偉大なる
後に対決をすることになろうとも今は共闘を‐とある竜の魔女からすれば人間的であり、とても素晴らしいことねと皮肉交じりに揶揄されること請け合いな状況に立香は勿論、不満タラタラだった。
だが、しかし、それを隠しながら立香はニコニコと嗤う。この手の腹芸は人理修復の旅路に於いて様々な英霊たちから鍛え上げられている。
ただ立香自身は気が付いていないが、その態度が既に不審だった。激怒し激高し激情を良しとする。素直と言い換えてやっと美徳と思えなくもない立香の基本姿勢からして、
だから、彼らは立香に対して通信機越しの指示しか出せない現状を良しとはしなかった。そもそもその指示自体が入るか怪しいことはアタランテ・オルタとの戦闘の時に既に露見している。立香を支援するにしろ静止するにしろ、その場にいなければ話にならない。
故にカドックに案内され立香がヤガ・モスクワに向かった時点でシャドウ・ボーダーもまたその後を追う形で移動を開始した。敵の本拠地に近づくという危険行為にゴルドルフは異を唱えようともしたが、立香の暴走はゴルドルフとしても見逃せるものではないのでシャドウ・ボーダーの防衛の為にホームズとダ・ヴィンチがシャドウ・ボーダーから動かないことを条件にその要請を受理。
この異聞帯に於けるほぼ全ての主要人物が首都‐ヤガ・モスクワに集結する。出だしで遅れた美少女☆マスター・立香ちゃんの漂白世界での初めての旅路は一気呵成に動き出す。
これはカドックが立香たちがこの異聞帯にやってくる前に行っていた事前準備の賜物であり、立香はその点はカドックに感謝をしても良かった。まあ、そんなことを立香の前で言えば普通にグーパンチが飛んでくるのだが、ともかくとしてロシア異聞帯‐物語は最終局面。場所はロシア異聞帯において比較的、安定した気候が約束されているヤガ・モスクワ。偉大なる
そこで炸裂するのはカドックが寝る間も惜しんで作り上げたイヴァン雷帝を打倒する作戦。
アナスタシア。立香のサーヴァント。アタランテ・オルタ。全サーヴァントの総力を集結して、眠りにつく
ヤガ・モスクワに聳える城‐イヴァン雷帝の眠るその城に自分達の友人として立香たちを招待し、警備の
清濁併せ吞み、皇帝の座にまでたどり着いた究極の努力の人と呼ぶべき彼女の策謀はカドックの予想の範疇に収まることを許さない。自分のマスターが敵の傀儡になることなど彼女のプライドが許さない。故に彼女は霊体のまま立香に指示を出した。
『無事に入城したのじゃな。なら、もう我慢は毒じゃぞ?』
立香はその甘い囁きに喜んで飛びついた。わーい!とはしゃぎながら城の中を走り出す。次いでとばかりに-
「カドック君とお姫さまはデキてて野外で※※したり※※※してるのを私、見ちゃいました!」
-と
警備の為に場内にいた
「お前っ、ふざけるな!」
カドックの叫びはもう遅い。走り出した立香は聞いちゃいない。此処にカドックの積み上げた努力は虚しく崩れ去り、常識は破棄され、道のりはより混沌としたものに定められた。
「あは、さあ、みんな大好き立香ちゃんのターンだよ‼」
カドック達を置き去りにして城内を走り出した立香の足取りは意外にもしっかりとしていた。考えなしと思われる立香の行動には当然の様に理由はある。確かに敵との共闘という状況に笑顔を保っていた立香の表情筋が限界だったことは認めよう。けれど、立香は度し難い阿呆ではあるが考えなしの馬鹿ではない。立香が走り出したのは
城の中で
聞いたことがあるような無いような音楽だった。そして、首を傾げていた立香の脳裏はようやくそのピアノの音を思い出した。懐かしきはオルレアン‐神の子と呼ばれた人でなし‐現代に於いて知らぬものがいないその音楽家の名はヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。
城の中で微かに聞こえる音は彼が奏でる音に少しだけ似ていた。
その音を辿り立香は城内を走る。そして、辿り着いた部屋のドアを蹴り開けた。
「呼ばれなくてもじゃんと登場!…て、あれ、アマデウスさんかと思ったけど違った。でも、とても素敵な音を奏でる貴方は誰?」
辿り着いた部屋。円形の部屋の中心にはピアノが置かれていて、それを弾いていた者は立香の突然の登場に動揺をしながらもそれは仮面の下の事で、それを悟らせずに静かな声で答えた。
「お前こそ誰だ。いや、そんなことはどうでもいい。
自分はアマデウスだと語る彼を前にして立香は眉を潜める。立香はピアノから立ち上がった彼の姿をまじまじと見る。その姿は立香の知るアマデウスとはまるで違っていた。
漆黒深紅の外装を身に纏う異形の姿‐彷彿とさせる感情は“怒り”だろうか。それは立香の知るアマデウスが終ぞ“この立香”の前では見せなかった感情。ならば、此処までその感情を露わにする彼がアマデウスである筈がない。
「えー、違うよー。アマデウスさんはそんな格好いい鎧は着てなかったもん」
「ふむ、そうだ、これは格好いいだろう。いや、そうではない。
「違うよー」
「
「違うよー」
「
「違うよー」
「
アマデウスと偽る者の拳が立香に向けて振るわれる。
それを現界したバベッジが受け止める。
異形の鎧を纏う者同士が対峙するの中で立香は心底残念そうな声を出す。
「言葉が通じないのは哀しいね。きっと私は貴方を大好きになれるのに、それは今じゃないのかな。うん。なら、いいよ。おいで、天才と偽る人。それはとっても悲しいことなんだって、教えてあげるんだから」
「偽りではないっ、私はアマデウス!私が、アマデウスでなければならないんだ‼」
本来、共に戦うことが出来たサーヴァント‐アマデウスと偽る彼と立香はそうして出会い、戦うこととなり、そして、アマデウスを騙る彼は立香たちに敗れた。
床に仰向けで倒れ、砕けた仮面の下を立香に晒した彼は洗脳から解かれた意識が消失していくのを感じながら自分を見下ろす少女の顔をみた。その顔は先ほど戦っていた時の狂気の滲む笑顔とは打って変わって、今にも泣き出しそうな子供の様な顔をしていた。
「…少女よ。“きらきら星”は、好きか?」
「うん、大好き。星の歌だもん。
「そうだな、私たちの時代とは違い、現代におけるあの曲は愛ではなく星の曲であったな。私が本来、アマデウスより託されたのは、お前のような子供に“きらきら星”を、聞かせてやることだったのに…すまなかった」
「いいんだよ。けど、もし次があるなら、その時は“きらきら星”も、あなた自身の曲も聞かせて欲しいな」
「ああ、約束しよう」
そうしてアマデウスと偽る彼は真名も明かさないままに消滅した。
パチパチと演奏を終えた奏者に送るには乾きすぎている拍手が部屋に響いた。アマデウスと偽る彼が消えた場で響く拍手に目を向けると、そこには一人の神父が立っていた。
「…あは、アハハ!なんだ、一点かと思ったら一万点が出てきたよ」
「女性が犬歯を剥き出しにして嗤うものではない」
拍手を終えた神父‐言峰神父は立香を見据えながら薄く笑みを作る。此処での彼の登場に意外性はない。彼は異星の神の使者‐クリプター達の戦いを監視する立場にあり、そしてサーヴァントとしての彼がアナスタシアと浅からぬ縁がある以上、此処にいることに不思議はない。
不可解なのは彼が全てを見ていながら立香の暴挙を止めなかったこと‐彼、言峰綺礼の遺骸を器にして現界した英霊‐ラスプーチンは立香を止めることができた。けれど、それをせずにカドックがイヴァン雷帝に打ち込んだ楔であるサーヴァントの消滅を見届けた。
それに不信感を抱く立香に対してラスプーチンは聞かれてもいない答えを返す。
「なに、そう不審がることではない。私の中身はアナスタシア皇女に手を貸したいと思っているが、私の外側は君にこそ興味がある。人類最悪、奇しくもアレと同じ名で語られるマスターよ」
「わーい。立香ちゃんてばモテモテだ。でも、駄目。貴方の外見は素敵だけど、臭いもん。外も中も臭うもん。その匂いフェチになるには、まだ早いのだ」
「そうか。残念だ。だが、正直に言えば君がどう思うかは問題ではない。全ては私の中で完結している。中身がアナスタシア皇女に手を貸したいと思い、外側が君に興味を持つのなら私の取るべき行動は静観しかあるまい」
だから、見ていた。カドックがイヴァン雷帝を眠らせ続ける為に用意したサーヴァント‐アマデウス。その後継として自分は“アマデウスである”と洗脳されたサーヴァントが消滅するのをただ見ていた。そして、それはこの先の展開においても変わらない。
グレゴリー・ラスプーチンと言峰綺礼が交じり合う疑似サーヴァントである彼はこの異聞帯での全てを見届ける為に此処に立つ。その在り方は揺るがない。強固なまでのエゴの塊。
それを前にして立香が目を細めると同時に、床が揺れた。いや、床だけではない。城全体が揺れている。その突然の地震に驚く立香を嗤いながら、誰か分からない彼は言う。
「もはや私に構っている暇はない。清算の時だ。君は仕出かした不始末の責任を負わねばなるまい。カドック・ゼムルプスが時間を掛け打ち込んだ楔はその手によって砕かれた。偉大なる
城が崩れる。瓦礫が降ってくる状況の中で、立香の視線は崩壊する城壁の先を見ていた。城の外に聳えていた山が胎動している。
“世界最古最大のヤガ”。“山より大きい怪物”。カドックが語った全てに嘘は無かった。生きているだけで世界を壊しかねない“偉大なる
それは同時に
《夢から醒める。夢から醒める。あの御方が、夢から醒める。―――故に。我らも旅立とう。偉大なる
彼らはイヴァン雷帝の宝具。イヴァン雷帝が眠り続ける限り滅びることのない
山が動き出す。それこそは国を守る為に進化と増大を繰り返し、新しく築き上げた筈の王都すらも滅ぼした後に此処に戻り眠りについた男の
「おお。おおお、おおおおおおお‼
イヴァン雷帝は眠っていた。幸福な夢の中にいた。至高の音楽家の奏でる
「―――だが、永い夢から醒めて、気が付けば周囲には何もない。マカリー神父を騙った私との語らいも、王妃を騙ったアナスタシア皇女とのささやかなやりとりも。全ては、私たちの嘘と誤魔化しだった。今、内に戻した
怒りを見た。激情を見た。世界を壊しかねない感情の発露を立香は
「イヴァン雷帝はヤガとなりロシアを統一した。大寒波に伴う飢餓から民を守る為、西進を繰り返した。民の為に。
そして、消滅した。そこに対話は無かったのだろう。対決の場も観戦の席さえも与えられなかったに違いない。そう気が付いて、立香は嗚咽を漏らした。ボロボロと流れてくる涙も拭わずにイヴァン雷帝。偉大なる英雄の姿を見上げた。
此処でようやく、立香は異聞帯がどういうものであるかを理解した。此処は特異点とは違う。特異点の修正が間違えた歴史の修正ならば、異聞帯は何も間違えてなどいない。ただ過酷な運命に抗っただけ。全地上を凍土と化した大寒波。汎人類史では訪れなかった災厄に、地獄に耐えてきただけだ。その結果、行き着く先はヤガの他になく、その選択は断じて間違いなどでは無かった。
「カルデア!カルデアスの残党!余は、ロシアは、断じて滅びぬ!断じてだ!この
「―――イヴァン雷帝の言葉に嘘偽りはない。異聞帯の切除とは、すなわちこの世界を滅ぼすことに他ならない。一度は汎人類史に敗北し消滅した世界は異星の神の手により甦った。…よろこべ、世界を救ったマスター。神は再びお前に試練を与えた。世界を救う為に世界を滅ぼす、その試練を前にお前はどんな選択をする」
「…決まってるじゃん。呼んでる。彼は、私を呼んでいるんだよ。彼の怒りは正しいの。彼の無念は正しいの。だから、
「世界を守らんとする異聞の王の前に世界を滅ぼす者として立つのか?」
「そうだよ!そうじゃなきゃ、誰も救われないじゃない。…振り上げた拳の先が無いなんてことは、あっちゃいけないんだよ。
そう言って立香は飛び出した。瓦礫を踏み越え、歯を食いしばり、拳を握り、零れる涙を拭うことも忘れてイヴァン雷帝の元へと駆けていく。巨象に立ち向かう蟻の如き光景を前に
その姿、その在り方は歪だが、酷く正しく人であると。
自分達を取り囲んでいた
カドックの行った準備は全て無駄に終わった。敵も味方も死者に至るまで組み込んだ作戦は行う前から少女の手によって台無しにされた。
「くそ、最初から全部やり直しだ。…幸い、まだイヴァン雷帝には僕らの裏切りが完全に露見した訳じゃない。嘘を吐いていたのはバレたが、誤魔化しは利く筈だ。あの馬鹿はイヴァン雷帝が潰す。呆気ない幕引きだけど、仕方がない」
イヴァン雷帝は正面から戦って勝てる相手ではない。そんなことは馬鹿でもわかるとカドックはアナスタシアの手を引くが、アナスタシアは動かなかった。どうしたとアナスタシアの顔色を伺うカドックは、その視線の先を追って信じられないものをみた。
動き出したイヴァン雷帝。この世界最強最大の生物に向かっていく6騎のサーヴァントがいた。そして、その内の一騎の肩の上には橙色の髪を揺らす少女の姿があった。
アナスタシアが動けないのも無理はない。カドックの思考もまたその光景を前に停止する。
巨像に立ち向かう蟻どころの話ではない。イヴァン雷帝がたった6騎のサーヴァント。たった一人のマスターでは敵う相手ではないことは見ればわかる。だというのに立ち向かおうとするのは蛮勇だろう。すぐに蹴散らされるに違いない。だが、しかし、此処でようやくカドックは立香と自分の違いに気が付いた。
『才能があれば成し遂げられるなど、勘違いも甚だしい』
どこかで胸を抉る声を聞いた気がした。思わず心臓に手を当てる。
「(
そんな筈がない。国中にいた
立香は人理修復というカドックが歩む筈だった旅路を奪い。また今、カドックが立ち向かわなければならない相手の前に立っていた。
その現実はカドックの心を容易に抉る。立香の背は余りにもあっさりとカドックから離れていく。
その最中で立香がカドックの方へ振り向いたのは、ただの偶然だった。それでも立香はカドックを見つけてしまったから、何か言おうとして、止めた。
立香はもうカドックが眼中になかった。カドックなんかより、優先すべきものがあった。だから、本当にカドックから視線を切る立香の口から零れた言葉は誰に向けたものでもない。
「案山子」
カドックを見て感想を言っただけの文章ですらない単語。
それに続く言葉があったとすれば、それは容易くカドックの心をえぐる。
“誰でもいい”。
“お前じゃなくていい”。
そんないつか何処かでカドックが誰かにかけた言葉だった。
この後の立香ちゃんの行動はどうする?
-
態度は少し軟化する
-
態度はだいぶ軟化する
-
クリプター達とお友達になる
-
激怒する