モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

103 / 110
 
 
 連日投稿5日目です。
 よろしくお願いします。
 
 
 
 
 


第30話

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 ジェネレーターの襲撃を受けたのは駿たちのいる搬入口だけではない。

 正面入り口で激戦を続ける克人と将輝の前に2人。そして避難の続く地下通路にも1人、虐殺を命じられたジェネレーターが迫っていた。

 

 最初に接近へ気付いたのは三七上ケリーだった。

 横浜駅方面から忍び込むゲリラの迎撃に当たっていた服部、沢木、三七上、十三束の内、後衛で防御を担当していた三七上は突如響いて来た轟音と振動に警戒を高めていた。

 

 遠くない場所で爆発が起きた。通路全体に振動が走ったのを鑑みるに、何処かでまた崩落が発生しているかもしれない。急ぎ振動の発生源へ向かい、状況を確認する必要があるだろう。

 

 頭でそう考えながらゲリラへの対処を続けていた三七上はふと敵の最後方から歩み寄る男に目を留めた。

 他のゲリラとは異なる一般人に扮した服装。ハイパワーライフルはおろか拳銃の一つすら所持している様子もなく、サングラスに隠れた表情からは一切の感情が窺えない。

 

 先刻、地下通路の入り口で見た男と同じ雰囲気があった。

 そうと気付いた瞬間、三七上は前線へ向けて警告を飛ばす。

 

「注意しろ! ヤツは多分、例のジェネレーターとかいうやつだ!」

 

 警告を聞いた瞬間、沢木はすぐに十三束へ後退を指示した。

 頷いた十三束がバックステップで服部の傍まで下がり、油断なく重心を落とす。服部も三七上も接近戦ができないわけではないが、単独でジェネレーターの攻撃を凌ぐのは難しい。盾役としてカバーに入るのに、三七上も十三束本人も異論はなかった。

 

 唯一ジェネレーターを知らない服部は驚きを滲ませたものの、仲間の警戒ぶりからすぐに男の脅威度を察する。4人掛かりで対抗すべきというのなら、他のゲリラは早々に片付ける必要があるとも。

 

 そうと決めてからの行動は早かった。

 ブレスレット型のCADを叩いた服部は、照準を定めながら前衛へと呼び掛ける。

 

「跳べ、沢木!」

 

 返事を待つまでもなく魔法式を投射した。

 一高内では真由美の代名詞とされている氷弾が壁を蹴って跳ぶ沢木の下を通過し、残ったゲリラへと殺到。生身の身体へ次々に突き刺さり、ドライアイスの弾丸によって周囲の空気が冷却された結果、着弾箇所に結露した水滴が浮かび上がる。

 

 服部の魔法は続く。

 無数の氷弾に打たれたゲリラが怯む間に床面から電子を抽出・増幅し、血と水滴の滲む傷口へ向け電撃を集中。電気抵抗の低い体内へ直に電流を流し込む。

 

 消耗が激しいからと使用を控えていたコンビネーション魔法。

 濡れた傷口から強い電撃を浴びたゲリラたちは為す術もなく倒れていった。

 

 容赦のない一撃に十三束は目を丸くして、沢木と三七上も苦笑いを浮かべる。

 沢木や花音を抑えて二学年随一とされる服部の、これが実力の一端だ。

 

「畳みかけるぞ」

 

 油断なくそう言って、服部が次の魔法式を放つ。

 視線は倒れたゲリラの向こうから迫るジェネレーターを捉えていた。先の《ドライ・ブリザード》はゲリラのみならずジェネレーターまで届いていたものの、ダメージを負った様子はまるでない。

 

 《対物障壁》か、或いは別の魔法か。

 敵の能力を暴くため、3種類の魔法が立て続けにジェネレーターへと襲い掛かる。

 

 第一の矛、相手に直接作用する《移動魔法》は干渉力の鎧を突破できずに霧散した。

 第二の矛、抽出した電子を浴びせる《スパーク》は皮膚の表面を流れただけだった。

 第三の矛、扇状に展開した《偏倚解放》が圧縮空気の砲弾を放つと、ジェネレーターは交差した腕で顔を庇い、大きく後方へと弾かれていった。

 

「圧力なら効果がある。沢木、得意のアレを使え」

 

「了解だ!」

 

 吹き飛ばされたジェネレーターを追いかけて、沢木が強く床を蹴った。

 自身を圧縮空気の層で覆う《空気甲冑(エア・アーマー)》と《自己加速》をマルチキャストし、拳の間合いの一歩外まで踏み込む。

 

 音速にまで加速された拳がジェネレーターの胸元20cm手前に突き出された。

 拳と拳を覆う圧縮空気の層がジェネレーターとの間にある空間を叩き、衝撃波となって放たれる。質量体の進入を阻む《対物障壁》は拳それ自体を防ぐことはできても、音速で迫る空気の槌を防ぐことはできなかった。

 

 ジェネレーターの身体が斜め上方へと打ち上げられる。

 《情報強化》と《干渉装甲》で固めた身体も衝突のダメージは防ぐことができず、天井へ叩きつけられたジェネレーターは両腕を交差した姿勢のまま落下した。感情を失った男の顔に極僅かな苦悶が生じ、噛み締めた奥歯が軋みを上げる。

 

 効いていると全員が思った。

 けれど床へ落ちる直前、ジェネレーターは《慣性制御》の魔法を発動。

 右手一本で跳ね起きた男は何事もなかったかのように4人の前へ立つ。

 

 沢木の脳裏に『人間兵器』と表する声が蘇った。

 CADを用いることなく強力な魔法を使いこなし、ダメージを負ってなお怯むことも守勢に回ることもない。機能を停止するまで止まらない『兵器』そのものだと、小さく息を呑む。

 

 驚きを浮かべる彼らへ、ジェネレーターは無造作に右手を伸ばした。

 瞬間、男の掌の先から猛禽を模った炎が放たれ、沢木へ向けて飛翔する。

 

「化成体……! 避けろ!」

 

 服部が叫ぶのと同時、沢木は炎の下を潜るように滑り込む。

 鼻先を掠めた猛禽はそのまま飛翔を続け、後方の三人へと迫った。

 最前の十三束が怯むことなく踏み込み、サイオンを纏った拳を業火の中心へと叩きつける。

 

 高密度に圧縮されたサイオンの層が、化成体を構成する術の核を打ち砕いた。

 炎の猛禽は瞬く間に霧散し、残火の中から頬に煤を付けた十三束が現れる。事象改変の余波で生じた煤と熱こそ浴びていたものの、十三束の身体に火傷の跡は一つもなかった。

 

 百家本流『十三束家』の長男、十三束(はがね)が囁かれる異名『レンジ・ゼロ』。

 それは名家に生まれながら遠隔魔法を苦手とする彼を揶揄する表現であると同時に、ゼロ距離で無類の強さを誇る彼を称える言葉でもある。

 

 精神に強固な核を持つ十三束にはサイオンを引き付ける体質があり、これを利用することで扱える者のほとんどいない《術式解体》を限定的に再現。

《接触型術式解体》と名付けられたその魔法は、身体に触れる魔法のことごとくを打ち破る鎧となり、また全身を覆うそれはあらゆる守りを貫く矛としても機能する。

 

 十三束がジェネレーターの魔法を粉砕する後ろで、服部と三七上はじっと敵の魔法を観察していた。十三束の能力を信頼しているからこそ出来ることで、貴重な分析の機会を二人は存分に活用して見せた。

 

()()()()。いつでもいけるぞ」

 

「十三束、沢木と連携して敵の守りを剥がせ」

 

「わかりました!」

 

 三七上の首肯と服部の指示を受け、十三束が駆け出す。

 ジェネレーターが続けざまに化成体を放ち、十三束の脇を抜けた二つが服部と三七上へ向かった。弧を描いて飛翔する炎の猛禽は瞬く間に二人へ迫り、衝突の直前、突如として炎が勢いを失った。

 

 指定した領域を窒素で満たす収束系魔法。

 三七上の展開した魔法は酸素が必須の燃焼を許さず、化成体の纏った炎を即座に鎮火させた。

 

 次々に放たれる炎の猛禽を三七上は一つ残らず撃ち落としていく。

 一度見た相手の魔法に対し最適な対抗魔法を選出、的確に用いる技能において、三七上は一高随一の能力を誇る。多種多様な障壁魔法を操る克人とは別方向の対処能力こそ三七上ケリーが共同警備隊に選出された理由だ。

 

 攻め手を封じられたジェネレーターに対し、沢木と十三束の二人が攻めかかった。

 速度と一撃の重さを両立した沢木が拳圧で相手の姿勢を崩し、《接触型術式解体》を纏った十三束が守りの魔法を破壊する。

 守りを崩されたジェネレーターはすぐに同じ防壁を張り直すものの、《対物障壁》も《情報強化》も《干渉装甲》も展開したそばから十三束に砕かれ、合間に挟まれる沢木の一撃で着実にダメージを蓄積させていった。

 

 やがて限界を迎えたジェネレーターは捨て身の攻勢に出る。

 自身へ化成体に纏わせていた炎を着火させ、迫る沢木と十三束を牽制。燃え盛る自身を《領域干渉》で覆って三七上の収束魔法をレジストすると、手近な十三束へ向けて飛び掛かった。

 

 迎撃か退避か。迷った十三束が固まり、退避を始めた時にはもう間近に迫っていた。

 咄嗟に踏み込んだ沢木の拳も届かず、十三束が口惜しさに眉を寄せる。

 

 瞬間、頭上から吐き出された圧縮空気の塊がジェネレーターを押し潰した。

 倒れたジェネレーターの背中で圧力が解け、収束されていた二酸化炭素が拡散。酸素の供給を断たれた炎はすぐに鎮火し、末端の炭化した男の身体だけが残った。

 

 《ドライ・ブリザード》の過程において生じる二酸化炭素に偏重した空気塊を相転移の工程を経ることなく圧縮し、移動魔法によってぶつけたのが今の結果。

 多種多様な魔法を状況に応じて使い分ける服部ならではの魔法が、ジェネレーターの一人を討ち取った。

 

「片付いたな。生き残りを拘束してから一度中条たちのところへ戻ろう」

 

 強敵を打ち破ったことに安堵も誇りも滲ませず、粛々と続く方針を示す服部。

 二学年筆頭の変わることのない勤勉さに、沢木たちは頼もしさと末恐ろしさの両方を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 タイヤを固めた輸送トラックから降りてきた三人の男。

 大柄な身体を簡素なシャツとデニムで包み、目元はサングラスに覆われている。違うのは細かな体形と髪ぐらいなもので、禿頭の一人を背に黒と茶髪の男二人が前に立った。

 表情は揃って無色なまま感情が窺えず、ホームオートメーションロボのようなそれが大亜連合で作られた人間兵器であることを僕は知っている。

 

 すぐに警告しなくては。

 と、振り向いた時にはすでに一色さんが魔法式を完成させていた。

 

 路面から電子を電離させ、対象の周囲の抵抗値を下げることで放つ電撃魔法。

 《領域干渉》の外から放たれた《スパーク》がジェネレーターの一人を呑み込む。

 しかし――。

 

「《絶縁フィールド》……! あのタイミングで間に合わせるなんて」

 

 一色さんの魔法は新たに展開された防壁によって防がれてしまった。

 すでに展開済みの《領域干渉》に加え、電撃による干渉を妨げる《絶縁フィールド》が繭のようにジェネレーターそれぞれを覆っている。続けて《対物障壁》も外側の層に加わり、いよいよ攻撃の手立てが少なくなった。

 

 守りの魔法を展開したのは三人の内、最後方に控えて動かない禿頭の一人だけ。

 恐らくは三人それぞれに役割があるのだろう。残る二人はこちらを注視したまま歩いてくるだけで、魔法を使う素振りも見せていない。

 

「速度といい強度といい、並の魔法師じゃないな。こんな奴らを温存していたのか」

 

 反撃してこない敵を睨みながら、渡辺先輩が呆れを装って呟く。

 CADに触れた手はいつでも魔法を撃てるように構えたままで、同じように臨戦態勢を固める一同へ、彼らの正体を明かして聞かせる。

 

「彼らはジェネレーター、自我と引き換えに魔法力を引き上げられた『人間兵器』です」

 

 最早なりふり構っていられる状況ではない。

 連中の能力次第では最悪の事態にすらなりかねないのだ。

 僅かでも有利にできるのならこの程度、躊躇ってはいられない。

 

「『人間兵器』……? どうしてそんなことを」

 

「すみません。説明している時間はありません。今は連中一人一人がA級の戦闘魔法師に匹敵するとだけ認識してください」

 

 千代田先輩の反問もそう言って誤魔化し、残骸の陰から立ち上がる。

 途端、ジェネレーターたちの目が向けられ、先行する二人の足がこちらへ向いた。

 

 速度重視の一撃とはいえ、師補十八家の直系が放った魔法を事も無げに跳ね返す防壁だ。僕の干渉力程度では破ることはおろか揺るがすこともできないだろう。たとえ『あの魔法』を使ったとしても結果は変わらない。

 これが普通の魔法師なら手数で押して負担を強いることもできるが、精神を改造されたジェネレーターが相手では効果が薄い。魔法力が底上げされていることもそうだが、疲労や苦痛では止まらない相手に消耗戦は悪手でしかない。

 

 直立戦車を相手にした時と同じだ。

 渡辺先輩や千代田先輩、一色さんといった決定打を持つ人が連中を仕留められるだけの隙を作る。そのための陽動と、強固な守りを剥がすのが僕にできる精々だろう。

 

 幸い、ジェネレーターの守りを崩す手段ならある。

 僕自身も魔法を使えなくなるという欠点はあるが、味方のいるこの場であれば問題ない。

 

「どうするつもりだ?」

 

「防壁を剥がします。先輩方は奥の男を狙ってください」

 

 懐から鈍色の指輪を取り出し、左手の指へと嵌める。秘密裏に処分しようと平河先輩の手から回収していたものだが、まさか自分で使うことになるとは思わなかった。

 

 ゆっくりと踏み出していた足を速める。

 黒と茶色の髪の二人も反応して走り出し、瞬く間に距離が詰まっていく。

 彼我の距離が十メートルほどになったのを見計らい、三重の防壁を纏ったまま迫る相手に向け握った左手を突き出した。

 

 体内のサイオンを中指に嵌めた指輪――アンティナイトへと注ぐ。

 

 全身を揺らす耳鳴りと共に、無秩序な波動が放出された。

 指向性を持たせた波動は周囲のイデアを満たし、展開された魔法式をかき乱す。ジェネレーターの纏っていた守りが溶けるように消え、不協和音に晒された二人の男は困惑しながら膝を突いた。

 

「なによ、これ……!」

 

「『キャストジャミング』? どこでそれを……」

 

 後ろから先輩たちの呻きが聞こえてくる。

 前方に集中して放出したつもりだが、まだ制御が甘かったようだ。

 

 だとすれば尚更、相手の方へ踏み込む必要がある。

 腰に提げていた警棒を抜き、立ち上がろうと藻掻く黒髪の男へ振り下ろす。頭を庇った腕に先端が食い込み、骨の砕ける感触が伝わってきた。

 感情を奪われたジェネレーターにも痛みを厭う本能は残っているようで、無事な左手で反撃の拳を振るってきた。

 

 一歩後に退いてやり過ごし、相手が体勢を整える前に再度警棒を振るう。

 肩を狙った一撃は避けようと動いたジェネレーターの背中へと落ち、立ち上がりかけていた相手が路面に倒れ込んだ。

 

 このままこの一人だけでも。

 震えの湧きだした手で固く柄を握り、倒れた男の首筋へ振り下ろす。

 

 瞬間、横合いから蹴り上げられた足に手首を打たれ、握っていた警棒の感触が指先から消えた。

 

 痛みと痺れが筋を通って伝わり、思わず呻きが漏れる。

 もう一人の存在を忘れたわけではなかったが、予想以上に立ち直りが早い。

 茶髪の男は足を引き戻した拍子にたたらを踏んだものの、それ以上バランスを崩すことはなかった。

 

 元は近接戦に秀でていたのかもしれない。だとすれば不利なのはこちらの方だ。

 魔法式の構築を阻害するキャストジャミングは、魔法なしでも戦うことのできる相手には通用しにくい。身体能力を高められたジェネレーターなら尚更、効果は限定的だろう。

 

 実際、キャストジャミングの波を浴びても相手は口元を強張らせるだけで、踏み込む足が止まることはなかった。

 こちらが後退する以上の速さで近付く男が膝を突きだし、避けきれずに鳩尾を強く打たれる。

 

 内臓を押し潰される感覚。抱えていた息が零れ落ち、背中から地面へと落ちる。

 転がった拍子にキャストジャミングが途切れ、顔を上げた先ではすでに男の拳が握られていた。

 

「やらせない!」

 

 裂帛の声と共にジェネレーターの足元で火花が散り、危機を察した男が跳び退(すさ)る。

 

 駆け寄ってきた一色さんは間を置かずにもう一度《スパーク》を放つものの、今度の雷撃は再展開された《絶縁フィールド》に阻まれてしまった。

 見れば、輸送トラックの傍に控えていた男がこちらへ手を伸ばしている。キャストジャミングが途切れたのを見てまた防壁を張り直したのだろう。

 倒れていた黒髪のジェネレーターも痛々しく曲がった腕を揺らして立ち上がり、無表情のまま茶髪の隣へと並ぶ。

 

「立てるわね?」

 

「……もちろん」

 

 痛みに軋む身体を肘と膝で支えて持ち上げる。

 息をする度に鳩尾が煩く騒ぎ立てて、漏れる息はどうしても荒くなった。

 ままならない身体に苛立ちが募り、冷静さを取り戻すためにも()()()()()()()()()()()

 

 そうすると、喉元にせり上がっていた苛立ちが収まっていった。

 痛みと息苦しさがぼやけ、戦いに必要な情報だけを優先できるようになった。

 

 茶髪のジェネレーターにはキャストジャミングが効かない。或いは効果が薄い。

 一方の黒髪は右腕が使えない。どんな魔法を使ってくるかはわからないが、先に手負いのこちらを倒しておくべきだろう。

 奥に控えた禿頭のジェネレーターはすでに先輩たちの攻撃に応対している。守りを破るのに集中してもらうためには、後ろへ抜かせるわけにはいかない。

 

 やるべきことは明確。

 あとは一色さんと二人だけで同数のジェネレーターを抑えられるかどうかだ。

 

「次は失敗しない。一色さんは遠慮なく魔法を撃ち込んでくれ」

 

「任せて」

 

 打てば響く快諾に遠ざけた衝動が小さく鳴った気がした。

 

 直後、三重の防壁を纏い終えた二人のジェネレーターが駆け出す。

 キャストジャミングでの妨害を恐れてか、左右から挟み込むように近付いてくる。

 

 連中が動き出すのと同時に左手を黒髪の男へ。

 一度目よりもさらに細かく、濃密に。一人だけを阻害すべくジャミング波を放った。

 

 ジャミング波がジェネレーターを包んだ瞬間、纏っていた防壁が揺らいで溶ける。

 こちらは耐性も低いのか、二回目にもかかわらず足を止めて頭を抱えだした。間を置かずに一色さんの《スパーク》が炸裂し、全身を麻痺させられた男が倒れる。狙い通り、収束させたキャストジャミングは周囲へ雑音を漏らすことなく、一色さんの魔法が妨げられることはなかった。

 

 まずは一人。問題はここからだ。

 

 視線をスライドして敵の位置を確認。

 黒髪と反対側に回り込んだもう一人はすでに右腕を引き絞っていた。恐らくは地下通路で戦ったジェネレーターと同系統の体術だろう。まともに受ければ命の保証はない。

 

 左手を男へ向けつつ、全力で距離を取る。

 幸い敵はこちらを優先しているようで、別々に跳んだ一色さんを見ることもなくこちらへ向かってきた。

 

 固く握り込まれた拳が突き出される。

 直前の焼き直しのような一撃。来るとわかっていれば対処は難しくなく、タイミングを合わせて身体を捻って軸をずらす。自分から回転することで衝撃を和らげた結果、さっきのように殴り飛ばされてしまうことは避けられた。

 

 ジェネレーターとすれ違った直後、待っていたとばかりに男の足元から雷撃が立ち上る。

 一色さんの魔法をまともに受けた男は小さな呻きを漏らして背中を丸めた。髪の焦げる嫌な臭いが鼻につき、自然と眉が寄る。

 

《絶縁フィールド》の無い状態で《スパーク》を浴びたのだ。

 死に至るかはともかく、戦闘不能には持ち込めるだろうと踏んでいた。

 

 しかし、雷撃が止まっても男が倒れる気配はなかった。

 どころか身体を起こした男はすぐにこちらを振り返り、鋭い眼差しを向けてきた。

 火傷の跡が残る腕を振り上げ、握った拳を振り下ろさんと迫る。

 

 魔法を使った気配はない。先程までの機敏さも残っていない。

 けれど不意を突かれたせいで反応が遅れ、避けられたはずの攻撃が避けられない位置まで来てしまった。

 

 そうして三度目の衝撃を覚悟した瞬間、男との間を割るように黒い一閃が通り過ぎた。

 

「はあ!」

 

 渡辺先輩の振り上げた《圧し斬り》の刃が男の腕を斬り落とした。

 

 滑らかな断面から血が溢れ、片腕を失った男が声もなく苦悶する。

 無事な左手で右手首を握り背中を丸めて震える男へ、振動波で意識を奪う魔法が放たれた。恐らくは千代田先輩か十七夜さんの魔法だろう。

 

 最後のジェネレーターが倒れるのを見届けて、堪らず息が漏れる。

 汗がどっと吹き出してきて、額や首筋を流れるそれを制服の袖で拭った。

 手首と鳩尾はじりじりと鈍い痛みを訴えていて、キャストジャミングで揺さぶった名残が吐き気として残っていた。

 

 助かったと感じた。けれどそれ以上に油断した自分が情けなかった。

 もしも先輩たちが加勢してくれなければ怪我を負っていただろう。ジェネレーターのあの様子を見る限り重傷にはならなかったと思うが、ただでさえ実力不足な人間がハンデを負って戦い抜ける戦場じゃない。

 

 どうあれ、これで大方は凌いだだろうか。

 敵の車両は見える限り全滅。歩兵も大半が後退していて追加はない。

 ジェネレーターまで出してきたのには驚いたが、そう数を揃えられるはずもないだろう。元は大亜連合軍ではなく、無頭竜が生み出し売りつけたものなのだろうから。

 

 息を整えるなり渡辺先輩に捕まり、何度目ともわからない叱責を受ける。

 千代田先輩はもちろん、今度は五十里先輩も控えめながら加わってただ頭を下げることしかできなかった。

 微笑を浮かべる一色さんの横で十七夜さんは呆れたような表情をしていて、一段落したと見るや会議場の中へ戻らないかと促される。

 

 

 

 ――直後、強い事象改変の兆候を感じて振り返った。

 

 

 

 搬入口を守る後衛のさらに向こう、国際会議場の上空に巨大な魔法式が投射されていた。

 イデアに放たれた魔法式は記述通りにエイドスの書き換えを開始。変更されたエイドスの記述に従い、現実が塗り替えられていく。

 

 何が起きたのか、肉眼ではまったくわからなかった。

 けれど魔法師としての感覚が、イデアにアクセスする無意識の感覚が、事象改変の内容を大まかに掴んでいた。

 

「屋上の空気への干渉……。まさかっ!」

 

 夏の終わり、有明で目にした少女が脳裏に浮かぶ。

 少女が揮うのは『十三使徒』の一角が誇るものと同じ極めて強力な魔法。

 規模次第で戦略級にもなり得るそれを、僕はただ見上げることしかできなかった。

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。