モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第32話

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ジェームズ・ジェフリー・ジョンソン。

 オーストラリア軍所属の工作員で、自己加速術式を用いての近接戦闘に長じた練達の魔法師。

 原作では達也の規格外な力を前に為す術もなく捕らえられたが、本来は独立魔装大隊の隊員を相手にしても遜色なく立ち回れる実力者のはずだ。

 

 当然、出し惜しみをする余裕はない。なにせ手も足も出ないままに敗れた相手だ。相棒を下ろした今、全力を揮えるのは向こうも同じで、経験も能力もほとんどがこちらを上回っている。付け入る隙があるとすれば油断から生じる一瞬だろう。

 

 だからこそ、最初から『切り札』を使うと決めていた。

 

「力の差は知っているだろう。戦場に出てくるなら、引き際も弁えるべきだな」

 

「月並みな台詞だが、あの時の僕とは違う」

 

 煽るような言葉に大口で応えながら、意識の最奥を『水』で満たしていく。

 

 

 

霊子核(プシオン・コア)の隔離を開始】

 

 

 

 この魔法に必要な時間は、本当にわずかなものだ。

 そも『時間』そのものへ挑む魔法なのだから、そうでなくては話にならない。

 

 

 

【隔離完了。刻印術式へのサイオン注入を開始。強度をレベル2に設定。神経系、心肺系、感覚系への魔法式投影――完了】

 

 

 

 心臓が強く鼓動を鳴らす。

 魔法によって拍動が早められ、血管を流れる血の勢いも強くなった。

 五感の伝える刺激がより迅速に脳へと届き、ニューロンの情報伝達速度も強制的に引き上げられる。

 

 

 

【知覚機能、正常動作を確認。運動系への魔法式投影――完了】

 

 

 

 瞬きを境に『視覚』が切り替わった。

 

 感覚から隔絶され『映像』に変わった景色はコマ送りのようにゆったりと動いていて。

 

 

 

【全工程完了。《疑似・固有時間加速(アクセル・アバター)》作動良好】

 

 

 

 間近に迫ったジョンソンの顎先へ向け、左足の膝を持ち上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 駿が魔法を使ったことにジョンソンは全く気が付かなかった。

 事象改変の兆候もなく、イデアに干渉する気配すらない。余剰サイオンの漏出もないとなれば、特殊な眼力を持つ者を除いてその魔法を看破することはできないだろう。

 

 だからこそ、ジョンソンは無警戒なまま懐に飛び込んでしまった。

 速度で上回る相手に接近戦を挑むのは悪手だとジョンソン自身よく知っているにもかかわらず。

 

 気付いた時には手遅れで、間近に駿の蹴り上げた膝が迫っていた。

 咄嗟に身を翻そうとするも間に合わず、顎へ強烈な突き上げを受けたジョンソンの視界が一時ブラックアウトする。

 訓練と投薬によって強化された肉体も脳を揺さぶられては堪らず、脳震盪によってぼやけた意識は続く胸への一撃によって強制的に再起動させられた。

 

 路面へ叩きつけられたジョンソンはそのままアスファルトを転がされ、壁へと衝突してようやく止まる。

 激痛のあまり吐き出した痰は赤黒い血に染まっていて、全身を苛む痛みが複数箇所の骨折を知らせていた。

 

 《自己加速》を併用した高速での近接戦闘。

 自身の最も得意とするフィールドで挑みながら、反応すら出来ぬまま打ち倒された。

 確かに先手を取り、事実踏み込んだ時点ではまだ眼差しも追いついていなかったはずだ。にもかかわらず完璧なタイミングでカウンターを合わせられ、こうして無様に転がされている。

 

 どうしてこのような結果になったのか。

 それを確かめるためにもジョンソンはまだ動く腕だけで反撃を試みる。

 いつの間にか目の前に立っていた駿へ向け、袖口へ隠していたナイフを投擲。続けて懐から小型のピストルを抜き出し、一息に三度引き金を引いた。

 

 約1メートルの極至近距離から放たれた凶刃と弾丸。

 気付いてからでは回避不能なはずのそれらはしかし、ただの一つも目の前の少年に当たることはなかった。

 

 先んじて迫るナイフを警棒で叩き落とし、銃弾は横にズレることでやり過ごす。

 駿が取った行動はそれだけで、動き自体は辛うじて目で追うことが出来た。

 

 ジョンソンの悪あがきを事も無げに退けた駿は、表情一つ変えぬままCADを突き付けた。

 自身の速さに絶対の自信を持つジョンソンは、それ故に今目にした光景が全く異質なものだと理解することができた。

 

「ただの、っ……《自己加速》じゃないな。どうやって、それほど早く……」

 

 動きの速さ。それだけならまだ理解も許容もできる。

 だが反応の早さは別だ。いかに自己加速術式で運動速度を速めたところで、動体視力や脳の働きを高速化することはできない。神経伝達を速め、思考の処理を早めない限り、反応速度が目に見えて早くなることはありえないのだ。

 

 仮にそれを可能としたのであれば――。

 

「その眼……。なるほど。道理で、まともじゃない」

 

 自身を見下ろす眼に色はなく、まるでカメラのレンズを向けられたようだった。

 ヒューマノイド型ロボットと言われれば納得できるほどで、同じように『はやさ』を追求したジョンソンには思い当たるモノが一つあった。

 

 見える景色も、聞こえる音も、考える早さも、何もかもを高速化した先にあるのは、きっと並び立つ者のいない孤独な世界だろう。

 雰囲気が変わってからこちら、会話の一つにも応じる気配がないのは、そもそも言葉として通じていないのかもしれない。

 

 突き付けられたCADの引き金が引かれる。

 抵抗する力も暇もないまま、ジョンソンの意識は深い暗闇へ落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 

 

 

 ジョンソンと別れて路地へ駆け込んだジャズは、物陰から物陰へと移動しつつ迫り来る愛梨を迎撃していた。

 外見に反して熟練の魔法師たるジャズは小さな身体を巧みに操り、CADの操作と起動式の読み込みをブラインド。タイミングを読ませることなく多彩な魔法を繰り出していく。

 

 いち警備員程度であれば抵抗させることなく即座に打ち倒していただろう。

 現代魔法において先手を取るというのは非常に大きなアドバンテージであり、ジャズの見た目ならば尚更先制のチャンスは多い。

 

 しかし、今回ばかりは相手が悪かった。

 

「なるほど。意図的に成長を止めた魔法師。調整体ですか」

 

 『一色』の娘として魔法師開発の闇の一端を知る愛梨はジャズの幼い容姿にも油断することはなく、小さな身体から放たれる無数の魔法を悉く回避していった。

 《稲妻》によって限界まで高められた反応速度は高速展開する現代魔法の回避までも可能とし、また自身へ及ぼす事象改変がそのまま《干渉装甲》の役割を果たす。

 

 一方、愛梨の攻撃も今のところ成果を挙げることはできていなかった。

 《スパーク》も単一工程の移動魔法もジャズは的確に防いでいて、得意な遠隔魔法は軒並み効果が得られない。

 懐に踏み込めばまた攻め手は増えるものの、駿から毒ガスの脅威を伝え聞いている以上安易に踏み込むわけにもいかない。

 

 互いに決め手を欠く中、先に動いたのはジャズの方だった。

 

 埒が明かないと見たジャズが方針を変更。

 当たらないなら領域ごと塗り潰すまでと、力業で圧倒しにかかる。

 

 読みだしたのは《オゾンサークル》の起動式。改変対象は自身を中心とした付近の空気。範囲を半径20メートルに設定し、目を細めて息を止める。

 それまでの魔法よりもわずかに遅れて完成した魔法式がジャズの頭上へ投射され、生成された高濃度オゾンがジャズ諸共愛梨を呑み込んだ。

 

 魔法式の完成を見届けたジャズは暴露範囲から脱出するために走り出す。

 当然対峙する愛梨から目を離すことはなく、薄く狭めた視界の中心に赤い衣服の影が映っていた。

 

 そのまま全力で走ること十数秒。

 これで仕留めたと確信を抱いた瞬間、胸から全身にかけて強烈な電流が流れた。

 

 頭から足先まで余すところなく針で貫かれたような痛みが走り、声にならない悲鳴を漏らしたジャズは堪らず路面へ倒れ込む。

 痛覚の残響がギリギリと頭を締め付け、痙攣する身体は指先一つとして満足に動かせない。呼吸すらもたどたどしく、まるで肺の動かし方を忘れてしまったかのようだ。

 

「空気に干渉し、広範囲を毒ガスで満たす魔法。彼の言っていた通りですね」

 

 うつ伏せに倒れたジャズの()()()()余裕のある声が降ってきた。

 とても《オゾンサークル》による中毒症状を受けた様子はなく、そもそも追って来ていたはずの少女がなぜ正面から歩いてくるのかすらジャズにはわからなかった。

 

「わかっていれば安易に吸い込むことも、正面から飛び込むこともしません」

 

 発言を聞く限り、あの少年から《オゾンサークル》のことを聞いていたのだろう。

 身体が動かない分だけ頭を回転させ、自らの敗因を探っていく。

 

 目の前の少女が同行していた少年。有明で追って来たときも、駿はジャズの魔法を一目で凌いで見せた。それも《領域干渉》や《気密フィールド》といった対抗魔法ではなく、鼻口を覆い息を止めるという身体的動作のみで、だ。

 

 倒したエージェントの症状から使われた魔法へ当たりを付けることは可能だろう。見る者が見れば、何らかの中毒症状だというのはすぐに判る。

 けれど、だからといってあれほど単純かつ的確な対処をすぐに思いつけるものだろうか。《オゾンサークル》だからこそ有効な対処法を即断し実行できたのには、何か理由があるのではないか。

 

 そうして考えた時、一つ心当たりがあった。

 任務上の友軍、大亜連合が密かに探し続けているという特殊な能力者の噂だ。

 未来の情報を保有しているというのが真実であれば、初めて見るはずの《オゾンサークル》を凌ぎ、ジャズの見た目に惑わされなかったことにも説明がつく。

 

「『未来視』……。あの少年が、そうか……」

 

 陳たち大亜連合軍特殊工作部隊が密かに捜索していた『未来視』と呼ばれる魔法師。

 特異な能力を持つその魔法師は日本人の少年だとされていて、マクロードからの指示書にも可能であれば捕縛するよう記されていた。

 

 そうしてジャズが真相へ辿り着いた直後、二度目の《スパーク》が放たれる。

 二度目の激痛によってジャズの意識が途切れ、絶好の獲物を前に無念にも力尽きた。

 路面に倒れ込んだ少女を見下ろす愛梨は真剣な表情のまま、拾い上げた呟きへ訝しげに眉を寄せる。

 

「『未来視』……? 確か、北山さんも同じようなことを……」

 

 雫が語った『未来に何が起きるかを知っている』という発言。

 目の前の少女が口にした『未来視』という単語がそれと無関係だとは思えなかった。

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 

 

 

 愛梨が拘束したジャズを抱えて戻ると、駿は建物の壁にもたれて座り込んでいた。

 片膝を立てて左腕をのせ、右手と右足は力なく伸ばしている。俯けた横顔には表情がなく、無色透明なそこからは汗だけが滝のように流れていた。

 

「大丈夫、ですか?」

 

 抱えていた少女を下ろして問いかけるなり、駿はすぐに振り返った。

 瞳に感情の色が戻り、口元には柔らかな印象が浮かぶ。直前までの透明さが嘘のように穏やかな笑みを湛えた駿は、小さく頷いて応えた。

 

「さすがは一色さんだ。君に頼んで正解だった」

 

「貴方のアドバイスのお陰です。毒ガスに注意しろと、あの助言がなければやられていたのはこちらでした。何故、この人の使う魔法を知っていたのですか?」

 

 すると、駿はちらと視線を向かいのベンチに向けた。

 促されるまま見ると、ベンチの足元には愛梨の抱えていた少女の相棒らしき男が倒れていた。こちらも意識がないのか、拘束された状態でじっと横たわっている。

 

「以前、一度戦ったことがあるんだが、まるで歯が立たなくてね。手の内はその時に知った」

 

 少しだけ驚く。

 同年代でも上位の実力者である駿をして「歯が立たなかった」と言う相手と、駿はすでに矛を交えたことがあったのだ。

 そうして勝てないなりに相手の手札を分析し、次の機会に活かそうとする勤勉さは実に駿らしいとも思った。

 

「でも、今回は勝った。そうでしょ?」

 

「ああ。とはいっても、半分は君のお陰だ。ありがとう」

 

 あくまで謙虚な姿勢を崩さない駿に、愛梨は思わず笑みを零した。

 くすくすと笑いの漏れる口元を手で隠す愛梨。幸か不幸か、そのせいで駿の目が厳しく細められていたことに気が付けなかった。

 

「そろそろ戻ろう。――ちょうど援軍も着いたようだしね」

 

 言って、立ち上がった駿が空を見上げる。

 釣られて顔を上げた愛梨はビルの陰から飛翔体が飛び出すのを確かに目にした。

 

「あれは、飛行魔法!?」

 

 無骨な黒のバトルスーツに身を包んだ兵が大小様々な兵器を手に空を駆ける。

 およそ20人の兵が一糸乱れぬ隊列を組んで空を飛ぶ光景は、飛行魔法に触れたことのある人間にとって一目でその精強さを理解できるこれ以上ない指標だ。

 

 黒の兵士たちは国際会議場の上空へ到着するなり、散開して攻撃を開始した。

 手にした武器はその全てが魔法を利用した兵器なようで、あれだけ手を焼いた直立戦車が数発の弾丸や熱線の一薙ぎによって倒れていく。

 

 国防軍にこれだけ魔法に精通した部隊があるなど知らなかった。

 飛行魔法を使い続けながら、その上別の魔法を使って戦う能力がある部隊など、知っていれば忘れようはずがない。

 

 既に多大な損耗を負っていた侵攻軍部隊は身一つで空を舞う彼らにすっかり戦意を喪失し、まともな反撃もできないまま潰走状態に陥った。猛威を揮っていた戦闘車両群も空からの攻撃には弱く、次々と沈黙していった。

 

 人類の歴史上初めて実行された、飛行魔法による空挺攻撃。

 対策はおろか予想すらしていない戦術に晒されては抵抗の(すべ)など存在しなかった。

 

「この二人の身柄も国防軍に預けよう。僕らが連れていても重荷にしかならない」

 

「……そうね。じゃあひとまずは会議場まで」

 

「そういうことでしたら、こちらでお預かりしましょうか?」

 

 突然聞こえてきた声に、愛梨は反射的に反撃体勢をとった。振り返りながらCADへ手を伸ばし、起動式を読み込むべくテンキーを叩こうとして――。

 

 横合いから伸びた駿の手が愛梨の手首を掴んでそれを止めた。

 

「大丈夫。国防軍の人だ」

 

 二重の驚きが愛梨の身体を縛り、衝撃がきっかけで声の主がようやく目に入る。

 視線の先では迷彩服の男性が困り顔を浮かべていて、男性の後ろには一台の装甲車が止まっていた。一目で国防軍と判る身なりと装備。どうやら飛行兵の動きに目を奪われるあまり、彼らの接近にすら気付かなかったらしい。

 

 途端に恥ずかしさが溢れ、持ち上げていた手が口元を覆った。

 

「驚かせてしまいすみません。私は国防陸軍大尉、真田繁留といいます」

 

「第一高校の森崎駿と申します。ご厚意に甘え、捕虜の身柄をお預けします」

 

 駿が名乗り返した瞬間、真田と名乗った国防軍人が僅かに目を見張った。

 

「どうかされましたか?」

 

「失礼。なんでもありません。では、捕虜の身柄はお預かりします」

 

 さっきの反応を見て「なんでもない」などという言葉を信じられるはずがない。

 それでも駿は敢えて問い詰めるようなことはせず、諾々と真田の言葉に腰を折る。

 

「よろしくお願いします。一色さん、皆のところへ戻ろう」

 

「え、ええ」

 

 納得いかない気持ちはありつつも駿本人が何も言わないのであれば口を出す立場ではなく、愛梨は促されるのに従って駿の後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高校生二人が立ち去った後、真田は部下に命じてジョンソンとジャズを車内へと運び込ませる。

 内情が追いかけていたはずのオーストラリア軍魔法師。彼らが横浜に居て、大亜連合と推定される敵軍の侵攻に関与していたとなれば、安全保障上の大きな争点になるだろう。背後関係次第では外交問題にすら発展しかねない。

 

 情報部の手に渡る前で良かったと、真田は心底から安堵を漏らした。

 どこの勢力の息が掛かっているかわからない上、勝手に交渉の材料とされる可能性すらある。敵に奪還される可能性よりも先に身内を懸念しなければならないのは何とも頭が痛いことだ。

 

「それにしても、『森崎駿』ですか。達也くんの言っていた通り、いたって普通の少年に見えたかな」

 

 あくまでも見た目はと、真田は内心で付け加える。

 街路カメラを傍受して目にした駿の高速移動は、見る者が見ればただの《自己加速》ではないとわかる。

 

 そして真田はその答えであろう研究についても知っていた。

 その魔法を習得するのにどんな条件が必要で、どんな代償を払うことになるのかも。

 

「自分を『人』ではなく『物』として認識する。

 そんなことを続けて、彼はいつまで『人』でいられるのだろうね」

 

 呟いた言葉は誰に聞かれることもなく、騒音の隙間へと流れて消えていった。

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 

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