十二章プロローグ
本日より投稿を再開します!
今回の更新時間は 19時 を予定しております。
「いやぁぁぁ!」
父譲りの黒い髪。母譲りの青い瞳。
ショートヘアーの男の子【エドワード・セラ・バンフィールド】――【エド】が、木刀を振りかぶって相手に振り下ろす。
相手は長く艶のある赤髪をポニーテールにした女性騎士だ。
目を細めたつり目のクールビューティーだ。
赤い騎士服に身を包み、白いマントを肩にかけていた。
白いマントには数字の三が刺繍されている。
金銀で派手になりすぎない程度に装飾された騎士服とマントは、彼女が高位の騎士であることを示している。
手に持っているのは、玩具の剣。
刃の部分は柔らかいスポンジのような素材で作られているのだが、玩具だろうと一閃流の免許皆伝を持つ【エレン・セラ・タイラー】が持てば人を殺せる武器となる。
「踏み込みが甘い」
エドの持つ木刀を弾き飛ばした際に、左手の甲にかすり傷を付けた。
エドの左手が赤くなると、じわりと血を滲ませる。
左手を右手で押さえたエドは、涙目でその場に膝をついてしまった。
「痛いよ、エレン」
バンフィールド公爵家の跡取りであるエドにとって、エレンは家臣である。
そのため呼び捨てにするが、エレンはその言動を責める。
「師に対して呼び捨ては許しません。エド、あなたは師匠――バンフィールド家のご当主様の息子ではありますが、私にとっては一閃流の弟子です。私を呼ぶ際は、師匠と呼びなさい」
涙目で顔を上げるエドは、エレンを睨む。
「前までは、呼び捨てでも許してくれたのに」
「正式に師弟となったからには、甘えは許しません」
厳しい態度を崩さないエレンに、エドが顔を背ける。
エドは七歳となっていた。
教育カプセルを一度経験し、五歳から半年をカプセル内で過ごした。外に出てからも、半年はリハビリを行っている。
そうして日常生活を送り始めると、カプセルに入る前は優しかった剣術の師匠が厳しくなっていた。
エドは頬を膨らませる。
「前の方がいい」
厳しいのは嫌だと言うエドに、エレンは目を細める。
「駄目よ。今後は厳しく鍛えます」
いうことを聞かない騎士に腹を立てたエドは、立ち上がると両手を握って声を張り上がる。
「それなら、父上と母上に頼んで、エレンを叱ってもらうからな!」
エドの父はリアム。
母はロゼッタだ。
バンフィールド公爵夫妻であり、アルグランド帝国でも一、二を争う大貴族である。
周囲に控えていた医師や看護師、そして魔法の使いや僧侶――他にもエドを見守るメイドや騎士の他に、同年代の子供たちの姿もあった。
子供たちだが、エドと一緒に育てられている将来の家臣たちである。
情操教育のために、エドの側付とされた者たちだ。
出自も色々で、貴族やバンフィールド家の領民、その他には暗部から派遣されたククリの部下まで存在する。
暗部から派遣されたことは秘密にされているが、エレンは気付いている様子だった。
そんな彼らは、リアムやロゼッタの名前が出ると一瞬狼狽える。
しかし、エレンは態度を崩さない。
「師匠――ご当主様や奥方様の名前を出せば、私が考えを変えると思いましたか? その軟弱な考えはすぐに改めなさい」
父と母の名前を出しても、エレンが考えを改めないのを見てエドは絶望する。
エレンがエドに微笑んでみせるが、目だけは笑っていなかった。
それがエドには、酷く怖い笑顔に見えていた。
エレンは優しく、正し絶対に甘えは許さないという強い意志を感じさせるように言う。
「すぐに木刀を拾って構えなさい」
◇
俺【リアム・セラ・バンフィールド】は、執務室の窓から屋敷の中庭を見下ろしていた。
そこでは、エレンがエドに一閃流を教えている。
幼子にとっては厳しい修行の様子を見ていた。
正確に言うなら、窓に修行の様子を映し出しているだけだ。
窓を開ければ、そこにエレンやエドの姿はない。
――どうにも、修行の様子が気になってしまう。
「もっと厳しく――いや、だが厳しすぎるのもちょっと。でも」
エレンに任せてはいるが、一閃流の修行についてあれこれと悩んでしまう自分が情けない。
エレンにエドを任せたのは、どうやら間違いではなかったらしい。
俺が窓ばかり眺めていると、執務室の外に人がやって来る。
執務室を警備する騎士が、俺に入室の許可を求めてくる。
『リアム様、執事殿がセリーナ様を連れて来られました』
「――通せ」
そう言うと、執務室のドアが開いて二人が入室してくる。
一人は普段通りの燕尾服姿のブライアンなのだが、セリーナの方は私服姿だ。
俺が椅子に腰を下ろすと、セリーナが見事なカーテシーを披露する。片脚を引いて背筋を伸ばしながら膝を曲げる挨拶だ。
「今までお世話になりました」
セリーナが俺を訪ねてきた理由は、バンフィールド家を去るからだ。
「お前のおかげで屋敷も身分にあった格式が手に入った。感謝しているぞ」
笑顔で言ってやると、セリーナが作り笑いを浮かべる。
「リアム様の口の悪さだけは、最後まで直りませんでしたわ」
「直すつもりがないからな」
軽口を叩いていると、ブライアンがセリーナを寂しそうに見ていた。
「セリーナにはこの屋敷に残って欲しかったのですけどね」
「私にも家族がいるからね。それに、私の役目も終わったさ」
バンフィールド家に、宮殿でも通用する礼儀作法を普及させたセリーナの功績は大きい。
俺としても残って欲しかったが、引き留めるのは無粋だろう。
「首都星までは、ティアに送らせる」
「そこまでしていただくのは心苦しいですね」
遠慮するセリーナに、俺は悪い顔で笑いながら。
「宰相にはよろしく、と伝えてくれ」
すると、セリーナが一瞬だけ瞳を揺らすのが見えた。
ブライアンは俺たちの会話に気付いているのか、それとも何も考えていないだけなのか、話題を逸らしてくる。
「リアム様、隈ができていますね」
「――うるさい」
「やはり、覇王国との戦いが激しく――」
「ブライアン、黙れ」
「は、はい」
覇王国との戦争が終わって数年が過ぎたわけだが、俺の心には深い傷を残してしまった。
おかげで悪夢にうなされている。
治療もできるのだが、何故か覇王に負けた気がして拒否していた。
俺が覇王に負けるなど、あるはずがない!
俺が不満そうにしていると、窓に映し出したエドの姿を見てブライアンが頬を緩ませていた。
――しまった。消すのを忘れていた。
「若君を心配されていたのですか? 口では厳しく育てろといいながら、リアム様も気にされていたのですね」
俺の執事が場の空気を読まないのだが、どうすればいいだろうか?
「どうでもいいから、さっさとセリーナを宇宙港に送り届けてやれ」
手で追い払うような仕草を見せると、ブライアンとセリーナが執務室を去って行く。
ドアが閉まると、いつの間にか部屋の中にいたククリが俺に進言してくる。
「よろしかったのですか? セリーナは宰相から送り込まれたスパイです」
セリーナがバンフィールド家の情報を宰相に伝えていたのは、ククリ立ちが既に把握していた。
だが、俺の判断で処分云々の話は止めていた。
「セリーナは役に立ったからな。無事に首都星に送り届けてやれ。――俺の命令を曲解する馬鹿が出ないように、お前も見張っておけよ」
馬鹿なことはするな、と念押ししてやるとククリが頭を垂れる。
「はっ」
そう言って床に沈み込むようにククリが消えた後、俺はすぐに立ち上がって窓に近付く。
見れば、エレンが玩具の剣でエドを吹き飛ばしていた。
「それはやり過ぎ! い、いや、俺もこれくらいやったか?」
一人で悩んでいると、どうやら修行が終わったようだ。
エドが中庭の芝生の上に倒れ込むと、医師や看護師たちが駆け寄って治療を開始していた。
その様子を見ていた俺は、幼い頃に天城やブライアンに怪我の治療をしてもらったことを思い出す。
幼い頃に一閃流と出会い、そして鍛えたから今の俺がいるのを思い出した。
「悪党の俺が子育てするよりも、エレンやクラウスに任せた方がいいか」
今の俺が子育てなどすれば、きっと悪影響が出るだろう。
エドがどのように育つか知らないが、俺のような悪党を父親に持った不幸な子だ。
俺は窓ガラスに触れる。
すると、モニターとなった窓ガラスに小窓が出現した。
そこに映し出されるのは天城だ。
『旦那様、ご用件は何でしょうか?』
普段通り素っ気ない天城が登場するが、俺は気にせず用件を伝える。
「エレンとエドの修行が終わった。エレンも疲れているだろうし、お茶やお菓子を用意してやれ。――おっと、そうだな。子供たちもいるから、甘いやつを用意した方がいいな」
エレンを気遣いつつ、子供たちにもお菓子を用意しろと伝えた。
すると、天城が僅かに微笑む。
『かしこまりました。エレン様とエドワード様たちのために、お菓子を用意するのですね』
「――そうだ」
『すぐに手配いたします』
通信が終わると、俺は誰に見られてもいないのに右手で顔を隠す。
「これでいいはずだ――多分」
悪徳領主としての威厳は保てたはずだ。
多分。
ツラクナイアン(*´ω`)「リアム様の幼い頃を思い出します」
ツラクナイアン(*´ω`)「皆様と再会できて、このブライアンも幸せです」
ツラクナイアン(*´ω`)「早速宣伝ですが【乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です】の【アニメ】が放映中となっております。皆様も是非ご覧下さい」
ツラクナイアン(`・ω・´)「そして【俺は星間国家の悪徳領主! 5巻】が【4月25日】発売となります。今回も特典満載ですので、是非ともご購入よろしくお願いいたしますぞ」
ツラクナイアン(*´ω`)「リアム様にヒロインが増えそうな予感! このブライアンも期待しております」