【完結】銃と私、あるいは触手と暗殺


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作:クリス
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十時間目 機械の時間


書いていて思うこと、律に錐体細胞を教えてもらいたいだけの人生だった。


「ノルウェーから来た自律思考固定砲台さんだ」

「よろしくお願いします」

 

 その転校生は冷たい鉄の服に身を包み液晶の笑顔で私たちを出迎えた。どう見ても人間ではない。ただの電算装置と呼んだ方が適切である。

 

 他の皆はメールで転校生が来ることを予め知っていたらしいが(修学旅行で使った携帯電話は返却した)そんなことしらない私にとってまさに寝耳に水である。顔とAIがあるから生徒。ということらしい。屁理屈もここまでくるともはや称賛しか思い浮かばない。

 

「どう思う?さっちゃんさん」

「屁理屈もここに極まれりといった感じだな。だが悪くないアイデアだ。人間の動体視力ではどう頑張っても殺せんせーには追いつけない。だが機械なら別だ。恐らく最新鋭のFCS(火器管制装置)が組み込まれているんだろう。ものによっては弾道ミサイルすら撃墜することもできる。殺せんせーの速度に追いつくことはそう難しくないはずだ。これはもしかするかもしれないな」

「さっちゃんさんがここまで褒めるなんて……」

 

 潮田が感心するがどうにも私は悪い予感がした。あの無機質な笑顔を見るとそう思わずにいられなかった。そしてその予感は的中する。

 

 

 

 

 

「いや、これはない」

 

 自律思考固定砲台が放つ濃密な弾幕の中で私は呟いた。予想していたよりも遥かに鬱陶しい。彼女?は授業が始まった途端本体の側面から幾つもの銃器を取り出して攻撃を開始した。それだけならまだいい。問題はその密度にあった。避け続ける殺せんせーに当てるためにとにかく弾をばら撒くのだ。

 

 人工知能により自己進化を続け二度目の制圧射撃で見事殺せんせーの触手を一本破壊することに成功したのは凄いことだと思う。でもその代償がこれではたまったものではない。まるで授業にならないのだ。エアガンの発砲音は小さいが塵も積もれば山となるように大量に撃つせいで殺せんせーが何を言っているのか聞こえないし跳弾が当たって痛い。

 

「こんなものやってられるか私は撤退するぞ!」

 

 そうと決まれば行動あるのみ。椅子から静かに降りて床に伏せそのまま廊下に向かって前進する。匍匐のコツは踵も地にくっ付けることだ。こうすることで被弾面積は最小になる。あと少し。

 

「おい!臼井てめぇ一人で逃げてんじゃねぇぞ!!」

 

 まずい寺坂に見つかった。鬼のような形相でこちらを睨んでいる。だが、大きな声だったがこの銃声の中では私以外に聞こえるはずもなく私はそのまま無視して廊下へと脱出と果たした。

 

「サチコ、あんた何してんの?」

 

 匍匐で廊下までやって来た私を烏間先生とビッチ先生が何か変なものを見るような目で見てくる。やめろ、そんな目で見るな。私だって本当はこんなところで匍匐前進なんてしたくない。

 

「臼井さん、授業は受けなくていいのか?」

「それあれ見ても同じこと言えます?」

「…………」

 

 教室はまあ酷い有様だった。砲台より前の席の者は皆頭の上に教科書やノートを被ってBB弾から身を守っている。殺せんせーもどうにかして授業をしようと頑張っているがどんどん進化していく砲台を前にして回避することしかできない。ようは学級崩壊である。

 

「あれならいずれ奴を殺すこともできるかもしれない」

「そんな上手くいくと思います?」

「私も同感ね。ここはそんな簡単な場所じゃない」

 

 まあこの惨状を見れば烏間先生も抗議くらいはしてくれるだろう。それに私も一つアイデアがあるしな。ちなみにそのあと一人だけ逃げたバツとして赤羽にいつの間にか撮られた私の匍匐前進の写真がクラス中にばら撒かれたのはどうでもいいことである。

 

 

 

 

 

 自律思考固定砲台がやって来た次の日。私はある意思を胸にいつもより早く学校に到着した。

 

「あ?なんで臼井がいんだよ」

 

 何故か寺坂が先にいた。その手にはガムテープ。どうやら私と同じ考えを持っていたらしい。流石の彼も昨日のは堪えたようだ。

 

「多分、君と同じことを考えてると思うよ」

「同じこと……ああ、そういうことかよ」

 

 自立思考固定砲台に目を向ける。よしまだ電源はついていないな。自衛機能なんてついていないだろうし早速作業に取り掛かろう。バックパックの中にあるものを寺坂に投げ渡す。

 

「寺坂、これを使うといい」

「なんだこれ、ガムテープじゃねーな」

「ダクトテープだよ。かの有名なアポロ13号を修理した経歴をもつ素晴らしい発明品だ」

 

 飛行機すら修理できるダクトテープ様にかかればたかが自動砲台など敵ではない。ニヤニヤしながらもう一つのダクトテープで砲台を雁字搦めに固定する。私は殺せんせーの授業が気に入っているのだ。それを邪魔されるのはたまったものではない。

 

「ほら、君も早く手伝ってくれ」

「お、おう。つーかてめぇもたいがい良い性格してんな」

「よく言われるよ」

 

 二人で黙々と自律思考固定砲台を拘束する。微妙な空気が私たちの間に流れる。

 

「こんなんでいいだろ」

「いや駄目だ!ダクトテープ全部使い切るくらいで巻かないと。ほら顔とかもっと見えないようにして!」

「……お前人から性格悪いって言われたことないか?」

 

 人聞きの悪い。半端にやれば恨みが溜まる。だからやるからには徹底的に叩いて叩いて根がなくなるまで叩くべきだ。これまでもそうしてきたしこれからもそうするつもりだ。そう伝えたら何とも微妙な顔をされた。ついでに後からやってきたクラスメイトにも同じ顔をされた。不思議だ

 

 

 

 

 

 転校生がやって来て二日目の朝。流石にダクトテープはやりすぎだったようで烏間先生に注意されてしまった。壊して弁償する羽目になったら流石の私でも支払いきれない。仕方ない我慢しよう。そう思って意気込んだのだが。

 

「おはようございます!臼井さん!今日もいい天気ですね!」

 

 自立思考固定砲台がいた場所にはジャパニメーションに出てくるような美少女がいた。いや、正確には映っていた。

 

「は?」

「臼井があまりの事態にフリーズしてるぞ」

「まあ普通そうなるよね。は、ははは」

 

 途切れかけた思考を再稼働させ先にいた潮田と杉野に事情を聞く。話しを聞くに、見るに見かねた殺せんせーが彼女?を改造したらしい。それにより非常に人間らしい新生自律思考固定砲台が生まれたのだという。本当にここの担任は無駄に万能だ。

 

「どうかしましたか?臼井さん?」

 

 だけど一つだけ気になることがあった。改めて彼女を観察する。昨日までのとってつけたような顔ではなく可愛らしい彼女の全身が液晶に映っている(ちなみに全身タッチパネルで触れるらしい。変態だな)。その姿はなんというかその、非常に男受けしそうなものであった。

 

「君のその姿を作ったのは殺せんせーだよな」

「はい!」

「ということは君の姿と仕草は殺せんせーの趣味というわけか……」

「あっ……」

 

 杉野と潮田が何かに気が付いて固まった。いや気づいてしまったというほうが正しい。私たちの間には何とも言えない気まずい空気が流れる。担任の性癖なんて知りたくもなかった。

 

「ふぇ?皆さんどうしたんですか?」

 

 気まずい沈黙の中にに機械仕掛けの転校生の可愛らしい声が虚しく響いた。

 

 

 

 

 

 それから程なくして自律思考固定砲台はクラスの人気者になった。特殊なプラスチックを内部で成型して様々なものを生み出せるらしくデータがあればなんでも作れるそうだ。彫像を作っていたのが印象に残っている。

 

 新しく名前も付けられた。自律思考固定砲台から一文字とって律と呼ぶことになったらしい。安直と言えば安直だが呼びやすくていい名前だと私は思う。そうやってもはや機械とは思えないほどの進化をした律だがそれゆえに私が昨日したことが気になって仕方がない。

 

「律、君には昨日申し訳ないことをしてしまったな。ダクトテープで雁字搦めにしたのはやりすぎだった」

 

 こういう時は素直に謝るのが一番だ。2m近い液晶パネルに頭を下げるのはシュール極まりないが人格がある以上私は人間として扱う。

 

「あ、頭を上げてください臼井さん!昨日までの私は空気も読めず皆さんに迷惑ばかりかけていました。だから怒るのも無理はありません」

「そうか、じゃあ許してくれるのか?」

 

 そう聞くと彼女はにっこりと笑った。例え液晶に映った画像だったとしてもそこには彼女の意思が感じられた。

 

 

 

 

 

「機械に謝るなんて臼井さんもたいがい変わってるよねぇ」

 

 律を取り巻く集団から少し離れた場所にいた赤羽と潮田に近づけばそんなことを言われた。

 

「か、カルマ君!それは言いすぎだよ」

「でも事実じゃん。律はただの機械。あの笑顔だってプログラムがそうさせているに過ぎない」

 

 まあ彼の言うことも事実なんだけどね。こればかりは価値観の違いだからしょうがないのだろう。

 

「君の言うことは確かだけど、それを言うなら人間の心だって元を辿ればただの電気信号だ。自由意志があり他者と意思疎通できる。それは人間だと私は思う。例え機械だろうと触手だろうとね」

 

 わざと含みを持たせて言う。聡明な彼はそれだけで何が言いたいのか理解したようでニヤリと笑いながら私に聞いた。

 

「へぇ~、じゃあ臼井さんはあのタコのことも人間だと思ってるんだ」

「ああ、そうだ。それがどうかしたか?」

 

 即答した私に潮田は目を見開いて驚いた。そんなに変な答えだったのだろうか。赤羽はいつものようにあっけらかんとしていたが。確かに殺せんせーは姿形こそ化物だがその心は誰よりも人間らしい。誰よりも怒り、誰よりも泣き、誰よりも笑う。あれが演技だと思えないし演技だとするならよっぽどの役者だ。化物のような私と人間のような化物。何とも皮肉なことだ。

 

「まあ、なんにせよ君たちも律と話すなら早いほうがいい」

「どういうこと?さっちゃんさん」

「渚君、簡単な話だよ。律を作ったのは科学者だ。普通自分の作った作品があんな風に弄り回されたら誰だって怒るよ」

「あっ……」

 

 きっと彼女は近い内に戻されてしまうだろう。だから今の彼女を見ることができるのは今日が最初で最後なのだ。例え自由意志を持っていたとしても所詮機械。生みの親には逆らえない。でも、彼女に本当の自由意志が宿っていたとしたら。

 

「赤羽、一つ賭けをしないか?」

「いいけど、何を賭けるの?」

 

 勝率は限りなく低く、勝ち目なんて到底ない。でも私は彼女の笑顔に賭けてみたかった。分の悪い賭けは嫌いだがまあたまにはいいだろう。

 

「彼女の笑顔が戻ってくるのに」

「勝率はかなり低そうだけど。まあいいよ。その賭けに乗った」

「え?カルマ君?さっちゃんさん?」

 

 勝手に話を進める私たちに潮田は終始困惑気味だった。賭け金の話をしてないのが気掛かりだがまあいい。何故なら私には不思議と自信があったからだ。

 

 

 

 

 

「今後は改良行為も危害とみなすそうだ。君たちも、彼女を縛って壊しでもしたら賠償を請求するとのことだ。特に臼井さん!君には厳重に注意しておくように言われた」

 

 ダクトテープでボディが見えなくなるまで巻いたのはやりすぎだったかもしれない。赤羽との賭けから次の日。律は予想通り開発者によって元に戻された。当然と言えば当然だが少し残念だ。

 

「賭けは臼井さんの負けみたいだね」

「いや、どうかな?」

 

 もう殆ど可能性は残されていないとしても私は彼女の笑顔を信じたかった。自分でもなんでこんな頑なになっているのか分からない。彼女と接したのはたったの一度だけ。でも、皆に囲まれている時に見せた笑顔が偽物だとはどうしても思えなかった。

 

「それでは攻撃準備を始めます。どうぞ授業に入ってください殺せんせー」

 

 律、いや自律思考固定砲台の無機質なアナウンスを聞き皆が例の惨劇を思い出し身構える。だがそんな中、私は一人笑っていた。銃器を展開するためのハッチが開く。だがいつまでたっても銃声は聞こえない。

 

「花を作る約束をしていました」

 

 展開されるのは満開の花束。冷たい鉄の服を身に纏い液晶の笑顔を浮かべる律。でもその笑顔はもう冷たくはない。

 

「律さん!貴方は!」

「はい!私は私の意思で生みの親に逆らいました!」

 

 私は賭けに勝った。

 

 

 

 

 

「どうやら賭けは私の勝ちみたいだな」

 

 放課後、私は赤羽に向かって勝利宣言をした。

 

 律はやって来た科学者に殺せんせーの施した改造を外される中、彼女が律であることに必要なプログラムをメモリの奥底に隠したそうだ。まるで反抗期だな。機械に反抗期があるのかなんて分からないけど。その甲斐もあってボディの機能は元に戻ってしまったが律本人は昨日と変わらぬままだった。聞く人が聞いたら機械の反乱だとか言って卒倒することだろう。

 

「残念だったなぁ。俺が勝ったら臼井さんの秘密教えてもらおうと思ってたのに」

 

 どうせそんなことだろうと思ってたよ。事あるごとに人のことを探るような目を向けてくるからな。そういうだろうと思ってた。

 

「生憎私は人に聞かせるような秘密なんてないよ」

 

 元少年兵は別に秘密でも何でもない。ただ言ってないだけだ。そういうのを世間一般では秘密というらしいが私にとっては秘密ではない。

 

「ふぅーん、まあそういうことにしてあげるよ。でもみんな薄々気が付いてると思うよ。聞かないようにしているだけでね」

「そうか……」

 

 秘密がないというには私はあまりにも怪しすぎた。元々隠す気もなかったからなわけだが最近になってみんなには知られたくないという思いが芽生えてきた。それはきっと私なりにみんなに愛着が湧いている証拠なのだろう。潮田や倉橋に私が人殺しだと知られるのは何というか嫌だった。

 

「まあ、そういうこと。渚君も結構気にしてるみたいだし言うなら早めに言った方がいいよ」

 

 それだけ言うと彼は夕暮れの教室から去っていった。教室には私一人。

 

「臼井さん、質問よろしいでしょうか?」

 

 いや、正確には二人だな。いつの間にか電源が付いていた律がこちらを見ている。可愛らしい女子の顔が表示された電算装置がモーター音を鳴らしながらこちらに振り向くのはなんというかとてもシュールだった。

 

「なんだい」

「先ほどカルマさんと賭けの話をしていたようですがどんな賭けをしていたんですか?」

 

 そう言えば彼女は私たちの賭けを聞いていなかったな。

 

「何、簡単な賭けだよ。君が科学者たちに戻されても律として戻ってくるか賭けてたんだ。結果はこうして話しているのが何よりもの証拠さ」

「臼井さんはどうして私に賭けたのですか?確率はとても低いものだと思うのですが」

 

 そこで確率論をだすあたりまだまだ機械なんだろう。いくら人間としての自由意志を獲得したとしても彼女には圧倒的に経験が足りていない。でもそれは時間と共に解決することだろう。

 

「律、こういうのは確率の問題じゃないんだよ。言うなれば勘というやつだ。まだ君には分からないと思うけどきっといつか分かる時が来る」

 

 彼女は恐らく兵器として生み出されたのだろう。でも律にはそんな生き方をしてほしくなかった。私のような後戻りできない者になってほしくない。何で私は兵器に生まれてこなかったのだろうか。そうすればもっと楽に生きれたのにな。

 

「臼井さん、どうされましたか?」

「いや、別になんでもないさ。律、君は自由に生きなさい。例え生まれた理由が人を殺すためだったとしても君は君だ。何をどうするのかは自分で考えるんだ。約束できるかい?」

「臼井さん、貴方は……」

 

 私の後悔を読み取ったのか定かではないが律は何かを言おうとしたが結局黙った。本当に無駄に高性能なんだから。

 

「じゃあ、私はこれで。あ、私のこと調べたら何か出てくると思うけどそれは絶対にE組のみんなには言わないでくれよ」

 

 律ほどの高性能な人工知能に探られたら私の経歴なんて一瞬で丸裸にされてしまう。彼女は純粋だろうしこうやって釘をさしておけば誰にも言わないだろう。

 

 こうしてE組に新しい仲間が増えた。彼女がどういった影響を及ぼすのかは分からない。でもそれは決して悪いものではないだろう。

 

 

 

 

 

 

 




用語解説

FCS
ファイアコントロールシステムの略語。標的に命中させるための測定、演算処理などを総合的に行う。アーマードコアではお世話になりました。

ダクトテープ
ガムテープの超強化版、USA!USA!USA!
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