異聞帯のサーヴァント‐白い皇女アナスタシアを打ち破った可能性の集合体‐魔王信長は紅い瞳を次はコヤンスカヤへと向けた。アナスタシアがいくら強力な
魔王信長の拳はアナスタシアの霊基を砕くには至らなかったが、深手は負わせた。この戦いにおいてアナスタシアは既にリタイアしている。ならば、次に倒すべきは誰であるかを魔王信長と立香は間違えない。
対しコヤンスカヤは目の前で起きた光景を認めることにした。認めよう。魔術師としては三流以下であろうが、マスターとしての立香は超一流だ。加えて戦術家としても優秀だった。
立香のやり方は万人に受け入れられるものではない。他人の誇りに唾を吐きかけ、尊厳を踏み躙り、その上で勝利しようとする在り方は英雄的ではない。彼女のやり方を否定する者はそれこそ星の数ほども存在するに違いなかった。それでも、コヤンスカヤは立香を認めよう。
そのいじらしい抵抗を認めたで上でコヤンスカヤは優しく微笑んでみせた。
「まずは、おめでとうございます。貴女のカルデアを凍らせた敵を見事に取ってみせましたね。…そして、実に面倒くさいことをしてくれました。本来、カルデアの占拠は少しの障害もなく進行する筈でしたのに」
2017年。この
「いえ、だからこそ、ある意味は幸運でした。この段階で私たちは“藤丸立香”というファクターを認知することができた。普通の一般人?とんでもございません。汎人類史最後のマスター。いえ、人類最悪のマスター‐立香ちゃん♪」
「あは、アハハ!嬉しいな。コヤンスカヤさんが私を名前で呼んでくれるなんて、謹慎室であった時は私を見てもくれなかったのに」
「ええ、その節は申し訳ありませんでした。あの時の私の眼は節穴だったと認めざるをえません。この眼を抉り出してでも、非礼を詫びる所存ではあるのですが…どうでしょうか。一つ、私の商談に乗ってみませんか?」
「商談?」
「ええ、それは―――ごふっ!?」
それ以上の言葉をコヤンスカヤは口に出来なかった。息は全て腹部に空いた穴から漏れた。一瞬、瞬きの間にコヤンスカヤの腹部を魔王信長の拳が貫いていた。口から鮮血を漏らしながら、コヤンスカヤは魔王信長を睨む。サーヴァントの暴走。そう思った。けれど、それは違った。魔王信長の目には理性の光があった。彼女は
「…いらないよ。貴女から貰うものなんて、何もないよ。言葉はいらない。言い訳も聞かない。命乞いも、謝罪だって求めない。私ね、わかっちゃうんだ。貴女たちが何をしようとしているのかは知らないけど、それが彼女のカルデアを土足で踏み躙っていいものでないことは、わかるよ」
とても哀しいと立香は思った。言葉で分かり合えないと言うのはとても悲しいことだと立香は知っていた。だから、立香はせめて笑う。せめてもと笑う。自分とは違う思考回路を備えた誰かを、嗤う。そして、言葉にありったけの憎悪を込めた。言葉で分かり合うことは出来ないけれど、せめてこの気持ちが伝わりますようにと‐願いを込めて。
「そして、それが誰でもない彼が悔しがりながらも認めた世界を台無しにするなら…許さない」
コヤンスカヤは諦めた。立香との対話を諦めた。そして、それで正解だった。もし仮にコヤンスカヤが尚も立香と対話を、あるいは敵意を持ち対抗しようとしたのなら、魔王信長の手はコヤンスカヤの霊基を握り砕いていた。いや、握り砕くのが早まっていた。そうなればコヤンスカヤは物語から退場していただろう。
そう成らなかったのは魔王信長がコヤンスカヤを握り潰すより数秒早く‐管制室に一人の神父がやってきたからだった。
「そこまでだ。藤丸立香。彼女から手を引き給え。そうすれば私も、この少女から手を引こう」
聖堂教会から派遣された神父‐言峰。彼もまたコヤンスカと同じく異星の神側の人間だった。それに対する立香の驚きはない。同時期にカルデアにやってきた彼らがグルであることは立香でも少し考えればわかることだ。だから問題はない。問題なのは‐言峰神父が引きずる様にマシュを連れていることだった。
色素の薄い白い肌は青く腫れていた。うっ血した皮膚は見るに堪えない。立香の視界が赤く染まった。それでも唇を噛み切り言峰神父に殴りかかることを耐えたのは、言峰神父の左手がマシュの白い首筋に伸びたからだった。
「…どうしてっ、…どうしてっ、…どうしてっ!」
「この少女を責めるべきではない。この少女はゴルドルフ氏の放送を聞き、ダ・ヴィンチと共に無理をして此処まで駆け付けたのだから…君を助ける為に」
「っ…!?」
「愚かな、とは口が裂けても言えない筈だ。なぜなら、彼女たちは君がここまでの力を有していることを知らなかった。いや、君自身が伝えていなかった。恐れたのだろう?君は、自分が変わってしまった自覚があった。それを彼女たちが受け入れてくれるか恐かった。ならば、この結果は君の心の弱さが招いたものだ」
返す言葉など何もなかった。出そうになるのは意味をなさない罵倒だけだ。そう、馬鹿な事をしたと立香は思った。自分は、なんて馬鹿な事をしたのだと思った。自分は大丈夫だからと一言だけでもダ・ヴィンチとマシュに伝えておけばよかったと思った。ゴルドルフに嫌がらせ交じりの言伝なんて頼まなければよかったと思った。
そして、気が付く。ボロボロになったマシュを守る為に戦っただろうサーヴァントの姿がないことに気が付いた。
「………ダ・ヴィンチちゃんは?お前、ダ・ヴィンチちゃんを何処にやった‼」
「キャスターならば、この少女を守り消滅したよ。私が心臓を
「あああああああああああああ‼」
視界が赤く染まる。怒りが湧き上がる。ダ・ヴィンチは消滅した。立香の知らない所でマシュを守って消滅した。お別れも言えなかった。ダ・ヴィンチは“別れは何時だって唐突なものさ”とマシュを慰めて消えていった。最後までマシュを守れなかったことを後悔しながら、万能の人は消滅した。
許さない。許してはいけないことだった。怒り。怒り。怒るべきことだった。
止めどない熱は猛き武将を呼び覚ます。現界した森長可にとって最早マスターからの命令は不要だった。怒り。憎み。立香が憎悪する敵が目の前に存在している。ならば、駆けねばならない。
「ブチ殺すぞテメェェエ‼」
その結果がたとえどんな悲劇を生もうとも‐
言峰神父は森長可が向かってくるのを見て、躊躇なく左手に力を込めようとした。マシュを殺してしまおうとした。その手が止まったのは、向かってくる森長可が動き出してすぐに吹き飛ばされたからだった。森長可を吹き飛ばし最悪の結果を防いだのは魔王信長だった。魔王信長の左手にいつの間にか火縄銃が握られていた。魔王信長は右手でコヤンスカヤの霊基を掴んだまま、左手の火縄銃で森長可の暴走を止めて、舌打ちを鳴らした。
「鬼武蔵故に仕方無きことではあるが、少しは周りを見てから暴れよ馬鹿者が、せめて人質位は視界に入れよ。…そして、我がマスター。正気を取り戻せ。これ以上、マスターの怒りに呼応し他の奴らまで現界すれば我一人では収められぬ」
「…あ、…ああ、うん。ごめんなさいなんだよ。ノッブさん」
「良い。マスターを助ける事こそ、我らの願いである」
「ありがとうございます。森君も、ありがとうなんだよ。でも、少し下がっててね」
「………
自分の怒りにより森長可が暴走しマシュを失う。そんな立香にとっての最悪の結果は魔王信長の手によって防がれた。その一部始終を見ながら、言峰神父は興味深そうに笑っていた。
マスターとサーヴァントが良好な関係を築き上げ。時にサーヴァントがマスターを諌める事すらしながら探求を続ける。人理修復の旅路において“藤丸立香”が行ってきたとされるサーヴァントとの接し方。関係性の構築。その点のみをみれば“今の立香”は“前の立香”と何も変わっていなかった。
「では、対話を再開しようか。藤丸立香」
「…」
言峰神父はマシュの首に左手を添えたまま、魔王信長はコヤンスカヤの霊基の核を握ったまま、此処に言峰神父と立香の対話が成立した。
「対話と言うが私は一つ提案を君にするのみだ。即ち、
言峰神父は薄く笑いながら、視線をカルデアの心臓部‐カルデアスへと向けた。
「我々の目的はレイシフトの凍結。歴史を書き換えるという神を恐れぬ愚行を行う手段を破壊すること‐カルデアの占拠はその為の手段に過ぎない」
それを立香は認めない。
「許さない。認めない。彼女の夢を壊させはしない。カルデアは私が守る」
「然り。君ならば、そう言い切ると信じていた。故に私は、提案しよう。西区画の格納庫。そこにカルデアの生き残り達が避難したコンテナがある。もし君がコヤンスカヤ君から手を引くと言うのなら、この少女と共にそのコンテナへ向かうことを許可しよう。そのコンテナはどうやらダ・ヴィンチが用意した物らしい。おそらく脱出装置としての役割も持っているに違いない。あのキャスターの抜け目の無さは、私などより君の方が良く知っている筈だ」
「…そうしないと言ったら?」
「我々は戦うことになる。そうなれば君のサーヴァントはコヤンスカヤの霊基を砕き、私はこの少女の首をへし折る。そこから先は、正直、どうなるか分からない。我々にはまだ隠した戦力が存在するが、それは君とて同じだろう。君の奮闘次第では、カルデアを取り戻せるかも知れない」
立香の選ぶべき二つの道は示したと、言峰神父は嗤う。
「さあ、選択せよ。藤丸立香。少女の命を助けカルデアを諦めるか、あるいは、少女の命を見殺しにしてでもカルデアの為に戦うか。正直、私はどちらでも構わない」
怒りだ。怒りだ。怒りしかない。激おこぷんぷん丸どころではない。怒髪、天を衝くどころではない。立香は※※※しそうになる。いっそのこと※※※してしまった方が、楽だとすら思ってしまう。それでも、それでも、立香はギリギリで踏みとどまることができた。
「………ノッブさん。コヤンスカヤさんを、離してあげてください」
「良いのか?」
「はい。マシュの命は、失われれば戻ってきません。けれど、この場所は、
「で、あるか」
魔王信長の手がコヤンスカヤを手放した。コヤンスカヤは床に落ちる。荒い息と血を吐きながらも未だに意識を保ち続ける彼女の生命力は常軌を逸していたものであったが、流石にもうその口からは何の言葉も出はしなかった。
それを見て言峰神父もまたマシュを手放す。ボロボロになっていたマシュは、それでも懸命な足取りで立香の元まで来ると安心したように気を失った。
「では、これで対話は終了だ。さらばだ、藤丸立香。…君の成した偉業が凡人の手により蹂躙される様を、生き残り、見届けるがいい。汎人類史最後のマスター。いや、この
様々な可能性があった。ダ・ヴィンチの言うところの“今の立香”が立香である限り、2017年の結末は様々な可能性が存在していた。けれど、結局のところ立香は運命を変えられなかった。
もしも、仮に立香が
2017年12月31日。世界は“漂白”される。
その結末を、変えられた。けれど、もう遅い。結末は結果として残り、立香はマシュと共に逃げることしかできなかった。
『……通達する。我々は、全人類に通達する。この惑星はこれより、古く新しい世界に生まれ変わる』
それはこれまでの旅路を否定する物語。
『人類の文明は正しくはなかった。我々の成長は正解ではなかった』
これは誰でもない彼が悔しがりながらも認めた世界を否定する物語。
『よって、私は決断した。これまでの人類史―――汎人類史に叛逆すると』
それは人類に叛逆した裏切り者たちの物語。
『今一度、世界に人ならざる神秘を満たす。神々の時代を、この惑星に取り戻す。その為に遠いソラから神は降臨した。七つの種子を以って、新たな指導者を選抜した』
これは異星の神に力を与えられ調子に乗った者達の物語。
『指導者たちはこの惑星を作り替える。もっとも優れた『異聞の指導者』が世界を更新する。その
それは数多の英雄たちの歴史を否定する物語。
『空想の根は落ちた。創造の樹は地に満ちた。これより、旧人類が行っていた全事業は凍結される。君たちの罪科は、この処遇をもって清算するものとする』
これは神の使徒を気取る傲慢な者達の物語。
『汎人類史は、2017年を以って終了した』
それは未来を否定する物語。
『私の名はヴォーダイム。キリシュタリア・ヴォーダイム』
『7人のクリプターを代表して、君たちカルデアの生き残りに―――いや。今は旧人類、最後の数名となった君たちに通達する。―――この惑星の歴史は、我々が引き継ごう』
立香は吼えた。汎人類史、最後の砦。万能の人‐ダ・ヴィンチと名探偵‐ホームズが作り上げた
喉が枯れる程に、血反吐が零れるほどに、力の限り吼えた。
「ヴォーダイム‼キリシュタリア・ヴォーダイム‼」
認めない。認めていい筈がない。その怒りは、立香の傍に立つ6騎の英霊もまた同じだった。
ああ、そうだとも―――人を否定する神など、いらない。それが、よりにもよって異星の神だというのなら、
往年に渡り、何人もの物書きが繰り返してきたとおりに、偉大なる作家の文字をなぞろう。
立香は激怒した。必ず、かの邪知暴虐のクリプター達を除かなければならぬと決意した。
その怒りに6騎の
■■■‐■■■は泣いた。
■■■‐■■■は笑った。
■■■‐■■■はたぶん、怒っていた。
これは、英雄の物語ではない。
これは、“善き人々”の物語ではない。
これは、ブチギレ立香ちゃんの歩む物語である。
これにてストックは終了です。
正直、書いていて、この文を不快に思う方がいることは分かっていましたので続きを書くかは考え中です。
とりあえず、次回で一区切り。次回は凄い短いです。
皆様に少しでも楽しんでいただけたのなら、幸いです(__)