面汚し
ナイトナンバースリーであるエレンの率いる艦隊が、侵攻を予定していた惑星に到着した。
だが、エレンたちが来る前に――その惑星は当主の地位を巡って争いが起きていた。
子爵の地位を巡って、子や親戚たちが骨肉の争いを起こしていた。
保有していた戦力が幾つにも分かれ、そして戦いあっている。
旗艦のブリッジにて、その様子を目にしたエレンは眉根を寄せた。
敵である自分たちが到着したというのに、警戒するどころかすり寄ってくる連中が多いためだ。
ブリッジには子爵家の関係者数名が、ホログラムにより投影されていた。
『提督、私は子爵家の嫡男です! どうか相続を認めてください。そうして頂ければ、我が子爵家はバンフィールド家に絶対の忠誠を誓います!』
『出来の悪い貴様が子爵? 笑わせてくれますね。提督、私は前子爵の妹であり、ずっと兄を補佐してきました。私こそ次の子爵に任じてください』
『いえ、この者たちではなく俺こそが!』
ホログラム同士、罵り合いながらもエレンの力を頼ろうとしていた。
何しろ子爵家の艦隊規模は、かき集めても一万前後。
エレンが率いてきたのは三万隻だ。
エレンを――バンフィールド家を味方に付けた方が、この戦いの勝利者となるのは明白だった。
エレンはすり寄る連中に告げる。
「私ではなく帝国に頼む案件ではありませんか?」
嫡男がそれを聞いて視線をさまよわせていた。
『い、いえ、今はバンフィールド公爵家こそが盟主でありますし』
征伐軍が敗北し、多数の星間国家に攻め込まれている帝国は身動きが取れない。
だから、自分たちはバンフィールド家を盟主と仰いで従うのだ、と。
生き残るためには仕方がないのだろう。
ただ、エレンはリアムの薫陶を受けた弟子である。
(この者たちは大事な場面で帝国に寝返るのでしょうね)
今はいいが、帝国が勢力を盛り返した時――子爵家はいくら恩を受けたとしても、バンフィールド家を裏切ると容易に想像できた。
(さて、それを承知の上で取り込むか、それとも滅ぼして吸収するべきか)
裏切る前庭で取り込めば、僅かな労力で勢力を拡大できる。
しかし、いつかは裏切る。
滅ぼしてしまえば、子爵家の領地を建て直すためにバンフィールド家の負担が増す。
どちらが最善なのか思案するエレンだったが、それよりも気になることがあった。
「――そもそも、子爵の地位が空席になった理由は何ですか?」
問い掛けると、罵り合っていた者たちが目を大きくして驚いていた。
前子爵の妹である女性が言う。
『ご冗談でしょう? 刺客を放ったのはバンフィールド家でしょうに』
その言葉にエレンは両眉を上げた。
そもそも、子爵家の対処はエレンに任されていた。
他の部署が先走ったのか? もしくは、慌ただしさにヒューマンエラーを起こしたか――いずれにせよ、何かがおかしい。
「どういう意味です?」
『一閃流の剣士が乗り込んできたのです。バンフィールド家が関わっていないなどと言うおつもりですか?』
そこからエレンの行動は早かった。
ホログラムに背を向けると、部下たちに命令を出す。
「本隊はこのまま待機。私は高速艦にて一時帰投し、師匠の指示を仰ぎます」
副司令官がギョッとした顔をする。
「提督!? このまま放置するおつもりですか?」
エレンはこの案件が、既にバンフィールド家の問題ではなくなったのを察していた。
「騎士としては駄目でしょうね。けれど、一閃流の剣士としてこの問題を見過ごせません」
既に目星は付いていた。
(皐月凜鳳……一閃流の面汚しが!)
◇
帰投したエレンが宇宙港に降り立つと、そこで待っていたのは信じられない報せだった。
「――師匠がエドに激怒している、ですって?」
報告を持ってきた騎士が、少し戸惑っている様子だった。
「はい。エレン様の耳に入れておくべき情報だと思いまして、こうして宇宙港でお待ちしておりました」
通信機を使用しなかったのは、バンフィールド家のお家事情を広めないためだろう。
エレンは騎士に礼を言うと駆け出した。
「感謝します! それでは私はこれで」
(エドが師匠を怒らせるなんて)
教育係の一人であるエレンにとっては、それは自分の罪でもあった。
(とにかく急いで合流しなければ)
◇
オフィス街に建てられた異質な建造物を前にしていた。
「娯楽施設って感じだな。実に楽しそうだが――この区画には似合わないと思わないか?」
随分と大きなビルを建てたものだ。
その中に幾つもの娯楽施設を詰め込んだのだろう。
だが、周囲はオフィス街だ。
俺が幼い頃、天城と一緒にあれこれ考えて配置した区画である。
思い出の場所と言ってもいいこの区画に、違法建造物を建てたのがエドワードと聞いて俺は怒りに震えていた。
黒塗りの乗り物から俺が降りてくると、入り口に待機していた黒服たちがやって来る。
「随分といい車に乗っているようだが、ここはお前のような身なりの奴が来る場所じゃないぜ。着替えて出直してくるんだな」
俺が誰だかも知らない奴らを門に配置したのか?
随分と質の悪い連中を侍らせているものだな。
しかも、俺が嫌いな連中ばかりだ。
前世で俺を虐げた柄の悪い連中を揃えやがって――あの馬鹿息子が!!
手を伸ばしてきた黒服の腕を掴み、そのままへし折ってやる。
「あがっ!? こ、こいつ俺の腕を折りやがった!!」
黒服がその場に座り込んで涙を流す姿を俺は見下ろした。
「気安く触るな」
黒服の仲間たちが、それぞれ隠し持っていた武器を手に取る。
そのタイミングで、空から装甲車に似た乗り物が次々に現われる。
武装した陸戦隊がロープもなしに降下して着地すると、持っていたアサルトライフルを黒服たちに向けた。
大佐の階級章を持つ兵士が俺に尋ねてくる。
「撃ちますか?」
ここで撃ち殺してもいいのだが、周囲の注目も集めていた。
オフィス街で働く連中が何事かと覗き見ていた。
「全員捕らえて尋問しろ。俺に武器を向けようとしたから、扱いは雑で構わない」
黒服たちは何が起きたのか理解していない様子だったが、それでもこの状況がまずいという自覚はあったらしい。
「俺たちにこんな事をしてタダで済むと思うなよ。俺たちにはエドワード様がっ!?」
エドの名前を出した黒服の頭を踏みつけてやった。
そして教えてやる。
「俺の顔を知らないのが命取りだったな。――俺はエドの父親だよ」
それだけ言えば、黒服たちも察したのだろう。
血の気が引いた顔をしていた。
すぐに命乞いをしようとするが、そこは陸戦隊が強引に連れ去っていく。
「た、助けて! 俺たちは命令されただけだ!」
「そうか。それはこれから詳しく聞いてやる。覚悟することだ。お前たちはこの惑星で一番偉い方を敵に回したのだからな」
玄関口で騒いだために、娯楽施設に訪れていた客たちがこちらを見ていた。
俺は部屋着のまま入り込むと、そこには若い連中が随分と着飾った姿をしているではないか。
ついでに、どいつもこいつも奇抜な恰好をしていた。
まるで仮装大会ではないか。
「最近の流行か? 俺の好みから随分とかけ離れたものだな」
仕事ばかりで領内の流行を気にかけていなかったため、奇抜なファッションが流行しているようだ。
そういえば、うちの領民たちはこういうことをする連中だった。
思い出すのは苦々しい記憶――竜巻ヘアーだ。
俺がロビーに入り込み、その後に陸戦隊が乗り込んでくると若い女が前に出た。
「ちょっと、野暮な恰好で乗り込んでこないでくれるかしら? ここは流行の最先端であるエドワードタワーなのよ!」
エドワードタワー!? 何だよ、その名前は!?
一人頬を引きつらせていると、陸戦隊の兵士が俺に耳打ちしてくる。
「政庁高官の令嬢のようです」
腰に手を当てて胸を張るその娘は、これまでワガママが許されてきたのか気が強かった。
「構うな。全員捕らえろ」
「はっ!」
俺の命令により陸戦隊がワガママ娘を床に押さえつけ、拘束する姿を見て周囲が批難してきた。
「止めろ! ここをどこだと思っているんだ!」
ここがどこか? だと。
「ここは本来オフィス街だ。遊びたいなら他に行け」
征伐軍を迎え撃つ前から、あちこち飛び回っていた。
領内で顔を出すのも久しぶりすぎて、俺の顔を忘れている連中が多いようだ。
「僕たちに命令するのか? いいか、僕たちは選ばれた側の人間だ。そして、ここの支配者は――」
俺はお前たちを選んでいないけどな。
そう思っていると、大階段から降りてくる奴がいた。
「そこまでにしておけ。――数ヶ月ぶりですか、父上?」
サングラスに毛皮のようなコートを着用したエドが、俺を見下ろしていた。
奇抜すぎる我が子の恰好に、俺の頬は引きつっていたよ。
「お前はそこまで馬鹿だったのか」
息子のファッションセンスに震えたね。
◇
父であるリアムを見下ろすエドワードは、現状を重く認識していなかった。
陸戦隊を伴って乗り込んでこようが、自分が前に出れば許してくれるのだろう、と。
一歩踏み出す毎に、スリッパがプピュウ、と間の抜けた音を出す。
屋敷では見かけないファッションに身を包み、リアムの前に立った。
リアムは何とも言えない表情をしていた。
「ここがオフィス街だと知っていたはずだよな? どうして娯楽施設を建てた?」
馬鹿でかいビルの中は、エドワードにとっては遊園地のような場所だ。
新しい玩具やゲームが常に入荷し、一日中誰かが訪れ遊べる。
こんな場所がほしいと思った。
だから用意したに過ぎない。
「近かったからに決まっているじゃないですか」
「――は?」
「オフィス街だけ遭って交通の便がいい。屋敷から近くて通いやすい。後は――他にも色々と都合が良かったので」
都合がいいのは、バンフィールド家を発展させるために必要な物を最優先で揃えられていたからだ。
そんな区画に娯楽施設を勝手に用意したエドワードは、事の重大性を正しく認識していなかった。
リアムが笑っていた。
「そうか。たったそれだけの理由でこんなものを用意したのか」
「はい、父上。よろしければ遊んで行ってくださいよ。きっと気に入ってくれると思いますよ」
これで今回の問題も片付くだろう――そんな風に思っていたエドワードの頬に、リアムの拳が打ち込まれた。
「この糞ガキがぁぁぁ!!」
「ふぶっ!?」
吹き飛んだエドワードは、壁にぶち当たって床に落下した。
一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
立ち上がろうとするエドワードの前に、これまで見たことのない顔をしたリアムが立っていた。
「――立て、馬鹿息子。俺の法を破ったお前を、今日からは子供として扱わない。自分の過ちは自分で償え」
ブライアン(´゜ω゜`ノ)ノ「つ、辛いです!! リアム様がエドワード様に手を上げて……いや、今回は怒られても仕方がありませんね」