モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第18話

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 すっかり日も暮れ、人通りもまばらとなった公園の一角。

 街灯から遠く薄暗いベンチに一組の男女が並んで座っていた。

 

 男の方は二十代半ば。流行りのコーディネイトで全身を飾り、組んだ脚の上で端末を操作している。

 一方の女性は十代後半の顔立ちで、こちらは丈の長いブラウスとパンツを合わせた落ち着いた服装だ。両手を膝の上で組み、じっと遠くの街灯を見つめている。

 

 傍目にはカップルの逢瀬に見えないこともないような光景。

 しかし実際は男女のどちらも高揚とは無縁の表情を浮かべていて、顔はおろか視線の一つも合わせることもなく淡々と口だけを動かしていた。

 

「関本くんと浅野さんは八王子にある特殊鑑別所へと収監されました。関本くんの使っていた『道具』は学校側が回収し、警察へと引き渡されたようです」

 

 女性の方――平河小春がそう言うと、男は相槌を打つこともなく端末上の指を動かした。

 どんな操作をしているのかは小春からも覗えず、けれどそれを気にする素振りもなく小春は話を続ける。

 

「ガレージ内の監視データは指示通りシステムへの侵入ログだけを削除し、映像と音声に関してはそのまま残してあります」

 

 小春自身は簡単に説明したものの、本来それは高度な知識と技術を要求されるスキルだ。校内でも有数の技術者である小春が更に研鑽を積んで初めて成し得たことで、現状では達也すらもクリアできない難事に相当する。

 『電子の魔女(エレクトロン・ソーサリス)』の異名を持つ技術士官(響子)には遠く及ばないものの、状況に応じた工作を施すセンスと度胸はすでに学生のレベルを大きく超えていた。

 

「ご苦労。引き続き、対象への監視を続行しろ。当日の動きについては後日、大人(たいじん)から指示される」

 

「わかりました」

 

 男の属する組織にも同等以上の腕を持つハッカーは存在するが、その数は片手の指に収まる程度。いずれも母国の拠点から出ることはなく、現場でこれだけの腕を持つ人間を活用する機会はまずありえない。

 

 有能で従順。加えて明確な弱みまである彼女は、男たちにとって便利な存在だった。

 

「それであの、妹が――千秋がどうなったか、教えて頂けませんか?」

 

 だからこそ、多少の要求には応える余地があった。

 機嫌を取っておいた方が役に立つと思われる程度には目を掛けられていた。

 組織の構成員すら容易に切り捨てる『無頭竜(ノーヘッド・ドラゴン)』が手駒として使った千秋を始末せずに見逃したのは、そんな思惑があったからこそだった。

 

「記憶を処理された。以後、あの娘から情報が漏洩することも、こちらから再度接触することもない。そちらが余計なことをしない限り、安全な生活が保障されるだろう」

 

「そう、ですか」

 

 湧き上がる安堵を胸の内で飲み下し、小春は胸の内で自身に言い聞かせる。

 

(ごめんなさい、千秋。でも、こうするのが一番なの。あなたが記憶を操作された、洗脳された被害者だと思われるのが、あなたの将来にとっては一番安全だから)

 

 自分よりも先に周と接触し、影響を受けた千秋。

 妹が安全に学校生活を送ることは、願いを歪められた小春が尚もブレずに抱き続けた想いだった。

 

「ご配慮頂きありがとうございました。と、先生にお伝えください」

 

 男の方へ身体を向けた小春が律儀に腰を折る。

 彼女の動作を横目に見た男は何を言うでもなく立ち上がり、そのまま公園の暗がりへと歩いていった。

 

 男の姿が消え、辺りに静寂が落ちてからようやく小春は顔を上げた。

 木の葉を揺らした風が頬を撫でて、振り返った目に街灯の光が映る。夜陰に浮かぶ柔らかな灯りは天上の星々よりも温かく、小春は誘われるままに手を伸ばした。

 

「もう少し。あともう少しで『彼』を――」

 

 ややあって、小春はデニムのポケットから携帯端末を取り出した。

 淀みなく動く指が連絡先の一つを取り上げ、表示された名前を見て小さく深呼吸する。用意してきた台詞を頭の中で繰り返しながら、左手に握ったメモリーキューブに目を落とした。

 

 中に入っているのは、妹の千秋が周たちと交わしたやり取りを記録したログデータ。ネットワークチェイスに長けた者であれば、これだけで交信していた人間のアクセス元を突き止められる代物だ。

 

 小春は周の依頼の下、これを犯罪に分類される手段で取得し、随所に改ざんを加えた上でメモリーキューブにまとめていた。

 露見すれば関本たち同様拘留されることは間違いなく、そうまでして周に協力するのは、それが駿のためになることだと信じているからに他ならない。

 

 僅かに残っていた躊躇を振り払い、表示されていた相手に電話を掛ける。

 数回のコール音が鳴った後、相手は電話を取った。

 

「もしもし、司波くん? 夜分遅くにごめんなさい。実は――」

 

 およそ高校生とは思えない技術力を持つ後輩へ向けて、偽装行為と知りながらダミーログを提供する。

 

 達也が何者でどんな人脈を持っているのか、小春は一切を知らない。

 偽装データを渡すのも周に依頼されたからに過ぎず、それが達也の人脈を暴き出すための罠だとは思いもよらない。

 達也の縁故を暴く行為がどれほどの禁忌か、彼女には知る由もない

 

 すべては駿が報われるために。

 

 妄信を植え付けられた小春は、それがどんな事態を招くか想像もできないまま惨劇の引き金を引いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「そうか。まさか、関本先輩がそんなことを……」

 

 週が明けた月曜日の朝。

 始業前ということもあって人のいない中庭で、雫から昨日起きた出来事を聞かされた。

 ゆっくりと挨拶をする間もなく連れられた辺り、登校前から決めていたのだろう。

 

 眉を寄せて俯いて見せると、雫は小さく頷いて話を続ける。

 

「関本先輩と、あとは同じ三年生の浅野先輩も。先生たちの判断で八王子の特殊鑑別所に収容されることになったって」

 

「ハッキングはれっきとした犯罪行為だ。魔法の不正使用もあったとなれば、ただの保護観察では済まされない。特殊鑑別所に拘留されるのは当然の判断だろう」

 

 平河千秋のように錯乱の兆候が見られたわけでもない。入院する必要がないのであれば、魔法技能を持つ未成年はまず特殊鑑別所で観護措置を受けることになる。一般の鑑別所よりも厳重な警備体制が敷かれた施設で、収容されているのは魔法技能を持つ未成年がほとんどだ。

 

「……あんまり驚かないんだね」

 

 不意にそんなことを言われて顔を上げる。

 最近はわかるようになってきた雫の表情もこの時ばかりは読み取りづらく、驚きや困惑から生じた眼差しでないことくらいしか覗えなかった。

 

「そんなことはない。突然のことで実感が湧かないだけだよ」

 

 誤魔化してはみたものの、本当は結果に対する驚きはない。関本先輩が拘留されるのは原作でもその通りあったことで、驚いたとすれば雫たちがそこに関わった点だ。

 本来なら達也が誘い込んでいたはずのところが実際には達也不在で、逃走を阻止できたのは千代田先輩だけでなく雫とほのかの尽力あってのことだった。加えて浅野先輩まで加わっていたとなれば、その差異が何に由来するものなのか疑問が残る。

 

 やはり直接行って確かめるべきだろう。

 達也が鑑別所に訪問するかどうかも不透明だし、原作では関わりのなかった浅野先輩もいる。何よりも関本先輩とは直に話しておきたい気持ちが強い。

 

「ともあれ二人が無事で何よりだ」

 

 雫とほのかに大事がなかったのは本当に幸いだった。

 どちらもCADを携行できる立場だとはいえ、実力的には発展途上。訓練や試験ならともかく、実戦では魔法力だけで優位に立てるわけではないのだ。

 

「千代田先輩が間に合ったからだよ。私とほのかだけじゃ足止めが精いっぱいだった」

 

「謙遜する必要はない。三年生の中でも上位の実力者を相手にしたんだ。耐え凌いだだけでも十分な成果だよ」

 

 判りにくかった表情が緩み、僅かに口角の上がった雫がさっと視線を逸らした。

 恥じらいを隠そうとするのがいじらしくて思わず息が漏れる。気付いた雫の頬が赤く染まり、上目遣いに目を細める彼女に目礼で謝意を示した。

 

 と、ちょうどそのタイミングで予鈴が鳴り、同時に時計塔へ目を向ける。

 

 始業まで残り5分。

 一限は一般科目で担当教員も居らず、時間内に所定の課題を終わらせるだけ。多少遅刻したところで単位上の問題はないが、揃って遅れたとなれば後で囃し立てられるだろう。ギリギリに駆け込んだ時点で状況は変わらないが、悪目立ちを避けることくらいはできる。

 

「そろそろ戻ろうか。雫、教えてくれてありがとう」

 

 頷いた彼女と並んで歩き出す。

 

 早歩きで教室へ向かう間、鳩尾の辺りには温かさと痛みのどちらともが燻っているようだった。

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 放課後、風紀委員本部に足を踏み入れた僕は目当ての人物のため息に出迎えられた。

 

「今度は森崎くんか。勘弁して欲しいわね」

 

 千代田委員長の露骨な態度に気勢を殺がれるも、気を取り直して姿勢を正す。

 室内には彼女の他に達也と渡辺先輩も居て、どちらも首から上だけをこちらへ向けていた。

 

「お話し中のところ失礼します。千代田委員長へお願いがあって参りました」

 

「はいはい。どうせ君も関本先輩に面会したいって言うんでしょ?」

 

 目の据わった千代田先輩に睨まれ、達也の目的が原作通りだと判明する。

 後ろに控えた渡辺先輩も呆れたように肩を竦めていて、視線を横へと向けるなり達也のそれとぶつかった。

 

「ということは、司波も同じ目的で来たというわけか」

 

「そのつもりだったんだが、素気無く断られてしまってな。理由を訊いていたところだ」

 

 達也の表情は一見穏やかで、眼差しにも先日この部屋で見せたような鋭さはない。少なくとも第三者の目がある中でまで謀るつもりはないらしい。

 

 顔を千代田先輩の方へ戻すと、彼女は焦ったように首を振った。

 

「二人掛かりになったところでダメなものはダメ。許可できないわ」

 

「ですから、何故です? 明確な理由もなしに門前払いでは納得できません」

 

「鑑別所の面会申請は風紀委員長、または生徒会長を通すことになっています。委員長に許可して頂けないとなると、中条会長を巻き込むことになってしまいますが」

 

 達也の後に付いて説得へ加わると、千代田先輩は眉を顰め口元を苦々しく歪める。

 邪険にして引き下がらせようという魂胆は見え隠れしながらも、生徒会長、延いては生徒会役員である五十里先輩にまで話が波及することは歓迎できないようだ。

 

「お前たち、少しは手心というものをだな……」

 

 自身を慕う後輩が一年生に丸め込まれそうになっているのを見てか、渡辺先輩が取り成すように呟いた。

 声音には呆れも多分に含まれていて、心情的には渡辺先輩もあちら寄りなのだろう。僕にも達也にも一年生らしい『可愛げ』がないのは明らかなので、半年間心労を掛けただろうことは容易に想像できる。

 

 まるで応えた様子のない達也の隣で一人納得していると、不意に千代田委員長がデスクに手を突いて立ち上がった。

 

「――やっぱりダメ。絶対に面倒なことになるに決まってるわ」

 

 その剣幕には達也も戸惑ったようで、一瞬目を丸くした後で重ねて訊ねる。

 

「何を根拠に……。第一、面倒なこととは何です?」

 

「君たちが結託して、何も起きないわけないじゃない!」

 

 予想していた反応と微妙に異なる発言に、思わず首を捻る。

 気のせいか、委員長は今「結託」と表現したような――。

 

「自覚がないようだからハッキリ言っておくけど、君たちはトラブル体質なのよ。司波くんはトラブルの方から寄ってくるし、森崎くんは自分からトラブルに飛び込むじゃない。ただでさえ面倒事が立て込んでる時に、これ以上仕事を増やさないで!」

 

 名指しで指摘された上に据わった目で睨まれてしまえばもう閉口するしかない。

 達也がトラブルメイカー呼ばわりされるのは原作でも在ったことだが、まるで共犯者染みた扱いを受けるとは思ってもみなかった。

 

 ちらと隣を覗けば達也は何やら納得顔でため息を吐いていて、目が合うなり諦めろと言わんばかりに首を振る。

 釈然としないまま千代田委員長へ視線を戻すも、彼女は彼女で自分の発言に一切の瑕疵を見出している様子はなかった。

 

「まあまあ花音、それはさすがに二人が気の毒だぞ」

 

 微妙な雰囲気を察してか、渡辺先輩が千代田委員長の肩に手を置く。

 

「達也くんは実質的な被害者だ。森崎だって同じ風紀委員として無関係というほどじゃない。色々と訊きたいことはあるだろうさ」

 

「でも、摩利さん――」

 

「とはいえ、お前の気持ちもよく分かる。こいつらの行動にやきもきさせられたのは一度や二度じゃないからな」

 

 縋りつく委員長を制した渡辺先輩はこちらを一瞥もしないままため息を吐き、改めて微笑を浮かべた。

 

「そこで提案なんだが、あたしと真由美に同行という形ならどうだ? ちょうどこの後、関本の様子を見に行く予定だったんだ」

 

 渡辺先輩のスマイルを間近に浴びたからか、千代田委員長の頑なさに綻びが生まれる。

 唇を尖らせたまま一度僕らの方へ振り返り、しばらく見据えた後でしぶしぶと言わんばかりの表情で妥協案を呑み込んだ。

 

「摩利さんと一緒なら、まあ……」

 

「決まりだ。お前たちもそれで構わないな?」

 

 提案自体はともかくツッコミどころは幾つかあったものの、有無を言わさぬ笑顔を前にしては何も口にすることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 校門の前で七草先輩と合流した僕たちは、無人タクシーで目的地へと向かった。

 

 八王子特殊鑑別所は本来、入館に際していくつもの手続きと身分証明を要し、入ってからも職員の同行を基本とする厳重な警備体制を敷いた施設だ。

 学校が発行した委任状を持っていてもこれらの処置が軽減されることはなく、例外があるとすれば今回のように、特別な権力を持つ『名前』を出した時くらいだろう。

 

 最初に手続きを受けた七草先輩が家名を口にすると、担当者の目の色が明確に変わった。

 恐らくは事前に話が行っていたのだろう。十師族『七草家』のご令嬢が同級生の面会に来ると聞いていれば、スムーズに入館が叶うよう準備を整えていたのかもしれない。

 

 病院を退院する時よりも余程早い入館手続きを終え、警備員の同行すらないままに鑑別所の廊下を歩く。

 案内用の端末を貸し出されるほどの特別待遇で、関本先輩が拘留されているブロックまであっという間に辿り着くことができた。

 

 関本先輩の部屋は二階の西側やや中央寄り。中央階段から見て五つ目の部屋だ。

 階段を上がった僕たちは西側の廊下を進み、一部屋に二つ並んだ扉を四枚通り過ぎる。

 

 直後、不意に渡辺先輩が足を止め、隣の七草先輩を片手で制した。

 

「この先に結界が張られている」

 

 まさか、すでに呂剛虎(リュウカンフウ)は来ていたのか?

 だとすれば、関本先輩はもう――。

 

 呻きを噛み殺す間、七草先輩は小さく肩を震わせていた。

 隣では達也が目を細め、鋭い眼差しを眼前の廊下へと向ける。『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』で結界の詳細を掴もうとしているのだろう。

 

「確かに、精神干渉系の魔法が働いています。センサーに検出されない強度で、中へ入る者の意識を外へと誘導する類のものでしょう」

 

 達也の分析を聞いた七草先輩はすぐに案内用端末を操作した。

 直後、非常警報のけたたましい音が廊下に響き、天井に赤く警告文と警報の発動場所が表示される。これで数分と待たず、武装した警備員がここへ駆け付けるだろう。呂剛虎を相手にするには心許ないが、敵があの男一人だけとは限らない。

 

「達也くん、この結界を壊すことは出来る?」

 

 警報を発した七草先輩はそれで止まることなく、達也の方へと振り返った。

 小さく頷いた達也は目を閉じ、およそ三秒の間を置いて《術式解体》が放たれる。

 

 高密度のサイオン粒子塊が物理空間を飛翔し、関本先輩が収監されている部屋の扉へ着弾。

 それまでは知覚できなかった結界が薄いサイオンの(もや)として浮かび、すぐに溶けて消えた。

 

 渡辺先輩が先行し、何事も起きないことを確かめると振り返って頷く。

 

「それにしても、これだけ巧妙に仕掛けられていたものによく気付きましたね」

 

 後に付いて慎重に足を進めながら、達也は囁くような声量でそう訊ねた。

 いつから『精霊の眼』を開いていたかはわからないが、気配や魔法的兆候に鋭い達也が気付けないほどの結界だ。渡辺先輩だけが気付けたのには何かしら理由があったのだろう。

 

 答えは思いも依らぬ情報と共に、本人の口から齎された。

 

「一度嵌りかけた罠だからな。昨日、平河妹の病室に行ったときと同じ感覚があった」

 

 一度嵌りかけた?

 それも昨日だって?

 

 まさか、平河千秋の病室を訪れたときは結界など張られていなかったはずだ。

 彼女と彼女の恋人は呂剛虎とほぼ同じタイミングで病室へと着き、すぐに戦闘へ移行するのが原作での流れだった。

 そうならなかったということは原作との乖離が生じたということで、だとすればこの結界自体も呂剛虎のものかどうか――。

 

「摩利、まさかそれって……」

 

 七草先輩が怪訝な表情を浮かべた、その直後。

 

 目的の扉が唐突に開き、痩身の男が滑り出てきた。

 

 赤みがかった黒髪に、細い切れ長の蛇のような眼。

 シャツの上にベストだけを纏ったラフなスタイルで、ポケットに突っ込んだ左手とは逆の右手に腰へ届く長さの杖を握っている。

 

 息を呑んで目を見張る先で、男はこちらへ顔を向けて笑みを浮かべた。

 

「なんや、誰か思たら昨日のお嬢ちゃんやないか」

 

 渡辺先輩に向いていた眼差しがそのまま僕を捉え、ほんの僅かに瞳孔が広がる。

 視線は続いて達也へと向き、口元の笑みがいよいよ深まった。

 

「へぇ、君らもおったんか。こらおもろいわ」

 

「久沙凪煉……! くそ、先を越されたか」

 

 渡辺先輩が悔しげな声を漏らす。

 口振りからして、平河千秋の居る病院に現れたのも彼なのだろう。大亜連合に協力する理由は見当もつかないが、彼の実力を考えればその脅威は呂剛虎にも劣らない。

 

 信じられない、信じたくない相手の出現に唇を噛んでいると、関本先輩がいるはずの扉から更にもう一人が姿を現した。

 

 見事な仕立てのスーツに身を包んだ美貌の男性。

 原作に語られる姿しか知らないはずなのに、一目見ただけで男が誰だか判った。

 

 周公瑾(シュウコウキン)――。

 横浜中華街に潜む華僑の人間で、いずれ達也の大きな障害となる男だ。

 

 久沙凪煉の横に周公瑾が並んで止まる。

 この二人が協力関係にあるとなれば、僕の知る流れなどどう変わるかわからない。呂剛虎に代わって動いている時点で破綻は明らかで、原作通り大亜連合の侵攻に関与しているのだとすれば、何がどう変わってもおかしくないだろう。

 

「昨日は世話になったな。すぐにでも礼をしたいんだが、構わないな」

 

 湧き上がる震えを飲み下している間に、渡辺先輩が進み出る。

 CADを掲げていつでも魔法を放てると示す彼女に、周公瑾は落ち着いた口調で会釈を返した。

 

「お礼などと恐れ多い。おや、そちらは……」

 

 顔を上げた周公瑾はこちらをざっと見渡す。

 と、視線が僕を捉えたところでピタリと止まった。

 張り付けた微笑が深まり、指を揃えた右手がそっと胸に当てられる。

 

 得体の知れない悪寒が背筋を流れて、思わず懐のCADに手を伸ばした。

 一瞬で済むはずの起動処理が嫌に長く感じられ、銃口の先に捉えた男へ向けて引き金を引く、その直前――。

 

「お顔を拝見するのは初めてでしたね、森崎駿くん。その後、お加減はいかがですか?」

 

 まるで旧知の間柄のように。

 親しみすら滲ませる一言が発せられて、三人が一斉に振り返った。

 

 七草先輩の、渡辺先輩の、何より達也の目が疑惑に染まるのがはっきりとわかった。

 

 心臓を掴まれたような感覚に思わず息が詰まり、否定の言葉は吐き出されることのないまま、読み込み途中の起動式と共に虚空へと消えていった。

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 

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