モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第31話

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 喊声と怒号、そして悲鳴の飛び交う中にあって、その余震はあまりにも静かだった。

 

 ほとんどの場合、イデアには事象改変の兆候が生じる。

 魔法師にとっては常識のそれも、けれど激しい戦闘の只中にあっては掴むことが難しい。プロの実戦魔法師でも簡単にとはいかないのが当たり前で、学生の身であれば目の前の戦場に気を取られてしまっても仕方のないことだ。

 

 だからこそ、屋上を覆うように投射された魔法式は最大限に効果を発揮するはずだった。

 特定の個人ではなく、領域に作用する魔法は『誰もいないように見える』屋上全体へ広がり、その場を満たす酸素を強制的に結合。人体にとって有害な気体へと瞬く間に置き換える。

 

 吸収系分子結合魔法――《オゾンサークル》。

 

 隠密性と即効性、そして咄嗟の対処が困難なこの魔法は、世界で十三人しか公にされていない戦略級魔法師の揮う魔法と同じもの。ジャスミン・ウィリアムズの放つそれは規模こそ戦略級に及ばないものの、速度と威力は本家ウィリアム・マクロードにも劣らない。

 

 不意を打って放たれた魔法式は瞬く間に組み上げられた。

 イデアに生じた事象改変の波紋は砲声のもたらす耳鳴りよりも小さく、戦闘の只中にある学生たちに察知できるものではなかった。

 

 ただ一人、魔法への備えに全神経を注いでいた北山雫を除いて。

 

 

 

 

 

 

 真由美から守りの役目を与えられた時、雫の脳裏に浮かんだのはモノリスを背に立つ駿の姿だった。

 いつ奇襲を仕掛けられるか分からない森の中、じっとイデアに感覚を集中させていた駿は対戦校の選手が魔法を放とうとした瞬間、驚異的な早さで起動式を撃ち抜き奇襲を防いで見せた。

 

 幹比古が敵の接近を知らせていたというのは聞いている。襲い来る相手の位置がわかっていたからこそ成し得たのだと、他ならぬ駿自身が口にしていた。

 けれど、だからといって相手の魔法を防げるかどうかは本人の技量次第なのだ。先手を許した上で防ぐなど並大抵の魔法師にできる技ではなく、駿はひた向きな努力によってそこにたどり着いたのだという。

 

 目指すべきはこれだと直感した。

 風紀委員として校則違反者を取り締まるにあたり、魔法を使われる前に、被害が生じる前に取り押さえることができるとすれば、それが最良の形だろうと雫は考えた。

 

 見本は常に頭の中にある。

 憧れが故に追い続けた駿の姿は、最大の手本として雫の成長を促していた。

 

 

 

 

 

 

 自身を取り巻くイデアに事象干渉の手が伸ばされた瞬間、雫の指はすでに動いていた。

 駿直伝のクイック・ドロウ。本家本元には及ばないものの、その威力は窮地の場において見事に発揮された。

 

 屋上へ来た直後からずっと起動状態を維持してきたCADが、ようやく下された操作に従い即座に起動式を送り出す。

 単純な記述の式は上空に投射された魔法式が効果を発揮する直前に完成し、同時に効果を顕した。

 

 ジャスミン・ウィリアムズの放った《オゾンサークル》と、北山雫の展開した《領域干渉》。

 歴戦の魔法師であるジャズの『普段通りの一撃』と、雫の『全力を振り絞った守り』が真っ向から衝突する。

 

 指定した領域内のオゾン濃度を急速に高める魔法と、自身の干渉力によって領域内の事象改変を阻む魔法。相克を起こした二つの魔法がせめぎ合い、僅かに勝った後者の力によって高濃度オゾンの生成が押し留められる。

 圧力を増す《オゾンサークル》の干渉力にも雫の《領域干渉》は耐え凌ぎ、直後、膠着状態の続く屋上へ一筋の閃光が飛来した。

 

 構築された魔法式をそのサイオン圧力によって破壊する対抗魔法――《術式解体》。

 会議場の一階東側から撃ち出されたそれは、言うまでもなく達也の放った砲弾だ。

 

 絶体絶命の危機を脱した屋上に鬨の声が上がる。

 立て続けに展開される《オゾンサークル》が撃ち砕かれる度に声は大きくなり、守りを担当する面々が雫に代わって《領域干渉》を展開し始めた。

 

 強力な魔法を一人で跳ね返した雫は膝に手を突き、安堵と共に荒く息を吐く。

 

「雫、大丈夫!?」

 

 隠蔽の魔法を維持するほのかが呼び掛けると、三人の上級生が雫の傍に駆け寄った。

 その内の一人、真由美は小さく屈んで視線を合わせ、雫の肩に右手を添える。

 

「ありがとう、北山さん。お陰で術者の場所がわかったわ」

 

 勝ち誇るように笑みを浮かべた真由美が取りだした端末を耳元へ運ぶ。

 呼び出し音を鳴らす端末に表示されていたのは、司令室で指揮統括に務める友人の名前だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 上空に展開した大規模な魔法式は東側から飛来するサイオンの砲弾に砕かれた。

 ここから見ただけでも判る。あれは達也の放った魔法だ。

 

「今のって……」

 

「うん。《術式解体(グラム・デモリッション)》だ。方向から考えて、多分、司波くんが撃ったんだと思う」

 

 相変わらずでたらめな破壊力と精度だ。会議場の陰になっていて正確にはわからないが、目算でも100mは優に超えている。それだけの物理的距離を飛ばして、外すことはおろかサイオン圧力の減衰もないなんて。

 

 曲がりなりにも同じ魔法が使えるとはいえ、僕には到底真似できない達人技だ。

 今も指を咥えて見ていることしかできなかった。残ったサイオン量ではもう一発も撃てないのがわかっていたから。

 

 どうあれ、達也のお陰で急場を凌ぐことはできた。あとは被害が出ていなかったかどうかが気掛かりなところか。

 ジャスミン・ウィリアムズの《オゾンサークル》は即効性の高い魔法だ。《オゾンサークル》の魔法式が《術式解体》に破壊されるまでに僅かな間があったことを考えると、被害を受けた人がいるかもしれない。

 

 狙われているのが分かった以上、追加の攻撃で危機に陥る可能性は低いだろう。

 達也の『眼』があるのはもちろん、屋上にいる人員も何らかの対処を施すに違いない。

 

 それでも、ジャスミン・ウィリアムズが健在でいる間は安心できない。

 居場所を特定し、一刻も早く無力化する必要がある。近くにはジェームズ・ジェフリー・ジョンソンもいるだろう。

 

 せめて方角だけでも分かればいいのだが。

 

 と、ちょうどそこで渡辺先輩の端末に連絡が入った。

 相手は十中八九、指令室の市原先輩だろう。険しい表情で通話を取った渡辺先輩は途中で驚いたように目を丸くしながら、1分ほどのやり取りの末に通話を終える。

 

「屋上は全員無事だそうだ」

 

 端末を収めるなり、渡辺先輩はまっさきにそう言った。

 

 安堵が胸に湧いてきて、堪えきれずに息を吐く。

 彼女たちに大事がなくて本当に良かった。

 

 同じように胸を撫で下ろす先輩たち。

 その内、五十里先輩は僕の抱いたのと同じ疑問を投げかけた。

 《術式解体》が魔法式を破壊するまでの間、屋上への影響はなかったのか、と。

 

 そう問われた瞬間、渡辺先輩の口元にニヤリと笑みが浮かんだ。

 

「なんでも、北山が防いで見せたらしい」

 

 不思議と驚きはなかった。

 あるのは納得と称賛と、小さな嬉しさだけ。

 

「北山さんが? 凄いじゃないですか」

 

「見事な対応だったと、真由美が楽し気に語っていたそうだ。指導の賜物かな?」

 

「まさか。彼女自身の実力が生んだ結果ですよ」

 

 実際、僕が彼女に教えたことなんてそう多くはない。

 実戦で役立つことなんて、精々がCADの特殊な起動方法だけ。

 本当に雫が《オゾンサークル》を防いだのだとすれば、それは彼女自身の力に他ならない。

 

 なにせ初めての実戦だ。右も左もわからなくて当然。無事に切り抜けられれば十分とすら言える状況下にあって、雫は自分に出来ることを全うし多くの人を救った。

 元々の才覚だけじゃこうはならない。雫が自身を磨き高めてきたからこその結果なのだと思う。

 

 一通り揶揄って機嫌を取り戻したのか、渡辺先輩は改めて市原先輩から聞いた内容をかたり始めた。

 

「それで本題だが、どうやら南西200メートルのビルに厄介な魔法師がいるらしい」

 

 考えるまでもない。厄介な魔法師というのはジャスミン・ウィリアムズとジェームズ・ジェフリー・ジョンソンの二人だろう。

 

「先程の魔法の遣い手ですね」

 

「真由美が制圧しようとしているが、中々の手練れらしくてな。手を借りたいそうだ」

 

 願ってもない要請だ。ここであの二人を無力化すれば、未知の脅威を減らすことに繋がる。

 ただでさえ『最良』から離れているのだ。ここで不安の芽を摘み、少しでも『次善』に近づけておきたい。

 

 なにより屋上を狙われたのが――雫の居る場所を狙われたのが我慢ならなかった。

 

「私に行かせてください」

 

 名乗り出た瞬間、五十里先輩が心配そうに眉を寄せた。

 

「だけど、君はさっきの戦闘で相当に神経を使ったはずだ。ここはまだ余裕のある僕たちが行った方が……」

 

「いつまた敵がこちらへ向かってくるかわかりません。戦闘車両が来る可能性を考えれば、五十里先輩と千代田委員長はここの守りに欠かせない。それに車両相手と違って対魔法師戦は『森崎』の得意分野ですから」

 

 努めて平静に言うと、五十里先輩は言葉に詰まった。その隣では千代田先輩も何か言いたげな表情を浮かべているものの、言葉としては何も発してこない。

 心配してもらった手前申し訳ないが、言ったこと自体は紛れもない事実だ。二人を危険に晒すわけにもいかず、何より個人的な感情も込みで譲るわけにはいかない。

 

「だとすれば、条件はあたしも同じだ。お前だけが適任というわけではない」

 

 今度は渡辺先輩が鋭い視線を向けてくる。

 確かに先輩であれば彼らの内のどちらかを相手取ることは可能だろう。

 だが危険なことには変わりなく、二対一では尚更勝ち目も薄い。

 

「渡辺先輩は指令室との連絡役で、かつこの場で一番の実力者。抜けるわけにはいかないでしょう。一方で末端の私なら影響はありません」

 

 思いつく限りの理由を挙げて食い下がるも、先輩は首を縦に振らなかった。

 

「それだけか? であれば認められん。他の者を向かわせる」

 

「渡辺先輩! ですが」

 

「ただの適性というだけなら、お前でなくてもいい。それとも、何か志願する理由が他にあるのか?」

 

「それは……」

 

 問われて、言葉に詰まる。

 自分を推薦する理由など語った以上にはなく、どれだけ探したところで思いつかない。

 適性の話ではないとなれば尚更、何を答えればいいのかわからなかった。

 

 言い淀むこちらに焦れてか、先輩は盛大にため息を吐いた。

 

「小難しいことばかり考えてないで、たまには意気込みの一つでも吐いてみせろ」

 

 そう言われて初めて、何を訊かれていたのかがわかった。

 頭で考えていたのを止め、胸にあった衝動をそのまま言葉にする。

 

「大切な友人が狙われた。その落とし前を付けさせてきます」

 

「……相変わらず可愛げのないやつめ。いいだろう。及第点だ」

 

 渡辺先輩はもう一度ため息を吐いた後、手にした端末の画面を示した。

 周辺の地図が表示されたそこには赤い点が光っていた。恐らく、そこに例の二人がいるのだろう。

 

 礼を口にしながら腰を折る。

 と、顔を上げるよりも先に背中側から声が掛けられた。

 

「私も同行します」

 

 振り返ると、すぐ傍らに一色さんが立っていた。

 今までの話は全部聞いていたらしく、不満そうな表情で腕を組んでいる。

 

「言ったはずよ。『貴方の背中を守る』と。それに屋上にはうちの先輩もいたから」

 

 ちらと視線だけを会議場の方へ向けて、一色さんは小さく微笑んだ。

 

 一色さんの頼もしさは強く感じている。

 魔法力の高さもそうだが、何より攻め時と回避の切り替えが抜群に上手いのだ。

 使用する魔法の相性も良く、背中を預けるのに一切の不安がない。

 

 それに正直なところ、打算もどうしたって頭には浮かんだ。

 何より大きいのは、彼女が原作に登場しない人物だということだ。

 『筋書』との関わりがないからこそ、不測の事態でも力を借りることができる。当然危険に晒してしまうことにはなるが、もしもの場合は命懸けで守り抜くのがせめてもの責任だろう。

 

 実力は自分以上。連携相手としても申し分ない。

 加えて一色さん自身が望んでいるとなれば、断る理由は見つからなかった。

 

「わかった。なら一緒に行こう」

 

「ええ!」

 

 頷いた彼女を伴って、オーストラリア軍魔法師二人が潜むというビルへ駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 《オゾンサークル》による奇襲が失敗した直後、ジャズとジョンソンは氷弾の雨を避けるのに全力を注がされていた。

 

 密かに潜入したビルの一室。国際会議場の屋上までもが見下ろせるそこから《オゾンサークル》で制圧するのが彼らの役割だったのだが、制圧に失敗したのはおろか反撃の魔法にまで狙われるのは完全な誤算だった。

 

 誰の目にも留まっていないはずの廊下で、ドライアイスの弾丸に追い立てられる二人。

 ジョンソンの肩に担がれたジャズが《対物障壁》を展開することで辛うじて直撃を避けてはいるものの、どの部屋に駆けこもうと執拗に撃ち出される氷にジョンソンは何度となく悪態を吐いた。

 

 敵の正体は判っている。『魔弾の射手』と呼ばれる若き魔法師。十師族『七草』の才女にして、すでに世界有数の射撃魔法の持ち主と謳われる少女、七草真由美だ。

 何人もの大亜連合軍スナイパーを悉く打ち倒してみせた技量は今、狩りに失敗したハンター二人へ牙をむいていた。

 

 唯一幸いなのは撃ち出される弾丸の数が少ないことくらいか。

 恐らくは他の戦場にも手を割いているためだろうが、二人の攻撃を阻むための牽制としては十二分に効果を発揮している。

 

 このままビルの中にいても状況の打開は見込めないだろう。

 狭く角も多い通路ではジョンソンの《自己加速》も十全な働きはできず、部屋から部屋へ移動しながらではジャズも《オゾンサークル》で反撃することができない。

 

 ひとまずはビルを出て、可能な限り迅速に真由美を無力化するしかない。

 そう結論付けた二人は真由美の追撃を躱しつつ、手近の非常階段から飛び降りた。着地の衝撃と慣性を魔法によって相殺し、あらかじめリストアップしていた別の潜伏場所へと足を向ける。

 

 瞬間、側面に事象改変の兆候を掴んだジャズが障壁で自身とジョンソンとを覆う。

 自身からの相対距離を規定して展開された《対物障壁》はジョンソンの走行を妨げることもなく、横殴りに襲い来る氷の雨を防ぎきってみせた。

 

 勝ち誇るようにジャズが笑みを漏らす。

 直後、反対側からも氷弾が飛来し、ジャズを抱えたままのジョンソンはたまらずたたらを踏んだ。転ぶことも相棒を落とすこともなかったものの、バランスを崩したジョンソンの足はそこで完全に止まる。

 

 真由美とは別の人物が放ったドライアイスの弾丸。

 その出所へ目を向けたジョンソンは、相手の顔を見るなり口元に笑みを形作った。

 

「いつぞやの少年じゃないか。第一高校の学生だったとは、奇遇だな」

 

 8月の末、日本へ潜入したばかりのジャズとジョンソンは日本政府のエージェントに追われ、逃走の最中に目の前の駿と鉢合わせた。

 ジャズの《オゾンサークル》を一目で凌いで見せた駿はしかし、続くジョンソンの攻撃へ対処することができず、倒れた隙を突いて二人は脱出に成功している。

 

「お前たちの好きにはさせない」

 

 邪悪な笑みへ淡々と応じた駿が次々に氷弾を放つ。

 一見すると二人を追い立てたのと同じ魔法だが弾数や威力は然程でもなく、何より正面からしか飛んでこないので避けるのは容易だ。魔法式の構築速度は早いものの、軍の精鋭魔法師であるジョンソンからすれば多少腕が良いだけのアマチュアに過ぎない。

 

 手早く片付けて先を急ごう。

 早々に決断したジョンソンが駿へ迫り、以前と同じように蹴りを見舞う。

 

 前回と同じ位置を狙った蹴りが後ろへ跳んだ駿の寸前を通過する。避けられると想定していたジョンソンは振り抜いた足が路面に着くなり身体を沈め、両足をバネに再度駿へと迫った。

 バックステップを踏む駿を遥かに上回る速度でジョンソンが接近。CADの銃口を伸ばす腕へ目掛けて低い姿勢で飛び込み、顎先を蹴り上げるべく下段に足を構えた。

 

 直後、直感の鳴らす警鐘に従ってジョンソンは大きく後退した。

 間もなく寸前まで立っていた場所に雷撃が立ち上がり、すっかり距離の離れた駿の隣に別の学校の制服を着た少女が並ぶ。

 

「外国人魔法師……? なぜこのタイミングで横浜に」

 

「こいつらは大亜連合と協調している。屋上へ大規模な魔法を撃ったのも彼らだ」

 

 再度CADを構えた駿が《ドライ・ブリザード》を展開。

 射出される氷弾をステップで避けたジョンソンは射撃が止まると共に相棒を背中から下ろし、両手の拳を握って指を鳴らした。

 

「坊主は俺がやる。ジャズ、お前は――」

 

「ああ。もう一人は私が相手をしよう」

 

 答えるなり、ジャズはジョンソンから離れて路地の間へと駆け込んだ。

 一人残ったジョンソンを睨み続ける駿の隣で、愛梨だけがジャズの逃げ込んだ路地の方向を見やる。

 

「あちらは私が」

 

「頼む。毒ガスを生み出す魔法に気を付けてくれ」

 

 駿のアドバイスに頷いて応じ、愛梨はすぐ傍の路地へと入っていった。

 

 狭く薄暗い道の真ん中で、駿とジョンソンの二人は互いを睨み合う。

 自身が優位だと確信しているジョンソンは笑みすら浮かべる余裕があり、相手の出方を見た上で叩いてやろうという遊びを覗かせていた。

 

「力の差は知っているだろう。戦場に出てくるなら、引き際も弁えるべきだな」

 

 手始めに繰り出した煽り文句にも駿が表情を揺らすことはなかった。

 真剣な顔つきのまま、握った左手を胸の中心へと当てている。

 

「月並みな台詞だが、あの時の僕とは違う」

 

「ハッ! ジャパニーズアニメーションじゃあるまいし、妄想も大概にしておけよ」

 

 強がりなのは明白。そもそも場数が違うのだ。自分と目の前の少年の間には確固たる実力差と、実戦経験の差がある。

 語気の荒さとは裏腹に、ジョンソンは至って冷静に彼我の差を認識していた。

 

 ジャズの《オゾンサークル》を初め、潜入工作に適した魔法や才能を持つ同僚がいる中で、ジョンソンの備える技能は常識の範囲を逸脱するものではない。

 特別な才能や固有の魔法技能を持たないジョンソンは、だからこそ自身の得意技能を磨く道を選び、一芸に秀でた近接戦闘魔法師として軍での立場を固めてきた。

 

 《自己加速》とそれに付随する体術、武器術、暗器術が彼の持つ才能で、細身ながら鍛え上げられた肉体から放たれるそれは各国の一流戦闘魔法師に劣らぬ威力を発揮する。

 遠隔からの制圧攻撃魔法を得意とするジャズとコンビを組んでいるのもそうした白兵戦能力を買われた結果であり、数々の修羅場を潜り抜けた経験はジョンソンに大きな自負心をもたらしていた。

 

 自身の速度に追い縋れる者を間近に見たことがなかった。

 自身に勝る近接戦闘能力の持ち主と一対一で対峙したことはなかった。

 以前一蹴した相手が自分以上の速度で駆け回るなど、まるで予想していなかった。

 

 限界まで出力を上げた《自己加速》でジョンソンが踏み込む。

 瞬きの間に10メートルもの距離を詰め、低い姿勢から左肘をがら空きの胴へ。

 

 他愛もないと口元を歪めた、その瞬間――。

 

 気付けば、間近に相手の膝が迫っていた。

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 

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