『お前が烏間さんが言ってた協力者か。まだガキじゃねえか』
京都府、京都市。数百年間の間、日本の政の中心だった都市。歴史上、ここでは多くの時の権力者が謀略によって暗殺されてきたらしい。潮田曰く、暗殺の聖地だそうだ。そんな曰くつきの地で私は『レッドアイ』と対峙した。
「京都での暗殺計画に協力したい?」
五月の終わり。まだ夏というにはほど遠いが、それでもそれなりにここは暑い。単純な気温だけで比較するなら中東のほうが余程凶悪だが、湿度はそう高くないので直射日光さえ気を付ければそう苦しくもない。ドライサウナに入っても苦しくないのと同じである。私はアフリカでの経験があるため問題ないがイェラビッチ先生には堪えるらしくいつも暑そうにしている。
「はい、防衛省のほうも私の経歴については裏がとれていると伺っています。聞いたところ狙撃手を雇うそうですね。そこに私も参加させてほしいのです」
己惚れるつもりはないが私はそこそこ名前が売れている。通常、私のような傭兵はビッグネームを殺す暗殺者とは違って有名になりにくい。それも当然だ。兵士なんてのは数を揃えて初めて戦力として使える。暗殺は戦略レベルで影響を与えることができるが兵士がいくら敵兵を殺したところで精々戦術レベルの影響しか与えられない。
そんな現代の戦争で名を上げるには何をすればいいか。答えは簡単だ。殺しまくればいいのである。敵を小隊単位で殺しまくれば嫌でも名前が売れてくる。噂になれば当然、情報機関などの耳にも入ってくる。それが現在進行形で傭兵をしている日本人少女となれば尚更だ。
名前が売れれば命を狙われるというのがこの業界の常だ。アフリカでは一時期私の首に10万USドルの賞金が懸けられていた(賞金を懸けた者は乗っていた車両ごと対戦車ロケットで吹き飛ばした)。
だからこそ、そんな私を国が暗殺に使わないというのはどうにも納得いかなかった。一応、これでもマークスマンやスカウトスナイパー擬きをやっていたこともあるのだ。流石に本職の狙撃手には劣るがそれなりに狙撃の心得はあるつもりである。だから私は自分を売ることにしたのだ。
「確かに、君の経歴は既に裏付けが取れている。腕利きの傭兵ということもだ。だが、スナイパーは既に手配済み。君が銃を取る必要はない」
「お言葉ですが先生。いくらその狙撃手が優秀だとしてもそれは人間の常識の範囲内です。殺せんせーのことを少しでも知っている者がサポートにつくべきだと思います。それに私はマークスマンとスカウトスナイパーの経験もあります。プロには及びませんが多少の心得はあるつもりです」
そう、例えその狙撃手が2キロ先の将校の頭を撃ち抜けるような凄腕だったとしてもそれは常識の範囲内だ。適切な装備と技術があれば決して不可能ではない。だが、相手は常識に真っ向から喧嘩を売る超生物。何も知らずに挑めば手入れされてしまうのは必至だ。そんな私の熱い営業に烏間先生は少し戸惑っているようである。
「暗殺予定地は観光地、民間人が多くいる。当然犠牲を出すわけにはいかない。プロを雇ったのはそういうことも含めてだ。臼井さんの腕を知らない以上、安易に頼むわけにはいかない」
確かに、正論だ。だが、少し引っかかるものがある。傭兵としての私の評価は狙撃手としての評価も含まれている。国がどれだけ私のことについて知っているかは定かではないが少なくとも知らないなんてことは有り得ない。
「おかしいですね。私の経歴を知っているというのなら当然狙撃に関しても知っているはずです。国がそんな間抜けとは思えない。先生、何か隠してませんか?」
烏間先生はしばらく黙ったあと、全てを話してくれた。彼の話を要約すると、どうやら私にも修学旅行での暗殺の依頼が来ているとのことだそうだ。当然、私の腕も裏付けが取れているそうだ。だが、烏間先生の一存で今の今まで隠していたとのことである。
「なら、いいじゃないですか。十字砲火でもすれば暗殺の成功率は格段に上がる。市街地なら潜伏場所に困ることもない。何も問題ない、願ったり叶ったりだ」
修学旅行にいけないのは少し残念だが、それよりも殺せんせーを殺すことのほうが優先事項だ。殺しなんてやるもんではない。やるのなら私たちのような慣れた人間がやるべきだ。それが彼らを守ることに繋がると私は思う。
「君はそれでいいのか?」
「何がです?」
修飾語がないせいで烏間先生が何を言いたいのか分からない。まあ、多分、修学旅行にいけないことを聞いているのだろう。
「ああ、別に修学旅行にいけないのは多少は残念ですが公私の区別はついてます。それに狙撃するなら京都にも行けますしね」
狙撃ポイントに行く間にいくらでも観光はできる。むしろ経費で落ちるから普通に修学旅行に行くよりもお得だ。私に言葉に烏間先生は深い溜息をついてこちらを見た。真剣な目だった。
「確かに、君はプロの兵士であり、その能力は奴を暗殺するうえで大いに役立つだろう。しかし、君はまだ子供なんだ。こんな因果なことを依頼している側が言えた義理ではないかもしれないが、君には当たり前の中学生活を謳歌する権利がある。少なくとも俺はそう思っている」
ただ、協力を申し出ただけなのになんか話が大きくなっちゃったなあ。烏間先生もそんな難しく考えなければいいのに。なのに、わざわざこんな私のことも気に掛けてくれるなんてね。
「君が兵士であることは否定しない。兵士であったことを忘れろとも言わない。だが、今の君は間違いなくここの生徒だ。だから、君が銃を握る必要なんてない。そんなことは俺達に任せてくれ」
烏間先生の言うことも尤もだ。日本にいる限り私が銃を握る必要なんて何処にもない。然るべきところにいけばきっと保護してくれるだろう。ここで私が兵士でいる必要はない。でも、私は間違いなく兵士なのだ。さんざん殺してきたのに自分だけ幸せになろうなんて虫が良すぎる。
「先生は気にしすぎなんですよ。せっかく目の前に百戦錬磨の超絶凄腕傭兵がいるんですから利用しないなんて損ですよ」
普段の私ならこんな冗談言わないがこうでも言わないと彼は梃子でも動かないだろう。結局私の提案を受け入れてくれた。対殺せんせー用の特殊弾は後日渡すので必要なものは経費で落ちるので報告してくれとだけ言いそれでこの話は終わったのであった。
「先に言っておくが、自爆はするなよ」
しつこいな、もうする気も起きないよ。
「あ、臼井さん!」
廊下に出ればクラス委員長の片岡メグが私に走り寄ってきた。何の用事だろうか。
「修学旅行の班、決まってないの臼井さんだけなんだけどもう決まった?」
そう言えば、まだ修学旅行に行かないことを伝えていなかったな。まあ、適当に言い訳しておこう。烏間先生だってそのへんはカバーしてくれるはずだ(人それを丸投げという)。
「せっかく聞いてくれて申し訳ないが、ちょっと事情があって修学旅行にはいけないんだ」
私の申し出に片岡は露骨に驚いた。日本では修学旅行は卒業式の次に重大なイベントらしいからな。驚くのも無理はない。
「え!?う、臼井さんそれほんとなの?」
「私がそんなジョークを言う人間に見えるか?本当だよ。理由はちょっと控えさせてもらうけどね」
「ごめん、そんなつもりじゃなかったんだけど……」
どうやら気を悪くさせてしまったようだ。彼女が罪悪感を抱く必要性なんてこれっぽっちもない。一応、京都には行けるしな。まあ、そんなこと知らない彼女には私がのっぴきならない事情で休むと思っているようだ。
「君が気に病む必要はないよ。何、ちょっとした野暮用でね。あー、殺せんせーや皆には言わないでくれよ。心配させたら嫌だからね」
彼女とはあまり交流がないがそれでも片岡が責任感の強い人間だというのは分かる。おおかた自分の言ったことに自責の念を感じているのだろう。真面目なのはいいがあまり関心しないな。
「片岡、君はもう少し適当に生きたほうがいい。そもそも忘れていて報告をしなかった私の責任だ。なんでも自分のせいにするのは止めろ。だからこの件はこれで終わり。以上」
何でも自分のせいにして責任を感じるのは相手から成長の機会を奪っているに等しい。この程度のことでと思わなくもないが責任の所在は明確にするべきだ。罪を擦り付けあうのは敗残兵のようでみっともない。
「まあ、どうしても気になるっていうなら土産でも買ってきてくれ。そうだ、あれがいい。ひよこのやつだ」
「臼井さんそれ福岡のお土産だよ……」
またやらかしてしまった。恥ずかしい。どうにも私の知識には多分に齟齬があるようだ。自分のミスにフリーズしている私を見て片岡はからからと笑った。
「でもわかったお土産ね。それにしても臼井さん」
「なんだ?」
身長は片岡のほうがわずかに高いため必然的に見上げる形になる。私を見下ろす片岡の表情は心なしか柔らかいものだった。
「最近明るくなったよね。来たときはもっとなんていうか機械みたいで正直ちょっと怖かったんだ」
修羅場を潜り抜けてきた者は独特の雰囲気を放つ。無自覚とは言え彼女もその空気を察知していたのだろう。ここの者達は皆なにかしら魅力を持っている。陰湿で没個性な本校舎の連中よりもよっぽど好感が持てる。あのチンピラと言っても差し支えない寺坂達ですらあそこの連中よりはマシだ。E組というのはここでは落ちこぼれで通っているが私には合理主義の名によって弾きだされた才能あふれる集団に思える。突出した才能というのは悪意を受けやすい。私が出会ってきた強者たちも皆一癖も二癖もある連中ばかりだった。ここもきっとそうなのだろう。
「そうなのか?自分ではよくわからないが……」
「うん、前なら今の会話もすぐに終わってたと思う。私は今の臼井さんのほうが好きだな。じゃ、またね」
そう言って彼女は手を振りながら去っていった。何というか話していて気持ちのいい人物だ。筋肉の付きかたからして恐らく水泳を嗜んでいるのだろう。アスリートらしいしなやかな身体、誰に対しても真摯でおまけに顔も良い。確かにあれなら『イケメグ(イケメンのメグという意味らしい)』というあだ名がつくのも納得である。あのような人物が何故ここに来たのか理解に苦しむがきっと何かあったのだろう。
人の過去は詮索しないのが傭兵の常識だ。掘り起こして地雷でも踏んだら面倒だからである。その点からみれば私は地雷だらけと言える。人から見れば少年兵というだけでNGワードだと思うことだろう。私は気にしていないが。
彼女は私に変わったと言った。世の中に変化しないものなどない。それには私も含まれる。私は感情に疎いのであまりわからないが杉野も似たようなことを言っていたのできっとそうなのだろう。それが良いことか悪いことなのか今の私にはわからない。それを判断するには私はあまりにも経験が不足していた。だが、こう言った答えの見つからない答えを探し続けるとどうなるのかくらいは見当がつく。そしてどうすればいいのかも見当がつく。
その夜、私は久しぶりに深酒をした。
5.56x45mm弾の乾いた銃声がイヤープロテクター越しに私の耳を刺激する。衝撃と共に硝煙の匂いが立ち込め足元にエジェクションポートから排出された5.56mm弾の空薬莢が転がる。
「やっぱりライフルと言ったらAR-15だな」
シューティングレストに固定したAR-15を構えスコープを覗く。スコープはシュミット&ベンダーの最高級モデルだ。日本円にして軽く5、60万円はする代物である。きっとE組の皆が聞いたら卒倒するだろうな。傭兵生活のいいところはこういった金のかかるものを好きなだけ買うことができることだと思う。兵士になったばかりの時は食事しかもらえなかったというのにえらく出世したものだ。個人資産は間違いなくE組でも、いや、学校全体でもトップだと思う。どうせなら投資を初めてもいいかもしれない。上手くいけば倍以上に資産が増えるだろう。
下卑た思考を軌道修正し引金を引く。支給された対殺せんせー弾(なんだか弾頭がブツブツしていて気持ち悪かった)とほぼ同じ重量を持つ弾頭が300m先のターゲットに向かって放たれる。ターゲットに弾痕が付いたのを確認し続けて三回発砲した。
「右に1.5クリック、下に2クリックってところか」
スポッティングスコープを覗き、着弾点の位置からズレを考えエレベーションノブとウィンテージノブを回しレティクルを調整する。今日は修学旅行前日、私は狙撃に使うAR-15の調整を行っていた。
「貸し切りは最高だな。殺せんせーに感謝しないと」
今私がいる場所は郊外にある射撃場。任務の秘匿性から射撃場は丸一日貸し切り、費用は勿論国持ちだ。全く最高だな!国の金で好き勝手するのは気分がいいものだ。とは言え仕事なので気を抜くわけにはいかない。今回の仕事は民間人も多くいる。誤射なんてしてしまった日には目も当てられない。意識を切り替え集中する。
私が今回使う銃は狙撃仕様のAR-15だ。外見はアメリカ海軍特殊部隊でも採用されているMk12 SPR Mod 0に酷似している。とは言え似ているのは外見だけで中身は様々なサードパーティ製品の寄せ集めなのでさしずめキメラARと言ったところか。今回のような市街地での中距離狙撃にはぴったりの選択だ。18インチのヘビーバレルなら5.56mm弾と言えども十分な精度を維持できる。殺せんせーの頭の大きさを考えれば外すほうが難しい。
AR-15のいいところは大量のパーツが出回っていることだろう。くみ上げ方によっては軍用のそれを凌駕する性能を発揮する。ガス直噴式のお陰で反動も少なく操作性も良好。間違いなく21世紀最高の自動小銃だと私は思っている。戦場でも一番付き合いの長い銃だ。もはや手足の一部と言っても過言ではない。
「取りあえずこれでいいだろう」
何度か調整を行いレティクルと着弾位置のずれがなくなった。あとはずれないように接着剤で固定すれば調整は終わりだ。
「やっぱり私は銃を握っているほうが性に合っている」
銃を握ってスコープを覗いている時は好きだ。何も考えなくてすむ。ただレティクルとターゲットと指に意識を向けるだけでいい。日本の温かい風よりも中東の乾いた風のほうが私にはお似合いだ。
烏間先生は銃を握る必要なんてないと言ってくれた。確かに客観的に見たらそうだろう。でも、私から銃を取ったら何が残る。殺すことしか能がない私に何ができる。他の生き方なんて知らないし知りたくもない。私には銃しかない。これしかないからこれでいいんだ。これが一番なんだ。
「アホくさ」
そこまで考えて自分の馬鹿さ加減に呆れた。うじうじ悩むのは性に合わない。どうせ考えたって答えなんて見つからないんだ。だったら考える必要なんてない。考えるのは殺してからだ。
「殺しと言えば殺し屋か……」
唐突に京都に来る殺し屋について考えた。レッドアイ。今回ともに狙撃任務に就く殺し屋である。レッドアイとはどういう由来なのだろうか。慢性的なアレルギーで常に目が充血しているのか。目薬をプレゼントしたら喜ばれるかもしれない。帰りにコンビニエンスストアで買っていこう。
「目の充血に効く目薬ってなんだろう」
買う前に箱の説明書きをよく読んでおこう。