バンフィールド家 対 覇王国
10月――お前、もう終わるのか(;゜ロ゜)
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三十五万隻の覇王国軍を撃破したバンフィールド家だったが、被害も甚大だった。
七十万隻を投入して、残ったのは五十万隻にも満たない数である。
「勝ちはしたが、この状況で数倍の敵と戦うのか」
クラウスはブリッジから味方を見る。
五十万隻の艦隊が、アリューナ率いる覇王国軍と戦うために準備をしていた。
どこを見ても戦艦が並んでおり、少しの狂いもない艦隊の陣形は壮観という言葉が相応しいだろう。
その様子を旗艦から眺めているクラウスは、胃痛に苦しめられていた。
(痛い。胃が痛い。こんなのどうすればいいんだ)
いつ、どこから押し寄せるか分からないアリューナの艦隊への対処を考えると不安で仕方がない。
クラウスは自分が司令官として凡人であると理解している。
戦いを好み、数百万の艦隊を率いて嬉々として戦うアリューナに自分が勝るとは考えていなかった。
敵の数は、少なく見積もって数百万隻だろう。
そんな大軍を前にして、五十万隻で向かい合わなければならないクラウスの重圧は相当なものである。
あまりの大役に逃げ出したくなるが、強すぎる責任感が邪魔をする。
クラウスは参謀たちに確認を取る。
「敵の動きはまだ掴めないのか?」
周辺宙域には索敵艦が放たれ、敵艦隊の動きを探っていた。
参謀たちも緊張しているようで、余裕のある表情をしていない。
「接触してもおかしくないとは思いますが、まだ掴めていません」
「そうか」
胃痛に耐えながら、クラウスは周囲を不安にさせないため必死にポーカーフェイスを心がけていた。
司令官が狼狽えれば、その不安はすぐに周囲に広がっていく。
無表情を貫いていると、参謀たちがクラウスを褒め称える。
「クラウス閣下は落ち着かれていますね。まるで緊張を感じませんよ」
「当然だ。閣下は以前に数万隻で、覇王国軍数十万に突撃をかけた方だぞ」
「この程度では動じないのも当然か」
数十年前。
クラウスはリアムに押し切られて覇王国軍に突撃していた。
何故か、その時の発案者はクラウスということになっている。
これはリアムの責任だった。あまりに無茶をしすぎると天城に叱られるために、咄嗟にクラウスに功績を押しつけたからだ。
すぐに露見して天城に叱られたリアムだが、功績はクラウスに譲ったままになっている。
リアムからすれば、クラウスにとってこの程度の功績は誤差の範囲内という認識らしい。
だが、クラウスにはたまらない。
「あれはリアム様の活躍あってのこと。私は何もしていない」
事実だけを言うのに、周囲はそれで盛り上がる。
「閣下は謙虚ですね。ティア殿やマリー殿にも見習って頂きたい程ですよ」
「いや、だから――」
誤解を解こうとすると、ここでオペレーターが声を張り上げる。
「索敵艦から緊急連絡! 三十万隻の敵艦隊を確認! 他の索敵艦からも、数十万隻単位の艦隊を確認したと報告が届きました」
焦りを含んだ叫び声のような報告に、クラウスたちの顔つきが変った。
「三十万か」
(分散している? こちらとしては助かるが、向こうの狙いは何だ?)
クラウスも無能ではなく、防衛設備の設置などは進めていた。
戦える環境は整えている。だが、それだけで覇王国軍に勝てるとも考えていない。
「リアム様に報告を急げ」
第二軍から伝令を目的とした艦艇が出発し、リアムの下へと向かう。
◇
総旗艦アルゴスのブリッジ。
豪華な椅子に座って戦況を見守る俺は、次々に届く報告に眉間にしわを作る。
「覇王国が分散しているだと?」
俺の側に立つのは、軍服に身を包んだユリーシアだった。
本来は秘書のような役割を与えているが、無駄に有能なため副官としても働いてもらっている。
「こちらを追い込むつもりでしょうか?」
俺の目の前に立体映像が出現する。
現在の状況を簡易的にまとめたもので、集結したバンフィールド家を囲むように敵軍が動いていた。
まるで俺たちを追い詰めるような動きは、戦争というよりも狩りだな。
こちらを逃がさないように、そして追い立てるような動きだ。
「気に入らないな。俺たちを目の前に、功を焦っているのか?」
不満を吐露すれば、ユリーシアが平然と答える。
「実際に我が軍は劣勢ですからね。敵軍からすれば、獲物に見えますよ」
「――お前はもう少し俺に気を遣え」
「愛想よく振る舞っても、全てスルーするじゃないですか」
ユリーシアが俺から視線を背けてすねたように見せる。
「有能でなければ左遷していたぞ」
「いいんですか? 私はこれでも帝国軍との繋ぎ役ですよ。第三兵器工場とのパイプ役であるのもお忘れなく」
残念で影の薄い女だが、簡単には左遷できない理由がこれだ。
それに、新しい副官を側に置いても色々と面倒だ。
ユリーシアで我慢するとしよう。
「図々しい奴だ」
「これくらいでないと、リアム様の副官は務まりませんよ」
ユリーシアとの会話を切り上げた俺は、右腕を前に伸ばして空中に画面を投影させる。
表示されたモニターには時計が表示されている。
――どうやらここまでのようだ。
「時間切れか。さすがに、覇王国の首都星には届かないか」
小さなため息を吐くと、隣に立つユリーシアが顔を向けてくる。
俺の呟きは聞こえなかったらしい。
「何か?」
「何でもない。少し無理をしすぎたからな。負傷兵も後方に戻して休ませるか」
「素晴らしい提案ですね。問題は、そんな我々の後方を塞いでいるのが敵軍数百万でなければ、ですけど」
この状況を切り抜けなければ、俺たちは文字通り全滅するだろう。
「突き破ればいい。クラウスを呼び出せ。手頃な敵艦隊を食い破って、後方に戻るぞ」
「――本気ですか? 敵軍の隙間を抜ける方が、まだ撤退できる可能性が高いですよ」
「俺はいつでも本気だ。覇王国を荒らし回るのも飽きたところだ。一度戻って態勢を立て直すとしよう」
シートから立ち上がって背伸びをすると、周囲に控えていた軍人たちが俺の動きに僅かに反応を示す。
「凜鳳と風華に準備をさせろ。先駆けを任せる」
可愛い妹弟子たちの名前を呼ぶと、ユリーシアが僅かに呆れた表情を見せる。
「リアム様はあの二人を随分と可愛がっていますよね。死地に送り出そうとしているのに、少しの心配もされていません」
ユリーシアの言う可愛がって、とは皮肉だろう。
何しろ、普通なら妹弟子たちを死地に放り込むようなものだからな。
「俺は一閃流を信じているからな」
「正気とは思えませんね。私は一閃流に関して理解するのを諦めました」
ユリーシアが端末を操作して、凜鳳や風華の出撃準備をさせる。
機動騎士アマリリスの出撃準備に加えて、その他諸々の手配だ。
残念な女だが、仕事はできる。
悪徳領主としては、ユリーシアのような軍人は不要である。
好みを言わせてもらえれば、口がうまく俺を常に上機嫌にさせる奴がいい。
ただ、今後を考えるとそんな口だけの部下は大問題だ。
そういう奴は、平気で嘘を報告してくる。
嘘までいかずとも、都合の悪い情報を伏せる場合が多い。
上司に嫌な情報を伝えたくないために、嘘を言う部下は組織にとって害悪だ。
その点、ユリーシアならば平気で俺が望まない報告もしてくる。
帝国と戦うためには、このような部下も必要だ。
――性格は残念だけどな。
「二人にはいい修行になるだろうさ」
ユリーシアが俺に尋ねてくる。
「それで、突き破るのはどの艦隊にされるのですか? 手頃なのは三十万規模の艦隊だと判断します」
他にも十万に満たない艦隊も存在するが、明らかに罠と睨んで三十万という規模の艦隊を選んだのだろう。
俺もユリーシアの立場なら同じように発言していたはずだ。
しかし、俺は領主――最高司令官だ。
「もっと楽しい相手がいるだろう? こちらを誘っている奴らが」
「誘っている? 数の少ない艦隊は、罠と思われますが?」
「違う。こいつらだ」
立体映像を指さす。
俺たちを誘うために、わざわざこちらの艦隊規模に近い六十万隻を用意した奴ら。
「――そちらの艦隊には敵の総旗艦が存在します。味方が命がけで得た情報ですから、間違いありません」
味方が放った偵察艦から得た情報では、敵の総旗艦を確認したらしい。
覇王国の連中が、何を考えているのか段々と理解できるようになってきた。
「見逃しただけだ。わざわざ誘ってくれたんだ。無視するのは無礼だろう?」
ユリーシアが険しい表情になる。
「罠に飛び込むと?」
「むしろ、罠だらけだな。ここは覇王国の庭だ。奴らの方がこの宙域に詳しい。どこを狙っても厄介なら、俺は総大将の首を狙う」
バンフィールド家の艦隊を囲んでいる覇王国の艦隊は、俺たちを逃がさないつもりらしい。
最後の一人まで滅ぼそうとしている。
「さて、俺はどうするかな」
◇
アルゴスの格納庫。
アヴィドの近くに配置された二機のアマリリスに近付くのは、パイロットスーツ姿の凜鳳と風華だった。
二人とも自分の刀を所持している。
「兄弟子も人使いが荒いよな」
風華は文句を言うが、その表情は愉快そうにしていた。
凜鳳はうっすらと笑みを浮かべている。
「雑魚同士をぶつけ合って何が楽しいのか理解できないよ。それよりも聞いた? アリューナって覇王国の王太子が、兄弟子の遺伝子を求めているってさ」
リアムの遺伝子を求めていると教えられ、風華は首をかしげる。
色事に疎いわけではないのだが、アリューナの気持ちが理解できないらしい。
「そんなの一発やればいいだけだろ。もしくは遺伝子をもらえば済む話だ」
風華の色気を感じない話を聞いて、凜鳳は首を横に振る。
「ば~か。そんなに単純な話じゃないんだよ」
「何だと!?」
馬鹿にされて顔を赤くして怒る風華を無視して、凜鳳はアマリリスの一号機――アインに向かって飛ぶ。
アヴィドと同じ姿の白い機体に乗り込むと、アインのツインアイが光を放った。
風華は舌打ちをしてから、ツバイの方へ向かう。
二機の出撃準備が完了すると、誘導灯が出現する。
空中に浮かんだマーカーが、二機の発艦する場所を示していた。
周囲の整備兵たちが、移動する二機の姿を見て敬礼するか、手を振っている。
コックピット内からその様子を見る風華は、彼らを気にかけることもない。
シートに座った風華は、癖のあるオレンジ色の髪を紐で縛る。
出撃準備はほとんど自動で行われるため、操縦する必要がない。
「最近は遊びほうけて、兄弟子にも叱られたばかりだからな。ちょっとは活躍して機嫌を取らないと、師匠の家に遊びに行けなくなる」
安士の家に入り浸り、修行を疎かにしていることを風華も気にしていた。
だが、家族という雰囲気を味わえるのは、安士の家だけだ。
凜鳳も同じだが、二人は物心が付いた頃には路地裏でゴミ箱をあさっていた。
そんな二人に手を差し伸べてくれたのが、安士だ。
一閃流の剣士として生きる二人だが、安士の家は得られなかった何かを与えてくれる大事な場所である。
安士は父親。
ニナは母親。
安幸は大事な弟で――リアムは怖い兄だろう。
血は繋がらないが、一閃流という血よりも濃い絆で結ばれた家族だと風華は考えている。
ヘルメットをかぶり、操縦桿を握る風華は一度深呼吸をする。
ツバイ――アマリリス二号機は、カタパルトで発艦体勢を取っていた。
「世話になっている兄弟子のためにも、少しばかり恩返しをするとしますか」
ブライアン(´;ω;`)「辛いです。リアム様が袋のネズミで辛いです。――それはそれとして」
ブライアン(`・ω・´)「最新4巻が好評発売中でございます。コミカライズ版1巻も同時発売しております。俺は星間国家の悪徳領主! を今後とも応援よろしくお願いいたしますぞ!」