背中に鋭い痛みが走る。二発の9mm弾頭がボディーアーマーに突き刺さる。腐っても精鋭、きちんとダブルタップを徹底しているようだ。時を置かずして二発の銃声がし、同じように背中に当たった。
「祥子!?」
薬は既に切れている。そしてボディーアーマーはソフトタイプだ。要するに弾は貫通しないだけだ。9x19mm弾の全エネルギーが痛みとなって襲い掛かる。疲労困憊で今にも倒れそうな身体に鞭を打ち全力で耐える。
「鷹岡貴様ッ!!」
「チッ、いっちょまえにチョッキ着てやがる。爆薬と言いフラッシュバンといい用意周到にもほどがあんだろ」
烏間先生の制止を余所に鷹岡は銃を撃ち続ける。弾倉に残された五発が全て私の背中に叩きこまれた。恐らく弾が切れたのだろう銃が投げ捨てられる音がした。よし、耐えきった。
「臼井さん!!」
「さっちゃんさん!!」
倒れそうになるのをすんでのところで踏みとどまる。足が震え背中は激痛で頭がおかしくなりそうだ。でも大丈夫、この程度のことなんてどうってことはない。
「は、ははは、こんな私でも人を守ることができるのか……」
多分初めてだ。こうして人の命を救ったのは。今まで命を奪うことしかしてこなかった私が生まれて初めて人の命を助けた、それも仕事じゃない、私自身の意思でだ。こんな嬉しいことが他にあるのか?
「祥子、な、何してんの?」
「だ、大丈夫さ……こんな時のためにボディーアーマーはちゃんと着込んでる」
「そう言う問題じゃないでしょ!!どうして私なんか庇って!!」
視界に映るカエデの目には涙が溜まっていた。私も正直理由はよくわからない。でも説明するなら理由は一つしかない。
「決まってるだろ……友達だからさ……」
それ以外に理由なんてない。それ以外に理由なんていらない。金のためでも名誉のためでもない、私は私の意思で友達を守った。唖然とするカエデから離れて鷹岡に向き直る。
「臼井さん!!大丈夫か!!」
激痛の耐えながら姿勢を正し烏間先生に首を向ける。
「め、滅茶苦茶痛いですけど……大丈──」
「大丈夫なわけあるか!!何発撃たれたと思っているんだ!!」
烏間先生の心配はもっともだった。計九発もの弾を防弾繊維越しとは言えその身に受けたのだ。でもまだだ、まだ戦える。まだ歩ける。歯を食いしばりナイフを引き抜き鷹岡に向けて一歩ずつ歩く。
「う、嘘だろ……」
「言った、だろ……生まれたことを……後悔させてやるってな……」
限界などとうに通り越している。膝は震え、頭は痛みで朦朧とし、視界はぼやけ全てが二重になって見える。でもそれでも、止まらない。そんな程度では私は止められない。
「私を……殺し……たいなら……対物ライフルでも持ってくるんだな……」
よく考えれば殺さなくたってやり方はいくらでもある。身体を殺さなくたって心は殺せる。一歩、また一歩と距離を詰める。こいつだけは絶対に報いを受けさせる。こいつだけは絶対に生かして返さない。殺せんせーには悪いがあの約束は守れそうにないな。
「殺したいんだろ?かかってこい!銃を使って撃ち殺せ!ナイフを持って刺し殺せ!拳を使って殴り殺せ!戦争はこれからだ!お楽しみはこれからだ!」
「て、てめぇ……」
「私はここにいる。そしてお前はそこにいる。なら、やることは一つだろう?」
顔を引きつらせる鷹岡に指を差し宣言する。
「さっさと殺し合いといこうじゃないか……言っておくが、私は手足をもがれたくらいじゃ止まらないぞ」
殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺──
「ごめん、さっちゃんさん……」
「あ?」
濁った思考の中で私は渚の声を聞いた。そして、
「うッ!!?」
首筋に何かを押し付けられる。その直後、身体中に激痛が走った。極度の疲労に加え多数の被弾、意地だけで動いていた私にそれは到底耐えられるものではなかった。崩れるように倒れ伏す。
「後は僕たちに任せてよ」
暗転する意識の中、そんな言葉を聞いた。
僕は寺坂君から借りたスタンガンで気絶したさっちゃんさんを抱きかかえる。何というか、凄く重かった。女の子ってもっと軽いと思ってたんだけど……この人は例外みたいだ。
「お、重い……みんな、さっちゃんさんお願い」
「うん、行くよみんな!」
片岡さんと茅野が中心となりさっちゃんさんを安全な場所へ運んでいく。銃で撃たれて心配と言えば心配だけど、ここまでの道程で見た光景を思い返すと銃で撃たれたくらいでさっちゃんさんが死ぬとは思えなかった。どうみても爆発した跡が残ってたし、いったい何があったんだろ。
「おいおい、大事な友達をスタンガンで気絶させていいのか?」
「大事な友達だからですよ。多分先生には一生わからないと思いますけど」
友達だからこそ、無茶をさせたくない。だからもうとっくに限界なはずなのにまだ一人で行こうとする彼女を止めた。それに、あのままいかせたらきっと後悔することになる。だから止めた。やり方はかなり強引だったけど後悔はしてない。さっちゃんさんがいた場所に転がっていたナイフを手に取る。
「先生、あの時の勝負の続きがしたいんでしょ?いいですよ、受けて立ちます」
「はっ!物分かりがいいガキは好きだぜ。ついてきな」
鷹岡先生が先にヘリポートに向かって歩き出す。僕も行こう。そう思っていると肩を叩かれた。
「渚、本当に行くの?」
心配そうな茅野が僕を見ていた。最近さっちゃんさんばかりに構って少しだけ寂しいと思っているのは内緒だ。
「うん、行かないと何するか分からないし、それに……」
思い起こすのはさっちゃんさんが撃たれた瞬間、過去を暴露された時の絶望に暮れた顔。ナイフを握る手に力が籠る。
「怒ってるのは茅野だけじゃないんだ」
僕や茅野だけじゃない。ここにいる全員が怒っている。友達を屑呼ばわりされて怒らない人間なんていない。
「さっちゃんさんのことお願い」
「……うん!」
茅野が笑顔で頷く。もう迷いはない。鷹岡先生に続きヘリポートに続く梯子を登る。少しだけ肌寒い風が僕の頬を撫でた。上着を脱ぎ捨てスタンガンをベルトに差し込みさっちゃんさんのナイフを構える。
「てめぇらあいつが殺した手下共見てんだろ?よく平気でいられるよなぁ」
「え?別にさっちゃんさんは誰も殺してませんよ」
「は?」
十階に向かう途中で何人も気絶した手下を見てきたけどさっちゃんさんは誰も殺してなんかいない。一部酷いことになってたけどそれは自業自得だ。むしろ銃を撃ってくる相手に気絶だけで済ましたさっちゃんさんは凄いと思う。
「ふん、まあいい……本当にそのナイフでいいのか?」
指を差す先にはあの時さっちゃんさんが叩き折ったのと同じナイフが転がっていた。相変わらず無駄に長くて余計な飾りが多いなあ。あのノコギリって絶対いらないよね。さっちゃんさんの言うとおりだ。あんなものは装飾品でしかない、ただ張りぼてだ。
僕の右手にあるナイフは違う。刃も艶のない黒一色、飾り気のないラバーのグリップは手に吸い付くような握り心地だ。振りやすく刺しやすい、その実用一点張りっぷりはまるでさっちゃんさんの生き方のようだった。きっと聞けば早口で説明してくれるんだろうなあ。簡単に想像できて少しだけ笑う。
「遂に恐怖でおかしくなったか?ニヤニヤ笑いやがって」
「ふふ、違いますよ。覚えてないんですか、ああいうナイフは装飾品って言うんですよ?」
「こ、このガキィ……」
さっちゃんさんにナイフを叩き折られたことを思い出したんだと思う。顔を真っ赤にして怒ってる。その姿を見て僕は何でこんな人を怖がっていたんだろうと思い始めた。
「俺の気分次第で仲間が半分死ぬんだぞッ!てめぇ立場わかってんのかぁ!?」
腕に巻いたスイッチをチラつかせて脅してくるけど、僕には先生なりの精一杯の強がりにしかみえなかった。烏間先生の言うとおりだ。この人は多分凄い弱虫なんだと思う。自分を確立するものがないんだ。だから必死に僕たちを否定する。そうしないと立ってられない。弱い者いじめしかしないのもそうしないと自分を肯定できないんだ。
そう思うとなんだか急にこの人がかわいそうに思えてきた。僕もE組にいなかったら、殺せんせーに出会わなければこうなっていたのかもしれない。自分より弱い存在を叩いて自分を肯定するようなそんな駄目な大人に。
「そんな顔で見てんじゃねえ!!ウイルスに感染した奴がどうなるか知ってんのか!!そこの臼井だって死ぬんだぞ!」
中学生相手に必死なって虚しくないのかな?ナイフを叩き折った時のさっちゃんさんもきっと同じ気持ちだったんだろうなあ。
「今目の前で爆破してもいい──」
「じゃあ、爆破すればいいじゃないですか」
「は?」
「爆破でもなんでもすればいいじゃないですかって言ったんですよ」
僕の言葉に鷹岡先生は信じられないと言いたげに口をあんぐりと開けていた。
「どうせ目の前で爆破して僕やさっちゃんさんが絶望するのが見たかったんですよね?」
図星だったみたいだ。いじめることばかり考えてきた人だから底が浅い。殺せんせーやさっちゃんさんならこれの五倍はえげつないことを思いつきそうだ。戦闘の時だけ妙に底意地が悪くなる友達を見てきたから僕も染まってきたのかもしれない。
きっと僕が殺気立ったところを叩き潰すつもりだったんだ。さっちゃんだけ先に呼んだのも弱らせるつもりだったんだと思う。本当にそこが浅い人だった。こんな人に僕たちは苦しめられているのか、こんな人のためにさっちゃんさんは泣かされたのか。そう考えると段々と腹が立ってきた。
「ねえ、早く爆破して下さいよ。でも爆破した瞬間、貴方は僕たちを怖がってるって証明することになりますね」
それって凄いみっともないですよね。と付け加えれば鷹岡先生は面白いくらい顔を真っ赤に染め上げた。カルマ君の煽り術を真似てみたけど効果はてきめんだったみたいだ。
「強い鷹岡先生は当然、そんなことしませんよね?」
「こ、こいつ……お、俺に向かって……ぐ、ぐ、ぐぎぎ」
口から泡を吹いて血管がはち切れるんじゃないかってくらいに青筋を立てて怒る。そして足元に置いていたトランクケースを自分の足で蹴り飛ばした。
「こんなもの必要ねえ!!ナイフもいらねぇ!!てめぇみたいなクソ生意気なガキ一匹拳一つで十分だ!!」
その瞬間、悍ましい殺気が僕を襲った。狙い通り治療薬から意識を逸らすことに成功したけど……正直、狙い通りにハマりすぎたと思う。これは、ちょっとヤバいかも……でも過ぎたことはどうしようもない。僕はゆっくりとナイフを構え宣言する。
「初めに言っておきます。僕は貴方を殺さない」
きっとさっちゃんさんが誰も殺さなかったのは僕たちのためでもあると思う。あの人は殺すことの本当に意味をわかっていたんだ。だからこそ僕はこの人を絶対に殺さない。殺してしまったらさっちゃんさんの努力に泥を塗ることになる。それはなんだか嫌だった。それに、
「少しくらい男もかっこいいところ見せないとね」
聞こえない程度に呟く。正直僕達なにもやってないんだよね。精々ロッククライミングくらいかな?だからこの辺で見せ場作らないと……
「じゃあ、始めましょう。殺さない程度に殺してあげます」
「ぶっ殺してやらぁああ!!!」
拳を構え突っ込んでくる鷹岡先生に、僕は早くも後悔した。ちょっと言いすぎたかも……その場のノリに任せると大抵碌なことにならない、僕はまた一つ賢くなった。
意識が徐々に浮かびあがっていく。私は何をしていたんだ?確か、普久間島に行って、殺せんせーを暗殺しようとして、そして、鷹岡に脅迫されて……
「鷹岡ッ!!」
起き上がり、あたりを見渡す。ここは……ヘリの機内?と、いうことは自衛隊か?
「「「あ、起きた」」」」
声の方向に向き直れば皆が心配そうに私を見ていた。って違う。毛布を引っぺがしちょうど反対側の座席に腰かけている菅谷に詰め寄った。
「あれからどうなったんだ!時間は!場所は!鷹岡は!治療薬は!」
「う、臼井お、落ち着──」
「これが落ち着いてられるかッ!!いいから早く、何が起きた、痛い痛い痛い痛い!」
誰かに背中を触られる。そう言えば思い切り銃で撃たれてたな。そう言えば、打撲特有の痛みに思わず仰け反る。振り返れば半目のカエデが私を睨みつけていた。
「祥子、いったん座って」
「いや、説明してくれ──」
「黙って座る!!」
その言葉に私は半ば条件反射的に座席に座る。背中を打って痛かった。そして皆から私が気を失った後のことを伝えられた。あのあと私の予想通り鷹岡は渚にリベンジマッチを挑んだそうだ。当然苦戦するだろうと思ったのだが、どうやら勝負は一瞬でけりがついたらしい。よくわからない。
「ロヴロさんに何か教えてもらってたの覚えてる?」
「ああ、何かやってたな」
そう言えば訓練の時、二人でこそこそやっていたのを覚えている。確か、猫だましとかなんとか言っていたな。
「さっちゃんさんが訓練の時平気でせこい手使ってるの思い出してさ、それでロヴロさんに教わったことを試してみたら、何だか面白いくらいにハマってそれでそのまま一気に、ね」
「あの時の渚凄かったよな、いきなりナイフ捨てたと思ったら猫だまししてさ!」
「あ、あんまり褒めないでよ」
才能があるとは前から思っていたがまさか本当にやるとはなあ。あ、肝心の治療薬はどうなったんだ?私がそれについて訊ねると、とんでもない答えが返ってきた。
「よ、要約すると、治療薬を奪取したはいいがウイルスは偽物で食中毒菌を改良しただけの代物、しかも特製の栄養剤を飲めば前より元気になる……だって?」
う、嘘だろ……私の今までの苦労はいったい何だったんだ……
「あ、灰になった」
「いや、死にかけて結局無駄骨でしたってなったら誰でもそうなるだろ」
「臼井さん、どんまい」
「あ、あははは」
何のために手榴弾に吹き飛ばされたんだ?何のために10発も被弾しなくちゃいけなかったんだ?わ私の苦労はいったい。でも、本当に……
「よかった……本当に、本当に、よかった……」
誰も死なないんだ……こんなに嬉しいことなんてない。私が安堵の溜息を吐いていると目の前に見慣れたナイフのグリップが差し出された。顔を上げる。
「渚か、それは……」
「戦う時に借りたんだ。はい、ありがとう、それとさっきはスタンガンで気絶させてごめん」
会釈だけしてナイフを受け取り腰の鞘に……あれ?腰にあるはずのベルトがない。しかも今気付いたがタンクトップ一枚じゃないか。
「私のベルトとコンバットシャツは?」
あれに色々つけていたはずなんだけど……私が困惑していると離れた位置に座る片岡が申し訳なさそうに手を合わせていた。
「ご、ごめん臼井さん、怪我の応急手当するときに脱がしてそのまま置いてきちゃったみたい……」
「そ、それは仕方ない、な……」
「う、ほんとごめん」
「き、君は悪くないさ……はぁ」
誰も悪くないのは分かっている。でも抜き身のナイフを持つ身にもなってほしかった。そういえばユウジはあれからどうなったんだ?心なしか皆が来るのも早かった気がするし手助けしてくれたのだろうか。
「そういえばユウジ君っていう同い年くらいの男子が祥子によろしくって言ってたよ。あの人のお陰ですんなり七階に行けたんだ」
「そうか……それは、よかった」
まさか本当に手助けしてくれるとは、いつか出会ったら礼をしたいな。その時はドラッグなんてやってないことを祈る。まあ、多分大丈夫なんじゃないかと思う。根拠なんてないけど何となくそんな気がした。
機内にローター音だけが響き渡る。昔乗ったヘリはうるさくてインカムなしではまともに会話できなかったんだが、このヘリは随分と静かだな。いい加減本題に入ろう。
「みんな、何も聞かないんだな」
「聞きたいか聞きたくないかで言えば聞きたいよ。でも、そんな辛そうな顔をしてるさっちゃんさんに言ってなんて言えないよ」
「そんな酷い顔をしているのか……」
「うん、あんたこの世の終わりみたいな顔してるわよ」
速水が断言するくらいだ。余程酷い顔をしているのだろう。他の皆も同じように頷いている。
「そっか、どうせ話すなら全員に話したほうがいいだろうしな……じゃあ少しだけ待ってくれないかな?」
「「「「もちろん!」」」」
笑顔で返してくれた。それが何よりも嬉しかった。安心したのか、急激に眠気が襲ってきた。瞬きの回数が増え首を支える力が急激に弱まっていく。
「カエデ」
「うん?なに?」
「少し……肩……借りてもいいかな?」
ああ……駄目だ。もう限界に近い……
「疲れたもんね。お休み祥子」
「ああ……おやす……み……」
誰かにお休みなんて言われたのは初めてのはずなのに、何故だか酷く懐かしかった。私はカエデの肩に頭を預け眠気に身を任せた。何だか久しぶりにいい夢を見れそうだ。意識が落ちる瞬間、不意に私はそう思った。