一緒にいて、そして、一緒に死にましょう。項羽様」
‐それ以外は、至極、どうでもいいことだ。
クリプターを一人倒した。次はどうする?
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少しだけ後悔する
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女の子とは友達になる
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男の子とは友達になる
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激怒する