昨日寺坂に散々なことをした私だが、学校には登校することにした。事後承諾になってしまうが爆薬のことを報告する必要がある。寺坂が私を糾弾するというのならそれでも構わない。それだけのことをしている自覚はある。
結局のところ私は暴力でしか物事を解決できないのだ。本当なら昨日のことだって先生に相談すればよかっただけのことであり、私が行く必要はなかった。だが、それをしなかったということは結局のところ私は誰も信用していないのだ。
いつ背中から刺されてもおかしくない生活をしてきたせいで誰かに頼るという選択肢が頭から抜け落ちている。ここに来て人に頼るという選択があるのを知ったが、本質的なものは何一つ変わってはいない。
「もしかしたら今日が最後になるかもな……」
まあそれでも構わない。殺せんせーは引き止めるだろうが皆に迷惑を掛けてまで残ろうとは思わないな。そんなことを考えつつ教室の扉を開ける。
「あ、さっちゃんさんおはよう」
「おはよう祥子」
何も知らない渚とカエデが私を出迎える。私が戦場にもどったら二人とは二度と会えないのか。そう考えると胸が痛くなった。また、人を殺すのか……
「さっちゃんさん、どうかしたの?」
「え?あ、ああ、何でもないさ、何でもね……」
昨日は散々物騒なことを考えていたのにな。調子のいい心に腹が立つ。兵士としての私と中学生として私が別々になってきている証拠なのだろう。頬を叩き気を引き締める。こうなるのは弛んでいるからに他ならない。夏休みになったら本格的に山籠もりでもして鍛え直すか。
「祥子、本当に大丈夫?」
「ああ、少々眠かっただけだ。もう問題ない」
「……わかった。でも、何かあったらすぐに言うんだよ。祥子ってすぐ一人で抱え込むんだからさ」
「わかってるよ。カエデは私の姉か何かか」
私がそういうとカエデは何故かとても動揺した。突然の事態に渚と一緒に困惑する。手を振り回しながらブツブツと何かを呟いている。どうしたんだろういきなり。
「か、茅野、いきなりどうしたの?」
「な、なんでもないよ渚!べ、別ににお姉ちゃんって呼ばれたいとかそんなこと全然思ってないんだから!!」
「思ってるんだ……」
訝し気な渚と更に動揺するカエデ、なんなんだこれは。事態を飲み込めないでいると、渚が耳打ちしてくれた。ほぉ、そういうことか。少しだけ悪戯心が湧き出る。カエデには酒を全部捨てられた恨みがあるんだ。
「“カエデお姉ちゃん”、落ち着こう」
私の一言にカエデがピタリと止まった。自分で言うと恥ずかしいなこれ。少しだけ頬に熱が籠る。自分で言って自分にダメージを受けるなんて間抜けだ。
「い、今なんて言った?」
「一旦落ち着こう、お姉ちゃん。と言ったんだ」
「むしろ逆な気がするんだけどなぁ……」
渚の言うことは尤もである。140cm後半しかないカエデと私には頭一つ分程の開きがある。だが私はどうにもカエデに頭が上がらない。私を面と向かって叱るのは殺せんせーとカエデだけだ。そう言う意味ではカエデは特別な存在である。
そもそもカエデは何故私に構うのだろうか。見てきた限り彼女は渚以外の人物とはつかず離れずの関係を維持していたはずだ。己惚れるつもりはないが特別扱いされているのは言うまでもない。
「も、もう一回言って!」
「お、お姉ちゃん?」
「もう一回!」
「……お姉ちゃん」
「も、「これ以上は恥ずかしくて死ぬぞ」そ、そんなぁー」
慣れないことはするものじゃないな。羞恥心によって私の顔はまるで長時間連射した後の機関銃の銃身のように加熱している。ちょっとした仕返しのつもりだったが逆にダメージを受けてしまった。
「なんか意外だなあ」
「どうしたの?渚」
「茅野とさっちゃんさんがこんなに仲良くなるなんて想像してなくてさ」
「仲良いっていうより尻にしかれてるっていうほうが正しいんじゃない?」
唐突に何かを企んでそうないやらしい笑みを浮かべてた赤羽が乱入してきた。手には携帯電話、赤羽と目が合う。これ以上ないってくらいの笑顔だった。
「赤羽」
「何?臼井さん」
「怪我したくなかったら今すぐそのデータを消すことをお勧めする」
「え?」
「確保ッ!!」
ノーモーションで赤羽にタックルする。が、避けられる。私の勇敢な行動はただの蛮勇に終わった。ああ、やっぱりここに来てから私は鈍ってしまったな。そう思わずにはいられない。
「カルマ君、よかったら後で送ってくんないかな?」
「面白そうだしいいよ」
「や、やることが相変わらずえげつない……」
盛り上がるカエデと赤羽、呆れる渚、そして床に這いつくばる私、なんだこれ。赤羽には散々アレな目にあっているので近々復讐したほうがいいかもしれない。そんなことを考えていると不意に目の前の扉が開いた。
「お前、本当に床好きだよな……」
「ッ!?」
顔を上げる。昨日散々見た人物が呆れながらこちらを見下ろしていた。寺坂だった。
昨日、あんなことをした寺坂が普通に登校したことに殺せんせーは猛烈に感動していた。薬剤の影響で粘液を滝のように顔から流しながら寺坂に肉薄する様子を見て寺坂に同情したのは言うまでもない。本人に非はないとはいえあれは普通に気持ち悪い。
その後はいつも通りの時間が過ぎていった。爆薬のことも報告しなければならないがそれは放課後でいいだろう。寺坂も何も言いださない。本人が何も言わないのなら構わないが彼は私を責める権利がある。後で聞いておこう。
そして昼休みに入り事態は動く。
「てめーらに聞いてほしいことがある……」
皆が見る中寺坂は唐突に昨日の出来事を話し出した。シロに言われ破壊工作をしたこと、薬剤を巻いたこと、放課後シロ達が来ること、そして爆薬のこと。私の存在以外のことは全て話したのだ。
「じゃあなんだよ、寺坂はあいつ等に操られてたってのかよ!」
「爆弾って、酷い……」
クラスメイトの反応は様々だった。怖がる者、シロに怒りを抱く者、金に釣られた寺坂に呆れる者、皆思い思いの感情を抱いていた。
「で、寺坂はどうしたいの?理由説明してごめんなさいとでも言うつもりだった?」
「そりゃいいすぎだろカルマ」
「でも事実じゃん、俺達殺されかけたんだよ?」
「そ、そうだけど……」
仲間思いな赤羽にとってこの事実は許しがたいものなのだろう。怒っているのが手に取るようにわかる。寺坂は何をしたいんだろうか、黙っていても大丈夫だったはずなのにわざわざ告白するなんてな。
「フン、許してくれなんて思っちゃいねえよ。だけどムカつくんだよ。人のこといいように使いやがって、一発殴ってやんねえと気が済まねえ。だけど俺は一人じゃ無理だ……だから、お前らの力を貸してほしい」
そう言って寺坂は静かに頭を下げた。普段の横暴な姿からは想像もできない真剣なさまに皆が息を呑む。殺せんせーは相変わらず黙ったままだ、何か思うところがあるのだろう。
「一発殴るって、寺坂やっぱ馬鹿だわ」
「うっせー、んなの分かってんだよ。手伝わねえなら俺一人でいくからほっといてくれ」
「でもそういう馬鹿は嫌いじゃない」
「カルマ、てめぇ……」
赤羽を皮切りに皆に明るい表情が戻る。顔を見れば仕方ないかと言いたそうな様子だ。昨日の言い訳ばかりする彼とは大違いだな。どっちがいいのかは言うまでもない。
「なんか様子変だとは思ってたんだよなー。ま、寺坂って馬鹿だし」
「ほんとほんと、馬鹿だから仕方ないよねぇ~」
「てめーらバカバカ言い過ぎなんだよ!!」
どっと笑いに包まれる教室、これならもう大丈夫だろう。そもそも私がいなくてもなんとかなったんじゃないだろうか。そう考えると自分がどうしようもない異物に思えてならなかった。外の空気を吸ってこよう。
「おい!臼井、てめぇも昨日散々俺に説教したんだから手伝えよな!」
何故そこで私に振る。気が付けば皆が私を見ていた。苦し紛れに私も皆と同じ方向を見る。壁があるだけだった。
「やっぱ臼井さんが一枚かんでたんだ。どうりでおかしいと思ってたんだ。寺坂がプラスチック爆薬なんて知ってるわけないし」
赤羽がニヤリと笑ってこちらを見ている。しかし、心なしか怒っているようにも見えるのは気のせいだと思いたい。
「祥子さん、またお一人で無茶したんですか?」
「律、誓って言うが無茶ではない。精々シロと寺坂の会話を盗み聞きしただけだ」
「いや、十分無茶だろ」
千葉の呟きに皆が一斉に頷いた。カエデが凄い顔でこちらを見ている。これ駄目なやつだ。説教される未来を予測しながら次の言い訳を考える。
「ま、臼井さんには後で罰ゲームをさせるからいいとして、殺せんせー」
「いや、ちょっとまて、罰ゲームってなんだ!何をさせる気なんだ。というかその笑顔は何だ!」
結局、罰ゲームのことは語られず殺せんせーの監督の下、シロと堀部への嫌がらせ作戦の計画立案に突入してしまった。
「よし、おめーら準備したか!」
双眼鏡越しに寺坂が指示を出している。一見すると暴君そのものだが、その顔は今までのとは違う。皆がプールに散らばったのを確認して満足げに頷く。少しわざとらしくないか?
「ねぇ、これ暑いんだけど」
ハーフギリーを羽織った速水が文句を言っているがこの作戦には必要なのだ。それに千葉は文句の一つも言わないじゃないか。
「さ、流石に暑いな。みんながプール入ってるの見ると余計に……」
「それ言わないでよ!余計に暑く感じるでしょ」
「狙撃に必要なのは一に我慢、二に我慢、三と四が我慢で、五でやっと射撃だ。スナイパーになりたいんだったらこれくらいは辛抱するんだな。おっと、始まるみたいだぞ」
プールの端の茂みに潜み狙撃の機会を窺う。エアガンでスポッターをする必要はあまりないがより広範囲で索敵できる存在はいたほうがなにかと便利だ。双眼鏡の対物レンズが殺せんせーと寺坂を捉える。これから始まるのは三文芝居。二人を出し抜くための楽しい芝居だ。
「ずっとてめーが嫌いだった。消えてほしくてしょうがなかった」
「ええ、知ってます。この後でゆっくり話し合いましょう」
殺せんせーの台詞が若干棒読みだ。それに寺坂もそんなにニヤついていたらばれるだろうが。私の心配を知らない二人は芝居を続ける。寺坂が発信機ということになっているエアガンを構えた。そしてゆっくりを引金に指を掛ける。
「そんでもっと嫌いなのが人を騙して笑ってるような奴だ!!おいイトナ、シロ!出てこいや!!」
向けていたエアガンを投げ捨てどこかにいる二人に呼びかける。私は索敵に全力を注ぐ。いた!茂みの向こう岸の茂みから歩いてくる。
「二時方向、距離30、指示をするまで発砲は禁ずる」
「「了解」」
息ぴったりの二人に安心する。さあ、パーティの始まりといこう。
「困るなぁ寺坂君、ちゃんと約束は守ってくれないと」
口ではそう言っているものの明らかに動揺している。ふん、ざまあないな。さて、私達は動きあるまで待機に徹するか。
「うるせぇ!てめぇらよくも騙しやがったな!ぶっ飛ばしてやるからそこから動くな!!」
徐にシャツを脱ぎ捨て手に持つ。二人の目には気合を入れるために脱いだと見えるのだろう。だがこれも作戦の内。赤羽の頭脳から考え出された素晴らしい?計画だ。
「仕方ない……イトナ、殺さない程度に黙らせなさい」
これも赤羽の予想通りだ。こいつらは皆を人質に取るつもりだったんだ。それに殺してしまったら殺せんせーがどう出てくるか予想が付かない。科学者ならそんなリスクは犯さない。本当なら爆破を見透かされた時点で撤退するべきだろうがこいつは微妙に馬鹿なのでそんなことはしないだろう。
堀部が触手で殴りつける。相変わらずとんでもない速度だが手加減しているのかギリギリ目で追える速度だ。シャツ越しに腹部を殴りつけられる寺坂、普通に痛そうだ。本来ならここで寺坂を吹き飛ばして終わりにするはずなのだろう。
だが、寺坂のシャツはただのシャツじゃない。
「ッ!?」
まるで花粉症にでもなったかのようにくしゃみが止まらなくなる堀部。そう、寺坂のシャツには殺せんせーが昨日寺坂が撒いたスプレーの中身を複製した薬剤がたっぷり染み込ませてあるのだ。
触手は水に弱い。だが、ある程度なら粘液でコーティングすることで防げる。だからシロは寺坂に薬剤を散布させ、予め殺せんせーの粘液を封じようとしたのだ。要は全く同じことをやり返してやったのだ。
「今だ!お前らやっちまえ!!」
プールに入っていた皆がニヤリと笑う。手には水風船、水鉄砲、バケツ、予め隠しておいたのだ。寺坂の号令に合わせて一斉に投げつける。動揺した堀部が避けれるわけもない。
「しょ、触手が!」
あっという間に水を吸い膨らむ堀部の触手。昨日盗聴した範疇では触手も強化していたらしいがこうなっては最早無用の長物。そろそろ私たちの出番だな。双眼鏡を堀部の頭頂部に合わせる。
「目標、頭部触手。照準合わせ、撃て」
速水と千葉の同時射撃、二人の射撃能力なら動揺した堀部の触手程度簡単に撃ち抜ける。破裂音と共に二本の触手が弾け飛んだ。
「だ、誰だ!?」
突然の攻撃に堀部は面白いくらいに動揺している。下手人を探すがギリースーツに身を包んだ私たちは見つからない。これが殺せんせーなら避けられてただろうがこいつのスペックは基本的に人間だ。匂いなんて分からないしましてや菅谷協力の下作ったギリーを見破るなど不可能だ。
「もう!あっついのよ!」
仕事は終わったと言わんばかりに立ち上がりハーフギリーを脱ぎ捨てる速水、千葉も我慢できないのかいつの間にかギリースーツを脱いでいた。
「うわっ!って、臼井達じゃん。そんなところにいたのかよ……てかまたモリゾーになってるし」
杉野が呆れ半分感心半分でこちらを見る。狙撃手として待機するとは言っていたがどこに隠れるとは一言も言っていなかったな。敵を騙すにはまず味方から、兵は詭道なりだ。
「ねぇ、どんな気持ち?見下してた相手に逆に騙されてさ。まだ戦うつもり?なら俺達も全力で水遊びさせてもらうけど」
巨大な水鉄砲を持った赤羽が満を持して登場する。うわ、すっごい笑顔だ。堀部はそれはそれは悔しそうに顔を歪めている。シロもまさか作戦が根元から見破られるとは夢にも思わなかったのだろう。ここからでもわかるくらい動揺していた。
「まさか、たかが中学生にここまで滅茶苦茶にされるとは……ここは引こう。行くよイトナ」
「…………」
頼みの綱の触手も既に撃ち抜かれている。再生にはそこまで時間は掛からないだろうが薬剤で弱っているのか再生する様子はない。シロはきっと誰が計画に気付いたのか必死に考えているはずだ。盗聴される可能性を考慮してなかったとは、随分とお粗末な脳みそだ。頭はよくてもこれじゃあ駄目だな。
不意にシロと目が合った。と言ってもギリー越しのため顔までは分からないだろう。だがその頭巾に隠れた冷たい目に少しだけ寒気を感じた。
結局、二人は文字通り手も足も触手も出せずに逃げ帰るようにして去っていった。唯一の誤算は寺坂が私を糾弾しなかったことくらいでそれ以外は概ね私の想定通りにことが運んだ。未然に大惨事を防げたことに安堵する。
弱った殺せんせーを皆で殺そうとしたりギリースーツのままの私が陽菜乃にプールに引きずり込まれたり色々あった。寺坂もかなり強引だったが何だかんだいって皆に溶け込んでいるようだ。寺坂からは一言だけ謝罪ともう気にしてないとの言葉を貰った。
「ねえ臼井さん、ちょっといい?」
「なんだ赤羽」
皆が帰宅する中、私は赤羽に呼び止められた。爆弾はすでに殺せんせーに食べてもらい安全に処理してもらった。もう私が呼び止められる案件はないはずなのだが……
「一つだけ言いたいことがあってさ」
わざわざそのために呼び止めたのか。早いとこ帰りたいんだがな。そんな私の気持ちは次の一言で砕け散った。
「このままでいられると思ってるの?」
心臓を鷲掴みにされたかのような衝撃に襲われる。思わず赤羽に振り向く。とても真剣な目だった。
「どういう、意味だ」
「それは自分で考えてくんない?まあ一つだけ言うとしたら我慢するにも限度があるってこと。じゃ、また明日」
取り残される私、このままでいられると思っているのか。十中八九私の隠していることだろう。でも、そんなこと言われたって……
「じゃあ、どうすればいいんだよ……」
誰もいない廊下に私の呟きが吸い込まれていった。