裏日本在住の女性Ｉ様から「悩みはないけど会えますか？」と言われた。時折、こういうことを言われるのだが「私は悩みのない人には会わないとか言ってないし、人が人に会いたいと思う時は悩み相談をする時だけじゃないだろ」と思う。そして、厄介なことに、悩みはないと最初に言う人に限り、実は悩みがあったりする。人生が複雑骨折している。Ｉ様とは初対面だったが、最初はラインで連絡をくれた。特に自己紹介もない文章で、名前も名字しか名乗らなかったので性別は不明だった。アイコンがミュシャの絵だったので「女性なのだろうな」とは思ったが、年齢も肩書きも何もかも不明だった。

名字しか名乗らないのは、自分の名前が嫌いなのか、名前を隠したい事情があったのか。会った時に聞いたら「自分の名前は好きですよ」と言われた。だったら名乗ったほうがいいと思いますよと言った。文面だけでやり取りを交わす時、大事なものは想像力だと思う。自分を開示しないまま会いたいと連絡するのは、ブレーキとアクセルの両方を踏んでいる状態だ。車でそれをやると、なかなか前に進めないばかりか、故障する。壊れる。廃車になる。それでいて、アイコンにはミュシャを選ぶロマンティックな部分もある。Ｉ様は「異性からモテないことが悩み」と言った。それは、多分、相手に対する想像力を使っていないからだろうなと思った。

自分には面白い話ができないとか、自分を出すことが苦手だとか、全然、まったく関係ない。そんなことより、相手を知ろうとすること、相手を好きになろうとすること、一緒に楽しい時間を過ごすことの方が、ずっと大事だと思う。モテるとか、モテないとか、どうでもいい。自分が好かれることより、好きな人と出会ったら「あなたのことが好きです」と真っ向勝負でラブを伝える方が、人生は楽しい。悩みはないとかいきなり自分を守る発言をするのではなく、自分の中にある前向きな思いを出す。いいなと思ったら「素敵ですね」と、普通に伝える。うまくやらなくちゃと思うと、人に会うことが億劫になる。好きな人を見つけたら「好きです」と言えばいいのだと思えば、この世はでっかい宝島になる。男選び放題のパラダイスになる。

Ｉ様は「外側からどう見えるか聞かせてもらえるのって、こんなに面白いんですね！」と言って、楽しそうに笑った。そうだ。そうなのだ。人と話すことは、本来楽しいことなのだ。それを「うまくやらなければならないもの」みたいな設定にすると、途端に腰が重くなり、一人を選ぶみたいなことになる。一人の時間は大事だが、あまりにも一人で居過ぎると偏る。病む。演歌みたいな人生になる。私は不幸。私は悲しい。私は陰気。そんな自分に自分で酔う。言うまでもないことだが、私は演歌が嫌いである。湿度が高めのものに触れると俺が除湿機になってやるよと思う。最高の除湿機は笑いだ。笑える時間、楽しい時間、好きで好きでたまらない時間を過ごせば、演歌とは無縁の人生になる。

Ｉ様は犬を飼っていて、犬のことがラブで、犬に対しては「毎日可愛いが更新されている」と言った。その気持ちを自分自身に抱けたら優勝である。ゴミみたいな言葉を自分に投げ続けるのではなく、かと言って胡散臭いスピリチュアルに嵌って「私は私を抱き締めてあげるの」とか湿度高めな発言をするのでもなく、普通に愛する。普通に褒める。普通に鏡を見て、普通に「あんたイカしてるよ」と言う。誰かに言ってもらおうとするのではなく、自分が自分に言ってやる。ベトナム人を見ろ。あいつらは自分のことが大好きで、スマホの待ち受けは全員自分の笑顔である。毎日自分の顔を見て、毎日「今日も素敵だね」と自分に言い続けている。演歌ばかり聞くな。次は俺たちが幸せになる番だ。Ｉ様よ、あんたイカしてるよ。これを読んでいるあなたも、あなたが思う以上に、イカしている。俺には見える。お前の光が俺には見える。