剣神の子
今年も大変お世話になりました。
それでは良いお年を。
バンフィールド家の本星には安士の屋敷が存在した。
広い庭に大きな建物。
それらはバンフィールド伯爵であるリアムが用意させた。
立派な屋敷の主人であるはずの安士だが、ヨレヨレの着物姿で高価なソファーに座って項垂れていた。
「――はぁ、また負けた」
カジノで散々負けてしまった安士は、生気の感じられない顔をしていた。
そんな安士の前で上機嫌なのは、息子である安幸の相手をする【獅子神 風華】だった。
「いいか、安幸。姉ちゃんが剣術を教えてやるよ」
「は、はい!」
広いリビングにて、風華はショックソードで二刀流の構えをする。
ショックソードは訓練にも使用される道具で、刃に触れれば電気ショックを受ける。
威力を落とせばビリビリする程度なので、子供相手にも安心だ。
刀を自在に操る風華が、わざわざショックソードを持ち出しているのは万が一にも安幸を傷付けないためだろう。
そんな風華が安幸に聞かせるのは剣術についてだ。
「技だけじゃなくて心も研ぎ澄ませよ。力と技に頼っている内は半人前だからな。心も鍛えるともっと強くなれるぜ」
風華はファラバルという人外と遭遇し、一撃を入れてから剣士として一皮むけたようだ。
それを安幸も感じ取っていたらしい。
「風華姉ちゃんは、前よりも強くなった気がするよ」
可愛い弟分に褒められた風華がニッと笑う。
そしてショックソードを振るうと、間合いの外にあった果物が一瞬にて皮をむかれて人数分に切り分けられた。
テーブルの上に置かれた果物が四等分されると、その一つを風華が手に取って口の中に放り込んで咀嚼する。
「お前もそう思うか? だったら安幸も剣士として成長しているな。そう思わないか、師匠!」
急に話を振られた安士は、カジノで大金を喪失したこともあって気が抜けていた。
それでも弟子たちの前で取り繕おうと腕を組むが――やはり、大金を失ったことが気にかかって集中できない。
妻に何ていいわけをしようか? という悩みが大半を占めていた。
(今日ばかりは怒られるよな。説教だけで済めばいいが、絶対に手が出る。いや? もしかしたら包丁が出て来るか?)
妻に付けられた古傷がうずいた。
今日ばかりは危ないかもしれない――心配事を抱えながらも子供たちの相手をする。
「うむ。風華は成長したな。安幸も剣士として成長を感じる。二人ともそのままたゆまず精進を続けるのだぞ」
安士にとってはその場しのぎの台詞でしかなかったが、風華は満面の笑みを浮かべていた。
「おうよ!」
◇
親子と師弟が揃ったリビングの隅に、椅子に座っていた凜鳳がいた。
凜鳳の視線の先には風華がいる。
(僕があいつに負けるなんてあり得ない)
幼い頃から一緒に育ってきた二人だ。
実力的には自分が勝っているという自負を持っていたし、実際に強かった。
だが、ファラバルとの出会い以降、風華は何かを掴んだのか剣士として強さを増していた。
自分よりも一歩も二歩も先を行く存在になってしまった。
自分たちよりも一閃流の剣士として先を行くリアムに近付いて見せた。
(あり得ない。絶対にあり得ない。僕が風華に負けるなんて駄目だ。兄弟子に負けるのはいい。けど、風華にだけは――)
姉妹としての対抗心が凜鳳を焦らせていた。
そんな時、風華が目の前でテーブルの上に置かれた果物の入った籠を見た。
その中の一つが転がったかと思うと、テーブルの上に落ちた瞬間に綺麗に四等分にされた。
凜鳳から見ても実に見事な技に、目を丸くする。
驚いている間に、風華が安士に何か言っていた。
聞こえてくるのは安士の声だ。
「うむ。風華は成長したな。安幸も剣士として成長を感じる。二人ともそのままたゆまず精進を続けるのだぞ」
それは風華と安幸に向けた言葉であって、自分に向けられていなかった。
凜鳳が席を立つと、リビングにいた三人の視線が集まる。
しかし、凜鳳が気にしていたのは安士一人だった。
凜鳳に向けられた安士の悩ましいその顔が、自分の剣士としての価値を物語っているように見えた。
「し、師匠?」
凜鳳の声が震える。
(嫌だ。師匠にだけは見捨てられたくない。師匠に見捨てられたら僕は――)
安士は深いため息を吐いた後に、凜鳳に視線も向けず呟く。
「お前も頑張りなさい」
二人には精進しなさいと言ったのに、自分にかけた言葉は頑張れ、だった。
その差はただの言葉以上に、凜鳳の中で受け止められた。
「が、頑張れってそんな」
凜鳳の様子がおかしいと思ったのか、安幸が果物を持って近付く。
「凜鳳お姉ちゃんも食べよう」
そんな安幸の手を凜鳳は払いのけた。
ほとんど無意識だったが、自分が何をしたのか気付いて血の気が引く。
「ご、ごめ――」
「何してんだ、凜鳳!」
謝罪をしようとするよりも先に、風華が割り込んできた。
胸倉を掴み上げられた凜鳳は、自分を睨み付けてくる風華の顔を見ていると我慢の限界を迎えた。
至近距離から一閃を放つ。
それは風華の命を奪うような一閃だった。
しかし。
「危ないだろうが!」
ショックソードを持った風華に防がれてしまった。
凜鳳は目を丸くした。
(こうまで簡単に防がれるなんて)
命を奪う一撃ではあったが、風華ならば無傷とは言わないが防ぐと思っていた。
それが完全に防がれてショックだった。
飛び退いた風華は、ショックソードを放り投げる。
二人の間に剣呑な雰囲気が漂い始めると、慌てた安幸が安士に助けを求める。
着物を引っ張って、何とかして! と。
安士が小さくため息を吐いてから立ち上がった。
「外でやりなさい」
――師匠から許可が出た。
凜鳳は風華を外に誘う。
「だってさ。外に出て腕試しをしようか。どっちが上なのかハッキリさせようよ」
そんな凜鳳を風華は憐れんだ目で見ていた。
「お前はまだ気付かないのかよ」
その目が、凜鳳は許せなかった。
自分を下に見ている風華に苛立つ。
「もう僕に勝ったつもりでいるの? ――滑稽だね。ズタズタにして立場を理解させてやるよ」
◇
凜鳳と風華の戦いは呆気なく終わった。
外に出て互いが数十秒ほど向かい会うと、その後すぐに凜鳳が地面に倒れた。
一閃にて何度も斬られたようだが、致命傷は一つもない。
最初は凜鳳が避けたのか? と安幸は思っていた。
だが、凜鳳を見下ろす風華が口を開く。
「急所は外してあるから」
その言葉を聞いて、凜鳳が驚き――そして絶望し、その後に悔しさを滲ませた顔をしていた。
敗北するだけならまだしも、急所を外されて手加減されたとなれば凜鳳にとってはこの上ない屈辱だろう。
「僕を相手に手加減したっていうの? お前が? この僕に!?」
激高する凜鳳を前にして、風華は少し戸惑っていた。
だが、姉妹として腹も立ったのだろう。
「今の俺とお前が勝負になると思っていたのかよ?」
戦う前から結果はわかりきっていただろうに、と。
凜鳳が嗚咽を漏らす。
剣士として風華に負けたのが悔しかったのだろう。
安幸は、隣で腕組みをしている安士を見た。
「一瞬過ぎて何が何やら」
何が起きたのか安士に聞きたかったのだが、安幸の臨んだ答えは返ってこない。
「なるべくしてなった。それだけのこと。安幸、凜鳳に手当を。拙者は病院に連絡しておく」
「は、はい」
安幸は納得出来なかったが、今は応急処置が優先だ。
包帯などを取りに向かうため、屋敷へと戻る際に一度だけ凜鳳を振り返った。
そこには、安士が去って行く姿に涙をポロポロと流す凜鳳がいた。
◇
(何が何やらと言われても、俺はとっくの昔から理解不能だっての!)
屋敷に戻って病院に連絡した安士は、先程の二人の試合を見て身震いする。
(それにしても、昔は凜鳳の方が勝ち越していたのに、今は風華の方が強くなったのか? まぁ、俺にはその差なんて理解できないけどな)
二人揃って人外の剣士だ。
その優劣など安士には理解が及ばない領域の話であり、興味もなかった。
(それよりも、今日は絶対に怒られるよな――はぁ)
今は風華と凜鳳の話よりも、妻が帰ってくるのが怖くて仕方がない安士だった。
◇
落ち込む凜鳳の手当をする安幸に、風華が声をかける。
「――俺がいると面倒になると思うから今日は帰るよ」
「そうですね」
敗北したのが余程悔しかったのか、凜鳳は俯いて何も喋られない。
風華は気にかけているようだったが、今の凜鳳に何を言っても侮辱になると思ったのか帰ってしまった。
安幸もそれがいいと思った。
部屋に二人だけになると、安幸が凜鳳に話しかける。
「僕から見たら二人とも凄い剣士ですよ。だから、その――いえ、僕の慰めなんて必要ありませんね」
自分を可愛がってくれる姉を励まそうと思ったが、剣士としての凜鳳は自分より高見にいる存在だ。
かける言葉が見つからなかった。
凜鳳が顔を上げる。
「一閃流の剣士は強くなくてはならない」
「え? あ、はい」
急にどうしたのだろう? と安幸が首を傾げると、凜鳳は無表情のまま涙を流しはじめた。
「弱い僕なんて必要ない。だから師匠も、あの時に僕に背を向けたんだ」
「そんなことはありませんよ。お二人とも凄く強いじゃないですか。一度負けたからって――」
「その一度が問題なんだよ。風華と僕の間には、埋めようのない壁が出来たのさ」
戦って理解させられた。
風華が踏み込んだ領域は、凜鳳にとっては遠い場所だったことに。
敗北と同時に凜鳳は理解させられた。
「僕はあの領域には立てない。立てないんだよ、安幸」
「凜鳳姉ちゃんだってもっと鍛えればきっと追いつけますよ」
「――ははっ」
安幸の慰めを聞いて、凜鳳の瞳から光が消えた。
「師匠が安幸に一閃流を教えなかったはずだ」
「え?」
「僕と風華との格付けは終わったんだよ。それだけじゃない。僕は風華や――兄弟子の領域には踏み込めないのさ。――僕にはその才能がないってわかるんだよ。それは多分、師匠や兄弟子、風華だって気付いているはずだ。エレンだっていずれ気付くさ」
一閃流の剣士にしか理解できないだろう、と。
そのまま凜鳳は嗚咽を漏らす。
「僕は師匠に存在価値を示せなかった」
安幸は凜鳳にかける言葉が見つからず、ずっと側にいることしか出来なかった。
ブライアン(´;ω;`)「勘違いが辛いです」
ブライアン(。 ・ω・)ノ「それでは皆様、良いお年を」