手にしたリモートスイッチを弄び殺せんせーを見る。明らかに動揺している様子だ。烏間先生もイェラビッチ先生も同じように唖然としている。
「臼井さん、それは本当なのか?」
烏間先生が聞いた。それに対して無言で頷く。ブラフと思われても仕方なかったのだがどうやら信じてくれたようだ。イェラビッチ先生は信じられないと言いたげな表情を浮かべている。
「あ、あんた頭おかしいんじゃないの!?こんなのまともじゃない!」
「イリーナの言う通りだ。こんなものは暗殺ではない!」
駄目だな、この二人は。戦いの本質をまるでわかっていない。殺せんせーを見れば先ほどまでの余裕が嘘のようだ。やはり生徒を大切にするというのは本当のようだ。
「勘違いしてますね。私は兵士だ。兵士にまともな感情なんて必要ない。兵士の目的は任務を全うすること。そのためには命すら的にする。金の為でも名誉の為でもない」
私はきっと殺すために生まれてきたのだ。だからそのためには手段は選ばない。例えそれが常軌を逸した自爆だったとしても私はそれを躊躇なく行うだろう。
「殺せんせー、貴方が生徒を大切にしているのは知っています。貴方は私に攻撃できない。こんなことをするのはとても卑怯だと思います。でも先生を殺すにはこれくらいしか思いつかない。このまま私に殺されるか、ここから逃げるか、二つに一つです」
一歩ずつ近づく。殺せんせーは何も言わなかった。一歩一歩近づき遂には私と先生の距離は1mまで近づいた。殺せんせーは相変わらず顔に笑みを張り付けていたが心なしか悲しそうな感じがした。
「臼井さん、ここは楽しかったですか?」
唐突に投げかけられた質問。答えに詰まる。長い長い戦いの日々と、短いここでの生活を思い出す。初めて面白いと思えた授業、なんてことない会話、銃声のない生活。
「ここでの生活は楽しかったですよ。殺せんせーは今まで出会ってきた大人の中で文句なしに一番いい人だし、こんな不気味な私にも優しくしてくれるクラスメイト。戦う以外知らなかった私には全部新鮮でした」
でも、そんなものはいらないのだ。そんな感情は戦士のとしての勘を鈍らせる。ここにいたら私は間違いなく弱くなる。だからこそここで清算するのだ。
「それは、本当によかった。それともう一つ質問ですが、どうして他の皆さんを人質に取らなかったのですか?」
何を言っているんだこのタコは。そんなこと当然じゃないか。
「私は曲がりなりにもプロとしての矜持があります。堅気を人質にとるような兵士などそんなものはただのチンピラだ。私のような日陰者が日向の住人の幸せを踏み躙っていい権利など存在しない!」
これだけは絶対に曲げない。戦うことでしか生きられない者としてこれだけは絶対に曲げるわけにはいかない。
「そうですか……やはり、私の思った通りだ。臼井さん、君はとっても優しい人なんですね」
「は?」
突然言われた言葉に思考がフリーズする。こいつは私のことを優しいといったのか。何でそんなことを言うのか。私にはわからない。
「本当に手段を選ぶつもりがないのなら真っ先に狙うべきはE組の皆さんだ。臼井さんの能力があれば彼らなど簡単に人質にできたはず、なのにそれをしなかった。それはね、優しさというんですよ」
意味が分からない。私のいったいどこが優しいと言うんだ。世迷言も程々にしてくれ。もういい、このスイッチを離せば終わるんだ。そう思ってスイッチから指を離そうとする。だけど、指はちっとも離れなかった。
「先生、離してください」
「嫌です!絶対に離しません!」
四本の指のような触手が私の指をがっちり掴んで離さなかった。ナイフを振ろうにもスイッチを持っているのは左手でナイフを差しているのも左側だった。右手のエアガンもスライドストップが掛かっている。再装填が必要だ。
「まあ、確かにここで離したら先生死にますからね。じゃあ、逃げればいいじゃないですか。貴方の速度なら余裕で安全圏内に逃げられる。こんなバカな奴は放っておいてどこにでも行けばいい」
「いいえ!絶対に貴方を見捨てません!この触手は絶対に離さない!」
どうしてここまで言えるのか。私には全くわからなかった。本気で死ぬつもりなのか。今までの人生を振り返ってもこんなことを言ってくれる人はいなかった。そんなことを考えていると手が二つ加わった。イェラビッチ先生と烏間先生だった。
「二人とも、何やってるんですか。巻き込まれますよ。せっかくのチャンスを棒に振るつもりですか?」
そう、今こそ殺せんせーを殺す絶好の機会なのだ。殺せんせーがもし諦めないのなら最後の手段があるのだ。何故、そのチャンスをみすみす逃すような真似をするのか。私には理解できない。
「確かに、君を放っておけばこいつを殺せる可能性は高い。だが一人の大人として今の君を放って置くわけにはいかない」
「別に死ぬなら勝手に死ねばって感じだけど、あんたプロなんでしょ?だったらこんな下らない殺し方じゃなくてもっとプロらしくやりなさいよ」
本来なら敵対しているはずの三人が手を取り合う奇妙な状況。彼らを殺すわけにはいかない以上このままでいるわけにはいかない。そう悩んでいるといつの間にか私の手がガムテープでがんじがらめにされていた。
「ヌルフフフ、これでもうスイッチから指は離せませんね。爆弾は胃の中にあるようなので病院に連れて行きましょう」
「ああ、そうだな。臼井さん、もう止めにしないか。これ以上の暗殺は不可能だ」
腕時計を見る。制限時間まであと一分。駄目だ。ここにいたら二人を巻き込んでしまう。私はあえて諦めるように項垂れる。残り三十秒。三人の力が抜けるのを感じる。
「先生、私実は一つ嘘をついているんですよ」
烏間先生とイェラビッチ先生を突き飛ばす。そう、私が起動させたのは爆薬の時限信管。一応スイッチから手を離しても起爆するがそれは本命ではない。初めから止める手段などなかったのだ。まんまと騙されてくれたようだ。
殺せんせーに肉薄し抱き着く。潮田渚も初期の頃に同じ方法で暗殺しようとしたらしい。だがもうそんなことはどうでもいい。極限まで圧縮された時間の中、私は今までの人生を振り返る。本当に、糞みたいな人生だった。
でも、最後の最後で地球を救った英雄になれるというのならそれもいいだろう。殺せんせーを押し倒す。烏間先生がこちらに走って来ている。この人もなんだかんだ言っていい人だったな。殺せんせーも私を最後まで離さなかった。
そして時間切れ。今までに感じたことのない衝撃と共に意識が暗転する。薄れゆく意識の中、最後に見たのは無数の糸のような触手だった。
目が覚める。見慣れない天井。多分病院だと思う。
「何で私は生きているんだ」
身体を起こし腹をまさぐる。そこにはいつも通りの肉体があった。どう考えてもおかしい。腹の中でC4が起爆したのに何でピンピンしてるんだ。あの後私に何が起きたんだ。もしかしてC4が起爆しなかったとか。
「目が覚めたみたいだな」
声の方向に目を向ければ烏間先生が立っていた。怪我もなくいつも通りのようだがその顔は心なしか安心しているかのような表情だった。
「私、どうなったんですか?どう考えても即死するレベルの傷を負ったはずなんですけど」
「俺も何で君が生きているのか未だに理解できていない。ただ、一つ言えるのは臼井さんが生きているのはあいつのお陰ということだけだ」
あいつ、きっと殺せんせーだろう。それから烏間先生は私が自爆したあとのことを説明してくれた。あの自爆のあと明らかに死ぬはずだった私は殺せんせーの手によって生き永らえたようだ。どうやってやったのかまではわからないが兎に角私は生きているということらしい。しかもあれだけの怪我を負ったのにたったの一日しか経過してないという。
私の経歴についても洗いざらい暴かれてしまった。本気を出した国相手に隠し通せるとも思ってなかったがいくらなんでも早すぎる。私の家も既に調べられて爆薬と銃火器は全て烏間先生の部下が預かっているそうだ。押収と言わないのが気になるが今はもうどうでもいい。
「医者によれば今日中にも退院できるそうだ。それで聞きたいのだが、君はこれからどうしたい?」
「どうしたい?質問の意味が分かりません」
何をどうするってもうどうしようもない。暗殺計画はおじゃんになったし経歴もバレてしまった。パスポート、戸籍の偽造に加え爆薬や銃火器の所持などどう考えても真っ黒だ。中学生だからと言って甘く見てくれるほどこの国の司法は馬鹿ではないだろう。
「言い方が悪かったな。臼井さんが望めばこのままE組に在籍することも可能だ。確かに、君の犯した罪は重罪だろう。だが君の経歴などを考えれば情状酌量の余地はある。君が望むのなら俺が正式に殺し屋として国に推薦することも吝かではない」
あくまで淡々に私の選択肢を伝えてくれるのがありがたい。余計な私情を挟まないのは楽でいい。でも意外だった。ばれた以上ここにはいられないと思ったのに。
「私は……」
失敗した以上ここには用はない。また戦場に戻るとしよう。もとよりあそこで死ぬはずだったのだ。もう自分の命に執着なんてない。
「決まっています。臼井さんにはこのままE組で勉強を続けてもらいましょう」
この声はどう考えても殺せんせーだ。ゆっくりと振り向けば顔を真っ黒にした殺せんせーが立っていた。いや、普通に怖いんですけど。
「烏間先生、席を外してもらっても構いませんか?」
「わかった。それと臼井さん、あんなことはもう二度としないでくれ」
それだけ言うと彼は去っていった。残されたのは顔を真っ黒にした殺せんせーと私だけ。ど、どうすればいいのだろうか。取りあえず声を掛けてみよう。
「あ、あの殺せんせっ!?」
頬に走る衝撃。遅れてやってくる鈍い痛み。そうか、私はいま殺せんせーに打たれたのか。頬をさすりながら殺せんせーを見ようとすれば突然視界が真っ暗になった。
「よかった……本当によかった……」
殺せんせーに抱きしめられたのはこれで二度目だ。でも前と違うのは殺せんせーが震えていることだろうか。覆われてて見えないけど多分、殺せんせーは泣いているんだと思う。
「ああ、本当によかった……」
なんでここまで喜ぶのかわからない。でも本気で喜ぶ殺せんせーを見ると。名前のわからない感情が沢山湧き出る。
「あの、もしかして先生。私が生きててよかったとか思ってませんよね」
そんなわけない。私に死んでほしいと思っている人はごまんといるが生きててほしいと思っている人なんているわけがない。というかいてたまるか。
「何を言ってるんですか……当然じゃないですか!」
「え?」
さも当たり前のように告げられた言葉にハンマーで殴られたかのような衝撃を受ける。何でかわからないけど殺せんせーは私に生きてほしいそうだ。理由がわからない。何のメリットがある。私の能力?コネ?容姿?
「私には何で先生がそんなに喜ぶのかが理解できません。私が生きることに何のメリットがあるんですか?」
「損得ではありませんよ。私はね、臼井さんが生きてくれているだけで嬉しいんです。それ以外の理由なんてありませんよ」
わからない、何でそんなことを言うのかわからない。理解できない。理解したくない。でも、何故だろうか。
どうしてこんなにも涙が止まらないんだろう。
「私がい、生きてて、ほ、本当によかったと思ってるんですか?」
「何度でも言います。君が生きててよかった」
痛みでもない、悲しいわけでもない。なのになんでこんなにも涙が止まらないんだろうか。我慢しようとしても崩壊したダムのように感情の波が押し寄せる。止めたいのに止め方が分からない。
「ご、ごめんなさい。何故だか急に涙が止まらなくなって……」
「いんですよ。泣きたいときは泣けばいい。笑いたいときは笑えばいい。怒りたいときは怒ればいい。臼井さんは人間なんですから」
触手が背中をさする。それすらも涙を誘発する要因にしかならない。結局私が泣き止んだのはそれから10分経ってからだった。
「すいません。いきなり喚きだして」
「いいんですよ。泣けるのは臼井さんがまだ生きたいと思っている証拠なんですから」
その言葉の意味はよくわからなかった。生も死も無価値と思っている私には殺せんせーの言っていることが理解できない。
「あの、何で私生きてるんですか?どうみても即死だったんですけど」
それが一番の謎である。抱き着いて自爆したのに二人とも生きているのが理解できない。私が聞くと殺せんせーは自慢げに答えた。
「ここだけの話、例え君たちの身体がバラバラにされても蘇生できるように備えていました。ぶっつけ本番ですが何とかなって本当によかったです」
絶対に見捨てないとは文字通り死んでも見捨てないという意味だったのか。文字通り爆薬で腹を吹き飛ばしたのに蘇生するとは、改めて殺せんせーの規格外さを認識する。そこでもう一つの疑問が浮かんだ。
「あの、私って何が駄目でした?」
あれだけ怒るということはきっと私が殺せんせーの琴線に触れてしまったのだろう。何となく思い当たる節があるけど確証が持てない。
「いえいえ!最初のショットガンから格闘への移行はとても素晴らしかった。文句なしに今までで最高の暗殺だった」
正直、殺せんせーがああも正直に勝負に乗ってくれるとは思わなかったけど自分でもかなり上手く事が運べたと思っている。
「ですが、その後の暗殺はまるで駄目ですね。今まで受けた暗殺の中でも特に最低な暗殺です。せっかくの臼井さんの持ち味を全て殺してしまっている。それに──」
それから私は二時間、みっちりと最後の自爆が如何に駄目なのかについてありとあらゆる資料を基にまるで授業のように駄目だしされた。私が反論しようものならその反論を片っ端から論破していき文字通りぐうの音も出ない程にこてんぱんにされた。お陰でもう自爆なんてする気も起きなくなったが。
「臼井さんはどうして兵士であることに拘るのですか?」
説教という名の授業が終わったあと私は殺せんせーに訊ねられた。兵士であることに拘る理由。正直言って思い当たる節が多すぎる。それしか生き方を知らないのもあるし、ただ単純に戦うのが好きなだけかもしれない。果ては少年兵の頃の洗脳がまだ抜けきってないのかもしれない。とにかく理由が多すぎてどれが本当の理由なのか見当もつかなかった。
「それしか知らないからだと思います」
結局思いついたのは、何も考えてない、だ。如何に知識人ぶろうとそれしか教えられてない人間がそれ以外について考えるわけがない。独学で勉強はしてきたが誰かに教えてもらったことのある科目は人の殺し方だけ。
「臼井さん、先生は別にどちらかを否定しろなんて言いません。兵士としての臼井さんも中学生としての臼井さんもどちらも本物なのですから」
「どちらも本物……よくわかりません」
頭では理解できても心では理解できなかった。何となく言いたいことはわかる。でも兵士以外の私なんて想像もつかないし兵士を止めたら何をしていいのかも見当がつかない。何故なら私にとって殺したり殺されたりするのは当たり前のことであり逆に平和な方が不自然なのだから。
「それは、これからゆっくり考えていきましょう。先生からの宿題です」
先生は優しく言った。
病院を退院したあと私は烏間先生が推薦した殺し屋として正式にE組に配属されることになった。はっきり言って体裁を整えただけで本質的には何も解決してないのだが、言い方は悪いが地球の一大事にたかが少年兵のことなど気にしている場合ではないということなのだろう。
戸籍も本来は偽造だったのだが晴れて正式に国に認められた。私の本当の戸籍も探しているらしくもしかしたら両親の名前と本当の名前が分かるかもしれない。爆薬と銃火器は爆薬を除いて全て返却されることになった。かなり意外だったが殺し屋としての体裁を整えるための超法規的処置ということなのだろう。流石に使用する際は事前に申請する必要があるが、護身用の拳銃くらいなら持ち歩いてもいいそうだ。
「さて、準備OK、忘れ物は?」
改めて自分の装備を確認する。エアガンに、ナイフ、手榴弾、新調したS&W M&P40コンパクトを視認する。銃は相変わらず手放せないでいる。まあ、それは別に気にしていない。私は学生だが兵士でもあるのだから。
学校に行く前に構えの練習を行う。アイソセレス、ウィーバー、ハイポジション、コンバットハイポジション、エクステンデッドポジション。それぞれ左右の手で交互に確認をする。どの構えも体に染みついたものだがこれはいわば儀式である。
「さて、行きますか」
目指すは椚ヶ丘。山の上の旧校舎だ。
「あ、さっちゃんさんおはよう」
「ああ、おはよう。潮田、杉野もな」
山道を登りながらすれ違うクラスメイトに挨拶をしていく。中間テスト終わったら次は修学旅行があるそうだ。修学旅行がどういうものか知らないがどうやら京都に行くそうである。
「臼井は相変わらず登るの早いなぁ。ここ結構しんどいだろ」
「まあ、伊達に鍛えてないからね。君たちも迫撃砲を担いで山を上り下りすればすぐに私以上になれるさ」
「さ、さっちゃんさんが言うと何か洒落にならないなぁ……」
それもそうだ。だってそれは私が実際にやったことのあることだからな。何十キロもの荷物を背負って行軍することに比べればこの程度の山なんて私にとっては丘のようなものだ。
「何か、臼井テスト前より明るくなったよな」
「僕も同じこと思った。なんか良いことでもあったの?」
明るくなった、か。それは多分、自分の過去に少しだけ折り合いが付けられるようになったからだと私は思っている。未だに殺せんせーの宿題の答えは分からない。私の血塗られた過去はそんな単純に答えを出せるほど単純ではない。だが、それでいいのだ。
「さあね、多分私も手入れされたんだろう」
それだけいうと潮田は何のことか察したようでニコリと笑った。そんな五月の出来事。