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 フロイトの夢分析を例に出すまでもなく、古来より人の見る夢は神秘の対象とされてきました。
 今でも夢占いや夢診断などのワードで検索すれば多くのサイトがヒットしますが、そもそも曖昧な記憶の対象下にある夢を科学の手で解明することは困難なものとされてきました。
 しかし今回、ATR脳情報研究所・神経情報学研究所の神谷之康(かみたにゆきやす)室長らのグループが発表したのは、これまでの「脳情報デコーディング技術(後述)」を睡眠中のヒトの脳計測データに適用することで、睡眠中の夢に現れるオブジェクト情報を解読することに成功したというもの。

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「脳情報デコーディング技術」は、いわば視覚や外的な刺激によって得られた脳情報を可視化するために開発された技術。
 神谷室長のグループでは、これまでにも脳情報デコーディング技術の研究と開発を行ってきましたが、これまでの研究では夢に代表されるような“外部からの刺激”とは無関係に、脳が自発的に生み出すイメージの解読は行われてきませんでした。

(参考テキスト:感覚知覚世界の 可視化技術の研究開発[PDF])

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 今回発表された研究は、脳情報デコーディング技術を睡眠中のヒトの脳計測データに適用することで、非定形な夢報告文を主要な物体カテゴリーに変換するというもの。
 これにより、車や本など、一般的な物体の有無を脳活動パターンから予測する「パターン認識アルゴリズム」を構築。睡眠中の脳活動を解析することで、夢の内容を高い精度で解読することに成功しています。

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(実験の概要図)

 テストでは3人の被験者に脳波計をつけた状態でfMRI装置の中で眠ってもらうことで、脳活動の計測が行われました。
 脳波をモニターしながら睡眠状態の判定をリアルタイムに行い、夢見を示す脳波のパターンが生じたタイミングで被験者を眠りから起こし、直前まで見ていた夢の内容を報告させるという作業の繰り返しであったようです。
 その報告時間は平均で30秒、各被験者につきおよそ200回の夢報告が行われています。なかなか過酷な実験ですね....。

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 夢に現れた物体情報を解読するためのパターン認識アルゴリズム(デコーダ)はこのようにして構築されており、睡眠中の脳活動データが与えられることで、各物体のカテゴリーが示す「スコア」の値を出力します。

 今回の研究により、夢に現れる物体の情報を高い精度で解読できることが判明したわけですが、この方法は夢だけではなく、想像や幻覚などを解読することにも応用できるとのこと。
 将来的には、脳波で機械を操作するブレイン・マシン・インタフェースへの応用や、心理状態の可視化、精神疾患の診断など、広い分野での応用が期待されるとしています。

 もっとも、今回の研究で示されたのは約20種類に設定されたオブジェクトが夢の中に現れたことを、確率的に証明したというもの。夢を可視化するには一歩及んでいませんが、例えばこのような技術との応用が可能であるなら、その実現も遠いことではないのかも。
 脳内の可視化が一般化した近未来の医療現場では、電子カルテ片手にイタい脳内事情を担当医に指摘されることになってしまうのかもしれません。


 なお、今回の論文は Science 誌オンライン版に掲載されており、研究は国際電気通信基礎技術研究所(ATR)を中心に、奈良先端科学技術大学院大学、情報通信研究機構との共同で行われています。

(Via.ATR 脳情報通信総合研究所 / ATR [報道資料] / Surprising Science

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