見出し画像

ヘルマン・ヘッセが「うつ」を乗り越え、世界的文豪になれた理由 #5 境界性パーソナリティ障害

気分が変わりやすい、愛情を人一倍求める、心にもなく人を傷つける……。あなたのまわりに、そんな人はいませんか? もしかしたらその人は、ただの「わがままな性格」ではなく、「境界性パーソナリティ障害」という病かもしれません。精神科医・岡田尊司さんの『境界性パーソナリティ障害』は、この理解しがたい精神の病を、わかりやすく解説した本。気になる中身を一部、ご紹介します。

*  *  *

うつとの戦いだったヘッセの人生

ヘルマン・ヘッセの場合は、どうやって慢性的なうつ症状や自殺願望を乗り越えていったのだろうか。彼の人生は、まさに、うつとの戦いであったが、多くのことを教えてくれる。

画像1

神学校ばかりか、苦労して入ったギムナジウムも辞めてしまったため、大学進学の夢は絶たれることとなった。父親は書店員の仕事を見つけてきて、近くの町に行かせるが、ほっとしたのも束の間、わずか三日後には、ヘッセが行方不明になったという急報がもたらされる

気もそぞろな両親を尻目に、ヘッセは親戚の家に転がり込んでいた。父親も、この頃から、わが子に期待をかけることを諦めたようだ。

落伍者となった十六歳のヘッセは、実家で暮らすことになるが、失敗したかつての神童に、周囲の目は冷ややかだった。ヘッセは自分の殻にこもり、庭仕事をするか読書をするかして日々を過ごす。家には、医者だった祖父が遺した古い蔵書があったのだ。

そこでヘッセは、生まれて初めて、誰にも強制されずに得た楽しみを味わうようになる。ヘッセは作家になりたいと言い出し、一人暮らしをするための金銭的援助を父親に求めるが、父親は、当然のことながら拒否した。父親だけでなく、家族の誰もが、そんなヘッセと反目し合うようになる。そのままでは、再び悪い状態がぶり返していただろう。

そんな緊張状態を改善する糸口となったのは、これまでとは、まったく毛色の違う仕事に就くことであった。ヘッセは、塔の時計を製作する工場で、見習い職人として働き出したのである。

この路線の変更は、驚くべき効果をもたらした。ヘッセは、職人、技術者としてのこの仕事が気に入り、規則正しく仕事に出掛け、金属にヤスリをかけたり、ボルトを締めたりする仕事に精を出した。

一日働いて帰ってくると、夜は詩を書いたり、手紙を書いたり、読書をして過ごしたりした。あれほど不安定だったヘッセは落ち着きを取り戻し、日々の生活に喜びを感じるようになった

自分自身が望むことを明確にする

しかし、同時に、気持ちに余裕が生まれるにつれて、ヘッセはこれからの人生をどう生きていくのかということを、再び考えるようになる。工場での仕事は気に入っていたし、親切にしてくれる親方にも恩義を感じていた。だが同時に、一生、この仕事をするつもりがないことも明らかだった。

画像2

ヘッセには、今や大きな夢と目標があった。いずれは、作家として身を立てること。しかし、それが容易なことでないこともわかっていた。ときには、逃避的で、非現実的な考えに囚われることもあった。ブラジルに渡って農夫になろうかとか、インドに渡ろうかと英語を習い始めたこともあった。

だが、最終的に、ヘッセは現実的な手段を選択する。もう一度書店員として働きながら、チャンスを探るという道である。大学町として有名なテュービンゲンで書店員の職を見つけると、彼は社会人としての一歩を踏み出す。

仕事はハードで時間も長く、疲れ果てることが多かったが、今度は三日で投げ出すようなことはなかった。工場での仕事の経験が、彼の忍耐力を強めていたし、何よりも今度は、彼自身の決断と意志によって選んだ道だったからだ。テュービンゲンでの下積みの中で、彼は創作を続けるとともに、出版のチャンスにもめぐり合うのである。

ヘッセに回復をもたらしたものは、何だったろうか。規則正しい生活や仕事が、精神の安定にとって重要なファクターとなるということも教えてくれているだろう。

実際、境界性パーソナリティ障害の改善において、治療云々より、まず重要なのは、生活の枠組みをしっかり整えることである。入院や施設での生活によって改善するのは、この部分にかなりを負っている。

また、作業療法や適度な仕事に取り組むことで、集中力や根気が増すとともに、情緒の面でも安定するということは、しばしば経験する。行動のコントロールと情動のコントロールは、互いにつながっているのである。どちらも結局は、前頭葉の機能の問題でもあり、よい刺激や適度な負荷をかけて鍛えることは、行動面でも情緒の面でも、安定化に役立つ。

しかし、それにも増して決定的だったのは、両親が望んだことではなく、自分自身が望むことを明確にし、それに向かって歩み始めたことだろう。そのためには、これまで不安定になって自殺をちらつかせることも、学業をドロップアウトすることも、ある意味、必要だったといえるのである。

さもなければ、両親はヘッセにかけた期待を諦められなかっただろうし、ヘッセ自身も、両親の期待に応えたいという思いから自由になって、自分の道を歩み出すことはできなかっただろう。

◇  ◇  ◇

連載はこちら↓
境界性パーソナリティ障害

画像3

紙書籍はこちらから

電子書籍はこちらから

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。
出版社の幻冬舎・電子書籍部門アカウントです。 小説、エッセイなど文芸作品から、実用書やビジネス書まで、幅広い本の試し読み記事やオリジナルコンテンツ、そのほか幻冬舎にまつわる様々なことを発信していきます!
ヘルマン・ヘッセが「うつ」を乗り越え、世界的文豪になれた理由 #5 境界性パーソナリティ障害|幻冬舎 電子書籍