【完結】銃と私、あるいは触手と暗殺


メニュー

お気に入り

しおり
作:クリス
▼ページ最下部へ


21/75 

二十一時間目 夏の時間


書いていて思うこと、呼び方合ってるかな?


 日本の夏を一言で表すのなら不快の二文字に尽きる。まず暑い。気候変動によるものなのか日中摂氏30度を超すことは珍しくない。

 

 日当たりのよい旧校舎には直射日光がダイレクトに照射され容赦なく内部の気温を上げている。そして高い湿度、50%は余裕で超える。噂には東京の平均湿度は70%だという。

 

 不快にならないはずがない。正直言ってかなり暑い。アフリカで慣らした私もこの暑さにはほとほと嫌気がさす。

 

 しかもそれに追い打ちをかけるように蝉の忌々しい鳴き声がこの不快な環境とアンサンブルを奏でそれはそれは不快な環境を作り出す。

 

「さ、さすがに暑いな……」

 

 山道を歩きながら一人ごちる。我慢できないレベルではないが不快なことには違いない。

 

 しかも私はジャケットを羽織っているのだ。シャツの下にインサイドホルスター等を装備すればなんとか薄着になることもできなくないが不安を感じてしまうのは職業病というやつなのだろう。

 

「あ、臼井さんおはよー」

 

 教室には既に何名かのクラスメイトが登校していた。ポニーテールと中学生にしては発育のいい身体が特徴の矢田が私にあいさつする。が、暑いのかぐったりしている。

 

「うげ、臼井さん暑くないの?」

 

 相変わらずフル装備の私を見て矢田は露骨に嫌そうな顔をした。確かに私の服装は暑苦しいことこの上ないだろう。

 

 とは言え装備を隠し持つにはこのような厚着が一番だ。バックパックの中に武器を隠す方法もあるがそれでは緊急時の初動に遅れが生じる。

 

「まあ暑いか暑くないかで言えば暑いが我慢できないレベルではないな」

「えぇ~、ナイフ叩き折った時といい臼井さん本当に何者なの……」

 

 傭兵です。それも通り名が付くレベルの。と言うわけにはいかないしな。こういう時秘密があると不便に感じる。

 

 肌が弱いと言い訳してもいいがそれだと日焼けした肌と矛盾する。どうしたものか、ここは適当に冗談でも言っておくか。

 

「ただの中学生だ。矢田と同じね」

「私はいくら鍛えてもナイフを叩き折ることは出来ないと思うな~」

 

 ナイフ折りは皆の間で半ば伝説のようになっている。ナイフ折りの臼井と呼ばれるのも時間の問題かもしれないな。

 

「はよー、ていうかあっつ」

 

 暑さに顔を歪めた中村が登校してくる。額には汗が浮かび本当に苦しそうだ。確かに日光がダイレクトに入ってくる蒸し風呂状態といっても間違いない。

 

「あ、莉桜おはよう。今日ほんと暑いよねー」

「マジで暑すぎっしょ。てか、臼井さんまだジャケット着てるんだ……」

 

 そんなに気になるのか。確かにこの格好で出歩くと浮くな。不自然に思われないためにも薄着にするべきかもしれない。

 

「そんなに不味いか?」

「うん、はっきり言って見てるだけで暑苦しい。もしかして肌弱かったりするの?」

「いや、そうではない。暗殺者として武器はできるだけ多く隠し持つべきだろうと判断したまでだ」

 

 ここは実際に見せた方が早い。ジャケットのボタンを外し捲る。エアガンのホルスター、マガジンポーチ、手榴弾、ナイフ、フラッシュライト等。後ろに隠した実銃を見せないように注意を払いつつ二人に見せる。

 

「え、マジ……臼井さんいつもそんな沢山持ち歩いてるの」

「なんか隠してるんだろうなーとは思ってたけどこれは予想以上だった……」

「当然だ。より良い装備で臨むのは実戦の基本だからな」

 

 本当なら校舎にも武器を設置したかったのだが、先生達に具申したところ満場一致で却下となった。でもよくよく考えたら私が普段から持ち歩けばいいだけでわざわざ危険を冒してまで学校に武器を置く必要はなかった。

 

「ねえ、臼井さん」

「なんだ矢田」

 

 私の装備を見た矢田が優し気に話しかけた。

 

「私達戦争するわけじゃないんだよ?そりゃ私達殺せんせーを暗殺しなくちゃいけないけど、もう少し肩の力抜いてもいいんじゃないかな?」

「私も同感かなー。気合入れるのはいいけど入れっぱなしだといざって時疲れちゃうわよ」

 

 普通の女子中学生というものが分からない私にとって彼女達のような存在は貴重な情報源だ。彼女達が言うのならきっとそういうことなのだろう。

 

「うーむ、そういうものなのか」

「そういうものなの!」

 

 そういうものらしい。ここは彼女達を見習って少し肩の力を抜いてもいいかもしれない。腰のデューティベルトを外しバックパックの中に突っ込む。一瞬実銃が見えるが本物だと思う人間はここにはいないだろう。

 

 腰から装備を外すと自分が如何に重い物を巻き付けていたかを実感する。ジャケットを脱ぎシャツの腕を捲る。ネクタイを緩めボタンを外す。まるで鎧を脱ぎ捨てた後のような解放感が私を包んだ。

 

「やはりこっちのほうが涼しいな」

「そうそうそんな感じ……あれ?」

 

 矢田の視線が私の腕に注がれている。中村も同じように私の腕を見ている。私も二人につられて腕を見る。そこには以前ナイフで縦にばっさりと斬られた傷跡が残っている。他にも目を凝らせば銃弾の掠った跡も見えることだろう。

 

「もしかしてこの傷のことか?」

「う、うん……ど、どうしたのそれ?」

 

 妙に心配そうに訊ねられる。あ、そう言えばここでは普通こんな傷つかないのか。常識のズレはすぐにはどうしようもないな。

 

「昔ナイフで斬られたんだ。後遺症はないので問題ない」

「な、ナイフって臼井さん本当に何者なの……」

「ただの中学生さ。何も変わらないよ」

 

 ただし後ろに兼傭兵がつくがな。私が薄着になった後、しばらくの間、クラスメイトが妙に優しくなったのはどうでもいいことである。

 

 

 

 

 

 授業が始まると当然人が増える。人が増えれば暑く感じる。クーラーもないこの教室はさぞ堪えるようで皆暑さに参っていた。外と違い風も吹いてこないので余計に暑く感じるのだ。扇風機すら置いてないのが悲惨だ。アフリカですら扇風機くらいは置いてあるぞ。

 

「臼井さんは平気なの?」

 

 いつもすまし顔の赤羽もこれには参っているようで表情こそ笑顔だが明らかに苦しそうだった。流石にこれは仕方ない、これいつか死人が出るんじゃないか?

 

「ああ、この程度ならどうということはない。だいたい君たちは文明の利器に頼りすぎなんだ。だからこの程度で音を上げてしまう。私のように身体を鍛えればこの程度の暑さなら跳ね除けられる」

「でも祥子さんいつも帰ると部屋のクーラーの室温設定を限界まで下げていますよね?」

「…………」

 

 背後からの襲撃にハンマーで殴られたかのような衝撃を感じる。律、何故そこでばらす。突然の裏切りに私の兵士としての本能が警鐘を鳴らす。いや、こんなところで鳴らすなよ、もったいないだろ。

 

「初めてクーラーをつけた時の祥子さんとても楽しそうにはしゃいでたんですよ!すごく可愛かったです」

「もう止めてくれ……」

 

 生まれて初めてクーラーをつけてみたら思いの外テンションが上がってしまい、吹き出し口に手を当てようと飛び跳ねたなんて絶対にしてない。絶対にだ。赤羽の悪魔のような笑みを見ないために私は机に突っ伏す。猛烈に恥ずかしい。

 

「律、それよかったら動画で送ってくれない?」

「はい!高解像度のHD画質でしっかり録画しま「やめろぉ!!」

 

 突然叫んだ私に皆が一斉に振り向く。やってしまった。何とか誤魔化そうと思ったがそもそも律の周辺に座っている原や菅谷、奥田には聞かれていたらしく何とも微笑ましいものを見るような目で私を見てくる。

 

「そ、そんな目で私を見るなぁ……」

「はは、臼井さんもすっかりここに染まったよねー」

 

 私も自覚はしているんだ。どう考えても精神が幼くなっている。これじゃあ歴戦の傭兵(笑)だよ。朱に交わればなんとやらである。

 

 気を取り直して授業に集中する。しかし、当の殺せんせーが既に暑さでドロドロになっていた。一応それでも授業をやろうとしているが皆の様子を鑑みるにとてもじゃないが授業にならないと思われる。

 

「でも今日プール開きだよね!体育の時間が待ち遠しい~」

「て言ってもよ、プールは本校舎にしかないんだぜ。俺らは炎天下の山道を歩かなくちゃならねぇ」

 

 倉橋の言葉に木村が反論する。確かにこの炎天下の中をわざわざプールに入るためだけに歩くのは厳しいものがあるだろう。それにしてもプールか、一年と二年はいつも適当に言い訳して休んでいたな。

 

 あんな無防備な恰好で水の中に入るなんて自殺行為としか考えていなかった。今でもそう思っている節があるが、矢田に言われた通り少しくらい肩の力を抜いてもいいだろう。命を狙われているわけでもないんだから。

 

「仕方ない、全員水着に着替えてついてきなさい。そばの裏山に小さな沢があったでしょう。そこに涼みにいきます」

 

 あまりの暑さに先生も無理と判断したのか外に出るように皆を促す。何故沢如きで水着に着替えるのかは判断しかねるが、何か考えがあるのだろう。先生の言葉に従い水着に着替えるために移動を開始する。外ではセミのうるさい鳴き声が鳴り響いていた。

 

 

 

 

 

 水着に着替え殺せんせーの後についていく。旧校舎までの山道とは違い本格的に山の中と言った風景だ。アンブッシュにはうってつけの地形といえる。適切なカモフラージュを施せば文字通り消えることが可能だろう。

 

「渚君この前の暗殺すごかったらしいじゃん。みときゃよかったなー」

「ほんとだよ、カルマ君面倒そうな授業だとすぐにサボるんだから」

 

 後ろの会話に先日の光景を思いだす。あれは確かに凄かった。が、殺せんせーに通用するかと言えば正直微妙なところである。私が思うに殺せんせーを殺すにはスタンドプレーでは不可能だ。必要なのはまるで一つの生命体のようなチームワーク。

 

「それに臼井さんも大暴れしたんでしょ?」

 

 彼の話をする以上私に話しかけてくるのは必然と言えた。歩く速度を緩め三人に並ぶ。あの時の鷹岡の慌てっぷりは見ものだったな。

 

「私なんて精々脅かしてナイフを叩き折っただけさ」

「な、ナイフ叩き折るのは精々じゃないと思うんだけど……」

 

 あんなものは所詮梃子の原理を応用した小技に過ぎない。誰にでもできるとは言わないが鍛えれば決して不可能ではない。

 

「そうか?あんな安物じゃ精々こけおどしにしかならん。あいつもどうせならカーボンスチールのフルタングナイフにすればよかったのに。それなら折り曲げるだけですんだ」

「そ、それでも折り曲げられるんだ……」

 

 渚が絶句している。そんなにおかしなことだろうか。いや、当然か。ナイフを折り曲げるなんて発想はナイフに身近に触れていないと思い浮かぶものではない。

 

「臼井さんって実は男だったりしないよね」

「生物学上は女だ。私自身生まれる性別を間違えたと思うこともあるけどね」

 

 男だったらもっと強くなれたと思う。ナイフなんて回し蹴りで折れたはずだしメンタルももう少し強かったはずだ。とは言え今更どうこうできるものでもないので自分のできる範囲で己を高めていくだけだ。

 

「確かに祥子すっごい筋肉ついてるもんね。腹筋割れてたし」

 

 着替え途中に皆に触られたのは思い出したくない。皆もそれなりに筋肉がついてきているが流石に本職の私ほどではない。いつもは武器を隠すためトイレや人のいないところで着替えていたため珍しかったのだろう。

 

「腹筋は誰でも割れているぞ。脂肪で見えないだけだ。体脂肪率を減らせば自ずと割れてくる」

「へぇ、そうなんだ」

 

 そんな他愛のない話をしていると先頭にいた殺せんせーが立ち止まった。ここが例の沢なのだろうか。いや、違う。微かに聞こえる水の流れる落ちる音。これはそれなりに深さのある水たまりに落ちる音だ。いや、そんなまさかな。一瞬だけ過った考えを否定する。

 

「マッハ20の先生でもできないことがあります。例えば皆さんをプールに連れて行くこと。それには一日かかってしまいます」

「そんな大げさな……本校舎なんて歩いて20分……」

 

 でも、私の鼓膜にははっきりと水の音が聞こえる。いや、そんな馬鹿な。

 

「おや、誰が本校舎に行くと?」

 

 磯貝の言葉を遮り殺せんせーが不敵に言った。まさか本当に?先ほど否定した考えが再び頭に浮かび上がる。そんなはずはないと思っていた。だが……皆も水の音に気が付いたようで一斉に駆けだす。そして茂みをかき分ける。

 

「「「「ッ!?」」」」

 

 茂みをかき分けた先にあったのは紛れもないプールだった。飛び込み台、出入りするための梯子、レーン、プールとして機能が全て備わっている。

 

「何せ小さな沢だったので水が溜まるまでに丸一日かかりました」

 

 なるほど沢をダムの要領で塞き止めたのか。まさか個人でプールを作るとは、改めて担任の規格外っぷりを認識する。皆を見れば今にも飛び込みそうな様子だ。確かにこれは心が躍る。

 

「制作に一日、移動に一分、あとは一秒あれば飛び込めます」

 

 その声にまってましたと言わんばかりに飛び込む。皆楽しそうで何よりだ。私も行こうかと思ったがこの状態で飛び込むのは些か無防備すぎる気がする。まずは周囲の偵察から……

 

「さっちゃんも早く入ろうよー」

「え、ちょ、きゃっ!」

 

 倉橋のステルスエントリーによりジャージのまま水に落ちる。冷たい水の感覚に火照った身体が急速に冷やされる。ジャージがずぶ濡れだ。慌てて脱ぎプールサイドに投げつける。

 

「臼井さん、今きゃって言ったよな……」

「ナイフ叩き折ったのと同一人物だとは思えねえ」

 

 杉野と何故かカメラを持った岡島がぼやいた。今日に限って何故こうも醜態を晒す破目になるのだ。誰か私に恨みでもあるのか。恥ずかしいったらありゃしない。

 

「よくもやってくれたな陽菜乃!」

 

 全力で水面を殴りつける。私の腕力にかかればそれだけで水中で爆弾を起爆させたかのような水しぶきがあがる。

 

「さ、さっちゃん!?うわっ!?」

 

 水の壁に襲われる陽菜乃に溜飲を下げる。ふん、いい気味だな。そう思ったのも束の間。陽菜乃に同じ要領で水をかけられる。こ、これは冷たい。しばらく二人で水かけ合戦が続いた。猛烈に自分らしくないがこれも一興。戦士の休息というやつだ。

 

「陽菜ちゃん、臼井さーん、一緒にビーチボールで遊ぼうよ!」

「いいよー!さっちゃんも一緒にしよ?」

 

 陽菜乃に引っ張られ矢田と速水の下に向かう。二手に分かれて適当にボールを打ち合う。

 

「さっちゃんおねがい!」

「まかせろ!」

 

 倉橋の取り損ねたボールを打つために飛び上がる。水しぶきを上げて飛び上がる。まるでイルカだな。

 

「水の中からそんなジャンプする人初めて見た!」

「イルカか」

 

 速水も私と同じことを考えていたようだ。こうしてしばらく四人でボールを打ち合う。何のルールも勝ち負けもないのに何故だかとっても気分が高揚する。こんな気持ちになったのは生まれて初めてだ。

 

「あ、臼井さん凄い笑ってる!」

「へぇ、そんな顔もできるんだね」

 

 笑顔?思わず顔に手をやる。確かに口角が吊り上がっている。きっとこれが楽しいってことなんだろう。私はこんな当たり前のことすら知らなかったのか。改めて自分の見てきた世界の狭さを実感する。

 

「陽菜乃」

「どしたの?さっちゃん」

 

 見え方は同じなはずなのに何故だか世界がとても色づいて見える。私は今生きている。今まで痛み以外で生を実感したことなんてなかったのに。万感の思いを込めて言う。

 

「生きるって、楽しいんだな」

 

 泣きたいような笑いたいような、何とも言えない気持ちに襲われる。私にとってここでの生活は劇薬にも等しいのだろう。たった数ヶ月の生活が今までの硝煙に汚れた生活を凌駕しようとしている。

 

「そうだよ!生きるって楽しいんだよ!だからもっと沢山楽しいことしよ?」

「……そうだな」

 

 一つのことに拘りすぎるな。以前レッドアイが言った言葉をふと思い出した。私は本当に何も知らなかったんだ。いずれ兵士には戻るつもりだ。でも、もっと知ろう。もっと遊ぼう。もっと楽しもう。もっと生きてみよう。戦いに戻るのはそれからだ。

 

 冷たい水の中私は新たに思いを新たにした。

 

 




用語解説

インサイドホルスター
ズボンと服の間に挟むことができるホルスター。一見すると銃をズボンに突っ込んでるように見える。
21/75 



メニュー

お気に入り

しおり

▲ページ最上部へ
Xで読了報告
この作品に感想を書く
この作品を評価する