四宮総司は変えたい   作:もう何も辛くない

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四宮総司は止まらない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真っ直ぐに言葉を向けられて、想いを寄せられて、嬉しかった。その気持ちは決して嘘じゃない。本当に…こんな俺を、こんなにも魅力的で、優しい女の子が好きでいてくれて、嬉しかったんだ。

 

 だけど、嬉しかったからこそ思う。

 

 千花は俺を優しい人だって言ってくれたけど、どうしても俺は俺を許す事が出来ない。

 

 ()()()()は、藤原千花の隣に居てはいけない。

 

「ごめん。俺は、千花の気持ちに寄り添う事はできない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でねっ!でねっ!?大きな風船がパーンって割れて!中から小さな風船がワーッなって!すっごくすっごく綺麗だったのっ!」

 

「…」

 

「凄く嬉しくて…頭の中がか───ってなっちゃって…」

 

「それで…どうなったんですか?」

 

「うん、それでねっ」

 

 奉心祭は最後の最後にアクシデントがあったものの、むしろそれが奉心祭のラストを綺麗に彩り、生徒達の心に確かな思い出を残して終了した。

 

 総司はその後、赤木が運転するリムジンでかぐや、早坂と別邸へと戻り、制服から着替えて今へと至る。

 

 かぐやが話しているのは、火矢を射てからその後の事。白銀と出会う事が出来てから、何があったかをそれは楽しそうに、嬉しそうに話していた。

 その話を早坂が興味深そうに耳を傾ける一方、総司は今、無の境地にいた。

 

 ─────何だって妹の生々しい恋愛話を聞かなきゃならんのだ。

 

 いや、正確にはまだ生々しいとまではいっていないのだが─────この話の流れから、それからどうなったのか、その結末を総司は察していた。

 早坂も薄々勘付いているようで、僅かに頬を紅潮させながら、真剣に耳を傾けていた。だが総司は─────一刻も早くここから離れたかった。

 

 先程、総司が内心で思った事もそうだが、今日、総司はとある女の子を()()()ばかり。可愛い妹の朗報を一緒に喜んでやりたい気持ちはあるのだが、正直今のかぐやの話は総司にとって毒だ。

 

 しかし、そんな総司でも、次のかぐやの言葉には意識を向けざるを得なかった。

 

「会長が…スタンフォード大学を私に受けろって…。一緒にアメリカに来いって言うのよ」

 

「─────」

 

「─────!!?」

 

 無理だ。

 咄嗟に突いて出そうになったその言葉を、総司は今は呑み込んだ。

 

 何故なら、それはかぐや自身が一番分かっている事だろうから─────

 

「思わずOKしちゃって!」

 

「…」

 

「思わずキッスしちゃって!」

 

「……」

 

 ─────本当に分かってんのか、この女。

 

 総司は今のかぐやを見て、心配になった。しかも、現実的に考えれば分かりそうなものを、早坂もかぐやの雰囲気に当てられているいるのか、キスはどうだったのか、なんて質問している始末。

 

 ─────もう駄目だこいつら、今はほっとこう。

 

 総司は一先ず諦めた。

 というより、かぐやも早坂も話に夢中で、総司の存在が目に入っていない様子。…今、部屋を抜け出してもバレないのでは?

 

 総司は気配を消した。近くに段ボールがないのが残念だが、気分は某デイ〇ッド(本名)なあいつ。

 

 物音を立てず、総司は二人に気付かれず、部屋を抜け出し自室へと足を向ける。

 

 危なかった。総司自身、かぐやを()()()()()()()()()()()()()、溺愛している自覚はある。だが、だからといって誰が妹の初キスの詳細なんて知りたいものか。

 これでも、()()()()()()()()()、割と精神的にダメージが入っている。あのままでは白銀に殺意を抱きそうだった。

 

 なお、この総司の選択は大正解だったと言っていいだろう。

 

 何しろ、かぐやは初めてのキスで、ディープな方のキスを盛大にやらかしていたのだから。

 総司は知らぬ事が、総司が部屋を去ってからかぐやはその事を話し、早坂に叱られている。

 

 もし総司がその話を聞いていたなら─────精神を壊していただろう。

 

「ふぅ─────」

 

 自室へ戻り、大きく息を吐きながらベッドへと倒れ込む。

 

 二日間で募りに募った疲労と、先程まで聞いていた妹の恋愛話を聞いていた事による精神的ダメージ。

 

 そして、大切な人を傷つけてしまった、感じる事さえ許されない強い悔恨。

 

「…」

 

 こんな所をもし、雁庵に見られたら叱責ものだろう。ただ、そんな事を気にする余裕はない。二日間の奉心祭だけでなく、普段の生活による疲労も相まって、総司は限界だった。

 

 眠りに落ちる総司。次に目を覚ます時には朝になっているだろう。そして、その時になって、着替えもせず眠るという今の選択を後悔するのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文化祭が終わり、機材の片付けも終えた秀知院学園はいつもの日常へと戻っていく。

 

 朝早く学校へと来た生徒達は、六限の授業を熟し、帰る或いは部活がある者は練習へ。

 

 生徒会も同じく、また穏やかで、騒がしくて、楽しい日常へと戻る─────筈だった。

 

「…」

 

 生徒会室には今、三人の生徒がいた。白銀、石上、そして千花である。しかし、室内は物音が殆どない、それこそ人の呼吸の音が聞こえてきそうな程に沈黙が流れていた。

 

 普段は話し声が絶えない生徒会。だからこそ、その沈黙には理由がある。

 

「藤原先輩は、一体どうしたんですか…?」

 

「分からん…」

 

「…」

 

 生徒会室に最初に来たのは白銀と石上の二人だった。偶然道中で合流した二人は、そのままの流れで生徒会室へと来て、先日の文化祭について話していた。

 

 千花が来たのは、二人が生徒会室に入ってから数分経った時である。

 普段しないノックなんてして、初め、二人は来客かと勘違いをした。

 「どうぞ」なんて言ったりして、入って来たのは千花である。

 

 が、千花の姿を見て白銀と石上は硬直した。

 いつもは底抜けに明るい千花が、出会ってからこれまでで見た事がない、暗い雰囲気を漂わせて来たのだから。

 か細い声で白銀、石上と挨拶を交わした千花はソファへと座り、それから一言も発さない。

 

 それにしても、二人には千花がここまで暗くなる理由が分からなかった。文化祭最終日、キャンプファイヤーで千花が何をしていたのかを知らないのだから、当然だが。

 

(くそ…。今日は四宮とキッチリ話し合いをするつもりだったが、これは─────)

 

 今日、白銀はかぐやとある話し合いをするつもりでいた。その内容とは、これまた文化祭最終日の夜、かぐやと交わしたキスについて。そして、今、自身とかぐやの関係性についてだ。

 

 白銀はあの夜、言葉には出さずともかぐやに気持ちを伝えた。そして、かぐやはその気持ちを受け取った。その筈だ。

 その後、二人はキスをして─────こんなの、言葉に出さずとも互いがどう想い合っているのかなんてハッキリしている。

 

 しかし、繰り返すが、実際に()()()()()()()()()()()のだ。

 白銀はかぐやに好きだとは言っていないし、かぐやも白銀に好きだとは言っていない。勿論、付き合ってとも言っていない。

 

 つまり、キスはすれど告白をした訳ではない。これでは、自分達が現在、どういう関係性なのかが分からない。

 

(これは恋人と言っていい…いやだが、ここで距離感を間違えれば…!)

 

 かぐやに「お可愛いこと」なんて、軽蔑の笑みと共に言われてしまうに違いない。と、白銀は思っている。

 

 とにかく、それを避けるためにも、何より今のハッキリしないかぐやとの関係性を確かにするためにも、白銀はかぐやとの話し合いを望んでいた。

 

 の、だが…千花の現在の状態である。

 

 かぐやと話をしたい。しかし、千花のこの状態を放って置きたくもない。

 千花に対する態度が雑になる時はあるが、白銀は千花を大切な友人だと思っているのだから。

 

「会長…。もしかして藤原先輩、総司先輩と何かあったんじゃ…?」

 

「…むしろ、それしか藤原がこうなる理由が想像つかん」

 

 確かな理由は分からない。分からないが、想像なら出来る。

 二人は、文化祭二日目に千花が誰と何をしていたのかを知っているのだから。

 

「喧嘩ですかね…?」

 

「それなら藤原はこうなるんじゃなく、怒りそうなものだがな…」

 

 千花の耳に入らないよう、声を潜めながら話す。

 その光景を思い浮かべるのは難しいが、考えられる可能性としては喧嘩というのがまず浮かぶ。

 しかし千花の性格上、本当に喧嘩をしたのなら、凹むというよりはむしろ怒って感情が昂っていそうだというのが白銀の率直な印象である。

 

「石上、お前から聞いてみてくれよ」

 

「いや、ムリでしょ。今の藤原先輩に話し掛けるなんて、地雷だらけの地面の上でタップダンス踊るようなもんですよ」

 

 酷いと白銀は思った。それと同時に、その表現に訂正を入れる事が出来ない自分を、的を射ていると感じている自分を恥じた。

 

 結局、何があったのか尋ねる事も出来ずに時間だけが過ぎていく。ただ、白銀と石上が各々仕事を進める音だけが鳴り響く生徒会。

 

(…こんな静かな生徒会は久し振りだな)

 

 意外にも、そんな空間を白銀は不快には感じていなかった。むしろ、どこか懐かしさすら覚えていた。

 

 まだ白銀が生徒会長になりたての頃。まだ、今みたいに生徒会メンバーが親しくなく、かぐやともまだコミュニケーションが成り立たなかった頃は、毎日がこんな感じだった。

 といっても、千花がやって来るまでの間、という条件付きだが。

 

(四宮との事もそうだが…、まずは藤原書記のケアだな。四宮との事はその後で良い)

 

 自分の事を後回しにする。度が過ぎれば話は変わるが、そうでなければそれは美点となる。白銀が生徒会長として支持を集められたのは、その美点があってこそ。

 

(藤原書記と総司の間に何かあったのは間違いない。その何かが分かれば、話をする事ができるんだが─────)

 

 そうして、千花のケアをすべく考えを巡らせる白銀だったが、まず千花がああなった原因が分からない現状では何も思い付かない。

 

 それならば、まずはその原因を探る。問題はその方法だが、手っ取り早いのは当人に尋ねる事だ。

 千花に聞くのは愚策だ。先程石上が言ったように、それは最早地雷を踏みに行くようなもの。

 

 しかし、当人は千花の他にもう一人いる。

 

()()()聞く。答えてくれれば良いんだが)

 

 方針は決まった。それでも、総司が答えてくれるか否か、という問題が残るが、そこは考えていても仕方ない。行動に移さなければ、何も始まらないのだから。

 

(それなら早速─────)

 

 総司にメッセージを送ろうと、白銀がスマホを取り出したその時だった。

 

 生徒会室の扉が開き、そこから一人、かぐやが部屋へ入って来たのは。

 

「おう、四宮か。…?」

 

 生徒会室に入って来たかぐやが、てってってっ、と軽い足音を立てながら白銀の前までやって来る。

 

 そんなかぐやの様子を見て、白銀は首を傾げた。

 

「なんか…今日、雰囲気違くね?」

 

「言われてみれば…いつもより印象幼いですね」

 

「なぁ、藤原書記。どう思う?」

 

 石上の言う通り、今日のかぐやの雰囲気は普段と比べて幼い。

 かぐやの背丈、顔立ちから考えても絶対にそんな事はあり得ないのだが、どうしても()()()()()()()()()ようにしか見えない。

 

 白銀がかぐやと交流を持つようになってから一年と少し、こんな事は初めてだった。だから、白銀は自分よりもかぐやとの付き合いが長い、千花に尋ねてみる。

 

「…かぐやちゃん」

 

「かぐや、ちゃん?」

 

 無言で顔を上げ、かぐやの方を見た千花が細い声でかぐやを呼んだ。

 ただ、普段はさん付けで呼んでいた筈なのに、なぜか今はちゃん付でかぐやを呼んでいる。

 

「かぐやさんは、その日その日の精神状態で性格が変わる人です。かぐやちゃんはハッピー六割、現実逃避四割、それでいて睡眠不足という条件全てを満たしている時にしか出会えない…レア…かぐや、なんです…ぐすっ」

 

「レアかぐやって…。いや、それよりも、大丈夫なのか…?」

 

「すみません…。今、かぐやさんというか…四宮を見れなくて…───うえええええええええぇん!!!」

 

 千花は白銀の問いに答え、現在のかぐやの状態を詳細に教えてくれた。それでも、話してくれた内容の半分も理解できたか怪しい所だが。

 

 だがそれよりも、白銀も石上も、話す内に目に涙を溜める千花の事が気になりだし、代表して白銀が気遣った直後、遂に決壊した。

 

「四宮を見れないって何ですか…」

 

「四宮の顔を見てると総司を思い出すんじゃないか…?とりあえず、総司と何かあったのは確定だな…」

 

 盛大な泣きっぷりに、どう触れていいのか戸惑う白銀と石上。

 

 しかし、ここには現在、良い意味で空気が読めない()()()がいる。

 

「だいじょぶ?」

 

「かぐやちゃん…?」

 

「いいこいいこ」

 

 トコトコと号泣する千花に歩み寄り、優しく頭を撫でるかぐや。

 そんなかぐやの顔を見て、千花は更に目に涙を溜めて─────

 

「うわぁぁあああああああん!!かぐやちゃぁぁあああああああん!!」

 

 かぐやを抱き締め、再び泣き始めた。

 

 千花に抱きしめられたかぐやは、一瞬()()()になるが、すぐに幼い笑顔を浮かべて千花の頭を撫でる。

 

「ホント、何があったんですかね…?」

 

「分からん。…ここまで号泣するとなると、想像もつくがな」

 

「え?」

 

「決まった訳じゃない。それを確かめるためにも、総司に聞くとしよう」

 

 視線を泣き続ける千花から、取り出したスマホの画面へと落とし、総司へとメッセージを送る。

 

 素直に総司が答えてくれればいいが、と薄い期待を込めて、白銀は総司からの返信を待つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は生徒会を手伝わず、授業が終えた総司は真っ直ぐ家へと帰ってきていた。

 帰った総司がする事は、当然、当主から降りてくる仕事である。

 

 送られてきた四宮傘下の企業の業績が記された資料に目を通しながら、更にその企業が行ってきた経営についてが纏められた資料も一緒に目を通す。

 前者は雁庵から送られ来たものだが、後者は総司個人で調べ上げたもの。これら二つを見比べながら、矛盾がないかを確かめる。もし矛盾が見つかれば、徹底的に調べ上げ、仮にその矛盾が後ろめたいものであるのなら─────総司が何をするかは想像するに難くないだろう。

 

「?」

 

 仕事モードの総司の集中力は計り知れない。誰かが扉をノックしても気付かない事も多く、もし反応がなければ勝手に入ってきていいと、総司自身からこの屋敷に住む者達に許可を出す程である。

 そんな総司でも、流石に部屋の中でスマホの音が鳴れば気付く。

 

 誰かからメッセージが来たとすぐに悟った総司は、軽く腰を右、左と回してからデスクの端に置かれたスマホを手に取る。

 

 もし、仕事についてのメッセージだったらすぐに確認、返信をしなければ。

 そう考えながらアプリを開いた総司の目に入ったのは、白銀からの一件のメッセージだった。

 

『藤原書記の様子がおかしい。何かあったか知らないか?』

 

 その簡潔な文章を見て、総司は小さく笑みを零す。

 

 知らないか、と尋ねてはいるが、恐らく白銀はもう何があったかを読んでいる。この問い掛けは、ただの確認だ。

 

 どうせ知られているのなら隠す事は出来ないし─────隠すつもりもない。

 

『千花に告白された』

 

『それでフった』

 

 総司もまた簡潔にメッセージを送ってから、スマホをスリープモードにして再び集中を仕事へと戻す。

 

 今年も、もうすぐ終わる。それまでに、ある程度片付けておかなければ、正月実家に帰ってから当主に何を言われるか分かったものではない。

 ただでさえ、時代錯誤な長男と戯けな次男に毎年ストレスを掛けられているんだ。正月の父親との会話くらい、普通にしたいという情緒はまだ、総司には残っていた。

 

 平穏な年末年始、その為にも、今の総司は止まらない。

 

「─────」

 

 何度も、何度も、何度も何度も、脳裏に、大切な少女の泣き顔が過ったとしても、止まる事は許されないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




原作は勿論、他の二次小説の中でも、ここまで曇る千花ちゃんはここだけじゃないんだろうか…?

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