【完結】銃と私、あるいは触手と暗殺


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作:クリス
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二十二時間目 嫌悪の時間


書いてい思うこと、うーんこの

※祝、お気に入り1000件突破!皆さんありがとうございます!


 お姉ちゃんを殺したあいつに復讐するため、私はE組に潜り込んだ。雪村あかりから茅野カエデになった。あいつを殺すためなら何でもする。触手の種を打ち込み大嫌いな殺せんせーの前で演技を続けるストレスや触手の副作用からくる激痛にも耐えてこられたのはこの復讐心があったからだ。

 

 あいつがやってきて四ヵ月が経ったが私の演技に気づいている者は一人も、違う、一人だけ、たった一人だけ私の演技に気付きかけている人がいる。

 

 臼井祥子、四月の中旬からやって来た女子。妙に浮世離れしていて本当に同じ日本人なのか疑問に思うことがあったが、大して気に留めていなかった。それが変わったのは六月に入ってからだ。

 

 カラオケで何となしに祥子が言った『家族はいない』というあの言葉。どうしても気になり祥子に訊ねた。そして祥子から伝えられた事実は私の想像を遥かに上回っていた。八年間ずっと一人で生きてきた、祥子はそう言った。聞くところによればまだ14歳だと言う。つまり祥子は6歳の頃から一人で生きてきたのだ。

 

 恐らく本当の意味で一人で生きてきたんだと思う。大切な人をなくす気持ちは痛いほど分かっているはずなのに、軽はずみな自分の言動に嫌気がさした。慌てて謝ったが縁を切られても不思議ではないと思っていた。私だって同じことを言われたら正直疎遠になると思う。でも祥子は違った。次になんて言ったと思う?

 

『そんなどうでもいいことより』

 

 まるでかカフェに行くような気軽さで祥子は自分の家族のことを流した。最初は話を逸らすために言っていると思った。けど祥子の顔を見れば本気で言っているのが分かった。分かってしまった。

 

 何故、どうしてそんなことが言えるのか。私は姉が死んで地獄のような苦しみに襲われているというのに、悲しくて悲しくて仕方がないのに。感情があふれ出す。気が付けば演技も忘れて叫んでしまった。そんな私の疑問に祥子は答えた。

 

『顔も声も思い出せない』

 

 思い出せないってどんな気持ちなんだろうか、思い出があるからこそ悲しくなる。多分祥子にとっては遠い親戚が亡くなったのと同じことなんだと思う。色々あったと言ったがいったい何を経験すればそんな風に成り果ててしまうのだろう。

 

 祥子は自分に対する認識が欠如している。人への思いやりや優しさはあるのに自分に対してだけはまったくと言っていいほど労わらない。そうじゃなければ自分の家族の死を不幸自慢だなんて絶対に言わない。とてもじゃないが同じ人間には見えなかった。

 

 でもその強さに少しだけ、本当に少しだけ憧れたのは事実だ。

 

 

 

 

 

「そう言えば茅野さん、最近臼井さんと仲良いよね」

 

 多川心菜との真夜中の水泳教室を終えた帰り道、私は片岡さんに祥子とのことについて尋ねられた。私は、あの妙に大人びた友達を思い出す。

 

 結局、祥子とは仲直りできた。というか、祥子は本当に気にしていなかった。逆に自分が不誠実だとか言って謝ってくる始末。逆に私が不安になるくらいだ。

 

 思い出せないと言った時に見せた顔は今でも忘れられない。悲しいでも寂しいでもない、一切の感情を感じさせない無表情。祥子はお金を稼ぐ手段はあったと言っていた。どんな方法かは知らないがきっとまともな手段じゃない。

 

 多分、祥子は余裕がなさ過ぎて悲しむことすらできなかったんだと思う。本来なら乗り越え克服するべきものを忘れることで対処した。確信は持てないけど今までの行動や同年代には見えない雰囲気。時折見せる何の希望も持ってない目からして間違ってないと思う。

 

 まるで自分を見ているようだった。だからかもしれない、私は本気で祥子と友達になりたいと思ってしまった。この子は独りにしてはいけない、きっと取り返しのつかないことになる。それからはお互い名前で呼ぶようになった。名前で呼ぶのは渚で二人目だ。一応、強烈にキャラの濃い祥子の横にいれば私の復讐がやりやすくなるという打算もあったけど、それ以上に一人にしてはいけないという思いのほうが強かった。

 

「うん、何か放って置けないんだよね。祥子って」

 

 シロとイトナ君がやって来た時だって一人で追いかけようとしていた。私が途中で気付いたからよかったものの、もし行かせてしまったらと思うぞゾッとする。ただの中学生にあの触手を植え付けるやつだ。絶対にまともじゃない。いくら強くたって祥子は何の能力もないただの中学生なのだ。

 

「鷹岡が来た時言ってたよね。家族がいないって。ずっと一人で生きて来たってことなのかな……」

「私ね、お見舞いに言った時祥子の家に行って見たんだ。なんにもなかった。最低限の家具しか置いてない」

 

 そのすぐ後に見つけた酒瓶を見て本気で怒ったのは記憶に新しい。しかもビールのような可愛いものじゃなくてウィスキーみたいなとても強いお酒。空き瓶の本数からしていつも飲んでたんだと思う。怒りすぎると逆に笑顔になるって本当だったんだと知った。

 

「祥子は自分のことを蔑ろにしすぎなの!もっと美味しいもの食べさせて精々太らせてあげるんだから!」

 

 まずはあの腐った肉から普通のお弁当に変えさせよう。調理実習の時は普通に作っているのを見たからきっと料理だってできると思う。甘い物も食べさせた時目を見開いていたからきっと好きなんだと思う。これからも持ってこよう。

 

「ふふ、なんだか茅野さん臼井さんのお姉ちゃんみたいだね」

 

 私が祥子改造計画について考えていると片岡さんが笑いながら言った。お姉ちゃん、か。そう言われればなんだかしっくりくる気がする。私よりずっと大きいのになんだか放っておけない。妹がいたらこんな気持ちなのかな?祥子にお姉ちゃんって言われるのか……

 

「ちょっといいかも……」

「何か言った?」

「な、何でもないよ!」

 

 思わず漏れた思考を誤魔化す。私がここにきた一番の理由はもちろん復讐だ。大好きな姉を殺したあいつは必ず殺す。そのためにはなんだってする。でも、いつか来るその日までは祥子のことを支えてあげたい、正体を明かすその日までは祥子の友達で居続けよう。そしてお姉ちゃんと言わせるのだ!

 

 あれ?

 

 

 

 

 

 E組専用プールという小粋なプレゼントをしてくれた殺せんせーだが、それでも私たちの暗殺対象であることには変わりない。しかもこのプールのお陰でまた新たな弱点が見つかった。今度のは大きな弱点だ。

 

 殺せんせーは水に弱い。水に触れると触手がふやけて運動性能が格段に低下する。これは片岡達が昨日本人から直接聞いたことだというのでまず間違いないと思っていい。これは夏の課題だな。上手くいけば夏休みが終わるまでに地球を救うことができるかもしれない。

 

「祥子って料理しないの?」

「なんだ、藪から棒に」

 

 昼休み、何故か私のところまでやって来たカエデが唐突に質問した。

 

「一応、食べられるものは作れる」

 

 どこかの組織に雇われている時は食糧が提供されていたが、そうでない時は自分で調達しなければならない。とは言え料理なんて面倒だったので煮るか焼くかそのままが殆どだった。ここに来てからは少し変わったが精々調味料が増えたくらいである。

 

 干し肉を齧りながら過去に思いを馳せる。妙に柔らかいがまあ問題ないだろう。日本はいい。肉が高いのが難点だが、野菜は新鮮だし品揃えも豊富。おまけにぼったくられる心配がない。

 

「なあ、臼井」

「どうした千葉」

 

 何故か千葉が顔をしかめながら私を見る。気のせいか周りの者も私を見ているようなきがする。何故だろうか。

 

「さっきからずっと言おうと思ってたんたんだけどさ」

「うん」

「その肉腐ってね?」

 

 その言葉に皆が一斉に頷いた。思わず手に持った肉を見る。確かに色がおかしい。それによく見たら半生だった。多分、乾燥が十分じゃなかったんだろう。

 

「そのようだな」

 

 この暑さと湿度にやられたのだろう。でもこのくらいなら特に問題はない。再び肉を口に運ぼうとする。が、その手は横から伸びた手によって掴まれた。この角度から手を差し出せるのは一人しかいない。

 

「何してるんだカエデ」

「駄目!そんなの食べたらお腹壊すよ!」

「この程度なら問題ない」

 

 人間、蛆が湧いてても食べようと思えば食べられるものだ。自慢じゃないが胃袋はかなり強いと自負している。完全に腐っていなければ大抵のものは消化できるのだ。というかできないと死んでた。

 

「球技大会の時それで休んでたでしょ!」

「あっ」

 

 畜生、墓穴を掘った。因果応報とはこのことである。そうこうしているうちにカエデに肉を奪われた。私の食糧が……

 

「うわ、これ完全に腐ってるよ……」

「蛆が湧いてなければ問題ない。さあ、返してくれ」

 

 私がそう言うとカエデはその可愛らしい顔をしかめて立ち上がる。勿論肉は持ったままだ。そしてある方向に向かって歩き出す。ゴミ箱だった。その先は言うまでもない。

 

「祥子、明日から干し肉禁止」

「え、それは……」

 

 二の句を継げさせないその言葉に私は返答に詰まった。カエデは更に追い打ちをかけるかのように話を続ける。

 

「今度干し肉持って来たらもうお菓子あげないんだから」

 

 それは、それは不味い。非常に不味い。本当に不味い。カエデが持ってくる菓子は楽しみにしているのだ。それがなくなるというのは重大な危機だ。畜生、背に腹は代えられない……

 

「わ、わかった……」

「約束だよ。明日からちゃんとしたご飯を持ってくるように!」

「……はい」

 

 いつの時代も兵站を征するものは戦いを征するのだ。人間にとって絶対に不可欠なものを押さえられてしまえば無条件降伏するほかない。

 

「なんだか茅野さんお姉さんみたいですね」

「お姉さんっていうより餌付けじゃないかな」

 

 奥田と赤羽が好き放題言っているが放置だ放置。というか餌付けってなんだ。それではまるで私がものに釣られているようではないか。これはあくまで利害を考慮したうえの極めて合理的な判断に過ぎない。兵站を征する者は戦いを征するのだ。そうつまりこれは、決してお菓子に釣られたわけではない。そう断じて違う!

 

「図星だな」

「図星だねぇ」

「図星ですね」

 

 何故か千葉と奥田と赤羽に図星と言われる。理由が分からない。そんなことを考えているととカエデが私の肩を突いた。

 

「祥子、声漏れてたよ」

「…………」

 

 自分の言ってしまった言葉と彼らの言った言葉がリンクする。そして理解する。顔に熱が籠り多分耳は真っ赤だ。とてつもない羞恥心に襲われ思わず机に突っ伏す。穴があったら入りたい。

 

「臼井さん、ひょっとして意外とポンコツ?」

「お願いだから何も言わないで……」

 

 赤羽の追撃に私の心は折れた。10万ドルの賞金首であり中東で黒い悪魔と恐れられた私がこの様か。共に戦った傭兵に見られたらきっと腹を抱えて笑われることだろう。ああ、戦場が遠い……

 

「祥子さん!私は例えポンコツだったとしても貴方が大好きですから!」

「ありがとう律、でもちょっと静かにしてくれないか……」

 

 あんなに身近に感じていた戦場が今では物凄く遠くに感じる……

 

 

 

 

 

 それは昼休みがちょうど終わるくらいの時に起きた出来事だった。あれから何とか立ち直った私は原が善意でわけてくれた弁当(重箱だった)を食べ終えなんてことない雑談に興じていた。日本のアイドルグループとロシア製のアサルトライフルであるAKシリーズと間違えた以外は特に普通の会話だった。

 

 そこへ現れたのは岡島だ。血相を変えて教室に入ってくるなりこう言ったのだ。

 

「みんな来てくれプールが大変だぞ!」

 

 そして現在に至る。岡島の言う通りプールが荒れていた。どうみても人為的なものだ。その証拠に大量のゴミが投棄されている。

 

「ゴミまで捨てて、酷い……」

 

 皆がこの惨状にショックを受けている中、一部だけ違う者達が居た。ニヤニヤと笑っている寺坂、吉田、村松だ

 

「あーあ、こりゃ大変だ」

「ま、いーんじゃね?プールとかめんどいしさ」

 

 白々しく吉田と村松が言った。誰も目から見ても下手人だと分かった。彼らも隠すつもりがないのだろう。つまらないことをする奴等だ。だが、同時に怒りが湧く。渚も困惑しながら三人を見ている。

 

「んだよ渚、何見てんだ?」

 

 寺坂が渚に絡もうとしている。この手の声の大きい輩は自分より弱そうな人間が大好きなのだ。何かと因縁を付けて上に立ちたがる。程度は違うが鷹岡とやっていることは一緒だ。本当はきっと怖いんだろう。

 

「まさか、俺らが犯人とか疑ってんのか?」

 

 潔白を訴えるにしては些か以上に威圧的だ。もう見てられないな。横から渚の胸倉を掴んでいる寺坂の手首を握る。

 

「あぁ!臼井てめぇも俺らのこと疑ってんのかよ」

「いや、疑ってないさ。むしろ信じている」

「は?」

 

 この返しは予想してなかったようだ。何とも間抜けな顔だな。勿論今言ったことは嘘だ。でもだからこそこれから言うことに説得力が生まれる。

 

「そして私は自慢じゃないが指紋採取の心得がある。あの投棄されたゴミには犯人の指紋がべったりついているはずだ。機材も家にある。なんなら今から取ってきてもいい」

「な、なにが言いてえんだよ……」

 

 あからさまに動揺しているな。ここはもうひと押しだ。この手の脳筋は扱いやすくていい。

 

「ここを知っているということは恐らく犯人は身内だ。指紋を採取して調べればすぐにわかるだろう。何、こんなつまらないことをする奴だ。指の二、三本でも折ってお話しすればおとなしくなるだろう」

「え……」

 

 仮に渚がこれを言っても説得力はない。今まで散々力を見せつけた私だからこそ説得力があるのだ。寺坂を見ればさっきの余裕が嘘のようだ。指紋採取といってもそんな簡単に調べられるわけないのにな。

 

「勿論寺坂のことは疑ってないさ。でも、念のために君たちの指紋も取らせてくれ。簡単に採取できるんだ。10秒で終わる。誤認逮捕を防ぐためにも協力してくれ。いいな?」

「そ、それは……」

「あぁ、犯人のことなら心配しないでくれ。ちゃんと、箸は持てるように気を付けるからさ」

 

 とびっきりの笑顔で威嚇する。寺坂は既に顔面蒼白。吉田も村松も顔を青くしている。ビッチ先生も顔を青くしていた。殺せんせーも顔を青くしていた。というか全員顔を青くしていた。

 

「祥子」

「なんだカエデ」

「その笑顔すっごい怖いから止めて」

「……わかった」

 

 その後、気を取り直した殺せんせーによりプールはマッハで元通りになった。あの程度のつまらない嫌がらせなど殺せんせーには痛くもかゆくもないということだろう。

 

 私はというと寺坂が妙に気になっていた。吉田と村松は何だかんだ言ってクラスメイトと少なからず交流している。村松が放課後ヌルヌルと称する勉強会に出ていたのは見たことがある(ちなみに私も見つかって参加させられた)。

 

 ここに来て色々鈍ってきてはいるがそれでも衰えてはいない。私の兵士としての勘は間違いなく何かを嗅ぎ付けていた。

 

 

 

 

 

「気持ちわりーんだよ。てめえもモンスターに操られて仲良しこよしのE組も」

 

 殺虫剤を取り出し教室にまき散らした寺坂が言った言葉だ。どうにもここが相当気に入らないようだ。村松は既にこちら側に付きかけているし、吉田だって殺せんせーの作ったバイクの原寸大模型で盛り上がっている(ちなみに私がバイクを運転したことがあると言ったら物凄い食いついてきた)。

 

 彼は典型的な体と声が大きいだけの人間だ。だがそれはここでは通用しない。彼にとっては何もかもがどうでもいいのだ。置いて行かれる恐怖を必死に誤魔化している。いっそ哀れにも感じるな。ムカつくなら殺せばいい。赤羽が寺坂に言った言葉だ。人は正論を突きつけられると怒る場合が多い。寺坂もその例に漏れず教室から逃げ出した。

 

「一緒に平和にやれないもんかな……」

 

 磯貝がぼやいた。確かに平和裏に終わるのが一番だ。だが世の中そんなに上手くいかない。手にしたものを弄りながら考える。

 

 

 

 

 

「おい、寺坂」

 

 私は寺坂を追いかけた。どうにも嫌な予感がするのとこれから行う行為の為でもある。彼が不機嫌そうに振り向く。

 

「んだよ、なんか文句あんのか。モンスター呼ばわりしたのがそんなに嫌か」

「いや、それは違う。そんなものは個人の自由だ。ただ一つ言っておくぞ」

 

 一気に肉薄し胸倉を掴む。驚愕に目を見開いた。まさか手を出されるとは思ってなかったらしい。それとも予想外の力に驚いたのかもしれない。

 

「お前がどう生きようとお前の自由だ。だがな、努力している者の足を引っ張ることだけはするな。そんな権利は私達にはない!」

 

 唖然としている隙にズボンのポケットにとある装置を忍ばせる。これで目的は達成。あとは見守るだけだ。やることが終わったので胸倉から手を離す。

 

「言いたいことはそれだけだ。じゃあな」

 

 彼が言い返す前にその場から去る。何も起こらないことを祈る。だが、こういう時の勘は得てして当たるものだ。精神を切り替える。今ここにいるのは兵士としての臼井祥子だ。

 

 




用語解説

あ?ねぇよそんなもん


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