【完結】銃と私、あるいは触手と暗殺


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作:クリス
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四時間目 刃の時間


書いていて思うこと、E組の呼び方難しいです。間違ってたら教えてください。


 今日は全校集会がある日だ。E組だけは何故か他のクラスよりも早く集合しなくてはならない謎の縛りがある。そのせいか私が登校してきた時には誰もいなくなっていた。ようはド忘れしていただけである。戦うことに関しては自信があるがこういうことに関してはまるで駄目になってしまう。

 

「空が綺麗だな」

 

 春の心地よい風が肌を優しく包む。空は好きだ。特にこの旧校舎で見る空は特に好きと言っていい。アフリカで見る空も中東で見た空も同じ空なのに何故こんなにも違うのだろうか。

 

「銃の練習でもするか……」

 

 ジャケットのボタンを外す。エアガンのマガジンと弾を抜き再びホルスターに収め、そして抜く。手首を腰骨で固定し構える。自慢じゃないがかなりの速さのはずだ。この早撃ちにはいままで何度も命を救われた。

 

 もう一度ホルスターに収め、抜く。中腰になり左手を握り胸の中央に置く。心臓を守るためだ。右手は銃を僅かに傾ける。一連の動作を確認したのち、ひたすら無心になり練習を繰り返す。練習をしながらこれまでの人生について思いを馳せる。

 

 少年兵になってから約八年、中学に入ってからの一年半以外ひたすら戦い続けてきた。女も子供も老人も殺した。そして気が付いたら戦いの中でしか生きられないどうしようもない屑が一匹生まれ落ちた。

 

 銃で撃たれようがナイフで斬られようが何とも思わない。だが、どうしてここにいるとこんなにも心をかき乱されるのだろう。私はいったいどうしてしまったのだろうか。名前の付けられない感情は私の心を蝕んでいく。まだここに来て二週間ほどしか経過していないのに私はここに安らぎを見出していた。

 

 あれほど鮮明だった戦場の記憶が今では遠くに行ってしまっている。馴染めるはずがないと思っていたのに私は自分でも驚くほどここで暮らすことに違和感を感じなくなっていった。それはきっと暗殺という私にとっての日常がここではとても身近なものだったからだろう。では、仮に暗殺が成功したとして私はどうしたいのだろうか。戦場に戻るのだろうか。大金を手にするのに?日本にいれば安全に何不自由なく暮らせるのに?

 

「違う」

 

 私は頭によぎった考えを否定する。私はなんだ?そう、私は兵士だ。兵士は何のために戦う。国のためか、主義のためか、仲間のためか、家族のためか、女のためか、金のためか、食べるためか、薬のためか。

 

 どれも不正解だ。兵士は戦うために戦うのだ。そこには主義も主張も理想もない。ただ戦うために戦う。ただ命令に従い遂行を妨げる障害物はありとあらゆる手段をもってこれを粉砕する。そこに情や信念が入る余地はない。そう、私は戦うために生きている。

 

「忘れるなよ。お前は兵士だ。そこを履き違えるな」

「何を履き違えるの?」

 

 手にイチゴ牛乳を持った赤羽がこちらを見ていた。どうやら聞かれてしまったらしい。彼も私と同じく全校集会をサボタージュしていたようだ。

 

「別に、ただの独り言だ。君は行かなくていいのか。全校集会に」

「それ臼井さんにも同じこと言えるよね。俺は別にサボっても問題ないしね。てか、意外だなあ。臼井さんってそういうキャラじゃないと思ってたんだけど」

 

 彼は確か素行不良でここに来たらしいが成績はかなり優秀だそうだ。例えペナルティーを喰らったとしても問題ないということなのだろう。

 

「人をキャラで推し量るのはあまり感心しないな。まあ、意味のないものに労力を費やすのは趣味じゃないんだ」

「ま、あれは面白くないよね」

 

 全校集会というのはこの学校においてE組の公開処刑を意味する。教師も生徒も悪意を剥き出しにしてE組を貶める。酷く気分が悪かった記憶がある。

 

「差別は嫌いだ。人なんて腹を切れば皆同じ糞と腸が出てくる。そこには男も女も老人も子供もE組もA組も関係ない」

 

 確かに境遇や能力の差というのは絶対にある。命の付加価値は決して同じではない。だが、命は平等だ。平等に一つなのだ。死んでしまえば皆同じ糞袋。そしてそれはあの超生物にも同じことが言える。

 

 私の言葉に赤羽は少しだけ目を見開いて驚いていた。まあ、とても中学生とは思えない発言をしている自覚はあるがこればかりは譲れない。そして彼はいきなり腹を抱えて笑い始めた。何か彼の琴線に触れたのだろうか。

 

「やっぱ、臼井さんって面白いや」

 

 目じりに涙を滲ませながら彼は言った。まだ笑いが抜けきっていないらしく半笑いなのが印象に残った。そんなに面白いのか。

 

「差別は嫌いだって言うからてっきりみんな平等だとか言うと思ったのにまさか糞と腸って、斜め上すぎるんだけど」

 

 どうやらそうとうお気に召したらしい。そう言うと赤羽はまた笑い始めた。ひとしきり笑ったあと私たちは二人でナイフの訓練をした。それからというものの赤羽は私によく話しかけるようになった。

 

 ちなみにナイフ訓練は私の圧勝だった(当たり前だ)。

 

 

 

 

 

「「「「さて、皆さん。始めましょうか!!」」」」

 

 全校集会が終わって授業が始めると先生が分身していた。黒板には特別強化授業と書かれている。中間テストまであと二日。殺せんせーは私たちに最後の詰め込みをするため苦手分野を徹底して教え込むつもりのようだ。つくづく非常識な担任だ。

 

 E組に落ちた私ではあるが実は授業の成績そのものはそれなりに高い。その点では赤羽カルマと同じと言っていいだろう。私の場合は二年の大半をサボってテロリスト相手にドンパチしていたからでありその気になればE組を抜けることもそこまで苦労しない。

 

 E組を抜けるには定期テストで学年50位以内に入り尚且つ元のクラスの担任の許可があって初めて脱出することができる。だが、この劣悪な環境(私以外にとって)ではそれも難しい。だから彼らは諦めて差別されることを甘んじて受け入れてしまう。私にはよくわからないがな。

 

 やられたらやり返す。「右の頬を打たれたら相手の左の頬に9mmホローポイント弾を叩きこめ」が私のモットーだ。彼等にそれは難しいのだろう。どん底から這い上がろうにも足場すらないのではどうしようもない。

 

「臼井さんは理系課目の成績はとてもいいんですが、国語が今一なのでそちらを重点的にやりましょう」

 

 残像まじりの殺せんせーが私の前に立っていた。何故か鉢巻を巻いていて鉢巻には「国」と書かれている。他の生徒を見れば皆同じように殺せんせーが一人づつ立っていて、これまた同じように鉢巻が巻かれていた。これが全て殺せんせーが高速で動いて教えているのというのだから驚きだ。

 

 私にとって日本語とは外国語だ。心の中だって基本的に英語で考えている。最近では日本語で考えることも多くなってきたがそれでも英語のほうが圧倒的に多く使う。それはつまりどういうことなのかというと問題文を読みそれを一旦英語に直しまた答えを英語から日本語に翻訳しなければならないのだ。やりづらいことこの上ない。英語も同じ理由で国語程ではないがあまり成績がよろしくない。

 

「そういえば臼井さん、まだアレを持ってきているんですねぇ」

 

 あれとはおそらく腰の裏に隠したグロックのことだ。初日の出来事以来、ボディーアーマーはもう着ていない。意味がないと判断したからだ。だが拳銃は未だに毎日持ってきている。銃を手放すなど有り得ないからだ。というか銃がないと不安で街を歩けない。本当ならサブマシンガンも持ってきたいくらいだ。こんな小さいサブコンパクトだけなんて本当は嫌で嫌で仕方がない。

 

「私がアレを手放すのは死ぬときだけですよ」

 

 どんな最期を迎えるかは知らないがきっとベッドの上で死ぬことは叶わないと思う。普通に戦死するか捕まって拷問の末処刑か、あるいは廃人にされて売り飛ばされるかもしれない。まあ何にせよ碌な死に方をしないだろう。いずれ人は死ぬんだ。早いか遅いかの違いしかない。

 

「そうですか……」

 

 殺せんせーは言葉は心なしか悲しそうだった。

 

 

 

 

 

 中間テスト前日。先生は更に増えていた。なにがあったかは知らないが心なしか焦っているようにも感じる。分身が何だか雑だ。今なら暗殺できるかもしれない。そう思ったが皆のテスト勉強を邪魔するのは忍びない。私は思い浮かんだ考えを消し去った。

 

 そうして授業中はずっと分身していた殺せんせーだがさしもの超生物も27人もの生徒相手にマンツーマンで教え続けるのは身体に応えるようでまるで100kmの強行軍を終えた後の兵士のように教卓に身体を預けぐったりとしていた。

 

「相当疲れたみたいだな」

「今がチャンスかも」

 

 前原と中村がそう言った。二人はそう言ったがそんな簡単に殺されるほど柔な存在ではないだろう。とは言え疲れている時に仕掛けるのはいいアイデアかもしれない。殺せんせーの触手は千切っても再生するらしい。まるで不死身のように見えるがこの世に存在している以上、質量保存の法則からは逃げられない。再生には必ずエネルギーを消費するはずだ。

 

 そんなことを考えていると話の雲行きがなんだか怪しくなってきた。話を要約すると百億円貰えるから勉強はしなくていいということだった。愚かな考えだ。彼らの言葉には実感が籠っていない。きっと誰かがやってくれるだろう。そんな考えが透けて見えてくる。

 

「下らない考えだな」

 

 思わず口に出してしまった。皆が私に注目する。目立つのは好きではないがこれは一言忠告しておくべきだ。

 

「何が下らないんだよ」

「俺達E組だぜ?まだ百億円手に入れるほうがチャンスあるっつーの」

 

 前原と岡島が反論する。皆もそれに頷いているようだ。きっと彼らは差別され続け下にいるのが当たり前になってしまったのだろう。だから私は客観的な事実を彼らに告げる。

 

「その考えが愚かだといっているんだ。よく考えてみろ。私たちの担任である殺せんせーは政府との契約でこのクラスの担任になっている。だが、考えてもみろ。最新鋭の装備を持った軍隊ですら殺しきることのできない存在がわざわざ契約を守る必要があるか?」

「あっ」

 

 私の言葉でようやく理解したようである。そのまま殺せんせーにバトンを渡そうとしたがクラスの皆は私のほうを見ているし当の殺せんせーも私を見ている。続けろと言いたいのだろう。

 

「そう、今この環境は殺せんせーの善意によってのみ支えられているということだ。仮に殺せんせーがいなくなったらどうするんだ?残るのは落ちこぼれのE組だけなんだぞ。それに具体的な暗殺計画も立てられないうちに賞金の話か。こういうのを日本の諺ではとらぬマタギの皮算用と言うのだろう」

「いや、それ言うなら狸だろ」

「…………」

 

 肝心なところでミスをやらかしてしまった。恥ずかしい。おい赤羽、笑うな。

 

「おっほん。とにかく、今の君達には暗殺者としての資格がないようですね。全員、校庭に集まりなさい」

 

 明らかに声色が変わった殺せんせーに促され校庭に向かって歩き出す。皆が教室からでてから私も後ろについていく。潮田渚が私に振り返った。

 

「さっきは少々きつい言い方をして悪かったな。君たちを貶める意図はなかったんだが……」

「はは、全然気にしてないから平気だよ。さっちゃんさんの言いたいことも何となくわかるしね」

 

 どうやら彼には私の言いたいことが伝わったようだ。自分でもきつい言い方をしたと思うので傷ついてなければと思ったがどうやら彼は大丈夫なようだ。

 

「よかった。このアマ、新参者が調子こいて説教なんざ十億万年早いんじゃ。とでも思っているんじゃないかと思ってひやひやしてたんだ」

「そこまで陰湿じゃないよっ!!」

 

 声を荒げて突っ込むが女にしか見えないせいで迫力はなかった。そうこうしているうちに校庭に辿り着く。

 

「さてイリーナ先生。プロの殺し屋として貴方に伺います。貴方は仕事をするときに用意するプランは一つだけですか」

「いきなり呼び出してなによ。そうね、本命のプランなんて全部上手くいくことのほうが少ないわ。だから何が起きてもいいように予備のプランを綿密に計画しておくのは基本中の基本よ」

 

 私も戦闘を開始する際は必ず予備のプランを用意しておく。もうプランBがなくて途方に暮れるのはこりごりだ。

 

「次に烏間先生。ナイフ術を教える時、重要なのは第一撃だけですか?」

「勿論、第一撃は最重要だが上手く当たる可能性は少ない。その場合勝敗を決めるのは第二、第三の攻撃の精度だ」

 

 彼らにも殺せんせーが言いたいことが分かってきたのだろう。彼らの後頭部しか見えないので表情は分からないが何となく雰囲気でわかる。

 

「そう、先生方の仰る通りです。自信のある次の手があるからこそ自信に満ちた暗殺者になれる。大して君たちはどうでしょう?俺達には暗殺があるからいいやと勉強の目標を低くしている。それは劣等感から目を背けているだけです。さっき臼井さんが言ったように仮に先生が逃げ出したり、あるいは他の暗殺者に先に越されたら。暗殺という拠り所を失って残るのは落ちこぼれのE組だけです」

 

 そう言って殺せんせーはどうしようもない現実を突きつけた。

 

 

 

 

 

「殺せんせー。あれ本気なんですか?」

 

 放課後、私は一人殺せんせーに向かって先ほど言われた言葉の真意を確かめた。あの後、殺せんせーは荒れていた校庭を竜巻を作りながら、殺せんせー風の言い回しをするのなら手入れをした。竜巻を纏いながら殺せんせーは、こう言った。

 

──第二の刃を持たざる者に暗殺者の資格なし──

 

 こうも付け加えた。

 

──全員が中間テストで50位以内に入らなければ校舎を消し去ってE組から去る──

 

「ええ、勿論」

 

 当然のように彼は答えた。とてもじゃないが正気とは思えない。だが、殺せんせーは根拠のないことをいうような教師ではない。過ごした期間は誰よりも短いがそれだけは確信を持って言えた。

 

「殺せんせーが根拠のないことを言う人ではないのは知っている。だが、あれは酷じゃないですか?」

 

 正直言って私もそんなに自信はない。勉強はそこそこできると自負しているが中東で過ごしてきた分のブランクがある。結果がどうなるかは予想できない。

 

「ヌルフフフ、大丈夫ですよ。先生は本校舎の教師達に劣るような教え方をしてきたつもりはありません。だから安心して明日の中間テストに挑んで下さい」

 

 そこには自分の教え子に対する絶対の信頼があった。相変わらず食えない先生だこと。そろそろ私も家に帰ったほうがいいだろう。勉強もしなくてならないしな。

 

「臼井さん、さっきは先生に代わって言いたいことを言ってくれてありがとうございます」

「別に、ただ思ったことを言っただけですよ」

 

 別に彼らのためにいったわけではない。ただ、あんまりな態度に腹が立っただけなのだ。私の言葉に先生はにっこりと笑った(最近表情が読めるようになってきた)。

 

「それでもですよ。例え正論だったとしても大勢の中で自分の意見を言うのはとても勇気のいる行動です。臼井さんのその姿勢、先生は大いに評価します!」

 

 顔に丸を描いて褒めた。こう真正面から褒められるのは生まれて初めてな気がする。仕事先で褒められることはあったが純粋に褒められるのは本当に初めてで、私はまたもや正体不明の感情に襲われた。この感情はきっとよくないものだ。私を変える毒に他ならない。だから私はある決断をした。

 

「先生、中間テストの結果が出たら私の正体を教えてあげますよ」

「ヌルフフフ、それは楽しみですねぇ」

 

 私の正体を知ったら殺せんせーはどう思うのだろうか。軽蔑するのだろうか。それとも怒るのだろうか。私には想像がつかないがきっと碌なことにならないだろう。仮に追い出されたとしても私に後悔はない。私は兵士。目的のためなら命すら厭わない。

 

「では、私はこれで」

「中間テスト頑張ってくださいねぇ」

 

 そう言って私は黄昏の山道に足を踏み入れたのであった。

 

 

 

 

 




用語解説

ホローポイント弾
銃弾の先端にくぼみをつけることにより着弾時に体内で銃弾がマッシュルームのように変形する。えぐい。
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