悪徳領主の子
バンフィールド家の屋敷にて、ブライアンが使用人を引き連れて歩いていた。
気が急いて早歩きになっているが、周囲は何も言わない。
皆がどうしたものかと焦った顔をしていた。
ブライアンが目的の場所に到着すると、身だしなみを整えた。
そのドアには護衛の騎士が用意されていた。
「エドワード様、ブライアンでございます。お部屋に入る許可を頂けますかな?」
普段よりも強い口調でそう言うと、許可が出たのでドアが自動で開く。
部屋を見たブライアンは眉根を寄せ、後ろに控えていた使用人たちが困惑していた。
そこはエドワードの寝室の一つであり、大きなベッドが用意されていた。
ただ、眠っているのはエドワード一人ではない。
眠そうなエドワードが大きな欠伸をしていた。
ブライアンがため息を吐いた。
「またメイドを連れ込んだのですか?」
ブライアンが乗り込んできたのを知って、扇情的な下着姿にされたメイドが顔を赤くして隠れようとした。
だが、それをエドワードが抱きついて邪魔をする。
「抱き心地がいいから気に入った。俺の専属にしろ」
命令してくるエドワードに、ブライアンは頭を振る。
(まだ精通も向かえていないでしょうに)
台詞通り、抱きついていただけなのだろう。
もしも本当に手を出したならば、すぐに報告が入るはずだ。
「エドワード様、手を出すなとは申しません。ですが、節度はお持ちください。今月だけでも十人以上を部屋に連れ込んでいますぞ」
上半身裸のエドワードは、女性の膝を枕にして寝転がった。
「当家のメイドは連れ込むのを了承済みなのだろう? だったら問題ないな」
「問題ございます。そもそも、彼女たちが想定しているのはリアム様ですぞ」
リアムの名前を出されたエドワードは、露骨に不機嫌になった。
「あの父上が生身の女に手を出すものか。メイドたちも俺に手を出されるのを望んでいると思うけどな」
痛いところを突かれたと、ブライアンの表情は苦々しいものへと変わる。
(リアム様が当家のメイドに興味を示さないのも事実。そして、生まれてから手を出したのは生身の女性はロゼッタ様のみ――たった一人というのも大問題ですが、エドワード様のように無節操でも問題がございますな)
昔はリアムがハーレムを築かないので何度も注意し、生身の女性に手を出すよう言ってきた。
しかし、今ではエドワードが好き勝手に手を出している。
(当家の未来を考えれば正しい行為なのですが――エドワード様の抱くというのが、本当にそのままの意味で終わっているのが問題ですな)
エドワードに部屋に連れ込まれたメイドたちは、いわゆるお手つきとして扱いが変わってしまう。
他のメイドのように男性の相手が出来なくなり、仕事内容もエドワードの周りの世話が中心となる。
いずれ大きくなって手を出し、子供を作れば問題なし! という話でもない。
ブライアンも執事だ。
バンフィールド家を長年支えてきたので、貴族的な問題にも精通していた。
(このままエドワード様が無事にリアム様の跡を継げば問題なし。しかし、廃嫡されるようなことがあれば――)
今のバンフィールド家にとって、ほしいのはリアムの子供である。
ロゼッタとの間に生まれたエドワードは、当主の最有力候補ではあるが決定ではない。
リアムの気持ち一つで廃嫡される可能性だってあった。
また、エドワードには問題があった。
(リアム様も多くの問題を抱えておりましたが、それとは違ってエドワード様が抱えるのは本当の意味での問題ですからな)
一閃流の剣士としての実力はあるものの、不真面目でわがまま。
リアムに忠義を捧げている騎士団の中には、そんなエドワードが跡取りに相応しくないのでは? と考えている者も増えていた。
(第二子の出産が近いとは言え、この問題を放置するのはあまりお勧めしませんぞ、リアム様)
跡取りの問題を軽視するリアムに、ブライアンは心の中で頭を抱えた。
◇
ブライアント入れ替わりでエドワードの寝室に入るのは、ククリたち暗部の一族出身の少女だった。
名前は【ナタ】。
黒髪をツインテールにしているナタは、黒い衣装を好んで着用していた。
表向きはエドワードの教育のために用意された同年代の少女だが、他の子たちと違ってナタには使命がある。
命を賭けてエドワードを守れ、と。
ナタはエドワードのために存在するよう、教育を受けている暗部の少女だった。
バンフィールド家のために存在する暗部ではなく、エドワード個人のために存在している特殊な立場だ。
そんな彼女はエドワードの様子に呆れて小さくため息を吐く。
「エドワード様、執事殿を怒らせてはなりません。あの方のご意見は、ご当主様も無視しませんよ」
言外に「あまりに怒らせれば跡取りの地位も危うい」と伝えるのだが、エドワードは欠伸をしてベッドを這い出てくるだけだ。
そこに危機感はなかった。
「父上の興味は俺にはないから心配するな。あの人にとって大事なのは帝国に勝つことだけさ」
「それは否定できませんが、ご当主様はエドワード様を大事にされておりますよ」
頭領であるククリからも、そのような話を聞かされていた。
暗部の一人として育てられたナタは、両親との思い出は少ない。
すぐに親元を離されて訓練が開始されたからだ。
今も定期的に訓練を受けている。
両親がいて愛されているエドワードの姿は、ナタにすれば羨ましいほどだ。
しかし、それに本人は気付いていなかった。
「跡取りとしては大事にしているが、俺個人を気にかけていないよ」
「そのようなことはありません」
「いっそ俺は剣士として生きようかな? もうすぐ生まれる二人目に家のこととか押し付けてさ」
投げやりなエドワードを歯がゆく思った。
「エドワード様は優秀です。それはこの私が保証します」
周囲がリアムと比べてしまうので目立たないが、エドワードも十分に優秀であった。
本人が自覚していないだけだ。
「どうだかな」
◇
ブライアンが頭を抱えている頃。
本星ハイドラに大きな屋敷を構えている【クラウス・セラ・モント】は、同じく心の中で頭を抱えていた。
「父さん見て! これで私も正式にバンフィールド家の騎士だよ!」
嬉しそうに真新しい騎士服を披露してくるのは、クラウスの娘である。
そんな姿を既に騎士として働いている息子も見ていた。
「思っていたよりも似合うじゃないか。それで、配属先は決まったのか?」
娘が誇らしげに答える。
「ナイトナンバーフォーの艦隊に配属です! 研修先で頑張った甲斐があったよ~」
娘の発表に息子が笑顔で拍手を送っていた。
ナイトナンバーを持つ騎士の艦隊に配属となれば、それは精鋭と認められた証だ。
「羨ましいな。俺は本星の防衛艦隊だからな。出来ればもっと活躍できる配属先を希望したいんだけど――」
息子がクラウスに頼み込むような視線を送ってくる。
クラウスは平静を装いながら、息子を防衛艦隊に配属した理由を述べる。
「私も娘も命を落とす可能性が高い。お前までそんな場所にいれば、残った母さんは家族を全員失うことになるからな」
リアムの右腕であるクラウスはもちろんだが、娘もナイトナンバーの旗下となれば激戦に放り込まれる可能性が高い。
死亡するリスクが高いため、妻のためにも子供の一人は安全な部隊に配属したいというのがクラウスの親心でもあった。
しかし、息子はクラウスの判断に不満そうにしていた。
「理解しているけどさ。それでも俺だって父さんの息子だよ」
息子が言いたいことをクラウスは理解していた。
あの帝国最強の騎士であるクラウスの息子だから、俺だってもっと前線に出たい! だ。
「私とお前は違う人間だ。それに、お前が私の跡を継ぐ必要もない」
(子供たちまで私の虚像を追いかけてるぅぅぅ!! ううっ、子供たちだけには安全な場所で幸せに暮らしてほしかったのに)
クラウスとしては親の愛情から子供たちを騎士団中核から遠ざけたいのだが、それを子供たちは理解していなかった。
騎士団筆頭であるクラウスにここまで言われては、息子は何も言い返せずに肩をすくめた。
そして、自分の話題から弟子の話題に切り替える。
「筆頭の地位を引き継がせるのは、俺でも妹でもなく安幸君にするつもりかい?」
冗談めかした息子の台詞に、クラウスは内心で驚きつつも――実は悪くないのではないか? という考えを持っていた。
「筆頭の地位を決めるのは私ではなくリアム様だ。もしくは、次の当主様となる。誰になるか論じるのは不敬だぞ」
(でも、あの子は優秀だからひょっとすると、ひょっとするかもしれないな。将来の話をしても意味はないが、このままでも私より優秀な騎士になりそうだ)
クラウスが優秀と思う程の才能を安幸は持っていた。
リアムの師匠にして、剣神安士の一人息子【安幸】。
騎士として優秀な素養を感じさせており、本人も真面目な性格をしているため努力を欠かさない。
(問題は我の強いバンフィールド家の騎士団を、安幸君がまとめていけるかどうか。でも、彼にはお姉さんたちがいるからな)
我が強い騎士団を黙らせるほどの武力として、一閃流の剣士二人が存在する。
安士の直弟子である二人は、安幸を痛く可愛がっていた。
将来的に二人が安幸を武力で支えるのならば、騎士団筆頭の地位はグッと近付く。
(――リアム様が認められれば、十分にあり得そうだな。まぁ、リアム様は認められないだろうが)
安士の一人息子であるから、実戦に出すなど論外である! とリアムが言えば、騎士団筆頭の地位は遠のく。
(リアム様も安幸君を可愛がっているし、騎士団入りしても実戦を経験できるかどうか)
精々護衛や式典の場で活躍するのが精々だろう、とクラウスは思っていた。
娘がクラウスに尋ねる。
「筆頭騎士の地位はともかくとして、それでもエドワード様の側付になるって話は出ているよね? 将来的に重要なポジションを得るだろうってみんな言っていたわよ」
安幸を可愛がっているリアムが、跡取りの側に置いて友好関係を築かせるというのは十分にあり得る話だ。
実際、クラウスもリアムから何度か相談を受けたが、帝国の征伐軍を相手にしている間に話が流れてしまった。
「いずれはあり得るだろうな。それまでに、騎士としての礼儀作法は一通り教えておく必要があるか」
息子は家で安幸と何度も面会をして親しげな様子を見せていた。
そんな息子が安幸君を羨む。
「俺たちですら父さんから教えを受けたのは基礎程度なのにな。安幸の奴は騎士団筆頭である父さんの師事を受けられて幸せ者だ」
クラウスが弟子を募れば、それこそ多の星間国家からも人が集まるだろう。
数々の武勲を上げた騎士、という虚像を目指して。
クラウスは内心で深いため息を吐いた。
「私に教えられることは少ないというのに」
(正直、私では安幸君の教育係として不十分だと思うのだが)
ブライアン(´・ω・`)「辛いです。エドワード様が女性に手を出してばかりで……」
ブライアン∑(´゜ω゜`;)「あれ? 全然辛くないです!?」