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紋葉

DKを用いたJKの作り方 2

DKを用いたJKの作り方 2 - 紋葉の小説 - pixiv
DKを用いたJKの作り方 2 - 紋葉の小説 - pixiv
19,839文字
サイエンス部わちゃわちゃ
DKを用いたJKの作り方 2
つ、続いた……!?

ハーツラビュルは不思議の国のアリスモチーフという事は英国文化混ぜてもいいよね?いいよ、ね?

そんな感じの2です。英語はできませんが、英国は好き。
誤字脱字文脈の齟齬は心の目で読んでください。
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2021年9月22日 11:24

「昨夜は随分とお楽しみだった様だな」
 朝一番に目に映ったのは、一緒に寝た友人ではなく、呆れた顔をした顧問だった。
 規則正しい副寮長の事だから、と朝食が終わる時間を見積もって様子を見にきたクルーウェルが見たのは、手をつけられていない朝食の乗ったトレーであった。すわ急変したか、と焦ってカーテンに飛び込めば、手前のルークのベッドは空。まさか脱走か、とトレイのベッドとの仕切り代わりのカーテンを開けると、そこにはすよすよと気持ち良さそうに向かい合って眠る2人がいた。安堵と苛立ちが混ざってなんとも言えない気持ちになったクルーウェルは、2人の耳を引っ張って起こした。そして冒頭の台詞である。
「ボンジュール、ムシュー! その通りさ! それは素晴らしい夜だった。エトワールの煌めく音が聞こえそうな程静かな夜、トレイくんとひっそり語らう背徳感といったら、言葉にならないね。学園という日常に居ながら、白い空間に女性2人という非日常。想像だけでゾクゾクするだろう?」
「おはようございます……すいません。あまりない機会だったので、はしゃぎました」
 マジカルペンの一振りで軽く身なりを整える。高校生男子としては普通、女性としてはギリギリアウトな感じだが、昨日の覚醒時よりはマシか、何も言わない事にした。パジャマもジャストサイズを用意してやろう、と心の隅にメモしておく。
「なんの予告もなく来た俺も悪かった。まぁ、成果が出るなら目を瞑ろう。防護魔法から出たわけでもないしな」
「ふふ。メルシー」
 ウインクを飛ばしてくるルークにヒラヒラと手を振って、朝食を移動させる。クルーウェルは食べてきたのでコーヒーのみにするつもりだったが、2人からロールパンを1つずつ渡された。
「多いか」
「普段と同じ量は無理そうです」
「動いていないから余計に、ね。1週間後、元の体型に戻れるならいいのだけれど、太った分が反映されてしまったら、ヴィルに怒られてしまう」
 困ったように笑う2人に、次からは考慮しようと伝えた。
「それで、先生は何故朝から保健室に?」
 サラダを食べながらトレイが問うてくる。心底不思議そうな顔をしているので、やれやれと溜息を吐いた。
「そんなに俺が薄情に見えるか?お気に入りの体調ぐらい、気にかけるさ」
「へぇ?」
 ニヤリ、と2人が笑う。基本曇りのない笑顔を浮かべているルークと、困ったように笑い後輩や同輩の世話を焼く2人は、ここNRCでは珍しいタイプである。自分が世界の中心で虚栄心の塊の様な生徒が多い中、一歩引いて周りを眺める事のできる2人は教師にとっても有難い存在だ。どうしたって諍いが起きる生徒を宥めて、自分達は比較的静かに過ごしてくれるのだから。
 そんな彼らが自分に懐いている事はわかっている。それが例え部活の活動内容を彼ら好みに変えても文句を言わない事だとか、実験材料を私用で作っても少々の苦言で済ませてやるとか、そういうえこ贔屓の結果である事は否めない。しかし、彼らの意見を通す為に差し入れられるクッキーだとか、ついでにやっておきましたと渡される欲しかった実験データだとか、そういった根回しをキチンとしてくれるというのも彼らを引き立てたくなる理由である。そもそも、それがなくともクルーウェルの教える授業において、彼らは優秀な成績を修めているので、多少の融通は効かせてやるが。
 話を戻そう。彼らは基本的に人畜無害な生徒である。(ルークは自分の興味の対象である生徒に対してはその限りではないが)そんな彼らが稀に他の生徒と同じ様な、俗にヴィラン顔と呼ばれる表情をすることがある。そんな時は、他の生徒の例に漏れず、碌なことを考えていない。
「ねぇ、先生。今日も午後、お茶会をしませんか」
「朝食を食べながら、昼食も飛ばしてティータイムの話か?」
「ムシューはこれから授業だろう?またゆっくり話したいんだ」
「今日はクローバーの茶菓子もないのにか?」
「そこは、学園長に頼んでくださいよ。必要経費だって」
 女の子は、お砂糖とスパイスでできてるんですよ。なんて、意地の悪い笑みをトレイは浮かべる。
「ふ、ハハハ! わかった、そうだな。それから、素敵なものも用意してやろう」
 そうと決まれば、グッと一気にコーヒーを流し込んだ。ティータイムまでに、上等なお菓子を用意せねばならない。
「ああ、そうだ。カエルとカタツムリはいらないからな」
 そう言い残して、2人が食べ終えた食器と共に保健室を後にした。カーテンで仕切られた空間には、トレイの笑い声が響いていた。



 始業のチャイムが聞こえてから、認識阻害のタリスマンを身につけて、2人は実験室へと移動する。タリスマンがあっても、敏感な生徒には見つかってしまう可能性があるからだ。なんせ、NRC生は優秀なので。タリスマンは「1週間、何度も認識阻害魔法をかけ直すのは大変だろう」と学園長にクルーウェルが頼んで用意させたものらしい。少々過保護な気がするが、有り難く使っている。楽に問題を回避できるなら、それに越した事はないのだ。
「ねぇ、トレイくん。聞いてもいいかい?」
 実験室に入ったところで、ルークは口を開いた。保健室にいた時から聞きたかったのだが、準備に時間を取られたし、タリスマンがあるとはいえ授業中の廊下でお喋りも気が引けたのだ。
「さっきの、カエルとカタツムリとは……?」
「ああ。薔薇の国のナーサリーライムなんだ」

What are little boys made of, made of?
What are little boys made of?
Frogs and snails
And puppy-dog's tails,
That's what little boys are made of.

What are little girls made of, made of?
What are little girls made of?
Sugar and spice
And all things nice,
That's what little girls are made of.

 打ち合わせていた実験の道具を出しながら諳んじる。余程口に馴染んだ節なのだろう。
「クルーウェル先生とは同郷だから、わかると思って」
「ああ、それでカエルとカタツムリはいらない、と」
 仔犬の尻尾は欲しいみたいだけれど、成程それは彼にぴったりだ。それは、私たちがクルーウェルの従順な生徒であれば良い、ということだろうか。いや、案外楽しそうに教鞭を振るっているのを見ると、自分で躾けて従順になった犬が好きなのかもしれない。だとすると、用意は大変そうだ。
「それはそうとして、昨日の数値の答え合わせだ。ルークはこっち」
 渡されたノートには、実験手順と必要な材料、実験結果を書く欄が用意されている。サイエンス部には見慣れた書式である。
「メルシー。それじゃあ、材料の準備といこうか」
 揺れるトレイのポニーテールを追って、薬品棚に向かう。ちなみに、トレイにポニーテールを勧めたのはルークだ。せっかく髪が伸びたのだから色々試してるといい、まずはまとめる高さを変えてみては?と。そう言う助言したルーク自身は、低い位置でシニヨンにしている。肩甲骨より少し下までの長さのトレイはポニーテールでも邪魔にならないが、腰まであるルークにとってはむしろ邪魔になった。まとめてしまった方が動きやすかったのだ。
 カミツレ、夜光貝の粉末、ナマケモノの肝臓、サラマンダーの尻尾、氷輪草、甘草、苦蓬、それからアレとコレも。脚立と浮遊魔法を駆使して、必要な素材を机に集めた。勿論、サラマンダーの尻尾と氷輪草はなるべく遠くに置く。
「魔力と筋力、どっちにする?」
「筋力」
 乳鉢と乳棒を用意して、それぞれをなるべく細かい粉末状にする。薬を作る際に魔力を叩き込むか材料を細かくすることで、反応速度が上がるのだ。反応を見ながらの魔力操作は、慣れていない薬品だと骨が折れるので、今回は全て粉末にすることにした。しかし、少々想定外の事が起こった。時間がかかるし、腕が非常に疲れる。
「夜光貝って、こんなに固かったか……?」
「氷輪草、量を間違えていないよね?」
 はた、と顔を見合わせる。そうか、筋力も落ちているのだった、と今更気がついた。
「しまったな。面倒でも魔力操作でいくべきだったか」
「そうだね。けれど、中途半端になってしまうし、最後までやってしまおうか」
 ごりごりごりごり。静かな実験室に、乳鉢と乳棒であたる音だけが響く。これでは、午前中は粉砕だけで終わってしまうかもしれない。
「これじゃ、ケーキなんて作れないな」
 ぽつり、とトレイが零す。
「生クリームを泡立てたり、メレンゲを泡立てたり、パイ生地を捏ねたり。ワンホールならいけるだろうけど、なんでもない日のパーティーの量は間に合わなかっただろうな」
 困った様に笑うそれは、トレイがいつもよくする表情だ。困ったな、なんとかしようか。そんな時の表情だ。けれど、今日のは違う。どうしようもできない、悲しい、悔しい。そんな感情が隠れているように感じた。
「ワンホールでも、ワンピースでも。きっとそれは取り合いになるだろうね」
 慰めにはならないだろうが、ケーキを作った『もしも』の話をする。ハーツラビュルの正式なお茶会に参加した事は無いけれど、トレイのケーキの美味しさは良く知っているし、寮生からの評判が良いことも知っている。苺のタルトもアップルパイもキッシュだって、トレイの作るものはなんだって美味しい。そう自慢された、とエペルから聞いているし、部活や個人的なお茶会でその腕を披露してもらった事は少なくない。いや、なんならハーツラビュルの寮生と変わらない頻度で食べているかもしれない。だから、良く知っている。
「君の作るお菓子は、全て美味しい。それだけでなく、見た目も美しい。等間隔に並べられた苺にキラキラ輝くようにナパージュも均等に塗られて。出来立ては勿論、切り分けられた断面も整っている。素材ごとに、作るごとに砂糖の量やレモン果汁も変えて、一定の味を提供している。プロ顔負けの、いいや、プロの仕事だよ。ねぇ、薔薇の騎士。たまには市販のケーキもいいじゃないか。それで彼らは気付くんだ。今まで食べていたケーキは、売り物と遜色無い、いや、寮生の為に作られている以上、市販品よりもずっと価値のあるケーキだって。君のケーキしか知らない1年生には特に、学びの時となるだろう」
 だから、そんなに悲しそうな顔をしないでおくれ。そう願って、流れていない涙を拭うように、目元を撫でた。トレイは、驚いた様に瞬いた。
「やけに、饒舌だな?」
「友人の曇った顔は見たく無いさ」
 君だってそうだろう、と笑いかける。
「う、ん。そうだな、ありがとう、ルーク」
 トレイは恥ずかしそうに頬を染めた。それを誤魔化すかの様に、一層力を込めて乳棒を動かす。
「取り合い、か。うん。最初の1ピースはリドルに。他はみんなで取り合いだな」
 いつもそうだ、と呆れた声がする。
「今日はアレが食べたい、そっちも食べたい、口直しにあっちが食べたいって、いつも静かに取りあってるんだ。騒がしいと、リドルに首を刎ねられてしまうから。だから、今回ばかりはちょっと我慢してもらおうか。予算内じゃ、選べる程買えないだろうから」
 ニヤリと笑う顔は、意地の悪いことを考えている時の顔だ。
「俺の愛情は、買うと高いんだ」
 嗚呼、元通りだ。自然とルークの笑みも深まった。



 用意した材料を擦り潰して計量しているうちに、昼休みのチャイムが鳴った。授業に出席しているわけではないのでそれに従う必要はないのだが、キリもいいし条件反射でお腹も空いたので、昼食を摂ることにする。お茶会の予定もあるので、軽くサンドイッチで済ませようと決め、タリスマンと財布を持って購買部へ向かう。デラックスカツサンド目当ての生徒が殺到するので、ゆっくりと歩く。自分達を避けて走る生徒達は、けれども異常に気が付いた素振りは無い。これがタリスマンの効果か、と自然と詰めていた息を吐き出した。これまでなるべく生徒との遭遇を避けていた為、初めてその威力を知ったのだ。流石、腐っても名門校の学園長が用意したものだけある。
「すごいけれど、サムさんが俺達が買い物に来た事に気付かないと困るな」
 効果がわかっても万が一注目を浴びてしまっては意味がないので、コソコソとルークに話しかける。
「うーん、そうだね。認識阻害のレベルがどの程度か実験するわけにもいかないしね」
 クルーウェルからは実験室と購買部なら、と許されている。しかし、フィールドワークが日課のルークにとってはそんな行動範囲では物足りないだろう。だからと言って無茶をすれば、寮長達の進言通り、保健室から出られなくなってしまう。それは避けたい。タリスマンについてできる事は、考察のみだ。
「とりあえず、避けて通ってるから『そこに誰かいる』程度の認識はされているんだろう」
「でも、女性という認識はされていない。ふむ。生徒D位の扱いかな」
「ん?ああ、成程。顔も名前も学年も知らない取るに足らない一生徒、の認識まで下げているということか。台詞すらも与えられていない、と」
「ウィ。ここで悲鳴でもあげたら、生徒A位にはなれるかもしれないね」
「やめてくれ。保健室のカーテンに、封印の魔法陣でも描かれたら困る」
 そうこうしているうちに、購買部に着いた。やはり、デラックスカツサンド目当の生徒が捌けると、生徒は殆ど残っていなかった。触れたらどう認識されるのか、の実験は次回に持ち越しだ。
「ようこそ、Mr.Sのミステリーショップへ」
「こんにちは」
 いつもの癖で、入店と同時に挨拶を返してしまい、口を覆う。流石にバレたかもしれない。扉の横に置いてある、特売の小麦粉に気がいってしまったのがいけない。
「ん?んん?」
 やはり、店主は疑問を持ってしまったようだ。首を捻ってこちらを観察している。居心地が悪い。バレる前にさっさと買ってしまおうと、そそくさとパンのコーナーに急いだ。
「小鬼ちゃんは、小麦粉に興味があるのかい?」
 あ、そっちか。と、安堵したのも束の間。
「成程。クルーウェル先生がタリスマンを欲しがるわけだ」
 にっしっし、と歯を見せて笑う店主に、血の気が引く。これは、まずい事になっていないか?店内を見回すと、幸運にもトレイとルークしかいない。店主だけなら、許してくれるだろうか。
「サムさんが、このタリスマンを?」
「そうさ。金に糸目はつけない、と言われたからね。結構融通の効く物を用意したけれど、効果の程は聞いて……いないみたいだね」
 首を振るトレイ達を見て、店主はおいで、と手招きする。ぱちん、と指を鳴らすと店内の空気が変わった。
「防音と……人体検知かな?」
「正解!あまり聞かれない方がいいからね」
 店主曰く。このタリスマンの効果範囲は学園と同程度、対象はとりあえずこの学園の生徒なら大丈夫、という中々にチート仕様である。視覚はルークの予想通り生徒D位の認識になるので『そこに人がいるけれど誰かはわからない』状態になる。声は普通に話す分には問題ない。しかし、タリスマンなので絶対の効果ではなく、装備者個人だと認識されると、認識した人には効果が無くなってしまう、とのことだった。
「つまり、注目を浴びるとバレる、バレたらずっとそのまま、という事ですか?」
「ざっくりはそういう事。バレても、視覚を上手く遮ることができればまた隠れる事はできるけど……居る事がわかっているものは、見つけやすいからね」
「だから、タリスマンなんですね」
 チートなタリスマンでも、見破られてしまえば効果は薄れる。かけ直せば魔力の限り効果は一定の魔法や魔術具との違いはそこ。だから魔術具ではなく『御守り』と呼んでいたのか、と納得する。
「魔法具は魔力の供給が必須だからね。そうなってからブロットも溜まりやすいだろうし、あまり魔力は使わせたくないんじゃないかな」
 胸ポケットのマジカルペンを確認する。そう言われてみれば、いつもと同じように魔法を使っているのに、少しくすんでいる。
「いつもより魔法を多用しているから、仕方ないね」
 こちらも自分のマジカルペンを確認していたルークが、それを持ってやれやれと首を振る。
「多用、していたか?」
「おや、気がついていなかったのかい?手の届かない薬品や、多量のシャーレや重い乳鉢の運搬などなど。いつもは使わない場面でマジカルペンを振ったろう?乳鉢を選んだから、てっきり気が付いていたのかと思ったよ」
「ああ、そう言えば……。乳鉢は、いつもそうしているからさ」
 参ったな、と頬を掻く。そう言えば、このクローバーのスートも今日は魔法で描いたことを思い出した。
「魔法の多用だけじゃないさ。小鬼ちゃん達は、保健室に入院しているんだろう?いつもと違う環境じゃ、ゆっくり休めないさ」
 心配そうに微笑んでくる店主には悪いが、昨日はテンションが上がりすぎて夜中まで話し込んで眠れませんでした。正直に言えないので、笑って誤魔化しておく。
「っと、他の小鬼ちゃんが来たみたいだ。お話はここまで」
 ぱちん、とまた指を鳴らすと、魔法が解除された。
「さて、お望みのモノは?」
「サンドイッチと、飲み物を。あ、小麦粉は別で領収証をハーツラビュルで。放課後に寮生を取りに来させます」
「OK! Thank you!」
 その時、後ろで扉の開く音がした。
「こんにちはーッス」
 見知った声に、肩が跳ねる。ラギーだ。
「お待たせ、小鬼ちゃん。君達の未来に幸運あれ」
 タイミングよく、紙袋に入れられたサンドイッチと飲み物が渡された。手を振り返し、急いで購買部を後にする。先程タリスマンの効果を聞いたので、すぐにバレる事はないとわかってはいるが、知り合い相手では不安は拭えない。なるべく早く、しかし不自然ではない速さで購買部から離れた。
「懸命な判断だと思うよ。ムシュー・タンポポは勘がいいからね」
「だよな。ありがとう」
 焦るトレイとは違い、ルークは楽しそうに校舎まで走るのだった。




 午後のティータイムは、保健室で行う事になった。実験室で決行してもいいのだが、サイエンス部が実験室に集まったら休憩にならない、とのクルーウェルの判断から保健室に移動となったのだ。その予想通り、最初は実験の途中経過の報告となった。そして、段々と話はタリスマンについて移っていく。
「サムはいい。タリスマンを売ったのはサムだからな。気がついて当然だ」
「よかった。保健室監禁は免れた」
 心の底から安心したように、トレイは息を吐き出した。
「しかし、少し意外だったな。お前がブロットに気がつかないとは」
 クルーウェルが、チラリと2人の宝石を確認する。授業に出席していないので然程魔法を使っていないはずだが、朝食時よりはくすんでいるのがわかる。午後からは調合を行なっていたので無理からぬ事だが、クルーウェルは気に食わないらしい。
「いつもと同じように魔法を使ったと言っていたが、本当か?」
「ウィ。実験に関しては」
「ほう?」
 先を話せ、と言うようにクルーウェルの片眉が上がる。心得たとばかりにルークは続けた。
「普段の行動が取れないんだ。器具を運ぶだとか、素材を砕くだとか、そういった今まで特に何も考えていなかった事に魔法が必要だね。それで少しづつ溜まっているのかと」
「ふむ。クローバー、ハーツラビュルお得意の色変え魔法で誤魔化していないだろうな?」
「勿論。今はしてませんよ」
 差し出された手の上にマジカルペンを乗せながら答える。トレイは今の失言に気がついた様子はない。
「確かに、余計な事はしていないな。ハント」
「ウィ」
 トレイの宝石を確認して返すと、同じようにルークにも手が差し出される。こちらも渡すと、矯めつ眇めつされて返された。
「授業がない分、溜まりにくいかと思っていたんだがな。まぁ、1週間程度なら問題は無いと思うが、無理はするなよ。ストレスも溜まっていそうだし、抜けにくいだろう」
「……そんなに溜まってるように見えますか?」
 不思議そうにトレイが首を捻る。クルーウェルと目線が合ったルークはにっこり微笑んで見せた。
「気がついていないならいい。ハントはわかっていそうだが、すまんな。息抜きはさせてやれん」
「それは残念」
 わかっていた事なので、首を竦めるに留めた。行動にタリスマンの携帯が必須な以上、己の力量のみでのフィールドワークはできない。ならば、態々出かける理由も無いのだ。観察対象から隠れる楽しみが減るだけだ。
「でも、助かったよ。このタリスマンが無ければ、もっとブロットを溜めていただろうから」
 タリスマンの手配をしたのはクルーウェルだ、と言う話を思い出して礼を言う。ブロットの事もそうだが、服だったり実験関係だったりと、細々としたところにも気がつく。身の回りの用品は、ほぼクルーウェルの手配だ。それに、こうしてわがままにも付き合ってくれるし、普段よりも対応が甘い。それに非常に助けられているので不満は無いが、少し疑問はある。
「至れり尽せりで、怖いくらいさ」
「特に裏は無いんだが」
 心外だ、と言い顔を顰める。普段の行動から推測されるのは、なんらかの見返りを求めての事だと考えたのだが、違ったようだ。
「必要なものは支援する、と言われているからな。生活、実験、身の安全の確保に必要な物は、いくらでも用意するさ。それに、お前達はあまり意識していないが、見た目は可愛らしいレディだからな。朝も言ったが、中身はお気に入りの仔犬だし、世話を焼きたくもなる」
 涼しい顔ををして紅茶を飲むクルーウェルの所作に、不自然な点は見られない。本心から言っているとわかると、自然と頬が緩んでしまう。
「メルシー! ムシューのお眼鏡に適ったとは、光栄な事だね! その期待に応えられるよう、研究発表会は成功させてみせるよ!!」
「そうだな。直ぐに出来る恩返しは、それくらいだからな」
 キッチンが使えればレーズンバターサンドが作れるのに、と呟くトレイに、クルーウェルは溜息を吐く。
「だから、見返りはいらん。くれると言うならもらうが、戻ってからで良い。わかったな」
「「わん」」
 2人で行儀良く返事をしてやれば、頭を抱えられる。何かあっただろうか。
「はぁ……これだから心配になる……。まあいい。で、用件は何だ? クルーウェル様とゆっくりお話しがしたかったんだろう?」
 言われて、1番大事なことを話していないと気がついた。
「そうでした。欲しい物があるんです」
「服が欲しいんだ。明日か明後日、街に出られるような」
 明日は土曜日。普段ならばフィールドワークなりお菓子作りなり、好きに過ごしていた筈だ。それがこの事故により、帰寮できなくなってしまった。土日でも部活のある生徒がいる以上、好き勝手校舎内をうろつけない。実験室も使用許可が降りていない。ならば、ここは割り切って、自由を求めて街へ出てしまった方が良いのではないか。そう昨日の夜話し合ったのだ。その為には、服がいる。ホリデー等で校外へ出る時は制服が義務付けられているが、そんな格好では注目の的だ。私服が欲しい。
「保健室に居るのに通販するわけにもいかないし、購買部でうっかり誰かに見られるわけにもいかない。途方に暮れてしまってね」
 ついでに、服のサイズもよくわからないのだ。何もせずともぴったりの制服を用意したクルーウェルなら、どうにか出来るのではないかと踏んでいる。
「街で何をするつもりだ?」
「特に予定は決めてないよ。ウィンドウショッピングでも楽しいと思って」
「俺は、ケイトが言っていたカフェに行きたいですね。今なら、店内が女性客だらけでも人目を引かないですし」
「なら、今話題の映画を観るのもいいかもしれない。主演のアイドル目当ての女性ファンが多いと聞いてね。少し、迷っていたんだ」
「ふむ……なら、この島じゃなくてもいいな」
 ポケットからスマホを取り出して、画面を見せてくれる。そこには、トークアプリのスクリーンショットが写し出されていた。相手の名前は知らないが、送信したのは口調からしてヴィルだ。そしてトークの内容は、昨日話していたモデルの話だ。
「よかったな。先方がお前達のことを気に入ったらしい。ギャラも弾んでくれるそうだから、それで遊ぶといいんじゃないか」
「オー・ラ・ラー! それは素敵だね!」
「え、いや、でも、ヴィルは撮影は来週末だって」
 喜ぶルークと面白そうなクルーウェルと違い、トレイの顔は引き攣っている。
「こちらの事情を考えてくれたようでな。明日でいいそうだ。よかったな」
「よくない、です」
 突っ伏してしまうトレイに、ルークは堪えきれず笑ってしまう。すると、恨めしげな目で見上げられた。
「ルークはいいのか?この、女性の格好でモデルだなんて」
「光栄な事だと思っているよ。なんせ、ヴィルの仕事の相手だからね。プロが見ても、私がヴィルと並んでも良いということの証左じゃないか。副寮長として、こんなに光栄な事はないさ」
 そう言えば、トレイは呻いて俯いてしまう。ハーツラビュル所属の彼と、ポムフィオーレ所属のルークとでは、感性が違うのは致し方ない事である。特にトレイは、露出を好まない。マジカメヘビーユーザーのケイトと一緒にいる割に、彼のマジカメにアップされた写真への登場率が低い事からもよくわかる。1年生コンビの方が登場率が高い位だ。
「そうだ。喜んでいいぞ、クローバー。新進気鋭のコスメブランドとは言え、シェーンハイトが承諾するくらいにはセンスがある会社だ。そこに認められたんだ。自分は美しいと自惚れていい所だな」
「いや、俺は普通の男なんですよ?」
「ノン。普段の君は、忠誠心に篤い薔薇の騎士さ! そして今の君は、美しく可憐なマドモアゼルだよ、トレイ君」
「先生、ルーク……」
 何も言えない、とばかりにトレイは顔を覆う。トーク画面には『是非2人にお願いしたい』と書いてあり、喜ぶルークと紹介したヴィルの為、断る選択肢は彼の中に無いのだとわかる。しかし、どうしても自分の信条とかけ離れている為、中々呑み込めないようだ。けれど、これは時間の問題なので、背中を撫でてやるに留める。
「なら先生、服が直ぐに必要だね!」
「ああ、問題ない。それも先方が用意してくれた」
 放課後にヴィルが持ってくる、と言われて気分が高揚した。
「それは楽しみだ! 女性の服を着こなす機会なんて早々ないからね」
「永遠に来てほしくなかったよ……せめてズボンがいいな」
「そうかい?折角だし、スカートも楽しそうだと思うんだけれど」
 タイトでなければ、スカートも案外動きやすいと思うのだ。女性らしい立ち居振る舞いをしなければ、の話しであるが。
「おねだりが叶って良かったじゃないか」
 クックッと笑うクルーウェルをトレイは睨め付ける。何事も波風立てずにそつ無くこなしてしまうトレイが、唯一面と向かって噛み付く相手。それがクルーウェルである。2人のやりとりを見ていると、普段トレイが何を考え何を抑えているのかを窺い知ることができる。今日のそれは、トレイのガス抜きが主だ。この3人でいる時は、トレイは少し普通の男の仮面を外すのだ。その様子は、仔犬が飼い主に戯れついているようで。
(仔犬の尻尾はトレイ君、という事でいいかな、ムシュー)



「で、どっちがいいかしら」
 クルーウェルの言葉通り、終業のチャイムから10分もしないうちに、ヴィルが現れた。肩には大きなショップバックを掛けており、中からは服がいくつか現れた。
「同系列でファッションブランドも有るから、そこのを送ってくれたそうよ。中高生向けのリーズナブルなブランドだけれど、センスはそこそこ。着た後は売るなりあげるなり、どうとでもしていいそうよ」
 それを聞いて、トレイはすぐさま妹にあげようと考えた。しかし、入手経路を聞かれたら困るので、一旦保留にする。服を見てから決めても遅くない。
 ルークのベッドの上に並べられた服は、端的に言えばオーバーサイズのシャツとショートパンツ、ロングワンピースである。
「ズボンではあるが……」
 短い。ジーパンとかチノパンとか、生地はもうどうでもいいのだが、長さが足りない。かと言って、ワンピースを選ぶ勇気をトレイは持ち合わせていなかった。
「ルーク、選んでくれ。俺はどっちでもいい」
 用意された以上、他の物を要求するのは気が引けた。キラキラと顔を輝かせて楽しそうなルークに着たいものを着させて、残りを着よう。トレイはそう決めて一歩ベッドから遠ざかる。
「ううん。迷ってしまうね。ショートパンツも動きやすそうだし、ワンピースもセクシーで素敵だし……どちらもトレイ君にぴったりだと思うよ」
「え?いや、ルーク。お前が着たいものを選んでいいんだぞ?」
「おや、そうかい?それならば、ワンピースを選ぶけれど……今まで着たことがないからね。楽しみだ」
「ああ、うん。わかった。なら、俺はショートパンツの方だな……」
 着るよう促されたので、渋々ながらも制服に手をかけた。
「ちょっと! 恥じらいってものを持ちなさい!!」
 頭を押さえるクルーウェルと連れ立って、ヴィルはカーテンから出ていった。恥じらいと言われても、中身は男だし、ルークもヴィルも同級生である。ついつい忘れてしまうのだ。
「怒られてしまったね」
 ケタケタ笑うルークの方もこの調子で、乙女の自覚というものが全く湧かないのである。
「中身も女だと思わなせないと、大事故が起こりそうだな」
「どうだろう。これを飲む人は、自分から願って飲むわけだから、大丈夫なんじゃないかい?」
「それもそうか」
 ルーク相手では恥じらいも何も無いので、トレイは豪快に制服を脱いだ。オーバーサイズの白いシャツ、ブラックのショートパンツにはチェーン柄のスカーフを通して、足元はハイカットのスニーカー。スカーフもスニーカーも、寮服と近しいものを感じて少し安心した。脚が心許ないが、仕方ないだろう。
「ねぇ、トレイ君」
「なんだ、ルー……ク……」
 振り返れば、白い頸と背中を晒す、ルークが立っていた。ワンピースにはもう着替えていたが、背中のファスナーに手間取っているようだ。
「上げれば、いいか?」
「お願いするよ」
 滑らかなカナリアを挟まぬよう、横に払ってからゆっくり上げてやる。細い首に、クルーウェルやヴィルが過剰な程に心配するのがわかる気がした。
「ルーク、明日は俺から離れるなよ?」
「? ウィ」
 わかっていない様だが、仕方がない。自分が気をつけなければ、と心に誓った。
 カーテンから出ていた2人を呼び戻せば、2人ともトレイを見て深い溜息を吐いた。何か変なのか、とルークを見る。
「シャツはね、もっと緩く着ていいよ。ボタンは開けて構わない……構わないね、ヴィル」
 近寄って、珍しくきっちり閉めたボタンを外される。ヴィルに確認を取ると、ゆっくりと頷いた。
「ええ、勿論……インナーもあったわよね?」
「これか。まぁ、今よりはいいだろう」
 パシン、とクルーウェルが鞭を振るう。途端に、彼の手の中にあったそれと今着ていたインナーが入れ替わった。
「いいのか? インナーが見えて……と言うか、シャツも薄くないか?」
 ボタンを開けたことにより、インナーを縁取られたレースは見えているし、よくよく見ればシャツは透けている。恥じらいを持てという話ではなかったか、と疑問が湧く、
「見せてるのよ。いい? シャツは入れ過ぎず、緩く出すこと。ボタンは2つは開けていいわ。スカーフの位置はそれでいいとして……ニーハイはどうしましょう」
 袋の中から長い靴下が出される。そこまで長い靴下を履くなら、最初からズボンでいいのでは? と思ってしまうが、ファッションの鬼の前で言ってはいけないと思い、口を噤んだ。
「折角だからこのままでいいんじゃないか」
 隠すのは勿体ない、と聞こえたのは気のせいだろうか。クルーウェルは目を合わせてくれない。
「そうね。次、ルーク。と言っても、ワンピースだから着るだけよね。靴は……トレイがスニーカーだし、カジュアルにしたいわ」
「オフショルダーだが、デコルテと首までは黒レースのインナー……ふむ。レースアップでいいんじゃないか。ソールがコルクの白いヤツがあったろう」
「コレね。ヒールか高めだけれど、ルークならいけるわね?明日までにペディキュアしときなさい」
「ウィ! 赤でいいかい?」
「ええ。わかってるじゃない」
(おかしいな。知ってる言語なのに全然意味がわからない)
 決定権もないし意見の反映も望めないので、黙ってルークを見ておく。ワンピースの色は鮮やかな青紫、レース部分は黒でペディキュアは赤。こっちはカラーリングがポムフィオーレの寮服だ。意識して用意してくれたのだろうか。だとしたら、ヴィルも可愛いところがあるじゃないか、なんて考えていた。だがすぐに、そればかりではないと悟る。
「ちょっと、何ニヤニヤしてんのよ。明後日の分も合わせるから、こっちきなさい」
 洗濯魔法で着回すという主張は認められず、結局もう1日分用意されることになってしまった。ルークはぴったりしたズボンとゆったり目のシャツ、トレイは抵抗したがワンピースが用意された。
「シンプルなIラインのワンピースだけれど、サイドにはプリーツが施されてフェミニンにも見えるわ。足元は」
「ヒールは無理だ」
 そこは絶対だ。リドルの寮服姿を見ると、よく足を挫かないものだと思う。あんなの、常につま先で立っているようなものじゃないのか、と。その状態では街を歩き回れないだろう。
「バレエシューズで勘弁してやろう」
 見透かされたように、ぺたんこの靴を出される。それはそれで癪だが、断る理由は無いので何も言わない。
「ルーク。トップスは前から見ればシンプルなチュニックだけれど、バックは軽めの素材で爽やかに。ボトムはスキニーでメリハリを。足元は歩きやすくスニーカーね」
 スニーカー、と聞こえて咄嗟にルークを見る。スニーカーが許される服なら断然そちらが良い。
「フフフ。いいのかい? 薔薇の騎士がこちらじゃなくて」
 恨めしげなトレイの目線を受けて、ルークが進言する。だが、やはり聞き入れてはもらえない。
「あら、明後日はカフェ巡りでしょう?トレイはケーキを沢山食べるだろうし、ゆったりした服の方がいいんじゃなくて?」
「……そのとおりだ」
 反論もできないので抵抗は諦めた。ルークは「なんて気が利くんだい! ボーテ!!」といつも通りだ。ヴィルの思う壺なのが悔しいが、覆す材料は無いのだ。『美』に置いて、ヴィルに勝てる者はこの学園に居ないだろうし、クルーウェルも加われば無敵と言ってもいいだろう。そのクルーウェルが、出来上がったルークとトレイを見て満足気に頷くと、懐に手をやった。
「さて、素敵なものを用意する約束だったな」
 後ろを向け、と言われるがままに従う。クルーウェルの気配がすぐ後ろに移動すると、首元にひやりとしたものが当たった。
「これは……?」
 ルークにも同じように着けている。それは、ネックレスだった。シルバーの細いチェーンに、長方形のペンダントトップが下がっており、その右下の角には透明な丸い石が嵌っている。長辺の厚みの部分は、トレイは真紅ルークは青紫と寮服のカラーに染められていた。
 洗練されたデザインであることはファッションに疎いトレイでもなんとなくわかる。しかし、女性が着けるには些か無骨なデザインであることも否めなかった。そのような失態をクルーウェルが犯すのか、何か意味があるのか、真意を計りかねた。
「虫除けだ」
 クルーウェルは得意そうに笑う。ヴィルは理解したようだが、トレイにはわからない。多分、チェーンを切れば何かしらの術式が切れて、何かしらの魔法が発動するんだろうな、ぐらいのものである。ルークはにこにこ笑って、トップを眺めている。
「男物のネックレスだってすぐにわかるわ。そんなもの着けてたら、相手が居ると大体の男は勘繰るわよ」
「ルークとお揃いでも?」
 ヴィルがそれとなく視線をずらす。
「成程。コレは首輪だね」
 ニコニコ笑ったまま、ルークは続ける。
「クラルテな石は、先生の魔法石の魔力が篭っている。自分の魔力以外が篭った石を持つと言うことは、その人物の飼い犬だと言うことだね」
「good boy! 飼い犬に手を出したらどうなるか、わからん駄犬は構う価値も無い。いいリトマス紙になる。そうだろう?」
「マーベラス!」
 楽しそうなクルーウェルとルークだが、トレイとヴィルの顔は引き攣っていた。
「都合よく寮カラーのペンダントなんて売ってるのか? 魔法石が都合よくはまって売られているものなのか? まさか、手作り……?」
「やりかねないわね。重いわ……」
 元に戻っても使える、と言われても首輪と評されてしまっては進んで着けるのも怖い。というか、クルーウェルを知らない人から見れば、単なるルークとお揃いになるわけで。クルーウェルの魔力まで知っている人からすれば、それこそクルーウェルに飼われていると思われてしまう。それはそれでどうなんだ?と、トレイは思考の海に沈んで混乱した。その時だ。カーテンの外の来訪者を告げるベルが鳴った。
「ローズハートだな」
 魔力による識別機能も追加されたそのカーテンを開けると、些か疲れた顔のリドルが立っていた。
「突然すみません。トレイに、明日のお茶会のこと、で……」
 トレイと目が合うと、リドルは元々大きな目を更に大きく見開いて、固まってしまった。そして、みるみる頬が染まっていった。
「リドル……?」
 入ってこないので、ヴィル達に遠慮しているのか、と思い当たった。クルーウェルに視線を送れば、構わない、と言うように頷かれる。なので、リドルに入って大丈夫だと声をかければ、ゆっくりとカーテンを閉めたので、トレイのベッドへと誘導した。リドルには椅子を勧め、自分はベッドに座る。
「お茶会の相談なんだろう? 何があったんだ?」
「え、あの……ケーキの事なんだけれど、それより、その服は……?」
 普段、はっきり物を言うリドルには珍しく、言い淀む。
「週末は外に出ようと思って。ヴィルがツテで用意してくれたんだが……似合わないか?」
 よくわかるように、その場でくるりと回って見せる。スカートって案外広がるんだな。
「そんな事! そんな事ないさ! 似合っているよ」
 慌てたように褒められる。なんだか言わせてしまったようで申し訳ない。
「はは、ありがとう。さ、お茶会の話をしようか。ケーキがどうしたって?」
「う、うん。今日はどうしても間に合わないと泣き付かれてしまったから、軽く済ませることにしたんだ。だから、その分明後日は普段と近い形でやろうと思う。けれど、いつもと同じ量は買えないから、誰のリクエストを優先しようかと……前回は2年のヒューゴだったろう?」
「ああ、そうだな。今回は3年のエドガーにしようと思ってたんだが、グレープフルーツのケーキは常時売ってる所は少ないだろう。だから、多数決か次の生徒に回した方がいいんじゃないか?」
「そう、グレープフルーツケーキはそんなに扱っていないんだね。次回に当たる寮生だけ市販品では不公平になるし、急いで皆の意見をまとめるとしよう」
「明日の朝イチには連絡しないと、明後日の午後には間に合わないだろうしな。ケイトなら一昨年のことも覚えてるだろうし、予算や個数を参考にするといい」
「わかったよ、ありがとう。それと、もうひとつ。聞きたいことがあるのだけれど」
 にっこり笑ったリドルは、椅子に腰掛け直すと足を組んだ。これは話が長くなる。
「キミの外出を、許可した覚えは無いのだけれど?」
「……あ。いや、すまない。さっき決まったものだから」
 『校外へ出るときは、前日までに寮長又は副寮長に届け出なければならない』寮則ではなく校則である。保健室住まいの現在、ハートの女王の法律なんて関係ないとばかりに夜更かしなんてしてみたが、寮則は誤魔化せても校則はそうはいかない。相手は規則に厳しい我が寮長なので、お目溢しは期待できない。つい、言い訳じみた言葉がつく。
 しかし、ここで負けてしまうと先方にもルークにも迷惑がかかってしまう。それは避けたい。チラリ、とクルーウェルを見やれば、溜め息と共に手元に紙とペンが現れた。日時、外出先、宿泊場所、責任者の欄を埋めた上で寄越してくれたので、トレイはサインするだけでよかった。記入してリドルに渡すが、しかし。リドルは眉間に皺を寄せるだけだった。
「安全の為、君は保健室から出ないよう注意した筈だよ。授業に出ることは出来ないから、その時間に校内を利用するのはまだ許可できるけれども、校外は駄目だ。誰も君を守れない。しかも、外泊だなんて!」
 そう言えば、授業時間に実験室にいる事も、ミステリーショップに行った事も話していなかったな、と思い出す。ここで話せば許可は降りない上、首枷を嵌められてしまうだろう。ルークを見れば、わかっているよとばかりにウインクされ、人差し指が立てられた。その横のヴィルは、早くどうにかなさい、と不機嫌そうに手をヒラヒラされた。これで心配事は無くなった、とリドルに向き合う。
「街には女性が沢山居るだろう? その中の1人になるだけさ。校内より、余程目立たなくて安全だと思う」
「けれども君は、か、可愛いから。不埒な輩に何か無体を働かれるかもしれない」
「それこそ大丈夫さ。中身は男で、魔法も使える。それに、先生から“素敵なもの”を頂いたから」
 よく見えるよう、チェーンを張ってトップを差し出す。流石に手に取ることはしなかったが、大きな目を眇めて観察していた。
「ふぅん……共鳴魔法が魔法石に込められているね。チェーンにも何か……封印魔法?」
「よく気が付いたな」
 リドルの背後に、得意そうに笑うクルーウェルが立っていた。
「この魔法石は、親石と共鳴し合う。よって、着用者が少しでも魔力を流せば、親石の持ち主に居場所を知らせることができる。更にトップには雷の魔法をかけ、チェーンでそれを封印。チェーンが切れることによって、失神する程度の電流が流れる仕組みだ」
 そんな事、説明されていない。恐ろしいものを渡されたものだ。
「……スタンガンですか?」
「迷子防止機能付きの、な」
「居場所までわかるなんて、ホントに首輪じゃないの」
 呆れた、と言いつつもルークのそれを引っ張ってよくよく観察している。それ程良く見ないとわからないレベルの魔法がかけられているのか。それは、普通の学生の自分が気がつくわけがない。
「マーベラス!! 素晴らしいよ先生! 見た目の美しさだけでなく、私達を守る機能まで合わせ持っているだなんて!」
 一学生のお守りとしてはかなり手の込んだ物な気はするが、クルーウェルは満足気だし、タリスマンに比べればまだそんなに珍しいものではないだろうし、この件に関して考えるのはやめよう、とトレイは決めた。しかし、そんなご大層なお守りがあるとわかっても尚、リドルの表情は晴れない。
「不埒な輩が手をかければ、失神するからその隙に逃げられるだろうけど……僕は、君にそんな恐ろしい目に会ってほしくないんだ」
 回避できる苦痛ならば、経験して欲しくない。襲われる事と閉じ込められる事、どちらが苦痛かはわかるだろう? そう眉を下げられては、ついつい望まれた選択をしてしまいそうになる。甘やかしてしまいたくなる。だが今日は、頼もしい援軍が控えているのだ。
「ローズハート。可愛い可愛いだけでは薔薇は枯れてしまうぞ。水をやり過ぎれば根腐れを起こすし、肥料を与えすぎても強く育たない。適切な量や時期がある。中身はお前のよく知るトレイ・クローバーだ。簡単に折れることが無いのは、お前がよく知っているんじゃないか?」
 でも、と反論しようと、リドルの口が開く。しかし、それを遮るように、軽口を叩いてみせた。
「いや、薔薇だなんて烏滸がましいな……そこら辺の野草でいいです」
「あら。それこそあまり手をかけると、碌なことにならないんじゃなくて?」
「増殖するのかい? この場合だと、ストレスが?」
 ヴィルもルークも、何も言わずともそれに乗ってくれた。リドルをネタにするなんて、寮では絶対できない話だ。
「……ヴィル先輩は、ルーク先輩が心配ではないのですか?」
 右腕たる彼が危険な場所に行こうとしているのに、何故止めないのか。美しくか弱くなってしまった彼を止めないのか。解ってくれるのではないか、と期待を込めた目でヴィルに問う。しかし、ヴィルはゆっくりと首を振る。
「心配よ。でも、ルークだもの。お守りまでもらっているのだから、何か起きてもどうにかして戻ってくるわ。まぁ、自分が美しいという自覚は持って欲しいけれど」
「私の美しさなど、とても君には敵わないさ」
「私と比べないでちょうだい。アンタが美しくなけりゃ、今回の撮影だってこんな好待遇でオファーなんか来ないのよ。何回言わせる気? トレイ、アンタもよ」
 睨まれてしまったし、それ以上反対の言葉は出さないことにした。自分が美しいとは思っていないが、それでもヴィルやクルーウェル、企業のお眼鏡には適ったようだし、ルークが美しいのは分かる。納得しなくとも、飲み込むのが正解だろう。
「わかったわかった。ヴィルと先生のおもちゃになれるくらいには、整っていることはわかったよ」
「あら。これでも手加減してるのよ?」
 もっと楽しませてくれるのかしら、と嗤う。
「やめてくれ。十分だから」
 彼の後輩のエペルの話を、デュースから聞いたことがある。部活で怪我をすれば怒られ、昼食にがっつけば叩かれ、夜食に手を出そうものなら毒を盛られる。きっと、それがヴィルの本気だ。流石にそこまでの苦労はしたくないトレイである。何より、お菓子を作ることは許されても、気の向くままに食べられなくなるだろうことが辛そうだ。
「まだ、納得していない、って顔ね。頑固だこと」
 むっつりと黙り込んでしまったリドルに、ヴィルは顔を顰める。それに僅かに頷いたリドルだが、けれど、と掠れた声を出した。
「外出許可は、出そうと思います。それが、トレイの為ですし、ボクの為でもあるように思えました」
 リドルは、サラサラと許可書にサインをしてクルーウェルに渡すと、トレイに向き直った。
「正直、心配は拭えないよ。キミの実力もお守りも申し分ないと思うけれど、キミはどこまでも他人事の様だから。けれど、ヴィル先輩はルーク先輩を送り出した。それがなんだか悔しくてね。ボクがしていることは、キミを守っているようで、その実キミを押さえつけているんじゃないかと思って。キミの為と言いながら、ボクの心の安寧を優先していた様に思うんだ。だから、キミがしたいなら、外出も外泊もすればいい。ボクは、寮で待っているから。ケイトとエースとデュースに、全部話して慰めてもらうから」
「え゛っ」
 後ろで、2人が噴出した気配がする。ルークは「トレビアン!」と叫んでいるが、何がトレビアンなのかまったく理解できない。
「ちょっと待ってくれ! 何も3人を巻き込まなくても」
「大丈夫。帰ってきても保健室にはやらないし、箝口令は出すよ。心の弱いボクをどうか許してほしい。そうでもしないと、心配できっとパーティーのケーキも食べられない。そうしたら、キミの事は寮生皆の知るところとなってしまう。それは、キミも本意じゃないだろう」
「あ、ああ。そうだな……」
「だから、3人には事情を話すことにするよ。解って、くれるね?」
「……はい、寮長」
「よろしい」
 そうしてリドルは、ようやっと清々しい笑みを浮かべた。長々と邪魔したね、と晴れがましい笑顔で出ていく彼に、何も掛ける言葉がない。
「よかったね、トレイ君! これで心置きなくカフェ巡りだ!!」
「ああ……そうだな……」
 落とされた肩を気にも留めずにバシバシ叩くルークと、堪え切れないとばかりに高笑いするクルーウェルとヴィルの声は、そこそこ深くトレイの心に響いたのだった。

DKを用いたJKの作り方 2
つ、続いた……!?

ハーツラビュルは不思議の国のアリスモチーフという事は英国文化混ぜてもいいよね?いいよ、ね?

そんな感じの2です。英語はできませんが、英国は好き。
誤字脱字文脈の齟齬は心の目で読んでください。
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2933254,455
2021年9月22日 11:24
紋葉
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