剣士の才能
元日から大変な状況になっておりますが、皆様大丈夫でしょうか?
おめでとうという雰囲気でもありませんので、今年もよろしくお願いします、とだけ伝えさせて頂きます。
その日は雨が降っていた。
執務室の窓を見れば空には重苦しい厚い雲が見える。
「天気予報通りとは言え、こういう時だけは首都星暮らしを思い出すな」
雨が降る日は予定で決められていた首都星では、人間側が天候に合わせて行動する必要がなかった。
惑星を丸ごと包み込んで一つのコロニーとすれば、バンフィールド家の本星も同じ事が可能になる。
しかし、それをしようとは思わない。
「――まぁ、雨が降るのも一興か」
仕事に戻ろうとすると、机の上にホログラムが出現した。
映し出されたのはロゼッタだった。
興奮しているのか顔を赤くし、目も潤んでいた。
その顔を見て俺は、またか、と思いつつも話を聞いてやる。
「何があった?」
本来であれば、俺の仕事を中断させるなど余程の案件でもない限り許されない。
しかし、家族ともなると話が少し違ってくる。
特にロゼッタに関わる案件は、優先するように天城とブライアンからきつく言い渡されていた。
――俺はバンフィールド家の当主であり、この惑星で一番偉い男だ。
だからといって天城の提案を拒否できないし、ブライアンの話を無視すると後が面倒になるので渋々受け入れていた。
ロゼッタが鼻をすする。
『エドのことなの』
「またか」
呆れてため息を吐く俺に、ロゼッタは真剣であることを必死に訴えてくる。
『最近のエドは本当に目に余るわ』
「反抗期だろ」
あれこれ問題を起こしているらしいが、バンフィールド家の運営に致命的な問題が発生したわけでもない。
多少の問題には目をつむるように教育係たちにも言い渡していた。
それなのに、ロゼッタは心配で仕方がないらしい。
『この前も夜遅くまでその――あの――』
何やら言い難そうにしていたロゼッタは、話を進めるため話題を切り替える。
『とにかく! ダーリンから一度しっかり話をしてほしいの。あの子を愛していると言ってあげて』
どうやらロゼッタの思考は欧米系で、日頃から愛していると伝えるのが自然らしい。
前世持ちの俺は日本人の思考に引っ張られるため、愛していると伝えるのは気恥ずかしく感じてしまう。
「どうして俺が?」
『私が幾ら伝えても受け入れてくれないの。それに、今は二人目もいるから不安に感じているんじゃないかしら?』
ロゼッタが腹部を優しくなでていた。
二人目の出産も間近に迫っており、ロゼッタとしてはこの問題を早く解決したいらしい。
「まだ幼いのに相続問題に悩んでいるのか? いや、幼いと言っても数十年も経てば色々と考えておかしくないのか?」
エドワードは見た目こそ幼いが、それでも前世ならば立派な大人になっている年齢だ。
二人目が生まれれば、継承権争いが起きるという発想くらい持ってもおかしくない。
「安心しろ。跡取りにならなくても相応の領地を用意してやるから」
それならば独立するのに困らない支援を約束してやれば、愛しているという言葉だけでは埋まらない実利を感じ取ってくれるはず、と思った。
だが、ロゼッタが求めていたものとは違ったらしい。
『そういう意味じゃないのよ!』
「――え?」
ホログラムのロゼッタが呆れてため息を吐く姿を見ながら、俺は何を間違えてしまったのか考えるが答えが出なかった。
◇
寝室にいるロゼッタは、通信が終わると深いため息を吐いた。
「どうしてダーリンには伝わらないのかしら? 抱き締めて愛していると言ってあげれば、エドだって安心して落ち着くと思うのに」
自分の気持ちが一つも伝わらないと嘆くロゼッタの側には、リアムの命令で様子を見に来た天城の姿があった。
嘆いているロゼッタを見ている天城だが、その電子頭脳には幼い頃のリアムの映像や動画が再生されていた。
「旦那様は五歳でバンフィールド家の当主になられました。以降、ご両親と会うこともないまま成長されましたから」
「愛情の示し方を知らないと?」
ロゼッタに問われた天城は、数秒思考した後に答えを出す。
「旦那様は、今のエドワード様と比べると成熟されておりました。そうなるしかなかった、というべきでしょうか? それ故にエドワード様が何を求めているのかお気づきになれないのだと思います」
子供の頃からリアムは大人びていた。
そんなリアムに、今のエドワードの気持ちを推し量るのは難しいだろう、と。
ロゼッタは天城の話を悲しそうに聞いていた。
「ダーリンはエドを大人として見ているのね」
「その手前であると推測しております。ただ、このままではバンフィールド家にとっても問題となりますので、ブライアン殿と相談致します」
「お願いね、天城」
◇
「俺にどうしろと言うんだ? エドだってもうそれなりの年齢だろ? 見た目はともかく、数十年も生きていれば言葉より実利じゃないのか?」
ロゼッタとの会話後、仕事を終えた俺は外に出ていた。
傘、というべきだろうか?
ドローンに傘を付けた道具が、俺の頭上に浮かんで雨に濡れるのを防いでいた。
ついでに適度な照明付きだ。
気晴らしに外に出て新鮮な空気を吸って気持ちを切り替えよう――と思ったのだが、何を間違えたのかがわからない。
「まさか、本当に愛していると言うだけでいいのか? そんなの絶対に嘘だろ」
俺がエドワードだったら、きっと俺に愛していると言われても「急に何を言い出すんだこいつは?」と思うだろう。
悪党の俺に愛していると言われても嬉しくないはずだ。
だからこそ、実利を用意しているから心配するなと言ってあげようと思ったのに。
「この雨と同じように家族の問題はままならないものだな」
雨に濡れた大地と植物の匂いを感じる中庭で、俺は重苦しい空を見た。
現在の最大の問題は帝国との戦いだが、家庭内にも悩ましい問題が発生するとは思いもしなかった。
「そもそも、俺の中ではエドが跡継ぎで決定だったのに」
悪徳領主である俺は、優秀な後継者など求めてはいない。
俺が亡くなった後に領地がどうなろうと関係ないからだ。
むしろ、悪徳領主を目指すと言い出したエドには好感すら抱いている。
「二人目が生まれるだけでこの騒ぎか――これは、三人目は考えたくないな。側室を増やすのもどうかと思えてきた」
かつてはハーレムを築くと息巻いていた俺だが、色々と面倒になってきた。
「でも、ここでそれを言うとユリーシアが爆発しそうだな。あいつには重要な仕事を任せているし、ここで抜けられると痛い」
帝国の征伐軍が、俺の領地を荒らし回った。
その復興に多くの部下たちが忙殺されている。
ユリーシアもその一人だ。
あいつは有能だから、抜けられると割と面倒になる。
「いっそ人工知能の権限を増やしたいところだが――天城が反対するんだよな」
俺としてはもっと人工知能に権限を与えて頼りたいのだが、天城が抵抗するため現状維持を続けていた。
色々と悩んでいると、気配を感じたので視線を動かす。
そこにいたのは雨に濡れる凜鳳だった。
「そこで何をしている?」
端末を操作してドローン傘を一台用意して、凜鳳の方に差し向けた。
雨に濡れた凜鳳は笑みを浮かべているのだが、その表情は痛々しかった。
「兄弟子と会って話がしたかったんだ。通信だと味気ないからね」
「だからって濡れる必要はないだろ」
屋敷の人間に伝えれば、俺の方から出向いてやったのに何を考えているのか?
呆れた俺を前に、凜鳳は作り笑いを浮かべながら俯いた。
「兄弟子はもう気付いているよね? ――風華が次の段階に進んだって」
一閃流の剣士として、風華は次の領域に足を踏み込んだ。
俺からすれば片脚を踏み込んだだけに過ぎない。
しかし、いずれ俺に並ぶ実力を示したと思っている。
「あぁ、そうだな」
凜鳳は顔を上げた。
笑顔のままで、涙を流している。
「だったら教えてよ。――僕に――兄弟子や風華に追いつくことは出来るかな?」
凜鳳の声は震えていた。
俺は右手を握りしめ、一度だけ奥歯を噛みしめた。
――凜鳳に俺たちに並ぶ才能はない。
凜鳳は立派な一閃流の剣士ではあるが、俺たちの領域に達するような才能を持ち合わせていなかった。
その事実を突きつけるのが、俺は心苦しかった。
だが、同門――同じ師を持つ兄弟子として、凜鳳には伝えねばならない。
「お前はお前の一閃流を追い求めればいい。――人外の敵に関しては、俺と風華が受け持つから心配するな」
安二郎という一閃流の剣士が、俺たちとは違う一閃流を広めていた。
一閃流を名乗ってはいたが粗悪品であり、俺と風華のように人に仇為す化け物たちを相手にするような力量はなかった。
だから、凜鳳が正統派の一閃流を受け継いでいくのは問題ないはずだ。
「道場を開きたいなら俺に言え。可愛い妹弟子のお前には出来る限りの支援を――」
言い終わる前に凜鳳が叫ぶ。
「僕はこのまま終わりたくない! 僕は風華よりも強かったのに! いつもあいつを――守ってやったのに!! どうして僕だけ置いて行かれないといけないんだよぉ」
凜鳳がその場にうずくまって泣き始める。
駆け寄って凜鳳を抱き起こしてやる。
「お前の剣士としての才能は風華よりも上だ。それは保証してやる。だが、それだけじゃ足りないんだよ」
俺も慰める言葉が見つからなかった。
鍛えてどうにかなるのなら、凜鳳が血反吐を吐くまで鍛えてやろう。
技を習得するまで付き合ってやるつもりだってある。
しかし――それが無駄だと理解しているため、諦めさせるしかなかった。
「凜鳳、受け入れるのも強さだ」
顔を上げた凜鳳は、桜色の綺麗な瞳から光が消えていた。
「そんな強さならいらないよ。僕は兄弟子たちと同じ場所に立ちたい」
子供が駄々をこねるように、凜鳳は俺の服を握りしめて懇願してくる。
「もう兄弟子しか頼れないんだ。僕は――僕は――師匠にも見捨てられたんだ。だから、助けてよ」
叶えてやりたいのに、俺にはその術がなかった。
「――すまない」
絞り出すように出した俺の答えを聞いて、凜鳳は絶望した顔をしていた。
「ははっ――そっか。僕は兄弟子にも捨てられるのか」
「そうじゃない!」
凜鳳は立ち上がると、俺を振りほどいてフラフラと歩き出した。
「待つんだ、凜鳳! ――くっ」
呼び止めるも、凜鳳は無視して去って行く。
「俺だってお前に強くなってほしいよ。けど、どうにもならないんだよ」
ブライアン(´・ω・`)「新年早々に辛いことが起きてしまいましたが、皆様は大丈夫でしょうか? せめてリアム様たちの活躍で頼んで頂ければ幸いでございます」