真の魔王
超弩級戦艦アルゴスのブリッジ。
俺【リアム・セラ・バンフィールド】が率いる精鋭艦隊は、敵遊撃艦隊や補給艦隊を撃破しつつバンフィールド家の本星へと戻っていた。
遊撃艦隊を倒すのは、苦戦している帝国軍への増援を阻止するため。
補給艦隊を倒すのは、帝国軍が物資不足で困っていると知っているからだ。
まぁ、敵地で補給線が絶たれるというのは、戦っている将兵からすれば地獄だろう。
精神的にも追い込まれるため、地味な嫌がらせを続けていた。
「補給線を絶ってしまえば、大規模な艦隊は憐れだな。自軍を維持できずに自壊していくんだから」
俺は専用の豪華なシートに座りながら、隣に立っている秘書官の【ユリーシア・モリシル】と話をしていた。
話題は、補給物資が枯渇して自ら崩壊していく帝国軍について、だ。
ユリーシアは俺とは違った感想を持っているらしい。
「そもそも、ここまで敵艦隊を追い詰めたのが奇跡ですよ。本来であれば、数の暴力を前に滅ぼされていてもおかしくありませんでしたからね」
「奇跡だと? これは必然だ」
案内人の加護に守られている俺が、この程度の戦争で負けるはずがない。
また、日頃から準備を欠かしていないのも大きい。
俺は前世から教訓を学んだ。
弱さは罪――強者こそが正しいのだ。
だから、俺は常に強者であり続けるために努力を怠らないつもりだ。
「相変わらずの自信家ですよね。まぁ、実際に勝っているので文句はありませんけど」
「――お前は、もっと俺に気を遣えよ」
ユリーシアの態度に不満を持つが、残念なことに秘書としては有能である。
代わりは簡単に用意できるが、引き継ぎやら色々と面倒が増えてしまう。
また、ユリーシアは帝国軍との間に独自のコネを持っていた。
簡単に切れないため、多少の不遜な態度は見逃してやっている。
俺の不満に気付いたらしいユリーシアだが、態度を改めるつもりはないらしい。
「あんなに劣勢の状況でも裏切らないだけ、気を遣っている証拠じゃないですか」
俺が不利とわかると、裏切って寝返る奴も当然ながら出ていた。
戦場から逃げ出した連中もいるが、文句を言いつつも裏切らなかったという一点でユリーシアは評価できる。
ただ、俺の扱いが雑すぎる。
「お前じゃなかったら、降格にしていたところだぞ」
俺の秘書という立場であるユリーシアの階級だが、准将――つまりは閣下と呼ばれる立場である。
俺の秘書ともなれば、相応の扱いをしないとならない。
軽い扱いをすれば、それは俺の器量が疑われるからだ。
つまりは見栄だ。
ユリーシアが俺の気持ちを理解しているとは思わないが、簡単に降格処分されないと気付いているのだろう。
俺への態度に変化はなかった。
「お好きにどうぞ」
「お前は、本当に可愛くないな」
ユリーシアの態度に不満を持つが、処分するほどでもないため俺は席を立つとブリッジから出るため歩き出す。
そんな俺の背中に、ユリーシアが声をかけてくる。
「どちらへ?」
尋ねられた俺は、上半身だけ振り返って答える。
「ちょっと敵と遊んでくる。アヴィドの出撃準備をさせておけ」
「え? まだ敵は確認できていませんよ?」
何を言っているんだ? という顔をしていたユリーシアだったが、すぐにオペレーターが敵艦隊を捕捉したと報告してくる。
「敵艦隊を確認! 数、六千! まだこちらに気付いていないようです」
すぐにブリッジが慌ただしくなってくると、出撃準備に入った俺を見て軍人たちが敵艦隊に攻撃を仕掛ける準備に入った。
俺がブリッジを出るタイミングで、ユリーシアの声が聞こえてくる。
「機器より早く敵の接近に気付いた? リアム様、本当に人間ですか?」
驚くユリーシアの反応には満足したが、その後の発言が頂けない。
お前は俺を何だと思っているんだ?
「人間に決まっているだろうが!」
◇
リアムが出撃した戦場では、六千隻の敵艦隊が次々に撃破されていた。
ブリッジからその様子を見ていたユリーシアは、今更ながらアヴィドのデタラメな性能に冷や汗が出てくる。
僅かに表情が強ばっているのは、恐怖――というよりも畏怖だろう。
ブリッジにはリアムの声が通信機から聞こえてくる。
『最新鋭の艦艇と機動騎士と言っても、アヴィドの前では玩具同然だな』
アヴィド――黒い機動騎士は、十八メートル級の中型が主流の現状において、二十四メートルと大型に分類される機体だ。
機動騎士の強さは、単純に大きさでは決まらない。
性能、環境、パイロットの技量――様々な要因で優劣が変わることも珍しくない。
だが、アヴィドだけは別だった。
敵艦の主砲から放たれた高出力のレーザーが直撃しても、アヴィドの周囲に展開されたエネルギーフィールドが防いでしまう。
実弾兵器に関しては、レアメタルの塊であるアヴィドに傷一つ付けられない。
特徴的な二枚の盾を持つアヴィドは、まさに鉄壁の機動騎士だ。
抜きん出た防御性能を持っているが、火力――攻撃手段が乏しいということはない。
むしろ、逆だ。
『雑魚が煩わしいな。空間魔法を展開――蹴散らせ!』
アヴィドの周囲に展開されたのは、数百の魔法陣である。
直径は三十メートルほどの魔法陣が出現すると、空間魔法で収納していた武器が次々に姿を現す。
ガトリングガン、ミサイル、ビーム兵器、レーザー兵器――時々、第七兵器工場が開発したと思われる謎の兵器までもが姿を現した。
アヴィドが周囲にいる敵機をロックオンすると、それら兵器が一斉に火を噴く。
機動騎士一機が持つとは思えない火力で、数百機の敵機を一方的に蹂躙していた。
ブリッジのモニターに映し出されたアヴィド――リアムの勇姿に、ユリーシアは先程までと違って畏敬の念を抱く。
「圧倒的すぎるわ」
元から軍人であるユリーシアにとって、リアムとアヴィドの強さは次元が違うというのは認識できていた。
通常なら一度の戦闘で、機動騎士を五機も撃墜すればエース級だ。
まさに桁違いの活躍だった。
まるで戦場に物語の英雄が紛れ込んだような――神話で語られるようなリアムの活躍に、ユリーシアは胸が高鳴っていた。
普段からリアムに対してぞんざいな扱いが目立つユリーシアだが、別に侮っているわけではない。
最初から侮っていれば、ユリーシアはリアムのもとを離れていただろう。
バンフィールド家の居心地が良いというのもあるが、一番はリアムの生き方だ。
「民を守るために自ら戦場に出て戦う――本当におとぎ話に出てくる英雄みたいだわ」
僅かに呆れたように呟くが、その表情は嬉しそうにしていた。
そばにいた参謀の一人が、そんなユリーシアに答える。
「口が悪くなければ、完璧な名君でしたけどね」
リアムに欠点があるとすれば、それは普段の言動だろう。
堂々と自分は悪党であると言っており、振る舞いも尊大だ。
だが、軍人たちがそのことに文句を言う素振りはない。
ユリーシアは視線を参謀に向ける。
「完璧な名君をお望みですか?」
「まさか。欠点があるからこそ、人間味を感じられて親しめますからね。完全無欠では、こちらが困ってしまいますよ。それに――口の悪さがあってのリアム様ですから」
「確かに」
ユリーシアが苦笑すると、モニターに映るリアムが高笑いをしていた。
『俺とアヴィドに勝てると思うなよ!』
◇
――アルグランド帝国から遠い場所。
違う世界にて、一人の勇者が四人の仲間と共に魔王城へと攻め込んでいた。
朽ちかけた魔王城の中、モンスターを倒して進む五人組は玉座の間へとたどり着く。
勇者は聖剣を構え、切っ先を魔王へと向けた。
「ようやくたどり着いたぞ、魔王!」
絵に描いたような金髪碧眼の好青年は、勇者の使命を果たすために剣を持ち、鎧に身を包んで魔王城に乗り込んできた。
目的はただ一つ――魔王を倒し、世界に平和を取り戻すことだ。
玉座に座る魔王は、周囲に誰も侍らせてはいなかった。
広い部屋に一人しかいない魔王を見て、魔法使いの女性が嫌みを言う。
「城にいるのは知性のないモンスターばかりだと思ったら、どうやら仲間はいないみたいね。一人きりで玉座に座っているなんて、寂しい王様だわ」
斧を持った戦士の男性が、魔法使いに注意する。
「軽口を叩いている暇はないぞ。一人とは言え魔王だ。侮っていい相手じゃない」
他の二人も油断なく魔王に向かって武器を構えるが、その姿は中世時代の装いだった。
光学兵器はおろか、火薬式の銃すら持っていない勇者たち。
魔王は玉座から腰を上げると、肘掛けに置いていた兜を手に取る。
魔王の姿は骸骨――アンデッドだった。
アンデッドが、黒い禍々しいオーラを放つ鎧を身にまとっていた。
近くに置いてあった黒い大剣を手に取ると、仮面のついた兜をかぶって骸骨の姿を隠す。
三メートルに届く巨体の魔王が武器を手に取ったため、魔法使いが魔法を使用する。
「物理守護展開、魔法耐性付与、身体能力向上――」
味方に魔法をかけていくと、勇者たちの体が淡い光に包まれた。
魔王はその姿を見ており、準備が整うのを待っているようだった。
勇者はその姿に不安を覚えたが、故郷や国を守るために魔王へと斬りかかる。
「みんな、今日ここで戦いを終わらせるぞ!」
「おう!」
勇者が戦士と一緒に魔王に斬りかかった。
一瞬で魔王との距離を詰めた二人は、オリハルコンで作られた武器を振り下ろす。
魔法による加護を受けた聖なる武器――その威力はアンデッドならば、触れただけで砂にしてしまう。
だが、魔王は二人の攻撃を受けるだけだった。
防ごうともせず、二人に攻撃を立ち尽くして受けるだけ――二人が何度も攻撃を行うが、動こうともしない。
そして――二人は傷一つ与えられなかった。
「硬すぎる!?」
勇者が魔王の鎧の硬さに奥歯を噛みしめると、魔法使いと僧侶が魔法を放った。
「ならば魔法で焼き尽くしてあげるわ! ファイアーストームゥ!!」
「ホーリーライト!!」
炎の嵐が魔王に襲いかかり、聖なる光が降り注ぐ。
アンデッドには耐えられないだろう攻撃だが――魔王は小さなため息を吐いた。
「――つまらぬ」
魔王の呟きに、勇者がピクリと反応する。
「何だと?」
「つまらぬと言った。お前たちの行動は余興として見ている分には楽しいが、戦っても心が少しも躍らぬ。――我はもっと、強い勇者と戦いたかった」
次の瞬間には、魔王は勇者と戦士を輪切りにしていた。
二人の体が床に倒れると、残りの三人が唖然としている。
魔王はそのまま残り三人に近付くと、僧侶――そして最後の一人である狩人を吹き飛ばし、壁に叩き付け殺してしまった。
残されたのは、嫌みを言った魔法使いの女性が一人。
圧倒的な魔王の強さを前に、魔法使いの女性は涙を流して震えていた。
「た、助けて――謝ります。謝りますから」
自分の口の悪さを酷く後悔していると、魔王は何が面白いのか笑い始める。
「あ~、違うぞ。我はお前に怒ってなどいない」
「へ?」
「むしろ、我を前に軽口を叩く根性が気に入った。五人の中で、お前が一番目立っていたからな。人間のように言うならば、お前は我のお気に入りだ」
「じゃ、じゃあ、見逃してくれるんですか?」
自分の命は助かると淡い期待を抱くが、魔王はそれを否定する。
「いや――お前は未来永劫、我の家臣となり戦う栄誉を与える。我が不死の軍団に加入することを許そう」
魔王が魔法使いの頭部に手を置いた。
「や、止め――ぎゃあぁぁぁ!?」
魔法使いが叫ぶと、肉体に変化が起きた。
肌にひび割れが起きて、瞳は白目の部分が黒く――瞳は赤く染まった。
徐々に大人しくなった魔法使いは、自分の意思で体を動かせなくなる。
完全に魔王の支配下に入ると、膝をついて頭を垂れる。
「魔王――様――未来永劫の――忠誠を――誓います」
それを聞いて、魔王は小さく頷いた。
「うむ。今後も我の家臣として励むがいい」
いつの間にか、魔王の周囲には家臣たち――不死の軍団に入れられた人々が、姿を現していた。
異質なのは、彼らの姿だ。
鎧姿で剣を持っている者もいれば、その横にはパワードスーツを着用している未来の戦士もいる。
もっと古い時代の戦士も存在しており、時代の統一感がなかった。
魔王は武器を床に刺すと、今後について思案する。
「強者を求めて様々な世界を旅してきたが、我が求める強者に出会えたのは数えるのみ。どこかに、我を満足させる強者はいないものか?」
魔王が腕を組んで考え込んでいると、骸骨の体――骨を刺すような気配を感じ取る。
「何だ? どこだ? どこにいる?」
魔王の様子が変化すると、左手を伸ばして世界を渡る空間を出現させた。
黒い靄が広がり、そこには暴れ回るアヴィドの姿が映し出された。
「こ、これは!?」
魔王が機動騎士を相手に無双しているアヴィドと――そして、そのパイロットであるリアムの気配を感じた。
機動騎士を次々に破壊するアヴィドの姿は、まさに魔王が望んだ英雄の姿だった。
魔王が右手に大剣を握る。
「世にこれだけの強者が存在しているとは思わなかった。すぐに倒して――我が不死の軍団に加えてやろう」
星間国家が存在し、機動騎士や宇宙戦艦が戦う世界を見ても魔王は臆することはなかった。
何故ならば――。
「すぐに迎えに行こう」
――直後、魔王城を吹き飛ばしながら宇宙戦艦が出現した。
そして、いつの間にか空を覆いつくすほどの宇宙戦艦が周囲に浮かんでいる。
これが魔王自慢の不死の艦隊である。
この魔王、星間国家間の戦争に参加できるだけの力を保有していた。
「この我が、自ら迎えに行ってやるぞ――リアム・セラ・バンフィールド」
ブライアン(´;ω;`)「――どうしてリアム様は、次から次に色んなものを引き寄せてしまうのか。このブライアンは、リアム様が心配で辛いです」
若木ちゃん(°∀°)「敵ばかりか、味方も変なのが多いわよね」
若木ちゃん(o´艸`)「それよりも宣伝よ! 何と【乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です】から公式スピンオフ作品として【あの乙女ゲーは俺たちに厳しい世界です】が発売されるわ。一部で話題になっていたアンケート特典の【マリエルート】が、大幅加筆の書籍版になったのよ」
ブライアン( *¯ ꒳¯*)「ifルートから本編を楽しむスピンオフ作品でございますね。ちなみに、【あたしは星間国家の英雄騎士!】では、本編を【エマ・ロッドマン】の視点から楽しめるスピンオフ作品となっております」
若木ちゃん(´Д`ι)「――どっちも本編とあわせて、今月発売なのよね」