銃声、目の前で屈強な男が崩れ落ちた。頭には赤黒い穴が開いていた。
「そう言えば今日は中学の期末試験だったな」
銃弾が耳元を掠める中、そんなどうでもいいことを考えた。
私立椚ヶ丘学園。国内でも有数の進学校であり、一応私の母校でもある。だが今は
「11時方向、軽機!」
「リロード!」
「歩哨は何をやってたんだ!」
照りつける太陽、砂漠、そして銃声、微かに聞こえる唯一神への祈り。観光客への歓迎にしては些か手荒だ。
「そろそろ成績がまずいだろうなあ」
背もたれにしている土嚢に7.62mmの銃弾が容赦なく突き刺さる。逃げる必要はない。どうせ土で阻まれここには届かない。
もし当たったとしてもその時は精々死ぬだけだ。
「帰ったら教師にどう言い訳するべきか」
隣にいる男が発砲音に向かって狂ったように
案の定、ミニミの機関部から毎分725発のペースで吐き出される熱々の薬莢とベルトリンクが私の肩を直撃してきた。
これは熱い、思わずその場を離れる。
「まあ、なんにせよ」
ミニミを撃っている男が私に怒鳴りつける。流石にサボるわけにはいかないので男が制圧射撃をしている隙に土嚢の横から顔を出し双眼鏡を構える。
「どうでもいいことだ」
発砲音は廃村に作られた野戦基地から少し離れた丘から聞こえる。発砲音と着弾時間の落差から鑑みるに彼我の距離は恐らく400m程度。
「よう、いい銃だな」
草木に覆われて見づらいが丘に二人、こちらに向かって発砲しているのが分かった。陽動だろうか。彼らの目的が何かは知らないが私は私の仕事をこなすだけである。
双眼鏡のメモリを参考に彼我の凡その距離を測る。約370m。西に微風。私なら行ける。
「仕事の時間だ」
語りかけるように
「
発砲。イヤープロテクター越しに聞こえる射撃音と共に.223口径のフルメタルジャケット弾は男の胸に直撃した。碌な防弾着も着ていない生身の胴体にはさぞ応えた様で仰向けに倒れるとそのまま動かなくなった。
「ワンダウン」
もう一人は突然隣の仲間が倒れことにより酷く動揺しているようで慌てながら倒れた仲間を引きずり始めた。私は引きずっている男の側頭部にレティクルを合わせ引金を……
「あっ」
唐突に目が覚めた。視界の先には見慣れた天井。未だにぼうっとする頭を働かせ考える。どうやら私は夢を見ていたようだ。多分、この前の仕事の夢だろう。ベッドから身体を起こし軽くストレッチをする。
軽く運動している間にさっきみた夢はもう思い出せなくなっていた。人間というのは案外単純な生き物である。覚醒に至るまでの儀式を終え、私は枕元の時計に目をやった。時刻は現在朝の4時30分、まだ日が昇ったばかりである。
「そう言えばもう日本だったな」
いつもの癖で日の出と共に目を覚ましてしまったようだ。私はどこの野生動物だ。こんな時間に起きているのは日本では漁師か風俗か芸能人くらいらしい。又聞きなので信憑性は定かではない。
ここで二度寝をしたところで誰も責めやしないことは分かっている。しかし、身体に染みついた習慣というものはいかんともしがたく眠ろうにも意識は覚醒してしまっている。仕方がないのでいつものように鍛錬を始める。
「1、2、3……」
腕立て、腹筋、背筋、スクワット。基本的なメニューをこなした後、枕元の時計の隣に置いているものを手に取る。
「見つかったら一発でアウトだろうなあ」
使い込まれて所々傷のついたスライド、引金、グリップ、ハンマー、サイト。誰がどうみても拳銃と答えるだろう。
実銃を簡単に持てない日本では本物さながらのトイガンが売られているらしいと聞く。しかし、金属の冷たい感触とずしりと来る重みが玩具でないことを告げている。
「結局、手放せないんだな」
マガジンキャッチを押し弾倉を取り出す。弾倉には黄金色に輝く9x19mmのホローポイント弾の薬莢が鏡のように私の顔を映している。スライドを引けば薬室に装填されていた弾が排出された。
ベッドの横にあるテーブルに目を向けその上にあるアッパーレシーバーが外されたままのAR-15を少しどかし弾倉と弾を置く。
そして壁に掛かっているホルスター付きのベルトを腰に巻き拳銃をホルスターに差し込む。後はひたすら練習だ。
銃を抜いては構え、抜いては構える。あらゆる状況を想定して様々な練習を繰り返す。
しばらくそれを繰り返し私は唐突にあることを思い出し拳銃をテーブルの上に置き別の拳銃を手に取る。
それは今まで手にしていたSIG P226 MK25と違い見た目はコルト1911に酷似しているがなんというか全体的にプラスチッキーであった。というかプラスチックでできていた。
「スライドに何か書いてある。えっと、S.A.A.U.S.O?」
どうやら略称らしく大きく書かれたそれの下にはご丁寧に正式名称らしきものが刻まれていた。『Special Arms Against Unidentified Slimy Octopus』
日本語で言うのなら正体不明のぬるぬるしたタコに対する特殊兵器とでも言えばいいのだろうか。
「くだらない」
身体の力が一気に抜けるのを感じる。だいたいなんだ、正体不明のぬるぬるしたタコって。それってただのタコじゃないの?タコに武器っているのか?
いけないいけない。逸れかけた思考を元に戻す。1911擬きをホルスターに差し込み再び練習を行う。軽すぎて何とも頼りないがその分早く撃てると考えれば案外これも悪くないのかもしれない。
テーブルの上に乱雑に放置してあった学生証を手に取る。三年E組出席番号三番臼井祥子……
「そう言えば今日からE組か……」
椚ヶ丘学園特別強化クラス、落ちこぼれの末路、通称エンドのE組。人として落ちぶれ、今度は学生としても落ちぶれたわけだ。戦うことしか能のない人間にはちょうどいい場所だろう。
「どうでもいい」
何処に行こうと、何をしようと私のやることは一つしかない。
戦って、殺して、死ぬ。
窓から外を眺める。四月の暖かい日差しが私の顔を照らす。今日も死ぬにはいい日だろう。
今から八年前のことだったか。
兵士になる前の記憶はそんなに思い出せないがどこにでもいる普通の子供だった気がする。まだ世界の泥をみる前の私は愚かなほどに純粋で不幸というものがどんなものか想像すらしていなかった。
理由は何だったか忘れたが6歳のころ乗っていた飛行機がアフリカの某国に墜落。乗員乗客は私を除いて全員死亡。そこからどうやって生き延びたのかは殆ど覚えていない。
それだけならまだ不幸な出来事で片づけることができたのかもしれない。だが、本当の地獄はそれからであった。何とか人のいる場所までたどり着いた私であったが、場所が悪かった。
私が遭難した国はちょうど反政府組織と政府軍が泥沼の内戦を繰り広げている最中であった。そして私が辿り着いたのは反政府組織の前線基地。
身寄りのない日本人の子供が一人。そしてここは先進国から見放され延々と戦いを続ける腐った国。本来なら生きていけるはずがない。
あらゆる面で私は運が良かった。たまたま覚えていた英語が話せなければどうなっていただろうか。兵士に連れられ私は司令官らしき男と面会した。司令官らしき男は私にこう言った。
「身体を売るか、銃を取るか」
正に悪魔の契約だ。どっちを選んでも地獄に行くに決まっている。だが、その時の私には考える力なんてなかった。私は悪魔に魂を売った。
戦いこそが私の日常となった。死にたくない一心でひたすら戦い続けた。運が良いのか悪いのか、私には人殺しの才能があった。人の能力を才能で決めつけるのは好きではないが、間違いなく私には才能があったと断言していい。
その証拠に一年後には私は少年兵部隊の隊長を任されるまでになった。内戦はその二年後に終結した。倒すべき敵がいなくなったのだ。そして世界各地の紛争地帯を転々とする生活が続いた。
気づいた時には肩まで泥に浸かっていた。戦い以外のことができなくなっていたのだ。その生活が終わったのは丁度今から二年前のことである。偶然仕事で助けた日本人の伝手より私は帰国した。六年ぶりの帰国にも関わらず私は涙の一つも流さなかった。
面倒な手続きや住む場所の手配は全てその日本人がやってくれた。学校にも行かせてくれた。そう私が今通っている椚ヶ丘中学である。かなりのエリート校だと聞いたのだが戦いの合間に勉強していた私にはさして難しい関門ではなかった。
再び何不自由ない生活が始まった。しかし、私はいつまでたっても馴染めなかった。どこに行っても何をしても違和感が付きまとう。その違和感は次第に大きくなった。ちょうどそのとき知り合いから仕事の依頼を受けた。私は居ても立ってもいられず再び戦場へと戻った。2年生の夏休みのことである。
その仕事が一通り終わり帰国したのが三日前だ。郵便受けにある書類が入っていた。そこには出席日数の不足により来年からE組に行くことになるとの旨が記されていた。
ここ椚ヶ丘中学には他の学校にはない独特のシステムがある。それがこのE組のことである。E組に落ちたものは蔑まれ、貶められ、徹底的に差別される。使う校舎も裏山の旧校舎という徹底ぶり。
一定数の差別階層を故意に作ることにより生徒に恐怖心を植え付け、生徒の質の向上を図っているのだろう。まさか、私がE組行きになるとは思っていなかったが。この学校においてE組は徹底的にゴミとして扱われる。いじめられていようが誰も助けないし、嫌がらせも日常茶飯事だ。
正直に言って視野が狭いと言わざるを得ないが、彼等彼女等にとってこの学校こそが世界の全てなのだろう。自分の常識で他人の常識を測ることほど愚かなことはない。全てにおいて恭順する必要はないが闇雲に反発するのは余計な被害を受けるだけである。
それに本当のゴミというのは私のような人間のことを言うのだ。人の生き血を啜って生きるハイエナ。二束三文で平然と殺す戦争屋。どうせ、ここを卒業したらまた戦地に戻るのだ。少しくらいスクールライフとやらを体験してみるのも悪くないだろう。
しかし、何もないわけではない。昨日、自宅に突然防衛省の人間がやって来た。始めは公安あたりが私のことを嗅ぎ付けてきたのでは思ったがどうやら杞憂であったようだ。彼らは私にある依頼をした。
彼らの話を要約するとこうだ。先日の月蒸発事件は意図的に起こされたものである。その下手人はE組の担任を希望した。来年の三月に今度は地球を爆破するつもりでありその前に暗殺しろ。賞金は100億円。以上である。
月が蒸発したのは記憶に新しい。戦地でもこの世の終わりとか言って敵が突然祈りだしたりしたから印象に残っている。だが、まさかそれが意図的に引き起こされたものだとは思いもしなかった。
渡された資料には服を着た黄色いタコのような謎の生物が写っていた。始めは馬鹿にしているのかと思ったがそんな下らないことのために防衛省の人間が出張ってくるわけがない。
波乱万丈な人生を送っている自覚はあるがこれは流石に想定外である。彼らは謎生物用の武器を置いていくと去っていった。その後私は久しぶりに酒を飲んだ。
そんなこんなで今日にいたるわけである。私は現在、E組があるという山道を登っている。悪路に慣れた私はともかく都会育ちの学生には些か厳しいんじゃないかな。
「マッハ20のタコ型教師ねえ。いったいどんな化物なのやら」
そうこうしているうちに旧校舎が見えてきた。これは、思っていた以上にボロい。ここに来るまでに本校舎を通り過ぎてきただけあって余計に落差が激しい。校舎に入る前に装備をチェックしておく。
例のエアガンが一丁に同じ素材でできた訓練用ナイフとしか思えないプルプルのナイフが一振り、謎生物用のBB弾が詰まった手榴弾を二個。
念のために実弾を装填したグロック26とコンバットナイフも持ってきた。これらを纏めてデューティベルトで装着、シャツの下にもレベルⅢA規格のボディーアーマーを着込んでいる。
「どこのSPだよ」
おもわず自嘲する。だが、相手は未知の生物だ。警戒するにこしたことはない。腰のインサイドホルスターからグロック26を取り出しスライドを少し引き薬室を確認。エアガンも同じく装填を確認。準備は万端。いつでもいける。
「君が臼井祥子さんか」
烏間と名乗る男がそう言う。校内に入った私はまず初めに職員室に向かった。廊下で何人かのクラスメイトとすれ違ったが当然ながら誰が誰だが見当がつかなかった。積極的に交流するつもりはないが名前と顔くらいは早めに覚えたほうがいいだろう。
「はい、その通りです。既に知っていると思いますが、諸事情により三日前まで海外にいましたが本日付で復帰します」
後頭部をかくふりをして全身を観察する。スーツ越しですらわかるほど筋肉が盛り上がっている。身に纏う雰囲気と鋭い目つきから鑑みるに恐らく元自衛隊、それも叩き上げのエリートだ。仮に私がここで飛びかかってもあっさりと対処されるであろう。
「防衛省の者から既に説明は聞いているだろうが君にはあの怪物の暗殺を依頼したい。報酬は100億円だ。当然、国家機密なのでくれぐれも口外しないように。何か質問は?」
正面から格闘で倒すのは私には不可能だ。やるとしたら遠距離からの狙撃か死角からのアンブッシュ、爆薬で周辺ごと吹き飛ばすのもありだろう。徹底して不意を突くしかない。日本の自衛隊は一度も実戦を経験していないと聞いていたので正直舐めていたのだがどうやらそれは間違いだったようだ。
「ん?どうかしたのか?」
「失礼、少し考え事を」
いつもの悪い癖がでてしまったようだ。私はいつも人を見るとどうやって倒そうか考える悪癖がある。特に彼のような強い人間を見るとなおさらだ。職業病というやつだろう。
「そうか。ともかくタイムリミットは来年の三月だ。それまでに何とか奴を暗殺してくれ。俺も体育教師として授業を担当している。分からないことがあったら遠慮なく聞いてくれ」
今は四月。あと一年で地球が滅びると言われてもはっきり言って現実感が乏しい。それに、そもそもそんなことは私にとってはどうでもいいことなのだ。私は兵士だ。暗殺者ではない。兵士は戦うことだけを考えればいい。地球の危機なんて余所でやってくれ。
教室の扉を開け中に入る。26対の瞳が一斉にこちらを向いた。こうジロジロ見られるのはあまり気分が良くない。
「え、誰?」
「あれだよ。多分ずっと誰も座ってなかった席の。名前なんだっけ」
「目つき鋭いな」
口々に私のことを話しているが意に介さず事前に聞かされた自分の座席に座りバックパックの入れてある最新の銃器カタログを広げ適当に読み進める。あ、このデルタポイントのマイクロレッドドットいいなあ。あとで注文しておこう。
「なんか、銃の雑誌読み始めたぞ」
「ミリタリーマニアってやつなのかな?」
「ねえ、誰か話しかけなさいよ」
カタログを捲りながら気になったものに印をつけていく。これはH&Kの新型か?あ、でもストライカー式だ、却下。
「あの、もしかして転校生の方ですか?僕は潮田渚っていいます」
横から声を掛けられた。実際にはかなり前から近づいてくる存在には気づいていたが別に敵でもないので黙っていた。
首を向けば後頭部で髪を二つに結んだ生徒が好奇心に満ちた顔でこちらを見ている。顔立ちは整っていて女にしか見えないが肩幅や骨盤の形状から鑑みて男だろうと結論付ける。
「ご丁寧にどうも。残念だけど私は転校生じゃないよ。まあ、似たようなものかもしれないけど。一応ここには最初から在籍していたんだ。まあ、個人的な都合でいなかったけどね」
そう、一応書類上では私は3年E組に所属していることになっている。ただ、二年の二学期あたりからずっと中東でドンパチやっていたのでいなかっただけだ。生徒との交流も必要最低限しかしてこなかったので知らないのも無理はないだろう。
「あと、同い年だし敬語はいらないよ。ああ、そうだ名前を言い忘れていた。私の名前は──」
そこまで話したところで凄まじい風切り音と共に教壇に突然何かが現れた。まるで映像のコマが抜け落ちたかのように。ゴムボールのような頭に服から見えるのは何本もの触手。言葉にするなら一昔前の火星人とでもいえばいいのだろうか。
「ヌルフフフフ、今日も張り切っていきましょう」
そう言ってそいつは表皮をぬるぬるさせながらニヤリと笑った。