「運命とか信じてなかったんだけどさ、やっぱこれ運命っしょ!」
「はぁ……」
私は早くも連れて来てしまったことを後悔した。邪魔というレベルじゃない。こっちは友達の命が掛かっているとうのにこの男ときたら、ここを遊園地のアトラクションとでも勘違いしてるのか?民間人に危害を加えるのは趣味じゃないし、下手に気絶させると怪しまれるから連れてきたが、やはり間違いだったかもしれない。
階段の踊り場に差し掛かる。ユウジはテンションが最高潮に達しているのか顔がニヤニヤしている。本当にイライラするなこいつ。なんでこんな奴に名乗ってしまったんだ。疲れているにしても限度があるだろうに。私は自分の未熟さに呆れかえってしまった。
「やっべ俺世界救っちゃう「いい加減にしろ!」うわっ!?」
堪忍袋の緒が切れた。私は怒りに任せてユウジを壁に押し付ける。そして彼がなにか言う前に口を手で塞ぐ。前に陽菜乃が烏間先生に壁ドンしてほしいとか言っていたが多分それと同じ構図だ。
「これは遊びじゃないんだ。人の命が掛かってんだよ!刺激が欲しいなら下の馬鹿共と葉っぱでも酒でも好きなだけやってこい!わかったらその減らず口を閉じとけ!」
睨みつけながら言い放つと彼の目から浮ついた熱が逃げていくのが分かった。私が本気だということが分かったのだろうか。私が手を離すと彼は力なく座り込んだ。そしておもむろに胡散臭いケースに入った紙巻タバコ(恐らくドラッグ)を口に咥え火を点けた。
「ドラッグか」
「ああ、そうだよ。何か悪いか?」
「いや別に、私も昔やらされたことがある。あの時は薬が抜けるのに一年かかったな。長生きしたいならやめたほうが無難だぞ」
私の予想外の返答に唖然としているようだ。まさか経験者とは思わなかったのだろう。というか現在進行形でやっているしな。彼の口から吐き出された紫煙が宙に吸い込まれていく。
「マジか……でも男はよ、無理にでもかっこつけなきゃやっていけねえんだ。いつも親と比較されてりゃなおさらだっつうの」
「それで薬か?随分と安っぽいかっこつけだな」
金もあって親もいて何不自由なく暮らしているのにどうして更に快楽を求めようとするのだ。これ以上ないってくらい満たされているのに、まだ足りないのか。私には到底理解できない世界だった。
「祥子ちゃんに会ってさ、何か変わると思ったんだ。比較されるだけの糞みたいな人生から、俺の人生に」
彼はきっと親の偉大さを目の当たりにしたせいで自分が見えなくなってしまったのだろう。私には親がいない。だから彼の苦しみは分からない。でもきっととても辛いのだろう、思わず薬に逃げたくなるくらいには。そう思うと段々腹が立ってきた。
「私はお前の踏み台じゃない」
「え?」
皆の顔を思い出す。エンドと蔑まれながらもみっともなく足掻いてきた。血反吐を吐くような思いでレッテルを跳ね除けた。そんなかっこいい皆を知っているからこそ張りぼての見栄に縋りつくこいつに腹が立つ。
「変わりたいのなら自分で変われ。落ちてくるのを待ってるだけじゃいつまでたっても変わらないぞ。誰かが助けてくれると思ったら大間違いだ。全てを利用しろ。親の力だろうが何だろうが変わりたいのならみっともなく足掻け」
助けを求めたところで誰も助けてはくれない、助かりたいのなら自分の力で足掻くしかない。泥を啜って蛆虫を喰らっても戦うのだ。現実から目を背け逃げたところで、その先にあるのはまた別の現実だ。結局は戦うしかないのだ。
「君は、私と違って恵まれている。私には家族がいない。だから君の気持ちは理解できない。きっと親と比較されるのが辛いのだろう。でも、家族がいるのは幸せなものなんゴホッ!!?ゲホォ!」
薬の効果が切れてきたのか、私は唐突に咳き込んでしまう。くそ、本当にこれは不味いかもしれないな。駆け寄ったユウジが私の状態に気が付き血相を変える。
「だ、大丈夫かよ祥子ちゃん!?って、すげえ熱じゃねえか!そんな身体で戦うつもりなのかよ!無理すんな!」
「はぁ、はぁ、時間がないんだ。無理だろうがやるしかないんだよ」
息を整える。よし大丈夫、まだいける。まだ私は戦える。テーザーを再び強く握りコンバットハイポジションで構え、階段を昇る。が、バランスを崩し転びそうになる。
「お、重い!祥子ちゃん重すぎる……」
総重量90キロは堪えるようだ。本当に申し訳ない。
「す、すまないユウジ……」
後ろから彼が支えてくれたおかげで転ばずにすんだ。ここで転んでたら流石に音で気付かれたかもしれない。思わぬサポートに感謝する。
「それにな、誰かのために戦うのは生まれて初めてなんだ。だから、こんな無茶どうってことないのさ」
「なんだよそれ、意味わかんねえよ」
「ああ、私も意味がわからないよ。損得以外で動くのなんて本当に初めてなんだ」
今度こそ息を整え戦闘準備を整える。階段を一歩ずつ踏みしめる。私はまだ歩ける。私はまだ戦える。7階の入り口の端に身を潜め鏡で観察する。見張りが三人、ジャケットの膨らみから察するに拳銃で武装しているようだ。
マリーンマグナムを撃ってもいいがいくらサプレッサー付きとはいえ完全に音を消せるわけではない。格闘で片づけてもいいが一気に片づけないと増援を呼ばれる。どうするかな……私が攻めあぐねていると唐突に肩を叩かれた。振り向くとどこか真剣な顔のユウジが立っていた。
「祥子ちゃんはどこに行きたいんだ?」
「まだついていく気なのか?詳しくは言えないが上だ。でも階段の入り口に見張りがいる。あれを倒すかやり過ごさないとどうしようもないだろうな」
事実を述べると彼は突然自分の頬を叩き私に向き直った。いったい何のつもりだ?
「じゃ、じゃあ俺が囮になる。祥子ちゃんは隙を見て階段に忍び込めばいい」
「君は正気か?ドラッグでハイになってるとかじゃないのか?」
「あ、あれはそこまで強くねえよ!って、そうじゃなくて……」
そう言うと今度は頬をかいて気恥ずかしそうに表情を赤らめる。顔色がころころ変わる男だなあ。
「お、女がここまで覚悟見せてるのに、何もしないなんて、そ、それこそかっこ悪いだろうが!」
「君は……はぁ、わかった。どうなっても知らないからな」
彼はきっと梃子でも動かないだろう。こうなればそれを酌んでやるのが礼儀というもの、彼に危険が及ばないとは断言できないが、民間人を殺すようなことはしないはずだ。楽観論かもしれないが彼等もプロだ。民間人を殺害すればどうなるかは想像が付くはずだ。ここは彼等のプロ意識に賭けるとしよう。
「じゃあ、行ってくるわ!俺のこと忘れんなよ!」
「忘れないよ。そしてありがとう」
私が礼を言い終わる寸前に彼は飛び出していった。本当に大丈夫なのだろうか。心配になったので鏡で入口を観察する。何だか不思議な舞を舞っていた。見張りの男たちも私も困惑している。
「んだとゴラァ!!」
彼が何か言って怒らせたようだ。怒鳴り声と共に走る音が近づいてくる。いや、どうせなら反対側に誘導してほしかったんだが……いや、まあ仕方ないか。入口の端に身を潜めやり過ごすことにする。3m、2m、1m、よし、通り過ぎ……
「へぶっ!?」
あ、転んだ。緊張によるものかユウジは入口の前で思い切り足をもつれさせて盛大に床を滑っていった。その隙逃がさず見張りの三名がユウジを取り囲む。
「この酔っ払いが!大人舐めてんじゃねえぞ」
「い、いやほんとごめんなさい。マジすんません」
全員180超えの巨漢だ。喧嘩なんて碌にしたことがなさそうな彼にはさそ威圧的に見えるのだろう。胸倉を掴まれ半泣きで謝っている。完全に予想外だがこれで機会が出来た。三人は完全に私に気が付いていない。彼に感謝だ。私はトンファーバトンを左腕で引き抜き順手で持つ。
「このクソガキが──ッ!!?」
男の膝裏に蹴りを叩きこみながらトンファーバトンを男の首に差し込みバトンの先端を私の首で支える。支点は私の首、力点は左腕、作用点は男の首だ。きっと強烈な力で絞められまともに息も吸えないだろう。
「ど、どっから現れ、っが!!?」
男を拘束したままテーザーを引き抜きユウジの胸倉を掴んでいた男に向け引金を引く。有線の電極が圧縮空気によって放たれ男の頬に突き刺さった。高圧電流に耐えきれず痙攣しながら崩れ落ちる。まず一人目。
「クソッ!!?」
拘束していた男の頭をテーザーで殴りつけ拘束を解きながら突き飛ばす。倒れた男に躓き壁に頭を強打しふらつく。その隙を逃さずテーザーを撃ち込む。痙攣、そして沈黙。役目を終えたテーザーを投げ捨てトンファーバトンを逆手に持ち替える。これで二人目。
「こ、こいつ!!」
少しは手慣れているようだ。男は拳銃ではなくポケットからスイッチブレードナイフを展開、右手で突きを放つ。中々に速い突きだ。だが烏間先生のほうがもっと速い。トンファーバトンで切っ先をガード、そのまま巻き取るように相手の右手首を左腕で挟み込む。ついでに空いた右手で鼻を殴りつければハードナックルのグローブによって鼻が折れ鼻血が噴き出す。
「先に言っておく」
鼻を殴られ朦朧としている男の頬をがっちりと掴み私の右足を相手の右足に絡める。男と目が合う。チェックメイトだ。
「痛いぞ」
右手を思い切り突き出せば大外刈りの決まりだ。男の体重、私の腕力、硬い床、三つの要素が一斉に男に襲い掛かる。これに耐えられる人間を見てみたいものだ。三人全てが倒れたのを確認し私は尻もちをついたままのユウジに近づく。特に外傷はないようだな。
「ユウジ、大丈夫か?」
「祥子ちゃん後ろ!」
立ち上がる音、どうやらまだ意識があったようだ。思ってたよりタフなようだな。この距離ならあれが使えるだろう。手だけ後ろに向けてペッパースプレーを男の顔に噴射する。
「こ、この野、あああ!!?くそ!目が!目がッ!?」
15万スコヴィル値の強烈なジェットミストが男の顔面に襲い掛かった。強烈な痛みで最早まともに前を見ることすら叶わないだろう。顔を手で押さえ絶叫する男にハイキックを叩きこむ。一瞬首が変な方向に曲がりそのまま糸が切れた人形のように転がる。泡を吹きながら痙攣しているのを確認、今度こそ気絶したようだな。
「す、すげぇ……あっと言う間に倒しちまった……」
「立てるか?」
「あ、うん、ありがとう」
テーザーを拾い未だに座り込んだままのユウジに手を貸す。未だに自分が見た光景が信じられないと言いたげな顔だった。180cm以上はありそうな大男達をたった25秒で倒したのだ。信じれれないのも無理はない。
「私が言うのもあれだが……よく信じたな」
テーザーで倒れた男たちをストンピングで気絶させた後、二人がかりで拘束しながら私は彼に訊ねた。どうみたって怪しいというレベルではない、彼が私の存在を見張りに報告してもなんら不思議ではなかった。
「こう見えて観察眼には自信があるんだ。祥子ちゃんの顔を見れば嘘をついてないのはわかるもんさ」
「なるほど、意外な特技だな。拘束はこんなものでいいだろう。時間も押しているんでな、私はそろそろ行くよ」
そう言えば皆は今どこにいるのだろうか。連絡すればいいだけなのだか正直言って勇気がない。何を言われるのかわかったものじゃないからな。そんなことを考えながらユウジを見ればまだ付いていきたいといった様子だった。
「君はここで帰るんだ」
「お、おい、もうお別れかよ。ここまでやったんだ。最後まで付き合うぜ」
彼はわかっていない。この先に何が待ち受けているのかを、本当の悪意を知らない。
「駄目だ。これ以上は冗談抜きで命の保証はできない。どうしても手伝いというのなら、そうだな……しばらくすれば6階に中学生の男女グループがやってくるはずだ。彼らは私の仲間だ。できれば手助けしてやってほしい」
私が本気で忠告していると気が付いたのだろう。彼は少し残念そうな顔をしたがやがてわかったと言いたげに頷いた。
「わかった。なんか仲間の特徴とかあるか?」
「緑髪のひと際小柄な女子がいるはずだ。彼女は私の友達だ。私の名前を出せば信じてくれるだろう。では私はこれで」
テーザーのカートリッジを新しいものに交換しホルスターに収め背を向けて歩き出す。
「ああそうだ。一つ言い忘れていたことがある」
「え?」
ゆっくりと振り向く。初めて会った時より少しだけ男らしくなった顔を見納める。
「さっきの台詞、かっこよかったぞ」
笑顔でそう言えば彼の頬が少しだけ赤くなった。ような気がした。たぶん光の加減とかそんなものだろう。
「気を付けてな!」
「ああ、君もな。それとドラッグはほどほどにしとけよ」
振り向かず手だけ振る。それで十分だった。私はたった十数分しか付き合いのない友人に感謝し8階へと続く階段へ身体を進めた。この先何が待ち受けているのかわからない。だが何が待っていようと私のすることは変わらない。立ちふさがる全ての障害を実力をもって排除するだけだ。
八階はフロア全てがコンサートホールになっている。座席などの遮蔽物が多く身を隠すにはうってつけだが防弾能力は皆無だ。精々狙われにくくすることしかできないだろう。
「防衛線を張るにはここが最適だろうしなあ。絶対待ち構えているよな」
ホールの見晴らしは良く、なおかつ入口は極端に限られている。私なら待ち伏せして敵が現れたところを撃破するだろう。扉に爆薬を仕掛けるのもありだ。一応誰にも連絡はされていないが、そろそろ相手も私の存在には気が付いていると思ったほうがいい。まあ何にせよ……
「まずは偵察からだ」
背負ったバックパックを床に置き中から小型の液晶モニターとケーブルを取り出し二つを接続する。
「どうせなら赤外線カメラにしておけばよかったな」
ケーブルを扉の隙間から差し込む。そしてモニターの電源を付ける。気付かれないようにそっと扉を開きファイバースコープを差し込む。
「やはりいるか」
モニターにはホール内部を観察すれば案の定男が一人舞台の上に陣取っている男が映っていた。逆光でシルエットしか分からないが手にはリボルバーらしきものを持っている。明らかに敵だ。
「なんだ?」
唐突に銃を口に咥えた。自殺でもするのか?いや、違う。よく見えいないがどうみても舐めまわているようにしか思えない。薬で精神でもおかしくなったのだろうか。
「なんでさっきから変人ばっかり現れるんだ……」
一番ましなのがガス使いという体たらく。雇うならもっとましな連中を雇えといいたい。見張りの使い方も下手だった。戦力の逐次投入は愚策中の愚策だ。私ならガス使いとグラップラー気取りを同時に投入する。鷹岡はよくこれで精鋭と呼ばれていたな。
「まあ何にせよ……」
敵は倒すだけだ。私はB&T MP9の安全装置を解除、チャージングハンドルを引き薬室を確認する。銀色の薬莢が見えた。ドットサイトを覗きこみ正常に機能していることを確認。ストックを折り畳む。
「ようやくこれの出番か……」
背負っていたバリスティックシールドを左腕で構える。7キロある盾はかなりの重さだが、今はこの重さが頼もしい。
「さてと、行くとするか……」
私は意を決してホールに飛び込んだ。