姉妹喧嘩
1月25日に
【俺は星間国家の悪徳領主! 8巻】
が発売となります。
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バンフィールド家の本星にあるカジノにて、支配人である男が緊張した様子で身なりを気にかけていた。
引き連れるのは屈強な警備員たちであり、彼らも緊張から顔が強張っている。
その内の一人が支配人に尋ねる。
「本当によろしいのですか、支配人?」
支配人は逃げ出したいという気持ちに負けないよう、自分を奮い立たせて返事をする。
本当は自分だって逃げ出したいくらいなのに。
「当たり前だ。私はこのカジノの支配人だ。誰であろうと毅然と応対するのが使命だよ」
支配人たちが向かうのは、スロット台が並ぶ場所だった。
支配人たちが来ると、客たちが何事かと驚いた様子を見せる。
カジノは金銭を賭ける場所であり、勝敗に興奮した客を相手にすることも多い。
時には無礼な客が暴力を振るってくることもある。
そうした場合、カジノの屈強な警備員たちが取り押さえてきた。
そんな彼らが緊張して挑む相手というのが――。
「あぁぁぁ!! また吸われたぁぁぁ!! 返してくれ! 今度こそ妻にお仕置きされてしまうじゃないかぁぁぁ!!」
――絶叫しながら台を平手でバンバンと叩いている安士だった。
一見すると着物姿の冴えない男にしか見えないのだが、相手はバンフィールド家の当主であるリアムの剣術指南役だった男だ。
帝国の剣聖たちを屠ってきた一閃流の師範である。
一惑星のカジノの支配人や警備員たちでは相手にならないだろう。
また、リアムが安士を尊敬している。
安士に喧嘩を売るというのは、リアムに喧嘩を売るのと同じだった。
支配人たちが緊張するのも仕方がない。
それでも、支配人は笑みを浮かべて安士に応対する。
「お客様、それ以上台を叩かれては壊れてしまいますよ」
「え!?」
支配人たちに気付いた安士が一瞬だけ驚くも、すぐに姿勢を正して腕を組む。
そうした姿は武人らしく――見えなくもない。
安士がわざとらしい咳払いをした。
「おほんっ! これは失礼した。しかし、この台の設定はおかしくないだろうか?」
大負けした安士は、台の設定に納得いかないようだ。
支配人が困ってしまう。
「誓ってやましいことなどしておりません。これも運でございます」
普段なら裏に連れて行くなり、カジノから追い出している場面だ。
しかし、相手が安士とあれば話が違う。
何しろ安士は、カジノにとって上客だった。
普段から遊んでくれる上に、所持している金額も大きい。
更には、一般平均よりも何故か大きく負け込むため、カジノにとっては他よりも利益をもたらしてくれる客だった。
それらを差し引いても、あまり相手にしたくない相手である。
本来なら来てほしくないのだが、断ればリアムを激怒させかねない。
支配人も細心の注意を払っていた。
それでも安士はごねる。
「だが、これはいくら何でも酷くないか? ここは支配人の懐の大きさを見せてほしいのだが」
少しでもいいからお金が戻ってきてほしそうな安士に、警備員の一人が端末を操作した。
空中にスクリーンが出現すると、そこには妻である【ニナ】の顔が表示された。
黒髪ロングに眼鏡をかけた知的な女性は、微笑みを浮かべているが目が笑っていなかった。
安士の顔が青ざめる。
「ひえっ!?」
『ヤス君、カジノの人に迷惑をかけたら駄目じゃない。それよりも、今日は安幸が家にいるから遊んであげて、って言ったわよね? どうしてカジノにいるのかしらねぇ~』
「いや、それはほら、安幸も大きくなったことだし――」
『私は遊んであげて、って言ったわよね? ――ね?』
「――はい」
安士が弱々しい声で納得すると、通話が切られてしまった。
項垂れる安士に、支配人が袋に入ったお土産を手渡す。
中にあるのは高級お菓子だった。
「安士様、本日もご来店誠にありがとうございました」
支配人が深々と頭を下げると、警備員一同も一斉に頭を下げる。
「ありがとうございました!」
支配人たちの圧に屈した安士は、トボトボとカジノを出るのだった。
◇
安士の屋敷では、風華と安幸の姿があった。
「凜鳳の奴、今頃何をしているのやら」
庭に出て木刀を振り回している風華だが、その動きは演舞のようだった。
安幸は、その流れるように動き続ける姿に見惚れている。
クラウスのもとで騎士として育てられているため、その動きが剣士として一流であることまでは見抜けていた。
「風華姉さん踊っているように見えますね」
風華にとっては暇潰しに汗を流しているだけだったが、安幸が感心していると気付くと見栄を張りたくなった。
「もっと凄い技も見せてやろうか?」
「いいの!」
安幸が目に見えて喜ぶのだが――風華は嫌な気配を感じて、木刀を放り投げると近くに置いていた自分の刀を手に取る。
素早く安幸の側に駆け寄って、臨戦態勢に入った。
「風華姉さん?」
「誰かいる。安幸も気を付けろよ」
風華が周囲を警戒していると、クスクスと笑い声が聞こえてきた。
屋根の上に視線を向けると、そこには刀を担いだ凜鳳の姿があった。
鞘を捨てており、風華は違和感を覚える。
「凜鳳、お前は何を――」
姉妹として育ってきた凜鳳がまとっている雰囲気に、風華は息を呑んだ。
神速の居合いが一閃流の基本であるのに、鞘を捨てたその姿は違和感しかない。
それ以上に、凜鳳が放つ強者のオーラが風華を圧倒していた。
凜鳳が屋根から飛び降りて、地面に着地をする。
だが、両足と左手を地面について、体を低くした構えは獣のように見えた。
「踊りの練習なんて随分とのんきだね。僕より弱いお前は、もっと鍛えた方がいいんじゃないの?」
普段と同じ煽るような台詞だが、凜鳳が放っているのは殺気だった。
風華が目を見開くと、そのまま一閃を放つ。
「くっ」
空中で一閃同士がぶつかり、弾けた。
魔力を宿した一閃同士のぶつかりは、火花を散らしているようだった。
屋敷の庭に火花が降り注ぐのだが、その火花の中には黒い光が混ざっていた。
風華は凜鳳を睨み付ける。
「その雰囲気――ファラバルとかいう人外と同じじゃねーか!!」
かつてリアムが滅ぼした魔王を名乗るファラバルと、今の凜鳳は同じ気配を放っていた。
一閃流とは、本来は人外から弱き人々を守る剣術だ。
人外と同じ――負のエネルギーを宿しているのは矛盾していた。
凜鳳が口を三日月のように広げて笑い出す。
「強くなれるなら、人から堕ちたっていい――僕は最強の剣士になるんだから」
凜鳳の一閃が激しさを増していく。
対応するため一閃を放つ風華だったが、徐々に押し込まれていく。
「お前はそこまで堕ちたのかよ!」
風華が凜鳳に向かって叫んだ。
姉妹にそちら側に行ってほしくないという悲痛な叫び声は、凜鳳も気付いていたのだろう。
だが、凜鳳の表情が消えた。
「――お前たちの背中を見ていろと言いたいの? 自分たちだけ先に進んで、置いて行かれた僕の気持ちがお前なんかに理解できるものか」
その瞬間、凜鳳の一閃が鋭さを増していく。
一撃の威力も増して、風華の一閃が次々に力負けをして吹き飛ばされていた。
一閃を放ちながら、凜鳳は地面を蹴って風華へと肉薄する。
近付かれた風華が刀を抜いた。
「お前を連れ戻してやるよ!」
凜鳳が言う。
「やれるものならやってみるといいよ」
そのまま二人の周囲には一閃が放たれ、屋敷の庭が破壊されていく。
刀を抜いた二人が斬り合うと激しく火花が散った。
風華の背後でその様子を見ていた安幸は、怖くて動けなかった。
「二人とも止めて! 凜鳳姉さん!!」
安幸が声をかけるも、凜鳳には届いていなかった。
凜鳳の振り下ろした一撃が、二刀で受け止める風華を地面に押し倒す。
「どうしたの? 僕を連れ戻すとか偉そうに言っていたわりに、何も出来ないじゃないか。やっぱりお前は僕より下だね」
地面に仰向けになった風華を見下ろし、凜鳳は勝ち誇っていた。
そんな凜鳳の頬に――風華の一閃が掠める。
僅かな傷を与え、少しだけ血が滲んでいた。
風華がニヤリと笑った。
「調子に乗るから痛い目を見るんだぜ」
風華が凜鳳を蹴り飛ばすと、素早く立ち上がって二刀を構えた。
凜鳳は自分の頬に手を触れてから、血で汚れた手の平を見る。
その姿を見た風華の背中に悪寒が走った。
凜鳳の視線は手の平から、風華へと向けられた。
「――殺す」
これまで何度も聞いた台詞だが、今回は殺意が込められていた。
風華が咄嗟に防御の構えを取るのだが、僅かに遅かったのか体中が斬り刻まれる。
かろうじて急所は守ったのだが、手足からは血が噴き出した。
返り血を浴びた凜鳳は笑みを浮かべている。
変わり果てた凜鳳の姿を、風華は絶望した顔で見ていた。
「て、てめぇ――」
地面に倒れ込む風華は、何とか立ち上がろうとするも――凜鳳に頭を踏みつけられてしまう。
凜鳳は低く冷たい声で言いながら、刀を風華に振り下ろそうとしていた。
「バイバイ」
光の消えた瞳で、姉妹として育った風華を殺そうと――その時だ。
「もう止めてよ!」
飛び出した安幸が、風華を守るように覆い被さった。
その姿を見た凜鳳の瞳に、僅かに光が戻る。
「やす――ゆき?」
「凜鳳姉さんはやり過ぎだよ。ここまですることないだろ!」
強い口調で否定された凜鳳は、首を横に振っていた。
安幸に睨まれるのが耐えられなかったのだろう。
「違う。これは剣士として――ぼ、僕は――」
心の中に迷いがあったようだ。
安幸の言葉はまだ届いていた。
だが、人の気配を感じた凜鳳は振り返った。
「ただいま~って!? 何故に庭が荒れている!? これ、絶対に俺が妻に叱られるやつじゃないか!!」
屋敷にも安士が戻ってきた。
凜鳳は目に見えて狼狽えていた。
「し、師匠――くっ!?」
凜鳳は今の姿を安士に見られたくなかったのか、屋敷の塀を跳び越えて逃げ出してしまう。
安士が安幸と風華に駆けつけると、傷だらけの様子に驚いていた。
「おい、何があった、安幸!? それに風華は誰にやられた!?」
風華は何も言えなかった。
凜鳳が剣士として堕ちてしまったことも、そして自分が負けてしまったことも。
ただ、安幸は違う。
「凜鳳姉ちゃんを止めて。でないと、大変なことになるから」
安幸は、安士に凜鳳を止めてほしいと頼むのだった。
頼まれた安士は唖然とする。
「――へ?」
◇
風華を倒した凜鳳は、当てもなくさまよっていた。
そうしていると騒ぎが聞こえてくる。
「あそこから兄弟子の気配がする」
何かあるのか? 僅かに気になったので様子を見に行くと、そこではリアムがエドワードを殴り飛ばしていた。
その様子を見ていた凜鳳からすれば、一閃流の剣士としてエドワードは落第だった。
闇に堕ちた凜鳳ですら、師匠に一閃を放たない。
それなのに、リアムに一閃を放って逃げ回っている。
「あ~あ、これは破門だね。兄弟子なら処分するかな?」
ニヤニヤしながらその様子を見ていたが、凜鳳は気付いてしまう。
リアムが一閃を放たないことに。
そもそもエドワードなどリアムの敵ではない。
殺そうと思えばすぐに終わるのに、わざわざ拳で相手をしていた。
凜鳳にとって裏切られた気分だ。
「一閃流の剣士として理想だった兄弟子も、しょせんはただの親ってわけか。あ~あ、茶番を見せられた気分だよ」
すると、エレンまでも飛び出してくる。
可愛い弟子を守るためだろうが、凜鳳からすれば見ていられなかった。
更に――リアムがエドワードを罰することなく騒ぎを終えようとしているのが、もう見ていられなかった。
「温い。温すぎるよ、兄弟子」
我慢できなくなった凜鳳は、気付いたらリアムたちの前に歩み出ていた。
凜鳳が現われると、リアムたちは警戒を強める。
だが、凜鳳の視線はリアムに釘付けだった。
「一閃流に親子の情を持ち込むとか、兄弟子は随分と甘くなったよね」
ブライアン(´・ω・`)「働きを考えると全然プラスなのですが、安士殿を養っているのが辛いです」