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魂

ヴェスタの旅情①

ヴェスタの旅情① - 魂の小説 - pixiv
ヴェスタの旅情① - 魂の小説 - pixiv
36,853文字
女監督生/SFミステリ
ヴェスタの旅情①
前作の閲覧を推奨します◎前・後編で3万字くらいかな♪と思っていたら起承転結の"起"で3万字を超えてしまいました。
⚠︎6章ネタバレを含みます。お気をつけください。

以下あらすじと注意書。

𖣰①のあらすじ
あの夜から2ヶ月が経ったある日、監督生はNRCにもプロムがあることを知る。加えてNRCのプロムは校舎全体を使い規格外の規模で行われるため授業が1週間ないのだと言う。その間"休暇旅行"と呼ばれる費用学園全額負担の修学旅行へ行くことになったマブたちは、豪華客船S.S.コロンビア号へ乗船し「冒険の島」へ向かう────。

𖣰注意書
・捏造に捏造を重ねた捏造です。

・ピザが大好きな女監督生が出ます。名前はデフォルト名のユウを使用しています。

・腐、CP要素は無いものとして書いています。が、そう見えることもあるかもしれません。

・前作のせいで不定の狂気(PTSD)持ちのキャラがいます。ご注意ください。

・ゲームプレイ済。
パーソナルストーリー等回収しきれていないものもあります。本編と矛盾等ある場合があります。ご了承ください。

・誤字脱字等見つかりましたら、コメントにてご指摘くださると助かります。(訂正次第削除させていただきます。)

どうぞ宜しくお願いします🍕

𖣰追記
ランキング10位ありがとうございます🥲ウレシ&ニコシです…🍕
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2022年6月4日 11:12

ヴェスタの旅情

❶旅の行先







「ハ、旗を掲げろ〜!!!」
「! 旗を掲げろー!!!!」

 監督生の鼓舞に、誰が応えたのか分からないほど状況は切迫していた。世は大航海時代である。いや、それは違った。目の前には大時化(おおしけ)、言うところ嵐の中へ突入したのだ。波は荒れ狂い、甲板は混乱に満ちていた。顔を濡らすのは大粒の雨なのか跳ね返る高潮なのかわからぬまま、監督生はクォーターデッキの内部で舵を握りしめる。

「人間!!!この縄はどうしたらいい!!?」
「縄!!?わかんないよ!!!」

 セベクは目の前に何本もある縄を糸引き飴のように持ち替えて引っ張ってみている。鳴り響く雷雨に負けじと大声で返すも、聞こえているかどうか不明だ。ルークは甲板を駆け船首へ向かった。前方に大きな岩を視認したヴィルは、プープデッキから大声を上げる。

「監督生!!!!!面舵いっぱい!!!!」
「面舵!!?面っ、う、重い!!!」

 舵が重くて動きません!と呻きながら訴えかける。すると、メインマストからシルバーがものすごい勢いでこちらへやってきた。


「俺に任せろ」


 そういうと、シルバーはその筋力で力任せに柁を"左"へ回した。き、筋肉すぎる!と感心する監督生にトレイは焦ったように叫ぶ。

「ばか!!!!面舵は"右"だ!!!」
「ぶつかるぞーー!!!!!!」
「ふな"ーー!!!!」

 ジャックの言葉を聞き、もうおしまいだ!と目を瞑ってしまう。だめだ。この船は座礁する。高波に巻き込まれて一巻の終わりだ。ああ、どうして…


「(どうしてこんなことに…)」


 時は数週間前に遡る────








𖣰








 1月末日。年が明け暫く立ち、ニューイヤーのお祭り気分もだいぶ抜けてきた。しかしあの恐ろしい夜はまだ皆の記憶にこびり着いており、エースは未だ魘されるという。監督生はというと、海底に対して若干の恐怖心を… いや、かなりのトラウマを背負ってはいたが、海底に行くことなんて滅多にないので普通に生活を続けていた。故にモストロラウンジもかなり怖い場所になってしまったが、リハビリに向いているのでたまに行ってみたりしている。

「小鬼ちゃ〜ん!それ終わったら上がっていいからね!」

 バックヤードからサムさんがひょこっと顔を出してそう言った。監督生は月に何度かミステリーショップでアルバイトをさせてもらっている。今日は午前中で授業が終わる日。つまりアルバイトの日であり、監督生は明日発売の期間限定スナックをいい感じに陳列している最中だった。入り口の一番目立つところに、夥しい量のスナックの袋をバランスよく山積みにしている最中である。

「はーい!もう少しで終わります!」
「この後寮長会議だろう?手伝うよ」
「ありがとうございます!」

 サムはバックヤードでの仕事が終わったようで、こちらを手伝いに来てくれた。言う通り、この後は寮長会議が待っている。あの一件があってからと言うもの、学園内ではセキリュティをさらにアップし何かあればすぐ共有できるよう会議の頻度が増えた。そこまでしなくていいと言う生徒もいるが、クロウリーはにこやかな笑みを浮かべ「念の為」と言う。監督生としては、美味しいお茶請けと共に絶品のお紅茶が飲めるので嬉しいのだが。
 蛍光色の袋を積みながら「そういえば、」とサムが口を開いた。


「小鬼ちゃんはプロムに行くのかい?」


 プロムというワードを聞き、監督生は耳を疑った。プロムって、あのプロム?プロムナードのこと?たしかに、前にエースがそんなことを言っていたような…。それはなにかのジョークだと思っていた監督生は、サムからの問いに言葉が詰まった。

「男子校なのにプロムがあるんですか?」
「そうなんだ。狂ってるだろ?なんなら学園内からキングとクイーンも決めるし、彼らはダンスも披露する」
「え笑 ちょっと面白いかも」

 NRCにはもちろん男性同士のカップルもいて微笑ましいのだが、この学校のことだ。プロムキングとプロムクイーンは確実におふざけに決まっている。例えばマレウスとレオナとか、アズールとジャミルとかが踊っているのを想像すると笑えてきた。

「でもね、NRCのプロムは普通のプロムと違うんだ」

 サムの引き込まれるような話術に興味津々となる。ワクワクしながら言葉の続きを待っていると、

「まあ詳しくは今日の会議で話すだろうさ。そこで聞いてごらん?」

 続いた言葉は焦らすようなもので、監督生はもやもやしてしまった。しかし、普通のプロムと違うってどう言うことなんだろう。それにプロムって、卒業前の7月とかにやるものではなかったっけ。これから2月になろうとしているのに、なぜ今… と思いつつ、最後のお菓子を積み終わった。

「終わりましたね!」
「今日もお疲れ様。これ日当ね!いつも頑張ってくれるからサービスしといたよ」

 サムさんが懐から封筒を出しこちらにウィンクする。「サ、サムさん…」と感動しながら封筒を受け取ると、いつもより明らかに厚みがあった。え!と顔を見遣る。

「こんなにいただけません」
「いいんだよ。プロムに参加しないとなると、これから君はお金が必要になるってことだからね」
「?」

 さあ行った行った!と、いつ持ってきたのかわからない自身の荷物を持たされ、あれよあれよといううちに外へ出される。え、ちょっと!と戸惑っているうちに扉は閉められ、closeの札が下がった。扉を開けようとしても施錠されているので戻れない。

「強引…」

 しかし臨時収入は嬉しいものであった。














「はい、皆さんお揃いですね〜!始めますよ〜!」

 クロウリーはCROWN SHAPEのカップのフチをカンカンカンカン!とティースプーンで鳴らした。会議室には既に皆揃っており、寮長の横には副寮長達も座っている。てっきりいつもよろしく寮長のみの会議だとばかり思っていたが、久しぶりに見るフルメンバーに少し緊張する。(イデアはタブレットだが。)
 例の如く一番最後に入室した監督生は、オンボロ寮のプレートが置かれた席に腰掛けた。

「ではね、皆さん!まずは最近何か異常は」
「ない」
「ありません」
「特にないですね」
「ない!」
「無い」
「なにもないわ」
『無し』
「いつも通りです」
「そうですか…」

 言い切る前に怒涛の全否定されたクロウリーはションボリしながらカップをぐるぐるかき混ぜた。心配しているのにナ… といじけているフリをするが誰にも相手にされない。横に座るクルーウェルはめんどくさそうに進行権を奪った。

「えー、では差し迫ったプロムについてだが」

 監督生は、キタ!とサムの言葉を思い出した。普通と違うプロム、一体どんなものだろうか。目をキラキラさせる監督生が視界に入り、そういえばコイツは何も知らないか。と説明から入ることにした。

「何も知らない子犬がソワソワしているので頭から説明するが、NRCのプロムは他校と違い2月に開催される。それは他校と期間が被らないよう配慮しているからだ。通常プロムは校内の生徒のみ、または招待された他校の生徒を数人招いて行うが、NRCではそんなダサくて小さなおママゴトに金は出さない。意味がないからだ。と言うことで各国からとんでもない数の来賓客を招く」
「来賓…」

 何も知らない子犬はソワソワしながら聞いている。思わず口に出てしまったので、慌てて噤んだ。隣に座るリドルはその反応に思わずクスッと笑ってしまう。

「企業の社長、一国の王、地主株主大金持ち。まあ〜、本ッ当に、いろんなお客様がおいでになる。これは出席する下級生に関係していてだな。平たく言うと、就職や今後に役立つコネやツテをもぎ取るパーティーだ。故に3年生は希望者全員の参加が許されている。4年生からすればただのおふざけパーティーに成り下がるので、コイツらは毎年全員出席だな」
「1年生と2年生は出るんですか?」
「基本は出ない。まあカップル事情もあるからな。3年生や4年生から誘われた者は出席してオーケーだ。後は、1、2年生でも寮長と副寮長は自由に参加ができる」
「なるほど…」

 監督生は脳内の情報を整理する。4年生にとっては少し早い卒業前のお祭り騒ぎ。3年生以下からすれば自身の未来のコネクションを掴む戦争といったところか。普通のプロムではないことが理解できてきた。

「クルーウェル先生、ご丁寧にどうも」

 いじけるフリが終わったクロウリーはクルーウェルにお礼をひとつ差し上げた。クルーウェルはいいえ、と返しカップに口をつける。

「では本年度の来賓リストを配りますね」

 各自目の前に紙の束が現れる。30枚ほど重なった用紙にはABC順に国名、島名の下にびっちりと名前が印刷されている。これは本当にとんでもない量の来賓が来る… 一枚捲ると両面刷りだとわかり更に顔が引き攣った。

「ここに記された皆様が確実にいらっしゃるわけではありませんがね、まあこれくらいの数が例年来ます」

 皆無言でパラパラとページを捲っていくが、数人顔が死んでしまっている。レオナは来賓リストをテーブルに投げ、カリムは目が笑っていない。アズールは目の奥に経営者としての闘争心をメラメラと燃やし、そして…、監督生の横に座っているリドルとトレイは あるページを開き、ピタ… と固まってしまった。

「年々多くなってないか?」
『オッ、プロムマスターが何か言ってますな』
「お前タブレットだからって調子乗るなよ」
『ぴえん』
「言われるのもしょうがないでしょ、アンタ留年してんのに毎年参加してるんだから」
「へーへー」

 レオナはお茶請けのジャムクッキーを齧りながら空返事をする。

「来賓リストを眺め続けても何も変わりませんので話を進めますが、このプロムを行うにあたり1週間ほど校舎は使えなくなりますので。それに伴い今年度の休暇旅行について連絡事項がありますよ」
「え?1週間?休暇旅行? え?」
「おや!クルーウェル先生。私がいじけている間にちゃんと説明しなかったんですか?困りましたねえ〜」
「は?」

 クロウリーは戸惑う監督生にやれやれと肩をすくめた。クルーウェルはそれくらいお前が説明しろよと言う顔を隠しつつ、心の声だけ漏れた。クソデカ溜息を吐きながら再び説明に入る。

「…まず1週間の件だ。プロムは大広間をメインで使用するが、それだけじゃない。校舎全体を使用する。廊下から何もかも全て飾り付け来賓客を招くんだ。だから、普段より強い防衛呪文を張ったり、馬鹿みたいに清掃したり… とにかく準備に時間がかかる。その為当日の1週間前から準備期間となり、授業は行えない」
「我々教師陣も招待状を送り、自身のタキシードの準備をし、入念な警備のリハーサルをし、必要なものを発注し、調子に乗った阿呆に罰則を与え、反省文を書かせねばならん。授業をしている暇がないんだ」

 クルーウェルの説明にバルガスが補足を入れる。

「先程クルーウェル先生が、プロムは基本1、2年は参加しないし、3年も希望者のみの参加と言ったな?プロムに参加しない者は1週間暇になるんだ」
「もちろん1週間そのまま休んでもいいが、1年間頑張った子犬どもには学園からステキなプレゼントがある。それが"休暇旅行"だ」

 クルーウェルが言うに、つまりはこういうことだ。
 プロムに参加しない生徒には、学園から1週間の"休暇旅行"がプレゼントされる。なんと、旅費、食費は全て学園負担とのこと。マジックバンド+と呼ばれる腕時計のような形のバンドが配られ、それで支払いができると言う。なんてハイテクな。注意すべきは食費に上限があるのと、お土産は実費ということだった。コネを掴むか、旅行を楽しむか。NRC生はこの2択を迫られている。
 ちなみに旅行先は毎年違うものの、学園と古くから関わりがある地ばかりで、団体旅行を安く受け入れてくれるのだとか。それにしても豪華な旅らしい。監督生は、毎年修学旅行に行けるってこと!?とより一層瞳を輝かせた。元のセカイでは家族とイタリアへ旅行へ行くなどしていたし、そういったイベントが大好きなのである。

「休暇旅行へ行く生徒は旅先の歴史や文化をまとめたレポートの提出が必要にはなるがな。こちらが全額負担だし、行かない生徒はまずいないだろう」
「と、いうことです!」

 なぜかクロウリーが説明を締め括った。

「さ、説明も終わったことですし連絡事項についてです。この中で今年度のプロムに参加しない方は手を上げてください」

 監督生は誘われてもいないし、たとえ誘われていたとしても絶対に旅行に行きたいので、メガネがズレるほど勢いよくピン!と手を挙げた。横を見ると、トレイ、ヴィル、ルークが手を上げている。追加で、タブレットから『挙手〜』とやる気のない声が聞こえた。
 どうやらこの場にいる生徒でプロムに参加しないのは、自身を含めた5名のようだ。

「え、トレイ。アンタも参加しないの?」
「驚いたね。てっきり
薔薇の君(ロア・ドゥ・ローズ)に着くものだとばかり」
「ハハ、話せば長い」

 クロウリーの確認が終わったので、トレイは挙手した手を下ろしながらいつものような困っている風の笑みを浮かべた。

「リストの薔薇の王国の欄をよく見ろ」

 皆ページをパラパラと捲った。監督生も名簿を上から見ていく。あっ。と、ある名前に辿り着いてしまった。皆同じページの同じ場所で体が固まる。そこには、


「ローズハート。僕の母だ」


 レオナがガハハと盛大に笑った。

「俺はリドルの母親の地雷源なんだ。鉢合わせたらリドルの母親はオーバーブロット(ヒステリー)を引き起こすだろうな。もし俺のことを聞かれたら、この間の流星群で死んだことにしておいてくれ」
「いや、僕の母を見かけても絶対に話しかけないでくれ。パーティーを台無しにしたいのなら話は別だけれど」
薔薇の騎士(シュバリエ)、複雑な事情があるのだね」
「そういうお前達はなぜ出席しないんだ?去年はしてたよな」

 ヴィルは来賓リストでひと笑いしたあと、コホンと声を正し口を開く。

「仲が良くて、腕もいいカメラマンが居るの。彼がアタシの写真集を出してくれるっていうんだけど、撮影期間がプロムに被ってるのよ。お互い忙しいからリスケできそうにないし、撮影先も今回の休暇旅行のロケーションでバッチリだと言うから…、プロムは辞退させてもらうわ」
「私はその付き添いさ」

 監督生は、有名人は大変だなあと実感した。トレイ先輩の件には敢えて触れないでおこう。

「では挙手のなかった皆さんは出席ということで。毎年アンチ・プロムという"謎の集団"がプロムを批判してくるのが癪に触りますが、今年はないといいですね。ねえ?シュラウドくん」
『ハハ、そっすねー』

 タブレットから聞こえた声は、興味ないですよ。と言う風に聞こえつつ笑いを堪えていた。アンチ・プロムとは、陽キャの祭りなんてクソくらえというアンチテーゼを掲げ、謎に包まれた得体の知れない隠キャ集団である。…といいつつ皆その首謀者を知っているが、知らないふりをして楽しんでいた。それもまたプロムの醍醐味である。
 しかし監督生はそんなのどうだってよくて。旅行のことで頭がいっぱいなので気になる点がひとつ。

「あの〜」
「監督生くん。何ですか?」
「旅行先ってどこなんでしょう?」
「ああ!伝え忘れましたね。今年は当たり年ですよ!旅行先は"冒険の島"です」
「監督生、良かったな〜!」

 クロウリーの言葉にカリムが続く。

「え?そんなに良い所なんですか?」
「ええっ!?お前知らないのか!?」
「おいおい愛好家の名が聞いて呆れるな…」

 監督生はレオナから謎に批難され、更に疑問を浮かべる。私が愛好家?ま、まさか…

「あ あの ア、私が愛するのはひとつだけなんですが、もしかして、」
「監督生さん、おめでとうございます」
「おめでとう人の子、良い旅を」
「アンタ本当に豪運ね」
「ピザですかーーー!!!!!????」

 監督生は冒険の島には有名なピザ専門店がゴロゴロあると教えてもらい、椅子の上でキャアキャアとジタバタした。喜んだかと思うと、次の瞬間には感涙している。レオナは相変わらず忙しいヤツだな、と思いながら最後のジャムクッキーを口へ放り込んだ。

「まあこんなもんですかね。プロムへ参加する皆さんも、旅行へ行く皆さんも準備を怠らぬように!では解散でよろしいですね?」

 意義なしの意を込め皆立ち上がり、退室するため扉へ向かう。監督生は再び「はい!」と勢いよく挙手し、クロウリーへ駆け寄った。

「監督生くん、なんですか?」
「今すぐ外出許可をください!まだ門限に間に合いますよね?」
「良いですけど、どこへ行くって言うんです」

 瞳は今日いちばんの輝きを見せ、大きな声で言う。

「るるぶを買いに行きます!!!」












「冒険の島なら、何回か行ったことあるけど」
「お前まさかプロか」

 休暇旅行を知ってから数日経ち、とある自習の1コマ。1年生はプロムに参加する者が極めて少ない為、皆旅行の話で持ちきりだった。それはマブたちも例外ではない。
 エースは家族で何度か行ったことがあるらしく、超絶面白い所だと教えてくれた。デュースは行ったことがないらしく、超絶楽しみにしていると教えてくれた。それは監督生とグリムも同じである。

「みて〜これ!買ったの!」
「ダハハ !!!なにこれ付箋やば え? 全部ピザの店!?」
「監督生はすごいな、もうリサーチしてるのか?」
「ただのピザ
狂人(くるいびと)だろ」

 監督生はあの日の寮長会議のあと速攻で買いに行ったポケットサイズのるるぶを2人に見せた。気合が入っているので、安いモノクロ版ではなく全ページカラー版を買ったのだ。しかも蘊蓄(うんちく)が沢山載っている増量バージョン。

「ぶな、こいつ毎晩ピザのことばっかりなんだゾ〜!オレ様はツナが食いてえゾ!」
「ツナ以外にも美味しいものがいっぱいあるよグリム!楽しみだね〜! あ、そうだ」

 監督生はるるぶから顔を上げて2人を見る。

「一緒に回らない?」
「は?元からそのつもりですけど?」
「逆になんで一緒に行かないんだ?そんな選択肢あるか?」
「最高すぎちゃうかも。他のみんなはどうかな」

 他のみんなとは、もちろんジャック、エペル、セベク、オルトの事である。

「ジャックとエペルは来そうだけど、セベクとオルトはどうだろうか。マレウス先輩はプロムに出るんだよな?」
「ウン。ツノ太郎、王だもん」
「そりゃそうよ」
「オルト君も来れるかわかんないよね。後で聞いてみよ!」

 エースは、兎に角!と人差し指を立てた。

「冒険の島はクッッッッソでかい。移動も含めた1週間じゃ全部回り切るのは無理」
「そうなのか?」
「絶対無理!だから、この中から2〜3個のエリアに絞って観光すんの」
「エリア?」
「デュース君、お前先生の話聞いてた?」
「?」
「も〜これだから…」

 エースは監督生のポケットサイズるるぶを指差しながら、事細かに説明を始めた。





冒険とイマジネーションの島へようこそ!
ここは7つのテーマポートから成る観光島です。これから楽しい体験をする皆さんに、7つのテーマポートをご紹介します!


①ロマンザ
ここは古き港町。見晴らしの良い運河や漁村、引き込まれるような街並みが並びます。さらには大航海時代をそのまま閉じ込めたような要塞もあり見どころ抜群!地中海を思わせる色とりどりの料理は、ピザやパスタが有名です!飲食やお土産のお店が多いのは、ここロマンザ!


②リベルタス
冒険の島はリベルタスに在る港からS.S.コロンビア号で出入りをします。活気あふれる街並みに、ミュージックシアター。ここでは毎日、生演奏のショーを行なっていますよ!また、少し歩くと見えてくるのはケープコッド。しっとりとした田舎町で、お菓子の材料や限定のレシピを取り扱っています!


③ミネルヴァ
近未来的な建造物が多く立ち並ぶのはミネルヴァ。エレクトリックレールウェイでリベルタスと繋がっています。ミネルヴァで、ウォーターヴィーグルに乗り込み海の上を散歩してみませんか?レストランや、海中をくり抜いたような水族館。ここでしか味わえない貴重な体験がありますよ!


④フェリシタス
未開のジャングル。耳をすませば、動物たちの声をすぐそこに感じます。古代文明の遺跡や神秘に黄金。歴史に圧倒されるのならフェリシタスがおすすめです!また、ここでは軽快な音楽やキャンプのご馳走でおもてなしをしてくれますよ!


⑤エキゾチカ
まさにイマジネーション!エキゾチックな空気感と建造物。絵物語のような世界を味わうならエキゾチカです!スパイシーなカレーやフルーツの乗ったシャーベット。ヨーグルトの酸味が効いたラッシーなど名品ばかり!お土産も豊富で、骨董市などが立ち並びます。


⑥マトゥータ
ここは海底の世界を地上に模したテーマパーク。お子さんが遊べるエリアはもちろん、マーメイドたちが煌びやかなショーを公演しています!また、マーメイドが運営するカフェがあるのもここマトゥータです。海底でしか手に入らない限定アイテムも取り扱っています!


⑦ヴェスタ
謎に満ちた天才が作った研究所があるとされています。
※こちらのエリアは、未だ火山活動が活発に行われているため解放されていません。尚、火山活動が行われた際他のエリアへ被害が及ばないよう、強力な防御魔法のドームで囲われています。





「ってな?この中から2〜3個選ぶのよ。監督生が行きたいって言ってるのはロマンザだよな」
「そう!ここがピザが凄いんだよ」
「最終日2日前からは全員、ロマンザにあるホテルミラコスタに泊まるらしいから、ピザは最後だな。」
「最後かあ〜!楽しみ…」
「僕はこのチュロスが食べたい。ポップコーンのガーリックシュリンプ味も美味しそうだな…」
「ポップコーンの味はエリアごとに違うんだよなー。お、それリベルタスじゃん。ヨシヨシ、まあお前ら…。オレに任せろって」
「よっ!プロ!」
「任せたぞ!プロ!」
「ツナを頼むゾ!」

 エースは立ち上がり喝采を受けている。身内にプロがいて本当に良かった。監督生もるるぶを読み薄々気づいてはいたが、この冒険の島は1ヶ月ほど休みをとって周るのがベストとされているらしく、本当に広いのだ。監督生に今回の旅のプランを任せたらロマンザ一択で、ピザ大食いツアーになるところであった。
 絶対サムさんにお土産を買って帰るぞ〜!

 ワクワクを胸に目まぐるしく日々は過ぎて行き、いよいよ出発当日を迎えた。








𖣰








「スマホ?」
「持った!」
「マジックバンド+?」
「持った!」
「化粧ポーチ、るるぶ、メガネケース?」
「持った!」
「完璧だゾ〜!」

 昨晩作成した持ち物チェックリストをグリムと確認していく。パーフェクトであった。最後に姿見で身だしなみを整える。冒険の島は一年中気候が安定していて湿度も低く、5月くらいの過ごしやすい気候らしい。なので、キャリーバッグに詰めたのは可愛らしい春物ばかりだった。
 丈の短いオレンジ色のサマーニットにハイウェストの白のロングスカート。学園長の魔法を受けて、未だに煌めき続けるダイヤのネックレスもつけてみた。NRCはまだ2月で寒いため、小さく畳めるダウンを羽織っていく。向こうでは脱いでしまおう。
 今一度鏡で見るとリップが少し薄かったので、ポーチから取り出してササっと塗る。アプリコットにピンクのラメがキラっと光った。

「子分〜!行くんだゾ〜!」
「はーい!」

 グリムの声に慌てて、80センチもある大きなキャリーケースを掴んだ。色は深いブルーで、あまり監督生らしさはない。それもそのはず 監督生はキャリーケースなんて持っていなかったので、優しいクロウリーが貸してくれたのだ。中には自身の荷物が沢山と、グリムの荷物が少し。あとはお土産を入れるためのスペースが空いていた。
 オンボロ寮の廊下をキャリーのキャスターでゴロゴロ震わせていると、ゴーストたちがお見送りをしてくれる。

「楽しんでくるんだよ」
「ありがとうみんな〜!お土産なにがいいかな?」
「気持ちだけで嬉しいんだ!帰ったら沢山話を聞かせとくれ」
「わはは、優しいね。行ってきます!」
「行ってくるんだゾ〜!」
 
 キャリーがあまりにも重たくて、手を振るのが控えめになってしまった。監督生は身長が150センチもないしヒョロガリなので、鏡舎まで辿り着けるかジワジワ不安になってくる。しまったな、運ぶことを全く考えていなかった。

「ヨイショ!」
「大丈夫か子分?」
「うん、早めに出たしなんとかなる!行こう!」

 監督生が体に無理をさせ歩き出したその時、

「人の子…」
「ヒッ!」
「つ、ツノたろ?!」

 背後から声がしたと思えば、なんだかいつもより艶がなく顔色の悪いマレウスであった。見ないうちにやつれてしまって、一体どうしたのかと近づく。

「どうしたの?嫌なことがあった?いじめられた?」
「いじめも受けているし嫌なことばかりだ。毎日プロムに追われている」
「た、大変だね…。でも、どうしてここに?」
「人の子、お前はひ弱だ。そのキャリーケースをセベクに持たせろ」
「え!?」
「という訳だ。その馬鹿馬鹿しい大きさのケースを渡せ」

 いつの間にかディアソムニアに包囲されており、監督生は重たいキャリーケースをセベクに奪われた。セベクのすぐ側では、シルバーがキャリーケースを2つガラガラと転がしている。

「セベク、ありがとう!」
「礼なら若様に!だ。加減を考えろ人間」
「ツノ太郎、心配してくれてありがとう!じゃあ、あの… プロム頑張ってね…」
「ではまた…」

 マレウスは、気の毒そうな顔をした監督生と従者2人を見送る。と、ぬっ…とリリアが現れた。

「アニマルセラピーは済んだか?」
「ああ… また地獄に戻る」

 チーム・プロムは本日より、過酷な準備期間に突入する。しかし教師陣と寮長らは、既に来賓客からの質問責めやら今年度の会場のテーマの構想やら行きすぎた構想による+資金の調達やらその会場のテーマに沿ったタキシードの制作のための採寸やら招待状の準備やら限界クロウリーの失踪→確保。やらその他諸々で疲労困憊であった。
 なのに本当の準備期間はまだ始まっていない。否、今から始まるのである。ハァ、と珍しく本気の溜息をつき、会議室へと姿を眩ませた。









「シルバー先輩」

 シルバーは足を止めず目線だけでこちらを見た。不思議な紫色と目線がかち合う。

「私のキャリーをセベクが持ってるから、セベクのキャリーを先輩が持ってるんですよね?」
「そうだ」
「すみません、ありがとうございます」
「構わない」

 オンボロ寮から鏡舎までの道のり、奇妙な3人で向かっている。セベクとシルバーのキャリーケースはそれぞれ監督生のキャリーの半分くらいしかなく、なんだか恥ずかしくなった。でもこれは学園長に借りたヤツだし…。
 特に会話という会話もなく、のどかな昼下がりである。集合時間は13時ぴったり。今は12時36分なので、余裕で間に合いそうだった。

「でも、セベクも旅行組だと思わなかったな。シルバー先輩がいると尚更」
「フン、僕たちは… いやなんでもない」
「? ねえセベクはどこへ行くの?」
「エキゾチカ、フェリシタス、ロマンザだ」
「良かった!やっぱり最後はロマンザなんだね!あのね、ロマンザでみんなでピザ食べようって話してるんだけど、セベクもどうかな?」

 オルト君には「兄さんのミッション完遂のため旅行にはいけないんだ!ごめんね!」と断られてしまったが、ジャックとエペルはピザ会に参加してくれるとのことだった。監督生らはまさかセベクが旅行組だと思ってもみなかったので、声をかけずにいたのだが… こちら側とわかった今話は別である。
 セベクはお誘いに対して、何かに堪えるように下唇をぐっと噛んだ。

「それは、ありがたい誘いだが。遠慮しておく」
「お前は一緒にピザ食わねえのか!?フン、オレ様の取り分が増えるから別に良いんだゾ〜!」
「そんなこと言わないの!忙しいのにごめんね」
「いや…」

 監督生はてっきりオッケーだと思っていたので、少しションボリした。グリムもああ言うけれど、みんなでご飯を食べた方がおいしいと知っているので少し寂しそうだ。しかし、何か用事があるようだし仕方がないことである。


「行ってきたらどうだ?」


 黙って聞いていたシルバーが横槍を入れた。監督生は、シルバー先輩のおかげで追い風が吹いてきたぞ!と、先ほどの返事が覆るのを期待しはじめた。すると、セベクは立ち止まる。

「シルバー!僕たちにはやることがあるだろう!」
「しかし、ロマンザに着く頃にはもう終わってるだろう。それにマレウス様もリリア先輩も ゆっくり休み、楽しんでこい。と言っていた」
「それは…、確かにそうだが…」

 セベクはこちらをチラと見る。

「…人間!」
「!」
「先ほどの発言は撤回する!ロマンザにて、お前たちと共にピザを食べよう」
「やった〜!」
「やったゾ〜!セベクも一緒にピザ食うゾ〜!」
「シルバー先輩も一緒に食べますか?」
「いや、俺はいい。同級同士楽しんでくれ」

 追い風(シルバー)先輩に気を遣わせてしまったが、みんなにこの嬉しいニュースを伝えねば!グリムが腕の中で踊っているので落としそうになりながら、鏡舎までの道のりを急いだ。










「あ!こっちだよ!」
「エペル!おはよう!」
「ふふ、もうお昼だけどね」

 エペルは白くふんわりとした丈が長めのシャツに、少し細身のワイドパンツを履いている。それは青みのあるグレーで、エペルに良く似合っていた。

「監督生サンもセベククンもおはよう」
「おはよう」
「先輩もおはようございます!」
「ああ、おはよう」

 鏡舎に着くと、まだ集合時間より早いのに珍しく人でいっぱいだ。NRC生は時間を守らないので真面目が損をするのだが、今日ばかりは違う。皆旅行を楽しみにしているのだ。
 しかし見たところ3年生はかなり少ないようで、知っている先輩が目立っている。あ!ケイト先輩も旅行組だ!目が合うと手を振ってくれた。笑顔で振り返す。そのままキョロキョロしていると、案外2年生も少ないのだなと思った。半数はプロムに出席するのだろう。皆コネ戦争か… と遠い目をする。

「セベク、キャリーありがとう」
「構わん。気をつけて運べ」
「ウン。…あ、そうだ!エペル。セベクも一緒にピザ食べるって!」
「わ!ほんと?やった〜!」

 きゃいきゃいしていると、エーデュースとジャックがやって来た。3人はまず、セベクが旅行組にいること自体にびっくりし、そのあとピザ会セベク参戦のお知らせをスマブラ風に伝えると大喜びしていた。
 実質修学旅行のようなものなのだ。友達と楽しく過ごしたいし、思い出だって沢山欲しい。サムさんに加え、オルト君にも必ずお土産を買うと誓った。あと、疲労困憊ツノ太郎にも…。


「子犬ども、静まれ」


 鏡の横に立ち片手を軽く上げるのは、デイヴィス・クルーウェルその人である。いつもと違うのは、5徹してますか?という青い隈とやつれた頬。そして眉間の皺である。ツノ太郎と同じ雰囲気を纏っていた。皆が静かになると手を下げる。

「知っての通り、今から鏡を通り港へ向かってもらう。港にはS.S.コロンビア号が待っているので順番に乗り込め。客室は常識の範囲内で自由に使っていい。昼食を食べ客室でごろごろしていれば冒険の島に着くだろう。土産は葉巻・ラムレーズン・思いやりで構わん。良い旅を」

 普段ではあり得ないことだが、歓声が湧き上がった。デイヴ〜!プロム頑張って〜!や、デイヴィス〜!死なないで〜!という女児の応援上映のような歓声に、クルーウェルは片手を上げ「早く行け、煩い、頭に響く」と応える。皆、前から順番に鏡を通って行くようだ。
 監督生は久々に感じる、旅行前特有のときめきを噛み締めていた。











「では確認だな」

 S.S.コロンビア号に乗り込んだNRC生御一行は、客室に荷物を置くとダイニングルームへ案内された。監督生は移動用の船だから、小型〜中型の船だと思い込んでいた。が、予想は大きく外れる。
 移動だけだなんてもったいない、最高級の豪華客船であった。Bデッキの三階にある1等客室専用のメインダイニングへ向かうと、広々とした天井にきっちり揃えられたテーブル。沢山ある窓から差し込む太陽光に、温かなペールオレンジの照明。椅子にあしらわれた明度の低いグリーンが高級感を掻き立てる。エース曰く普段はコース料理を提供しているようだが、今日は慣れ親しんだビュッフェスタイルである。

「は?あー、はいはい確認ね。どーぞ」
「確認って言ったって、もう何回も話したろ」
「それだけ楽しみってことでしょ?」

 昼食をとりながら、何回目かわからないデュースの確認芸に付き合う。ジャックはハイハイ分かりましたと耳を傾けた。

「僕たちはリベルタスに到着後、そのまま観光し2泊。そのあとミネルヴァへ向かう。そこでジャックとエペルと合流し水族館だ。間違いないな?」
「うん、僕とジャッククンはリベルタスに着いてすぐエキゾチカに行くから、合流は明後日の午後だね」
「エキゾチカに行きたいところがあるの?」
「おう。建造物も気になるし、旨いシャーベットが売ってるらしい。…フルーツの。」
「近くにフェリシタスもあるから、そっちの遺跡もついでに観に行こうかな〜って。僕もジャッククンもエキゾチカのレポートを出すつもりなんだ!」
「そうなんだ!そういえばセベクとシルバー先輩もそっちの方に行くって言ってたかも」
「へえ。じゃあバッタリ出くわすかもな」

 監督生は、楽しみいっぱいだね〜!とビュッフェから掻っ攫ってきたピザを頬張った。ピザを食いに行くために今ピザを食うのだ。ちなみに監督生のレポートはピザ狂人(くるいびと)によるピザレビューなので、これは学業の一環です。生きるか死ぬか、それがピザの掟。
 口の周りがお弁当でいっぱいになったグリムを拭きつつ、監督生は窓の外を見る。水平線が美しい。ふと、目線を下にやると青い海がギラギラとした強い日差しを反射させていた。深い青はこちらを見ているようで、ゾッとしてしまう。胃が浮くような嫌な感覚がして、楽しいことだけ考えようと意識を逸らした。

「なあ、」
「ん?」

 エースはこちらをジッと見ていたようで、眉間に皺を寄せる。グリムとデュースはおかわりを取りに行ったのか席にいない。

「なんかあったらすぐ言えよ」
「はーい!」
「お前らもだぞ!」
「は〜い!」
「お前もな」
「うるせー、いつでもチャレンジ1年生してやるからな!」

 監督生に続いて、エペルもふざけてかわいくお返事をした。ジャックも明け透けのない笑みを浮かべて軽口を叩く。
 こんなに楽しくて穏やかなのはプロム組に悪い気がして、遠く離れた皆さんを想った。どうぞご無事で…









𖣰








『アテンションプリーズ。S.S.コロンビア号は、冒険の島に到着しました。皆様、良き冒険と、イマジネーションの旅をお楽しみください。繰り返します。S.S.コロンビア号は──』

「子分!着いたみたいだゾ!」
「ね、行こうか。キャリーの上に乗る?」

 おう!とキャリーの上に乗ったグリムをそのままに客室を出て、ゴロゴロとキャスターを鳴らし船内を歩く。下船口へ近づくにつれリベルタスの街並みが見えてきた。時刻は17時を過ぎ、夕陽が差して橙色に輝いている。監督生はそれを見て、アメリカのようだと懐かしくなった。

「おーい!監督生!」

 一緒に旅行を楽しむメンバーで下船してないのは自分とグリムだけの様で、下船口の外で手を振っている友人が見える。「今行くよ〜!」と手を振り返し先を急いだ。

「アンタ、キャリー大き過ぎない?」
「いや、多分監督生が小さいんだろ」

 えいえいと運んでいると、後ろから聞き慣れた声がする。振り返ると案の定、旅行組3年オールスターが揃っていた。
 ヴィルは髪をポニーテールにして、黒いレザーのパンツにヒールを履着こなしている。トップスは白のシンプルなシャツで、大きいサングラスをしていた。トレイは深いグリーンのシャツにアイボリーのパンツというシンプルな服装だ。ブラウンの革靴が綺麗に磨かれている。

「やあ、トリックスター。私が一緒に船から下ろそう」
「いいんですか?助かります!」
「それ本当に監督生ちゃんのキャリー?」
「いや、それがキャリーケース持ってなくって。これ学園長に借りたやつなんです」
「なるほどね〜!」

 ケイトはオフホワイトのバケットハットを被り、古着っぽい大きめのチェックが入ったシャツを着ている。シャツのブラウンを引き立てる様な白のハーフパンツを着こなしていた。一方ルークは髪を低い位置でひとつにまとめ、黒のVネックに黒のジーンズ、濃い青のデニムシャツを肩から腰にかけて斜めに巻いている。そして彼もまたサングラス。監督生は、やっぱり外人は皆サングラスをかけるものなのか…と思った。
 そうこうしていると、ルークが監督生のキャリーをヒョイと持ち上げ、自身のモノと共に軽々下船させた。グリムをキャリーに載せたまま持ち上げたルークに、おお〜!と感動する。監督生はフィジカルの心意気はあるが筋力がない。筋肉がある人は凄いなあと尊敬の意味も込めお礼を言った。

「監督生キャリー持てねえのかよ!」
「運ぶこと考えないで詰めちゃった」
「監督生サン、おバカじゃん」
「全く仕方ないわね」

 ヴィルが監督生のキャリーケースにマジカルペンをそっと当てる。すると、夕日のようなオレンジの煌めきがそれを包み込んだ。あっという間に煌めきはキャリーケースの深いブルーに取り込まれ、元からオレンジのラメ入り塗装が施されていたような風味に仕上がった。

「持ってごらんなさい」
「え、わ!すごい!軽〜い!」
「簡単な魔法よ。1週間は持つでしょうから、この旅行にピッタリね」
「ありがとうございます!」

 ヴィルのかけた魔法は物質を軽量化させるものであり、キャリーケースはかなり軽くなった。あまり軽くしすぎると何処かへ飛ばされかねないとのことで、2キロ前後の重さに調節されている。

「お前たちはどこに滞在するんだ?」
「俺らはリベルタスで2泊っすね」
「えー!ほぼ一緒じゃん!けーくんたちは1泊!」
「ということはホテルも一緒の様だね」
「アタシたちも撮影でリベルタスに3泊するのよ。ホテルまで一緒に行きましょうか」

 NRC生が泊まるホテルはエリアごとに固定されているらしく、監督生らとトレイ、ケイト。ヴィル、ルークの8人は目的地が同じであった。エペルとジャックはこのままエキゾチカのホテルへ向かうため別の道を行く。

「じゃあまた明後日ね!先輩たちもまた!」
「失礼します。じゃな」
「おう!またな!」
「またね!」

 2人はS.S.コロンビア号を降りて左側にある坂を登って行った。エキゾチカへ向かうには、トランジットスチーマーラインという名の海を走る小型の蒸気船へ乗るらしい。この蒸気船はエリア内の各地に乗船口があるらしく、無料のタクシーのようなものだとケイトが教えてくれた。

「…ここまで広いと船移動なんですね」
「そ〜!本当に大きな島だから、慣れないと移動で疲れちゃうかもね?」
「トランジットスチーマーラインの他にも、エレクトリックレールウェイっていう電動式のトロリーがあるんだ」
「あ!それ僕たちが明後日乗るやつですね」
「お前たち、ここで2泊した後ミネルヴァへ行くのか?」
「そーなんすよ!向こうでエペルとジャックと合流して、水族館いこっかな〜って」
「素敵なプランだね。ムシュー・ハートが定案したのかい?」
「そうだゾ!エースは冒険の島のプロだゾ!」
「ご教授願いたいわね」
「勘弁してください」

 夕陽に照らされながら、色とりどりのネオンとアールヌーボーな街並みを歩いていく。
 監督生はヴィルがキャリーケースを軽くしてくれたおかげで、周りに迷惑をかけなくなり心が軽くなった。セベクに運んでもらった際、流石に考えなしに洋服を詰め過ぎたとシッカリ反省していたのである。

「あとは"ヴェスタ"ってエリアが開いてないから、島の真ん中が通れなくてどうしても遠回りになるらしいよ〜」
「あ、火山が噴火するかもしれないから魔法で守られてるっていう」

 ドン!と、地鳴りのような大きい音が響く。音の次にわかるのは光と暑さ。突き上げるような騒音に脳がビックリした。ゴロゴロと雷のような音のする方を見ると、遠く離れた場所にある山の天辺から煙と炎が出ている。炎はメラメラと吹き出していて、こんなに距離が離れているのに暑く感じる。

「…魔法で守られてるっていう、エリアですよね?」
「噴火するかもっていうか、今絶賛してるな」
「絶〜っ対に、あのエリアは閉じたままでいいと思うゾ」
「ほんとにな」

 リベルタス宿泊組は、洗礼のように鳴り響く火山の噴火音の中談笑を交わし、ホテルへ向かった。
 







𖣰








「楽しすぎる」
「この島はウマイモンがありすぎるんだゾ…」

 昨日島に到着し、現在2日目の15時半。少し歩いてケープコッドまでやってきた監督生たちは、クックオフで美味しいスイーツにドリンクを合わせて買い、おやつタイムを過ごしていた。
 今朝はホテルでホットサンドやデリサラダなど優雅な朝食をとり、行動を始めたのは10時を過ぎてからだった。デュースが食べたいと言っていたポップコーンを買いリベルタス内を探索開始。今日は2日目だが、1日目である昨日はほぼ移動。言わば今日こそが観光初日である。初日はテンション控えめに…と思い歴史的に価値のある建築や街並みを観て、レポートの資料として写真を撮ったりする真面目DAYとしていたのだが…

「おい監督生!ヤバいデュースがポップコーンこぼして雀に襲われてる!雀の神みたいになってる!」
「笑ってないで助けてくれ!」
「早く写真に収めろ!」

 また目の前でおかしなことが起こり出したので、笑いすぎで痛む脇腹を抑えながら写真に収めた。なんでそうなる?みたいなことが起こり過ぎて全く真面目に過ごせない。
 デュースは頑張って雀の群れから抜け出し、エースと共にこちらへ帰ってくる。

「このままだと一生レポート資料集まらなくない?」
「お前はピザだから良くね?オレらはなんか適当にまとめるからいーのよ」
「雀は群れで来ると怖い」
「な?コイツ一歩歩くだけでオモロいんだから無理だって」
「デュースほんとに、もうソフトクリーム早食いとかやめてね。5秒で無くなるの無理すぎるから」
「もっとタイムを縮めたくないか?」
「しんじゃうよ」

 監督生はそう言いつつ、目の前で繰り広げられる大道芸の様なコントを見ながらおやつタイムを大いに楽しんでいる。デュースは雀に持っていかれたポップコーンを悲しげに見つめ「また買いに行って良いか…?」と呟いた。全然良いから落ち着いてほしい。脇腹と顔の筋肉が笑いすぎでずっと痛むのだ。

「あ、そうだグリム、あんまりたくさん食べると食費の上限行くから気をつけてね」
「大丈夫だゾ!ツナ缶持ってきてるからな!」
「…え?」

 監督生はテラス席を立ち、ベンチに座るエースの横で寛ぐグリムの頬をぐにっと両方へ掴んだ。エースは今にも吹き出しそうな顔でこっちを見ている。

「今、なんて言った?」
「お、お
へは(れさ)ま つなかんもっ()きたゾ」
「ダハハハハ!!だからキャリー重かったんじゃね!!!」
「グリム!!!!何個詰めたの!!!!」
「にじゅっこ」
「ダハハ!!!!2キロ!!!!!」
「も〜!!!」

 監督生は昨晩ホテルで荷物を開けたのに、旅行のウキウキとホテル特有の眠気に襲われ全く気づいていなかった。セベクにもルークにも「こいつ、荷物重すぎ笑」と思われたかもしれないのだ。顔から火が出そうだった。

「全部食べきって帰ってよね!」
「よゆー
()ゾ!!」
「グリム、ツナ缶はうまいが旅行の必需品じゃないんだ。3個くらいにしておくべきだったな」
「ちげーよ笑 いらねーんだよ笑」

 監督生はグリムを叱ってアイスティーを飲み干した。

「ホテルの方に戻ってお勉強タイムにしよう」
「え〜」
「え〜」
「ほら!早く立って!明日からまたふざけて良いから」
「お前たち何してるんだ?」
「エースちゃんの笑い声どこまでも響くじゃん」

 ケープコッドにあるアーント・ペグズ・ヴィレッジストアからパツパツのエコバッグを幾つも抱え出てきたのは、トレイである。横にはペットボトルの水を持ったケイトもいた。

「え?トレイ先輩。そこの店、まさかコストコじゃないですよね?」
「ハハハ、何言ってるんだエース。どう見てもコストコじゃないだろ」
「エースちゃん言わないで。トレイくんは持ってるエコバッグの量が狂ってることにまだ気づいてないの」
「こらこら、全部聞こえてるぞ」

 どうやらそこはコストコではなく、限定のお菓子の材料やレシピの本が売っているという話題の店の様だ。1ヶ月引きこもるため食料を買いました!と言っても信じるレベルの量を抱えたトレイは、今からそれらをホテルへ運ぶらしい。監督生たちも丁度ホテルの方へ戻ろうとしていたので一緒に行くことにした。

「ケイト先輩、オレのスマホにやべー動画あるんですけど、見ます?」
「バケモンの動画だゾ」
「なになに?」
「僕がソフトクリームを5秒で食い切る動画です」
「自分で言うのヤバ笑笑 見る」
「トレイ先輩聞いてください!グリムが隠れて私のキャリーにツナ缶20個も入れてたんです!」
「大丈夫だ、ルークは重さについて何も言っていなかったから」

 トレイのエコバックを皆で分担しながらホテルまで運んでいると、目先に人だかりを見つける。トレイと監督生の目がスー…ッと細くなった。

「…絶対にヴィルだな」
「知り合いだとバレるとSNSに晒される可能性があるのであの道は避けましょう」
「ケイト、迂回だ!」
「おけ〜!」

 結局いつものハーツラビュルのメンバーでリベルタスをお散歩している。リドルが居ないことだけがひどく寂しいが…
 なんとかヴィルの囲いを回避し、橋を超えてS.S.コロンビア号が停泊しているあたりまで戻ってきた。トレイが「流石に重いな、休憩して良いか?」と言うので、デュースはその隙にポップコーンを買い足しに行く。

「トレイ先輩こんなに何買ったんすか?」
「全部お菓子の材料だな。なかなか複雑な調合がされていたり、ここ周辺でしか手に入らない小麦やフルーツが使われていたり… 次のお茶会を楽しみにしてくれ」
「へ〜!すごい! 楽しみですね」
「さっきのお店でトレイくん凄かったんだよ。目がすんごい鋭くてね、競りに来てる漁師みたいだった」
「ハハ、サイエンス部への差し入れが楽しみだね」
「ホントに…、うわっ!ルーク!」
「ごきげんよう、トレイくん」

 呼ばれてなくてもルーク・ハントである。先程の囲いを迂回した際こちらに気づいたらしく、ルークもホテルへ戻る用があったため着いてきたらしい。

「あれ、ルーク先輩」
「やあ、ムシュー・スペード。それは?」
「ポップコーンです」
「あ、ホワイトチョコにしたんだ」
「食べるか?」
「ウン」
 
 監督生は、デュースからポップコーンをいくつか分けてもらいチョイチョイと摘んだ。なんだかみんなと私服で学校の外にいるのが不思議で愉快な気持ちになる。これが旅行マジック…
 5月の気候といえど日差しは強く、結局皆で日陰で涼んでいる間に時刻は17時を過ぎていた。ルークがそれに気づき、皆「長居しすぎた!」と解散し散り散りになる。結局レポート用のお勉強はろくにせずホテルへ戻り、本当にあったツナ缶20個を確認した。絶対に許さない。




 
 その後、旅行を楽しんでいるうちに観光は4日目を終えた。朝、リベルタスのホテルをチェックアウトした際に「島内のホテルであれば次の宿泊先へキャリーケースを届けられますよ!」と聞きお願いする。なんて画期的なシステムだろうか!そのおかげで手ぶらで観光ができた。
 エペルとジャックと合流し周ったミネルヴァは、まるでSFの世界に入り込んだみたいに神秘的であった。水族館へ行ったり、ウォーターヴィーグルに乗り海上を散歩したり。夕飯をホライズンベイレストランで済ませた後は、ジャングルの暗闇に怯えみんなで団子になりながら、フェリシタスのトランジットスチーマーライン乗船場へ移動し ロマンザへ向かうため乗船した。

 次のホテルはいよいよホテルミラコスタ。ということは、明日はロマンザでピザ食べ放題の日!監督生は船に乗ってからというもの、ピザを想いウハウハしていた。

「は〜、本当に毎日が夢の様に楽しい」
「えへへ、僕もそう思う」
「そして明日も絶対楽しいね、ピザだし」
「監督生そればっかだな」
「ホントにピザばっか。…あれ?セベクじゃん!」
「お前たち!ここで何をしている!」

 トランジットスチーマーラインが出航するのを今か今かと待っていたら、時間ギリギリで見覚えのある顔ぶれが乗ってきた。見覚えのある顔ぶれことセベクとシルバーは、キャリーケースを持ったまま監督生たちの前の席へ並んで座る。

「何してるって、旅行でしょ」
「シルバー先輩こんばんは」
「皆随分と眠たそうにしているな」
「まさかシルバー先輩からそれを言われる日が来るとは…」

 ほわ〜とエペルが欠伸をすると、グリムとエースにうつった。セベクとシルバーはエキゾチカとフェリシタスを観光していたとのことで、監督生たちと同じくロマンザのホテルミラコスタへ行くためこの船に乗ったらしい。

「セベククン、観光楽しかった?」
「…ああ、貴重な体験だった」
「そっか〜」

 そう言い残すとエペルは疲れから監督生の肩にもたれて眠ってしまった。膝の上ではグリムも寝ているし、後ろの席ではエースもデュースも、珍しくジャックまでも寝ている。
 監督生はスマホの画面を1番暗くして、この4日間で溢れた思い出のアルバムたちを見返していた。


「お前は眠らなくて良いのか」


 いつもより声色をおさえたセベクは彼なりの優しさだろうか。こちらを気遣って声をかけてくれる。セベクの横へ座っているシルバーは前を向いているため、寝ているのか起きているのかはわからない。

「船から見える景色が好きだから、見ようかな。と思って!寝かしつけないでね」
「そんなことはしない。僕も静かな海は好きだ」

 ヴェスタにつながる海域は通ることができない。よって大分遠回りになってしまうようだが、トランジットスチーマーラインはゆっくりとロマンザへ向かいはじめた。








𖣰








「グリム〜!朝ですよ〜!」
「ぶな〜!!眩しいんだゾ!!」

 重厚なカーテンを勢いよく開ける。強い朝日が部屋を照らし寝坊助を起こすには丁度良い。ビタミンDも生成されるしとっても健康に良いのだ。
 昨日は船がロマンザへ着いた後皆を叩き起こし、結局起きれなかったエペルをシルバーが背負うこととなった。今度はセベクが2人分のキャリーをガラガラ運び、みんなで仲良くミラコスタにチェックインしたのである。

「私は準備終わっちゃったよ〜!今日はピザの日だよ〜!噂によると、マシュマロココアも売ってるらしいよ〜!」
「ぶな!?マシュマロココア!?」

 こうしちゃいられねえゾ!と、グリムはドアを開け飛び出して行った。「朝食のビュッフェにあるかどうかはわかんないけどね」と言うも後の祭りでしかなく、監督生は室内のスリッパからスニーカーに履き替える。
 今日は赤のギンガムチェックのセットアップでこの旅が始まって初のパンツスタイル。ピザを食べるぞと言う心意気からキャリーに赤を詰めてきて正解だったな。

「(さて、グリムを追うべく私も出ようかな)」

 お腹もすいたしな〜と、ルームキーと鞄を持ちドアを開けた。














「え」

 気づくと、見たこともない甲板である。監督生の周りには大海原が広がり、潮風を受けてかなり早いスピードで進んでいる。周りに島の様なものは一切見えず360度スッキリとした水平線が広がっていた。

「ちょっとどういうこと?」
「オーララ、これは…」
「ふな〜〜!!」
「え、ここどこですか?」
「船の上だな」

 目の前には身知れた同級生と先輩がいた。ジャック、セベク、シルバー、トレイ、ルーク、ヴィル。そしてグリム。監督生は1人ではなくて安心した。のも束の間、現状は何も変わらず受け入れ難い光景が広がっている。
 監督生はまだ目に見えていることが信じられず困惑しているが、ただ心拍が上がるのだけはわかった。

「一旦整理させて。ここがどこか知っている人はいる?」

 珍しく首筋に汗をかいたヴィルが冷静にそう言うも甲板は静まったまま。誰も発言しないということは、皆ここを知らない。

「あの、良いですか」
「どうぞ」
「私はミラコスタに泊まっていて、朝 ドアを開けたらここに居たんですけど、それは皆さん同じですか」
「…ああ、その通りさトリックスター。私とヴィルは朝食へ向かうためドアを開けた」
「俺は先に出たケイトを追いかけてドアを開けたところだった」
「僕とシルバーはルーク先輩たちと同じだ」
「俺はエペルより先にドアを開けたが、今ここにいる」

 ということは、だ。皆ドアを開けたのがキッカケでここへ来てしまった様だ。しかし何故?というかここは何処の海で、この船は… なんだ?行く先には何が。と、皆の思考が停止していると、ガタン!船が大きく揺れた。監督生はバランスを崩して転びかけたが、隣にいたヴィルが腕を支えたため転ばすに済んだ。
 先ほどよりも針路が若干左にずれている。セベクが眉間に皺を寄せ言葉を発した。

「目的が全くわからん!この状況は"アレ"と同じだと思っていいのか?」
「可能性は高いんじゃないか。唐突すぎて意味がわからないところも似てるしな」
「船はこのまま進んで良いのだろうか。俺は"アレ"の時早々に倒れてしまったから、全くわからない」
「あの、すいません。この中に船を操縦できる方がいれば挙手を…」

 再び甲板は静まり返る。誰も手を上げないし皆顔が引き攣っている。監督生も面舵と取舵の違いしか知らないし、ワンピースの知識しかなかった。帆は張るのか畳むのかすらわからない。そしてこの船に航海士はいない。早急にナミさんがここに来てくれないと無理だった。


「…絶望的ね。だけど、やらなきゃいけないわ」


 ヴィルは一歩前に出る。

「アンタたち、やるしかないわよ」
「ヴィル船長!とりあえず何かをやりましょう!」
「そうだね。この船はそこそこ大きい様だし、まずはなにか探してみようか」
「何故ヴィル先輩が船長なんだ?」
「…ヴィル船長、早速問題発生だ。アレを見てくれ」

 どうにでもなれと謎の盛り上がりを見せるヴィルと監督生にトレイが12時の方向を指差した。皆がそちらを見ると、完全なる雨雲。稲光、イヤな風、生ぬるい湿度。
 海上での最悪が煮詰まった様な天候が直ぐ近くまで迫っている。


「やるしかねえんだろ…」


 ジャックの言葉を皮切りに、甲板に集いしNRC生は覚悟を決めた。嵐は目と鼻の先である。

「とりあえず帆を畳もう」
「ルーク!お前まさか航海の経験が」
「ない!」
「クソ〜!」

 しかし嵐の時は帆を畳むんだ!とルークは言い、髪を縛った。ヴィルはそれにつられて髪を高い位置で結う。
 どんどん風は強くなっていく。まるで嵐に吸い込まれる様に船は進む。

「トリックスター!君は奥のクォーターデッキ…、舵のある部屋へ行くんだ!これから甲板は大雨に見舞われる。女性は体を冷やすものじゃないからね。なんとか舵を支えてくれ!」
「わかりました!」
「トレイくん、この船はおそらく小型のガレオン船だ。マストが3本あるだろう」
「マスト…、この柱みたいなやつか!」
「ウィ!幸運にも帆はメインマストにしか張られていない!登れるかい?」
「やるしかないだろ!ジャック手伝ってくれ!」
「ウス!」
「シルバーくん、セベクくん。君たちは待機だ!何かあったらすぐに来てくれ!」
「承知した」
「分かった」

 監督生は舵のあるクォーターデッキへ走る。とにかく針路が変わらないよう舵を抱えなければ!しかしこの中でいちばん船を知っていそうなルーク先輩がマストに登っているということは、甲板に指示を出せる人がいない!

「船長!クォーターデッキの上に登ってください!」
「え、アタシが!?」
「そうです!そこが1番よく見えると思います!何かあれば指示を!」
「っ、いいわ。やるわよ!」

 監督生はヴィルがプープデッキに駆け上がるのを見て、クォーターデッキの内部へ滑り込んだ。
 監督生たちが乗り込んだガレオン船は、いよいよ嵐に突入した。スピードが少しばかり緩くなるが、早いことは変わらない。マストから3人が降りてくるのが見える。「帆畳むの早!」と監督生は必死ながらに思った。まずい、このままじゃ船が倒れそうだ。でも、やるしかない!!


「ハ、旗を掲げろ〜!!!」
「! 旗を掲げろ!!!!」


 監督生の鼓舞に、誰が応えたのか分からないほど状況は切迫していた。目の前には
大時化(おおしけ)。波は荒れ狂い、甲板は混乱に満ちていた。顔を濡らすのは大粒の雨なのか跳ね返る高潮なのかわからぬまま、監督生はクォーターデッキの内部で舵を握りしめる。

「人間!!!この縄はどうしたらいい!!?」
「縄!!?わかんないよ!!!」

 セベクは目の前に何本もある縄を糸引き飴のように持ち替えて引っ張ってみている。鳴り響く雷雨に負けじと大声で返すも聞こえているかどうか不明だ。ルークは甲板を駆け船首へ向かった。前方に大きな岩を視認したヴィルは、プープデッキから大声を上げる。

「監督生!!!!!面舵いっぱい!!!!」
「面舵!!?面っ、う、重い!!!」

 舵が重くて動きません!!!と呻きながら訴えかけた。「アンタじゃ力が足りないわ!!」船長の逞しい声がする。と、メインマストからシルバーがものすごい勢いでこちらへやってきた。


「俺に任せろ」


 そういうと、シルバーはその筋力で力任せに柁を"左"へ回した。監督生の力では全く動かなかった舵輪が、
(いと)も簡単に回ったのだ。き、筋肉すぎる!と感心する監督生にトレイは焦ったように叫ぶ。

「ばか!!!!面舵は"右"だ!!!」
「ぶつかるぞーー!!!!!!」
「ふな"ーー!!!!」

 ジャックの言葉を聞き、もうおしまいだ!と目を瞑ってしまう。だめだ。この船は座礁する。高波に巻き込まれて一巻の終わりらしい。今日はみんなでピザを食べるはずだった!なのに、どうしてこんなことに!

 監督生たちのガレオン船は、岩へ乗り上げるより先に 高波と強風にやられ横転した。そして彼女たちは海へ放り出される。








𖣰








 一方その頃NRCでは、プロム当日を迎えていた。

「子犬ども、最終チェックだ」

 時刻は朝の11時。プロムの準備期間が始まる前から6キロ痩せたクルーウェルは、顔色の悪いその(ツラ)をピンクベースの化粧下地で整え、青い隈にはオレンジのコンシーラーを薄くたたき、しかし厚塗り感が出ない様ファンデーションは薄めに塗り、カバー力の高い紫掛かったフェイスパウダーをはたきまくった。そうして"デイヴィス・クルーウェル"というブランドをなんとか、ギリギリ守っている。しかし目の前にいる寮長、副寮長諸君は自身と同じであり、皆平均5キロは痩せた。

「ハァーーーーーー、やっと終わる」
「ここまでくるのに長すぎる。もう2度と関わりたくない」
「オレ4年も出てるの偉すぎないか?誰か愛してくれ」
「ヨシヨシ、5周年の時ワシが愛してやろうな〜」

 カリムは大きなため息をつく。ジャミルは7キロ痩せてしまいウエストが嘘みたいに細くなってしまった。
 皆既にドレスアップを済ませており、フォーマルでシンプルなタキシードを着ている。色々構想を練った結果、会場はかなり華やかなものとなった。会場はワザと暗めに設定。キャンドルが浮かびシャンデリアの光が薄ぼんやりと煌めく。そしてヤケクソになった集いしプロムの幹部らは、メテオーレを模した流星群を人口的に作ってやった。メインホールの天井には爛々と輝く黄金の星々。罰当たりだとかもうどうだっていい。時代は映えである。
 それに伴いタキシードも煌びやかにしようと話したが「タキシードに金かけるなら飯に金かけようぜ」という奇才フロイド・リーチの一言により、飯が死ぬほど美味いものになった。それに自慢ではないが、NRCの生徒は顔面に自信ニキしかいなかった。全員オールバックで顔面力で勝負すればタキシードがプチプラだろうが一級品だろうがどうにだってなる。

「さて本年度の来賓出席数だが、3002名だ」
「終わりだ終わり。馬鹿だろ、マジで」
「僕は止めたぞ。僕は無理だと言った」

 レオナとマレウスは珍しく意見が被った。それもそのはず、彼らは共に2週間弱トレインから虐めを受けていたのだ。
 レオナは姿勢、マレウスは歩き方が駄目だった。レオナの姿勢は猫背であったり、片足重心であったり、とにかく品位を上げる必要があった。逆にマレウスは歩き方に圧がありすぎた。もっとしなやかに、優しくおおらかで、近寄りやすい印象を与える必要があった。と、いうことで。トレインの漢気姿勢矯正塾に1から1000まで叩き込まれてしまい地獄を見たのだ。
 お互い、今年度のプロムが終わるまでは喧嘩をしないという誓いを立てていた。

「おいおいなんてことを言うんだ、馬鹿に失礼だろ。これは最悪というんだ」
「国語の先生かよ」

 レオナやクルーウェルが軽口を叩く一方、アズールとリドルはガチガチに緊張していた。

「…」
「…」

 リドルは、確かに母の名は来賓リストにあったがまさか本当に出席すると思っていなかったのだ。トレイを旅行に行かせておいて本当によかったと心から安堵した。
 アズールなんて、最初はプロムへのモチベーションも高くノリノリだった。フロイドが「これアズママじゃね?」と更新された来賓リストを持ってくるまでは。新しい来賓リストにはアズールの両親の名が確実に刻まれていた。

 2人共に、親族確定ガチャを引いてしまったのである。コルセットをぎちぎちに締めているので上半身に汗はかかないが、腰から下の冷や汗が尋常じゃなかった。

「おいおい、大丈夫か〜?顔色悪いぞ!」

 カリムは3人で円陣を組むみたいにアズールとリドルの肩へ腕を乗せた。

「カ、カリムさん」
「緊張してんのか?大丈夫だって。1週間必死こいてみんなで2500人は名前と顔覚えたろ?」
「それはそうだけれど…」
「ハハ、まあ3000人いたら1/4はヤバいやつがいると思うけど。楽しんだもん勝ちって言うしな」

 アズールはカリムの言葉に少し気持ちが救われて「…全く、貴方っていう人は」とカリムに目を合わせようとした。しかしそれは失敗に終わる。カリムの方へ顔を向ければ、先ほどと打って変わり一切の笑みがなかった。
 いつもお気楽そうに笑っている人間から表情が消えると本当に怖いのだ。アズールの安心は乾いた笑いへ変わる。

「なあ、アズール。先に言っておくぞ。オレの父ちゃんには声掛けるなよ」
「ハ、ハイ」
「よしよし。今日の父ちゃんは仕事モードで来るから、本当はオレでも近づきたくないんだ。お前なんかじゃ取って食われちまうからさ。じゃ、オレは忠告したからな」

 カリムはそう言い残し、2人の肩から腕を離した。それを見ていたフロイドは「面白そうだ」とカリムに近づく。

「ねえラッコちゃ〜ん。なんか今日雰囲気違くない?」
「ん?そうか?」
「衣装もなんかキラキラのついてるし、」

 と、カリムの胸元に飾られたブローチを触ろうと手を出した瞬間、ジャミルが割り込んできた。

「頼む…!頼むから今日はカリムに触らないでくれ!このブローチはな、これだけでモストロラウンジを買収できるくらいのものだぞ。ターバンなんて、お前。お前が一生かかっても背負いきれない苦痛を味わうことになる。な?ハグならプロムが終わったら俺がいくらでもするから。お前だけを抱きしめるよ。な?」
「あ、ウン。おけ〜」

 フロイドはそう嘆願しながら一度も瞬きをしないジャミルを見て、皆狂っちまったモンだな…と飾り付けられた天井を見た。小エビがいたらPTSD発症してたんじゃね?というくらいリアルなメテオーレは天井を滑空している。


「皆さん、ちょっと宜しいですか?」


 皆の背後から通算9回脱走し腹を括ったクロウリーが声をかけた。笑い事ではなく、クロウリーは本気でプロムが無理すぎてイデア・シュラウドのアンチ・プロムに混ぜてもらおうかと思ったし、いっそ冒険の島に行ってしまおうかとも思った。プロムで1番大変なのはクロウリーなのだ。
 3002名の顔と名前を完璧に覚え、全員に挨拶をし、失敗は許されず、メディアにも出る。クロウリーの激務を皆知っているので、9回脱走した際も9回半殺しにする程度で済ませていた。

「少々提案が」
「今更なんです?もう準備は終わってますが」
「あのですね〜、今からタキシード捨てて着替えろって言ったらどうします?」
「は?」
「何言ってんだこのカラス。おいラギーいつもの鉄バッド持ってこい。派遣の釘バッドでもいい」
「記念すべき10回目の脱走か?歓迎しよう」
「かわいそうにな〜!もう正気じゃないのか!ジャミル、一発入れてやってくれ!」
「ストップストップ!違いますよ!やはりタキシードがシンプルすぎると思いまして、衣装を借りれないかと直談判してきたんです!」

 誰に?と誰かが言った。

「白昼夢に」

 クルーウェルが見たことのない顔でクロウリーを見る。驚きと焦りと歓喜が混ざった顔だ。

「本気ですか?」
「ええ。やはりこんな地味なタキシードじゃいくら顔が良くたって、ねえ?と思いまして。せめて寮長だけでも主役級に飾り立てねばと考えているんですが〜 …いかがです?」
「いや、副寮長も飾り立てましょう。どうせ隣に立つんです、主人と格差があっては見窄らしい」
「では図書館へ向かいましょうか」
「白昼夢って何でも屋さんなの?」
「ワシはかわいい服がいいのう〜」
「キノコ柄のタキシードがあったら着てもいいですか?」
「パリコレじゃねーんだよ」
「また着替えか。ではタキシードは廃棄するんだな?」
「切って雑巾にしましょう。時代はリサイクルですから」
「あ、そうそう」

 クロウリーは、図書館へ向かい始めた一向へ「ひとつ言い忘れていたことが」と振り返った。

「白昼夢から借りた衣装を外的要因で汚した場合、何が代償に持っていかれるか分かりませんので。そのつもりでいてください」

 絶対に汚してはいけないプロム24時が幕を開けた。









𖣰









「う、」

 日差しが眩しい。近くで、波の音がする。前髪が風で捲れる感触がした。と同時に、縄の軋む嫌な音がする。ぼんやりした意識が覚醒し始めた。うっすら目を開ける。と、監督生は横転したガレオン船の甲板にもたれかかっていた。

「!」

 ハッと体を起こした。い、生きている。あんなに盛大に船が横転して体も鞭打ちになったはずなのに、怪我ひとつない。海水特有のベタつきもなく、雨に濡れた形跡すらなかった。監督生が座っている横にはミラコスタのルームキーと持っていた鞄が丁寧に置かれている。

「…」

 この状況は一体。それに皆は!と思い立ち上がった。

「あら」
「はっ、ヴィル先輩!」
「おはよう。監督生起きたわよ〜!」

 ヴィルがこちらへ駆け寄ってきた。監督生が起きたわよ、と報告したということは、皆そちらへいるのだろう。目が覚めたばかりでフラつくが、岩場を踏み締めてヴィルの元へ向かう。差し出された手を取った。








 


 ガレオン船と共に漂流したこの場所は見たこともない景色で溢れ返っている。無人島ではなく、ゴツゴツした岩でできた要塞とでも言ったところか。岩はドームの様になっており、真ん中が湖の様にくり抜かれた場所だった。監督生は「また湖か」と思うが"アレ"との大きな違いは地下でないこと。上を見れば青空が遠くに広がっている。
 さらに無人島ではないと分かった理由は、人口物の多さであった。アンティークゴールドが錆びた様な色合いのパイプが至る所に張り巡らされ謎の蒸気が噴き出している。不安定な岩場には青緑の鉄格子や木でできた立派な階段など。奥には建物の様なモノもあり、かつてこの岩に囲まれた空間で人が生きていた痕跡が多く残されているようだった。

「トリックスター、お水はあるかい?」
「はい!ペットボトルのお水一本持ってました。不幸中の幸いですね」
「オーララ!皆サバイバル気質だね。と言うことは、全員水を持っている」

 先ほど船に乗っていた全員が無事に揃っていた。監督生は心を落ち着かせるためグリムを膝に乗せる。
 ガレオン船の近くの岩場の影に全員が集まり円を作って座った。ひとつは、状況を整理するため。もうひとつは、持ち物が無事なので全て出して使えるものが有れば共有しようとのことだ。

「じゃあまず状況整理からだな」

 トレイが口を開いた。

「俺たちは気づいたら知らない船の甲板にいた。で、嵐に遭遇し船は転覆。しかし船には傷ひとつなく、俺たちも五体満足。荷物は無事で、海水で濡れた形跡も溺れた痕跡もない。現在はこのよくわからない場所にいる。以上が今の状況だな」
「ええ、その通りよ。あんな嵐の中海に放り出されてなぜ無事なのか全くわからないけど」
「船にいた時は、雨に濡れる感覚も海水が口に入った塩気も感じたんだが。今はそれも全くない」
「しかしこの、島?と呼んでいいのか。ここにあるのは岩に囲われた湖だ。僕たちはあの船で何処から流れ着いたというんだ?そもこれは現実か?」

 シルバー、セベクもヴィルに続いて次々疑問を口にする。すると、やはり愛の狩人(ル・シャソゥ・ドゥアムール)ことルーク・ハントは涼しげに笑み、胸の前で手を挙げた。

「ムシュー・クロコダイル。君の疑問にひとつ答えよう」
「何?」
「アタシたちがどこから入ってきたか分かるの?」
「いや、そちらではなく。これが現実で起きているという話さ」
「何故わかる」

 皆ルークをギョッとして見つめ、セベクは「やはり…」と警戒心を剥き出しにした。

「オーララ、そんな顔をしないでおくれ。私はね、今朝ヴィルがドアに手をかけた時 空気が変わるのを感じたんだ」
「そんなの聞いてないわよ」
「ウィ。船上ではそれどころでは無かったからね」
「で?何故わかるんだ。ここが現実だと!」
「それは至ってシンプルさ。客室の椅子に
果てまで届く弓矢(アイ・シー・ユー)をかけてきたんだ。ここが異世界ならその反応は途絶えている筈。けれど、私はまだありありと感じている」

 ヴィルは遠い目をして「アンタが人間じゃないと再確認できて良かったわ」と言う。セベクは納得が行き、警戒心は若干薄まった。
 これが現実なら… 自身らが五体満足でいる理由が見つからなくなり監督生の思考は更に絡まっていく。そんな思考は露知らず、グリムは膝上で大きなあくびをした。なんだかやけに大人しいのが気になり背中を撫でてやる。

「じゃあルークの言う通りここが現実だとして、だ。持ち物の確認するか!俺はだな、」

 トレイは自身の目の前にカバンの中身を出す。マジカルペン、スマホ、水、ハンカチ、ヴァセリン、携帯用歯磨き、エコバッグ、オリーブオイル。

「トレイ先輩の持ち物特殊すぎませんか?」
「いや…。昨日買ったオリーブオイル、カバンから出すのをスッカリ忘れてたな」
「それ以外にも色々と目立つところがあるわよ」
「ちなみに、というか案の定スマホは圏外だ」

 トレイに続いて、ヴィルとルークも鞄をひっくり返す。監督生もピザのプリントがされたトートバッグをひっくり返した。

「アタシ、荷物は少なくしたい派なのよね。マジカルペンはみんなあるでしょうけど、スマホとリップ、水。あと寮長用端末と、サングラスしかないわ」
「私もちょっとしかないかも… お水とスマホ。寮長用端末。リップ、ハンカチ。あと、るるぶです」
「私が持っているもので使えそうなのは、ナイフとチョコレート、携帯用食料。あとは水、方位磁石くらいかな」
「お前の人生は常にサバイバルなのか?」
「こういうことがあるからやめられないね」

 皆鞄をひらいていくがジャック、セベクも似たり寄ったりであった。使えそうなものはジャックのポケットティッシュと絆創膏。あと、セベクが持っていたブドウ糖くらい。

「お前ブドウ糖持ち歩いてんのかよ」
「僕は消費が早いんだ」
「悪いけど、誰かの脳が死に始めたら強制的に食べさせるわよ」
「構わん、好きにしてくれ」
「俺も特に変わったものはないが…」

 シルバーはポケットからスマホと財布、マジカルペンを取り出し、斜めにかけていたレザーのカバンからOS1と小さいジップロックに入ったピンク色の粉を出した。

「OS1…」
「これが1番効率がいいんだ」
「なんの?」
「シルバー先輩、そのピンクの粉はなんですか?」
「BCAAだ。平たく言うとアミノ酸だな。これも緊急時に使ってくれて構わない」
「BCAAを粉末で持ち歩く奴なんて初めて見たよ」
「いいか、お前たち。シルバーはお前たちが思っているより5倍はおかしい。覚悟しておけ」
「何故そんな事を言うんだ」
「事実だ!」

 場がBCAAやらプロテインやらの話で盛り上がり出す。監督生はそれを見ていて、もしかして今いるメンバーって筋肉総量がすごいのでは?と勝手に思い込むことにした。心の中でチーム・筋肉と名づけておこう。
 スマホが全く使い物にならないのを自身でも確認し、ダメ元で寮長用端末も確認する。皆が言う"アレ"があってから、寮長用端末は必ず持ち歩くこと!という校則が追加された。端末を開くと、右上には充電100%、5Gの表示が出ている。…あれ、5G?

「あ、あれ!???!」
「なんだいきなり!大きな声を出すな!」
「どうした監督生」
「ごっ ごっ、ゴ」
「アンタ落ち着きなさい、ゴ?何?ゴリラって言ったら殺すわよ」
「ヴィル先輩!!!
5G(ゴジー)です!!!!」

 ヴィルは自身の寮長端末も5G(ファイブジー)である事を確認し、数秒置いてから「天才!!」と監督生を抱きしめた。



















「フヒヒ…、ン〜♪全てが完璧、ダッ!!!!!!!!!!」

 イデアは自室でテンションを上げていた。いよいよプロム当日。本日は大変お日柄も良く… 素晴らしい一日となるでしょう。これはゲームなのである。我々(2人)アンチ・プロムにとって本日は輝かしいX DAY。オタクはいつだって母数を増やしがち。オイラたち、2人しかいないのに、ネ…

「兄さ〜ん!爆竹持ってきたよ〜!」
「オルト!お前ってやつは〜!ヨ〜シヨシヨシ」

 イデアはチョコラータみたくオルトを撫で、爆竹を受け取った。これをドローンに括り付ければミッションコンプリート。
 プロムの最後にはクロウリーのスピーチが行われるが、そのタイミングでこちらの爆竹ドローンくん3号をメインホールへ解き放つ。愉悦だな〜。粉砕・玉砕・大喝采!あとはソシャゲをやりながらNetflixでB級サメ映画でも見つつ時間を潰す。これでQEDってワケ。

「オルト、どのサメ映画にする?」
「え!僕ゾンビーバーの気分なんだけど」
「マ?じゃあ間を取ってロンドンゾンビ紀行かな」

 
ピリリ ピリリ


 いきなり電子音が鳴り響いた。「ハ?」と思いながらテーブルの上を探る。おそらく寮長用端末なはず。しかし招集音とは違った音がする。イデアは寮長用端末で通話なんてしたことなかったので、これが着信音だと知らなかった。

「ン誰ですかこんな素晴らしき日、に」

 表示は『オンボロ寮寮長』
 つまり、冒険の島にいるはずの監督生からの着信である。イデアは「お、
女子(おなご)からの電話!?」と舞い上がるのより先に異常を察知し、着信を取った。














『もしもし』
「キャー!繋がった!」
『え、なに?』
「イデア!アンタがアタシたちの希望の星なのよ!」
自室の君(ロア・ディ・テションブ)〜!」
「助けてくれ!緊急だ!」
「イデア先輩、やはり自室にいたか…!!!」
『ちょ、ちと、うるさっ』
「先輩!宜しくお願いします!」
「イデア先輩がプロムに出ていなくてよかった」


『ぽまいら!静かにしる!』


 チーム・筋肉はスン…と静かになった。聞き分けは良いのである。




『おk把握。君らなに面倒ごとに巻き込まれてんの?』
「そんなのこっちが聞きたいわよ」
『とりま監督生氏とヴィル氏の2端末が使えるってコトで、GPS検索かけてる故暫し待たらむ』
「ウウ 最高すぎます先輩」
『任セロリ笑』

 皆、外部の人間と連絡が取れたことで一気に安心したのか座り方が崩れた。監督生は倒れたガレオン船と広がる景色を眺める。しかしこの湖、どこかで見たことがある様な… しかし脳みそはポンコツでなかなか答えを出さない。

『おいおいマジか(青雉)』
「イデア、分かったのか?」
『あのさー、君らありえないところにいるんだけど』
「え、脱出不可ですか?」
「やめろ!雲行きが怪しくなるだろう」
「ここはどこなのよ」
『冒険の島』
「ハ?」
『冒険の島、ヴェスタ』










𖣰










「ハア、 ハアっ、ハ」
「エーズおめ、すっかりすろ !!!息吸え!!」
「先輩!エースが、」

 エースはメテオーレの件があってからというもの、友人を失うことに対して異常なほど敏感になっていた。

 今朝、監督生とグリムが部屋から出てこないものだから何度もノックをした。けれど返事はない。動悸が激しくなり、まともな判断が出来なくなったエースは魔法で扉を壊そうとマジカルペンに手を伸ばす。が、デュースに羽交締めで止められた。そこへエペルが駆けつけ「ジャックが目の前で消えた!」と言うものだから… 失踪という事実を知ったのである。セベクにも連絡はつかなかった。
 そのあとすぐにケイトと合流し、3年生がケイト以外消えてしまったと知りさらにパニックに。まさかエースのPTSDがここまで酷いと思っていなかったケイトは「高級ホテルの廊下でこれはまずい!」と、とりあえずエーデュースの部屋に4人で入った。で、今に至る。

「過呼吸だね。エースちゃん、聞こえる〜?」
「ハ、はッ ケ、ケイトせ、」
「オーケー、意識はまともだ。過呼吸で死ぬことはないから取り敢えず落ち着いて。大丈夫だよ〜」

 ケイトは一定のリズムで優しく肩を叩いた。しばらく続けるとエースの呼吸は落ち着き、心拍も少し早い程度まで回復する。

「エース、水だ」
「ありがとう」
「お水飲めるまで回復したなら一旦は大丈夫だね。話してもいい?聞ける?」
「大丈夫です」
「よし。いいかい?今はグリムちゃんを含めて8人が失踪してる。これは、ウン。もう言っちゃうけど結構まずい」

 ケイトはエースの様子を見ながら話を続ける。

「失踪した皆を信じてないワケじゃない。逆にそこは信じてるよ。問題は、NRCがプロム当日ってこと。先生たちは1人もこっちに来れないし、NRCのプロムって、ウーン… オブラートに包んで言うとマジでイカれてるから、そもそも連絡がつかないと思う」
「そんな、」
「エペルくん、だからこそだよ。オレたちは、8人から何かアクションがあった時必死に動かなきゃいけない。分かるね」
「はい」
「だから今は、とりあえず朝ご飯を食べに行って、待とう。万全の準備をして待つことしか出来ないから」


トテ トテ トテテン♪ トテ トテ トテテン♪


 緊迫する部屋に似つかわしくない可愛らしい着信音が響いた。ケイトのスマホからだ。着信はなんとイデアからである。

「え、」

 ケイトは考える時間も惜しいと、電話に出てスピーカー切り替えた。

『アー、聞こえますかな』
「イデアくん、オレの連絡先知ってたんだ?」
『イヤちょっと駄目なとこから引っ張ってきたんすわ。緊急連絡でして』
「先輩、もしかしてっ」
『オ、皆さんお揃いで?なら話が早いッスワー!!恐らくそちら行方不明者が出ているのでは?』
「そう!8人!」
『同じ島に居ますぞ。ちょっと、いや、出るのに時間かかりそうなんだが』
「同じ島って、この冒険の島に!?」

 エースはイデアの含みのある言い方がまどろっこしくて癪に触り、強い口調になる。

「いいから!!!どこにいンのか教えてください」
『落ち着きなはれや笑 彼らは今ヴェスタにおりまする。頑丈に施錠された未知のエリア、ヴェスタにね』

 エペルは客室の窓から外を見た。そこには、まだ火山活動が行われているプロメテウスが聳え立つ。あの麓に、ジャックたちが?

『アレ、これは… おっと、ぽまいら。監督生氏からクエストがきておりますぞ。ミッションスタートでござる』
「おう、なんでもしてやりますよ」
『え?今なんでもって言った?』









𖣰








 どうやらイデアはヴェスタの外にいるであろう4人へ連絡を取ってくれるとのことだ。監督生は今いる場所がヴェスタの内部だと分かり合点がいく。先程の既視感を思い出したのだ。
 監督生の持っているポケット版るるぶは全ページカラー刷りの
蘊蓄(うんちく)がたくさん掲載された特別仕様だった。このるるぶには通常盤では得られない情報も載っている。ピザを調べていてたまたま開いたページには、この湖がカルデラ湖であるとはっきり記載されていた。それが記憶にあったのだ。
 監督生は水を一口飲み、流石に寝過ぎているグリムを起こす。

「グリム、起きて」
「ぶな〜」
「具合悪いの?」
「まだねみいんだぞ、監督生〜」

 ゾ、と鳥肌が立った。先ほどから少しづつ蓄積されていた違和感が、ここにきてグンと増す。

 聞き間違いでなければ、今グリムは私のことを監督生と言った?いや、まだ分からない。グリムがやけに大人しい理由も、混乱しているからかもしれない。監督生は隣に座るヴィルの奥に居るルークに目線をやる。と、彼もまたこちらを見ていた。ルークはわざと監督生に見える様にマジカルペンを握る。いつでも行けると言う合図だ。恐らく先程の会話を聞いていたのだろう。ルークだから気づいたのだ、周りの皆は気づいていない。
 彼の後ろ盾があるなら、このグリムに少しカマをかけようと思った。

「ねえグリム」
「なんだぞ?」
「帰れたら、アレ飲めるといいね!ほら〜、グリムの好きなマシュマロ"ミルクティ"」
「おう!オレ様それ大好きだぞ〜!」

 監督生は特に表情を変えることなく「そうだよね〜!」と返した。ああ、最悪だ。

 この生き物はグリムではない。

 グリムが好きなのは、あの夜一緒に飲んだマシュマロ"ココア"だ。マシュマロミルクティなんて存在しない。では一体、本物のグリムはどこへ…
 監督生は寮長用端末からイデアにチャットを送った。外にいる皆に今すぐ探してほしい事がある。ピピ、ピピ。と鳴るメッセージの受信音と共に、イデアから「承知。」と返事が返ってくる。頼む、青い侍…

「トリックスター」
 
 ハッ。と、顔を上げる。ルークはそのままの場所からこちらに声をかけた。

「"チョコレート"があるから、欲しい時はいつでも声をかけてくれたまえ」
「アンタ、それ貴重な食糧よ?食べさせすぎないで」
「ハハハ、いつでも良いからね」
「…ありがとうございます」

 そのまま3分ほど待っていると、ピピ、ピピ。思ったよりも早くイデアからの返信がきた。エースたちが全力ダッシュをしてくれたらしい。
 返信は写真付きで、内容は以下の通りである。


『グリム氏、モーニングビュッフェにて確保』
 

 写真にはエーデュースとエペル、そしてツナマヨのピザを頬張るグリムが写っている。間違いない、本物は向こうだ。あまりの不気味さに全身が栗立つのなんか気にしていられない!

「ルーク先輩!"チョコレート"をください!」
「ウィ」

 ルークはマジカルペンを強く握りしめ、グリムではないナニかに対し木属性の攻撃魔法を放った。しかしそれは不気味な音を立てながら謎の壁に弾かれる。

「トリックスター、ヴィルの方へ来るんだ」
「はい!」
「ちょっと!?ルーク何を、」
「おい、どうした!?凄い音したぞ」

 監督生は立ち上がり、ヴィルを守る様に背に隠した。ルークは「違う、そうじゃない」と思ったが致し方なし。監督生のメンタルSSSを失念していた自分が悪いと反省した。
 皆立ち上がりマジカルペンを持つが、何が起きているかわからないため向ける先が定まらない。ヴィルは念の為イデアと通話を繋げた。

「ぶな、監督生〜。酷いんだぞ」
「グリムは私を監督生とは呼ばない」
「あ〜、眠くて間違えちまったぞ!」
「グリムが好きなのはマシュマロ"ココア"だよ」
「…そうだったか?」
「外にいる皆が、ホテルでグリムを見つけてくれた。本物のグリムはヴェスタの外に居る」
「…」
「じゃあ、あなたは誰」

 監督生の詰問に、皆 マジカルペンを向ける方向が定まった。


「キミ、勘がいいね」

 
 見た目はグリムなのに、全く違う声がする。


「この間もそうだった。でもあの時は妖精が守っていたからね。キミは勘が鋭いだけの、ただの人間か。ハハハ… でも、キミみたいなイレギュラーがいると面白くないんだ。キミも、狩人のキミも、雷のキミも。あとは妖精と、カラスも気に食わない。だから、簡単にここから出してやらないよ。今回も生きて帰れるといいね」


 そう言い残したグリムではないナニかは砂の様に崩れ落ちた。中途半端に形を残し歪な塊になる。それは無惨で、タチが悪かった。まるでグリムが死んでしまったように見えるからだ。全員マジカルペンを下げる。
 監督生はそれを見て固まってしまっている。「監督生、」とジャックが声をかけるも返事はない。仕方のないことだった。偽物とはいえ身寄りのない監督生にとってただ1人の家族が、目の前で気味の悪い崩れ方をしたのだ。さぞショックだったことだろう。いちばん近くにいたヴィルが声をかける。

「監督生、大丈夫?」
「…」
「一旦水でも飲んで落ち着きましょ、」
「…こんなことのために」
「え?」
「こんなことのために私のピザは消えたって言うんですか!!!!!!!!!!!!!!」

 監督生は、そんな小さい体のどこから出ているの?と言うぐらいのバカデカい声を出した。彼女は偽グリムの死体にショックを受けて固まった訳ではない。面白くないだの、気に食わないだの、こじつけた曖昧な理由でピザ食べ放題を潰された理不尽さにブチギレていた。
 怒りのあまりいつもニコニコしているはずの監督生から表情が抜け落ちている。ヴィルはピザの熱量にドン引きしていた。

 監督生は偽グリムの亡骸の近くに置かれた自身の荷物を回収して踵を返した。「早く行きましょう」と言いスタスタ歩いていく。向かう先は錆びたパイプやら青緑の鉄柵やらが広がる人工物の建物だ。
 皆衝撃を受け怯んでいると、
ピザの狂気(いつもの)に慣れていたトレイが「まずい!」といち早く正気を取り戻した。荷物をまとめ監督生を追いかける。今のあいつは何をしでかすかわからない。食べ物の恨みは怖いのだ。
 皆トレイの声にはっとして、鞄を引ったくるように持ち2人を追う。

 時刻は11時過ぎ。天候は晴れ。賢者の島へ向かうS.S.コロンビア号の出航まであと2日。通話が繋がれたままのイデアは『さっきのヒソカみたいなやつ、何?』と言うも、誰にも聞いてもらえなかった。























続く

・冒険の島
某TDSの敷地面積を某WDWくらいにした島

ヴェスタの旅情①
前作の閲覧を推奨します◎前・後編で3万字くらいかな♪と思っていたら起承転結の"起"で3万字を超えてしまいました。
⚠︎6章ネタバレを含みます。お気をつけください。

以下あらすじと注意書。

𖣰①のあらすじ
あの夜から2ヶ月が経ったある日、監督生はNRCにもプロムがあることを知る。加えてNRCのプロムは校舎全体を使い規格外の規模で行われるため授業が1週間ないのだと言う。その間"休暇旅行"と呼ばれる費用学園全額負担の修学旅行へ行くことになったマブたちは、豪華客船S.S.コロンビア号へ乗船し「冒険の島」へ向かう────。

𖣰注意書
・捏造に捏造を重ねた捏造です。

・ピザが大好きな女監督生が出ます。名前はデフォルト名のユウを使用しています。

・腐、CP要素は無いものとして書いています。が、そう見えることもあるかもしれません。

・前作のせいで不定の狂気(PTSD)持ちのキャラがいます。ご注意ください。

・ゲームプレイ済。
パーソナルストーリー等回収しきれていないものもあります。本編と矛盾等ある場合があります。ご了承ください。

・誤字脱字等見つかりましたら、コメントにてご指摘くださると助かります。(訂正次第削除させていただきます。)

どうぞ宜しくお願いします🍕

𖣰追記
ランキング10位ありがとうございます🥲ウレシ&ニコシです…🍕
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2,6782,16949,781
2022年6月4日 11:12
魂
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