モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第24話

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 駿と小春の捜索は共同警備隊主導で行われることとなった。

 

 鈴音たち代表メンバーは本番間近ということもあって控え室へ残り、代わりに護衛役として鈴音に付いていた真由美と摩利が捜索へ加わる。

 三人の他には花音だけが残る形となったが、「達也がいれば問題ない」との意見で達也以外の六人が同意。呆れを覗かせる達也を放置して、真由美、摩利、小早川の三人は控え室を出ていった。

 

 捜索に加わった3年生女子三人の内、真由美は一人克人の待機する臨時指令室へと向かった。

 多方面へ視野を広げる異能――《マルチスコープ》を最大限に活かすには、克人の傍にいるのが最も都合がよかった。

 

「十文字くん、席を一つ借りてもいいかしら」

 

「もちろんだ。お前のやり易いようにしてくれて構わない」

 

「ありがと」

 

 克人の方も心得たもので、指令室を訪れた真由美に一切の疑問を持つことなく頷いた。

 礼を言って席に着いた真由美は目を閉じ、《マルチスコープ》で会議場内の捜索を続ける。この場へ来る途上から広げていた視野を最大限にまで拡大し、舞台袖やキャットウォークなど人の少ない場所から優先的に探していった。

 

 そうして本格的な捜索を始めてからおよそ10分後、真由美がはっきりとした声で呟く。

 

「――見つけた。多分、ここだわ」

 

 方々へ散らしていた『視界』を集め、それらしい一点を多角的に捉える。

 壁と天井に覆われたそこは真由美の異能ですら中を見通すことができず、広い会議場で唯一のブラックボックスとなっていた。

 

 周囲の景色や扉脇のプレートから位置を特定し、目は閉じたまま克人へ場所を伝える。

 

「1階の裏手側、舞台袖近くの第11準備室よ。そこだけ中が覗けなくなっているわ」

 

 「中が覗けない」と聞いた克人は僅かに眉を寄せた。

 

 《マルチスコープ》を持つ真由美が見えないとなると、そこには魔法を使った探索を妨害する処置が施されているということだ。

 ただ鍵を掛けるだけでなく魔法に対する隠蔽まで行っているとなれば、中で起きていることは十中八九後ろ暗いことだろう。当然、隠蔽を働いた術者が中に潜んでいる可能性も高い。

 

 万が一もあり得る。そう判断した克人はすぐさま無線を手に取った。

 

「一高の十文字だ。捜索対象の位置を特定した。沢木、三七上(みなかみ)、一条、十三束の4名は速やかに第11準備室へ向かってくれ。尚、現場には魔法師が潜んでいる可能性が高い。十分に注意しろ」

 

 真由美が驚きと共に目を開き、無線を置いた克人を見上げる。

 克人が指定した四人は全員が対人戦闘スキルに秀でた()()()()()だ。まるで本格的な戦闘を想定しているかのような選出には真由美も動揺を隠せなかった。

 

「用心に越したことはない」

 

 視線だけの問いへ断言を返して、克人は泰然と腕を組む。

 じっとテーブルの一点を見つめる横顔を目にした真由美は、自身の中に残っていた楽観に気付いて短く息を吐いた。

 

「そうね。十文字くんの言う通りだわ」

 

 意識を切り換えた真由美はすぐに端末を取り出し、捜索に当たっている親友へと通話を繋げる。

 コールの音が鳴る間に立ち上がり、克人へアイコンタクトだけを送って指令室を後にした。

 

「――摩利、二人の居場所がわかったわ。マスターキーを貰って送るから、あなたは一階の第11準備室へ向かって頂戴」

 

 通話を取った摩利へ早口に場所だけを伝えながら、真由美は注目を集めないぎりぎりの速さで管理室へと足を繰り出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 平河先輩の誘導で閉じ込められてから1時間余り。

 脱出の目途が立たないまま、一高の発表が始まる15時を迎えてしまった。

 

 焦りに震える身体を、両手を振ることで誤魔化す。

 固く閉じた扉は一切の操作を受け付けず、壊そうにも僕の魔法力では穴一つ開けられない。端末も無線も不通になっていて誰かに連絡することもできず、打つ手のないまま時間だけが過ぎていた。

 

 このままだと何もできないまま侵攻が始まってしまう。

 敵も増えている上、すでにこの会議場内へ侵入されている可能性も高い。原作以上に状況が悪化することもあり得るだろう。

 

 どうにかしなければ。

 考えるほどに焦りは募り、何もできない現状に苛立ちが増した。

 自分が至らないことは承知していたが、扉一つ破れないとは本当に情けない。

 

 できることといえば、通り掛かる人が気付くことに期待して扉を叩き続けるくらいだ。

 それすら1時間続けて何の反応もないのだから、望みは薄いと判断せざるを得ない。

 

 とはいえ可能性がゼロでない以上、止めることはできなかった。

 手の感覚がなくなろうが、テロリストたちの怒号が響こうが、それしかできることがないのだから。

 

 そうして無心で扉を叩き続ける時間が過ぎ、15時を回って少し経った頃。

 どれだけ手を尽くしても開けられなかった扉が独りでに開き、見知った顔が目の前に現れた。

 振り下ろした拳が相手へと迫り、気付いたときには自分でも止められなくなっていた。

 

 危ないと思ったのも束の間、相手は見事な反応で手を受け止めた。

 途端、万力のような締め付けが手首を襲い、思わず呻き声が漏れる。

 

「――っと、すまない。咄嗟のことでつい力が入ってしまった」

 

 はきはきとした声と共に手が解放される。

 力の抜けた拍子に膝が折れ、片膝立ちになったところで肩に手を置かれた。

 

「立てるかい?」

 

「……ええ、大丈夫です。助けに来てくださって本当にありがとうございます」

 

 促されるままに立ち上がり、後退して道を空ける。

 中へ入った沢木先輩は目を丸くし、室内をざっと見渡すなり問いかけてきた。

 

「これは……。森崎くん、君がやったのか?」

 

 部屋の方々には衣服で手足を縛った五人の男と、意識を失ったままの平河先輩をそれぞれ横たえてあった。

 

「はい。不審物の確認で部屋へ入ったところを襲われたため、無力化し拘束しました」

 

「すごいな。一人で五人を捕まえたのか」

 

 言いながら、沢木先輩が部屋の中央へ歩いていく。

 と、彼の後に続いて警備隊のメンバーが次々に部屋へと入ってきた。

 

「災難だったな」

 

「怪我もなさそうでよかったよ」

 

 沢木先輩と同じ二年の三七上ケリー先輩に加え、同学年の十三束と三高の一条将輝までもがいて唖然としてしまった。

 

「十文字さんの指示だ。何事もなかったようで何よりだ」

 

 そう言って、一条は拳銃形態のCADを懐へ収める。

 警備隊のメンバーを割いてまで探してくれていた時点で驚きだが、これだけの面子となればそれも一入(ひとしお)だ。どうやら十文字先輩は直接的な戦闘が起きることも想定していたらしい。

 

「ありがとうございます。お陰で助かりました」

 

 先輩たちへ腰を折っていると、彼らの後ろから更に部屋へと入ってくる人がいた。

 

「無事なようだな」

 

「渡辺先輩、どうしてこちらに?」

 

 てっきり客席で発表を見ているものだと思っていたせいで、驚きよりも疑問が先行してしまった。

 だからだろう。渡辺先輩は心外だとばかりに口を引き結び、据わった目で端末を揺らしてみせた。

 

「ご挨拶だな。まったく、誰がマスターキーを取ってきてやったと思っている」

 

 不満をありありと見せる渡辺先輩はしかし、すぐ後ろの人物に押されるようにして脇へとずれた。

 

「森崎! 小春は、小春は無事か?」

 

「小早川先輩……。はい。気を失われてはいますが、怪我などはありませんよ」

 

「そうか! それは、よかった……!」

 

 大きく息を吐いた小早川先輩はそのまま平河先輩の傍へ行き膝を折る。

 一方で沢木先輩たちは拘束した男たちを立たせ、室外へと連れ出していった。骨折した腕が痛むのだろう。男たちは母国語らしい言葉で苦悶と恨みを呟いていた。

 

 男たちが通り過ぎるのを見送った後、一人残った渡辺先輩は長いため息を吐く。

 

「まあ、なんだ。ともかく、二人とも無事で安心した」

 

 どこか恥ずかしげに言う先輩を見て、先程までとは別の震えが背中に走った。

 焦りと異なる震えはうなじにまで及び、視線の落ちるまま感謝を口にする。

 

「本当に、ありがとうございました」

 

 その時の先輩の表情は判らなかったが、鼻を鳴らすような声だけが耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

 その後、男たちは駆け付けた本職の警備員に引き渡され、持っていた銃と共に連行された。

 意識のない平河先輩もまた担架で運ばれていき、付き添いで医務室へ向かった小早川先輩を除く五人と僕だけが準備室の前に残った。

 

「真由美と十文字にはあたしから伝えておこう」

 

「渡辺先輩」

 

 端末を手に踵を返したところを呼び止めると、彼女は怪訝そうに振り返った。

 

「ご報告が済んだ後、少しでいいので七草先輩とお話させて頂けませんか」

 

 途端、眼差しが真意を量るように鋭くなる。

 先を促すような視線には応えずまっすぐに見返していると、やがて彼女の方が折れて不満げな息を吐いた。

 

「……いいだろう。特別に、内容は聞かないでおいてやる」

 

「ありがとうございます」

 

 背を向けた先輩に感謝を示しながら、意識の一端は胸の内ポケットへと向いていた。

 

 警備員はもちろん、沢木先輩たちや渡辺先輩にすら『それ』の存在は話さなかった。

 平河先輩がテロリストと通じていた証拠であり、魔法師にとっては非常に厄介な武器となる代物。いざという時の備えという意味でも持っておく価値はあるはずだ。

 

 渡辺先輩の報告は短く、ほんの1,2分で端末を渡してくれた。

 受け取った端末を手に一同から距離を取り、ミュートを解いて囁くように呼びかける。

 

「お電話代わりました。森崎です」

 

『ああ、森崎くん。無事でよかったわ。それで、私に話って一体どうしたの?』

 

「平河先輩について、七草先輩にだけお知らせしておこうと思いまして」

 

 それだけで何かを感じ取ったのか、通話越しに小さく息を呑んだのがわかった。

 

 

 

 平河先輩の乱心は、『森崎駿()』が『僕』であることによって生じた弊害だ。

 

 無頭竜の工作の犠牲にされる彼女と小早川先輩を守りたい。

 そんな身勝手な想いで手を回した結果、平河先輩は心に傷を負うだけでなく当の無頭竜に利用されるまでになってしまった。

 「僕のために」と語った時の表情は妹の千秋のそれと同じで、周公瑾による洗脳があったことは間違いない。

 

 周公瑾の洗脳は相手の抱える想いを扇動し、思考を都合よく誘導するものだ。

 つまり、平河先輩は元から『僕のためになりたい』という想いを持っていたことになる。

 

 きっかけは多分、ミラージ・バットの一件だろう。刻印術式のアイディアを提供したことで感謝の言葉を貰ったこともあるし、あれ以来、平河先輩は頻繁に話しかけてくるようになった。

 

 あの時向けられた想いを利用されたのだとすれば、その原因は間違いなく『僕』だ。

 僕の軽率な行動が、またしても被害者を増やす結果に繋がった。

 であれば、罪に問われるべきは彼女ではなく僕の方だろう。

 

 

 

 彼女の名誉を守るため、洗脳された事実と凶行は七草先輩にだけ伝えることにした。

 十師族『七草』の権威を借りれば、表沙汰になる前に対処できるかもしれない。ブランシュ事件で壬生先輩が許されたように、平河先輩にも寛大な処置が得られるかもしれない。

 

 平河先輩の運命を歪めた僕にできるのは、その程度しかなかった。

 

『平河さんがそんなことを……』

 

「先だって錯乱を疑われた先輩の妹、平河千秋と似たような剣幕でした。もしかすると、何者かに洗脳を受けたのではないかと」

 

 アンティナイトの存在は隠しつつ、利用されただけの被害者となるように証言を並べる。

 あくまで洗脳されたが故の行動だと思われるように、都合の悪い部分は語らず精神鑑定と洗脳の解呪を願い出た。

 

『わかったわ。平河さんの状態と検査については、私から伝えておきます』

 

「ありがとうございます。よろしくお願い致します」

 

 諸々の対応を請け負ってくれた七草先輩に心からの謝意を示す。

 あとは今日を乗り切ることができれば平河先輩にも平穏が戻るだろう。後悔や苦悩もあるかもしれないが、小早川先輩のように親身になってくれる人がいればいずれ立ち直ることはできるはずだ。

 

 要件も終えたので渡辺先輩に返そうと端末に手をかざす。

 しかし画面に表示されているミュートボタンに触れる直前、七草先輩から待ったが掛けられた。

 

『あ、ちょっと待って。私からも一ついいかしら』

 

「もちろんです。何でしょうか」

 

 改まって問いかけると、先輩は何やら呆れたように息を吐いた。

 ため息のような、深呼吸のようなそれの意味がわからずにいると、やがて柔らかな囁きが聞こえてくる。

 

『あまり無理はしないでね。森崎くんのことを心配している人は、あなたの思う以上にたくさんいるのよ。もちろん、私も含めて』

 

 堪らず、息が詰まる。

 見透かされたかと思うほどの一言で、相槌の一つも打つことができなかった。

 

『あなたが何を背負っているのか。どんな想いを抱いているのか。私には判らないけど、今あなたの傍にいる人たちを見失わないで。それが私からのお願い』

 

 言葉通りではないと、なんとなくわかってしまった。

 

 きっと、七草先輩は僕の過去を知っているのだ。十師族の情報網があれば経歴を洗い出す程度は簡単で、沖縄のことも京都でしたことも把握していておかしくない。

 日頃の無茶はそれが理由だと思ったのだろう。『彼女』を救えなかった過去に囚われているのだと、そう考えたのかもしれない。

 

 そんな殊勝な理由じゃないと叫びそうになる。

 もっと身勝手で、中途半端で、情けない。嘘を取り繕う子どものような、見苦しい意地に過ぎないのだと。

 

「……ご厚意、ありがたく頂戴します」

 

 吐き気に似た衝動と憤りを押さえつけ、努めて平静に答える。

 先輩の心遣いを嬉しく感じたのも決して嘘ではなかった。

 

『ええ。それじゃあね』

 

 幸いにして、七草先輩が気付いた様子はなかった。

 今度こそ音声を切断し、ぼろを出す前に渡辺先輩へと端末を返却した。

 渡辺先輩も何やら言いたげな表情ではあったが、一礼して振り返った背を呼び止められることはなかった。

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 

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